4 綺麗な色
いつもよりも遅く目覚めた翌朝。
少年はまだ寝ている。
目を覚ました時に食べられるようにお粥でも作っておこうと思いベッドからそっと抜け出す。
身支度を整えてからキッチンに立ちお粥と自分の朝食も作る。
様子を見に寝室へいきドアをそっとノックする。
返事はないからまだ寝ているかな。
ベッドに近づいて頭を撫でていると少年の瞼が震える。
あ……目を覚ますかな……
少年の身体に力が入り苦しそうな表情になる……
どうすればいいのかわからなくて頭を撫で続けていると……
少年の目がゆっくりと開き……
起きた…………
見たこともない綺麗な琥珀色の瞳……に見とれている場合じゃなかった。
少年が私に気が付き目が合う。
「お……」
おはよう、と口を開きかけた瞬間……
バシッ
頭を撫でていた手を振り払われてしまった。
少年は起き上がり私を睨む……それはもう敵意むき出しの睨みだ。
それから周りを見回して……自分の両手を見つめてからもう一度私を睨み付ける。
ど……どうしよう…………
なんか怖がっているようにも見えるし……警戒もされている。
「あの……おはよう。身体は大丈夫?」
とりあえず微笑んでなるべく優しく話しかけてみる。
すると少年が今度はとても驚いた様子で私を見つめる……
「お腹空いてるよね? 食べやすいものなら食べられるかな」
そう聞くと少年はブツブツと何かを呟き始める……
その呟きは歌に聞こえなくもないような……何を言っているのかは声が小さくてよく聞こえないけれど……
なぜ突然歌い出す……?
歌が終わったようなのでもう一度聞いてみる。
「ご飯……食べる?」
少年は小さく頷き
「いただきます……」
と小さな声で答えてくれた。
おぉ……久しぶりに人と会話した。
「今、食事を持って来るね。ちょっと待っててね」
少年が頷いたのを見てからキッチンへ急ぐ。
良かった、食事ができるなら元気になるよね。
瞳の色……綺麗だったな……もしかしたら言葉が通じないかもしれないと思ったけれど通じて良かった。
お粥とお水を持って寝室へ戻る。
少年はまた自分の両手を見つめている。
「どこか痛いところがあるの?」
サイドテーブルにお粥を置きながら聞いてみる。
「…………いえ」
なんなのその気になる間は……
本当に? と聞くと今度はすぐにはい、と頷いた。
グゥ、と少年のお腹が鳴り、さっきの様子が少し気になったけれどとりあえずご飯を食べてもらうことにした。
お粥をスプーンですくい、フーフーと冷ましてから少年の口元まで運ぶ。
「……え」
少年が怪訝な顔をしてこちらを見ている。
ん? と私が首を傾げると少年が戸惑いながらもゆっくりと口を開ける。
パクリ、とお粥を口に含み飲み込む。
「……おいしい」
物凄く小さな声でそう言ったのを聞き逃さなかった。
か、可愛いっ……
私の母性が爆発しそう……
何度かお粥を口まで運び少し落ち着いたところでそういえば、と……
「自己紹介がまだだったね。私は春、先生 春だよ」
お察しの通りあだ名は春先生だった……先生と呼ばれる職業には就かなかったけれど。
「ハルって呼んでね」
そう言って微笑むけれども少年の表情は硬い。
そして黙ってしまった……
「……名前……何も……覚えていない」
ようやく話し始めたと思ったら…………え?
えっ!?
「お、おぉ……そっかぁ……」
私が取り乱してはいけないっ……この子が余計に不安になってしまう。
「もしかしてどこかで頭を強くぶつけたりしたのかな」
そう言いながら少年の頭に手を伸ばすとビクッ……と身体が強ばる。
この子……もしかしたら酷い目にあって……?
確か……身体を洗った時に頭にも傷やコブがないか確認したから大丈夫だと思うけれど……
痣は身体のあちこちにあったから……何か精神的な事からいろいろと忘れてしまったのかもしれない……
頭に伸ばした手を引っ込めて少し離れると少年の身体から力が抜ける。
何にせよ名前がないのは不便だ。
「それなら……ルウって呼んでもいい?」
特に意味はないけれど呼びやすいし何となく頭に浮かんだ名前を言ってみた。
「……好きに呼んでください……」
微妙な反応……む……難しい……
目が覚めてからまだ一度も笑顔を見ていない……年齢の割にはしっかりして……そういえばいくつなのだろう。
「ルウは……」
いくつなのか聞こうとしたけれど記憶がないのだった……
「ルウがよければ何か思い出すまでここで暮らさない?」
ルウがこちらを見て…………み、見ている……嬉しそうでも嫌そうでもなく綺麗な顔で無表情……
「……いいのですか?」
もちろんだとも。
「うん、記憶が戻るまで一緒にいよう」
そう言うとようやく
「……ありがとう……ございます」
と言ってくれたけれどもまだ警戒されているのがわかる。
きっと記憶がなくて不安なんだろうな……
「……僕の服は……」
そうだった、この家には子供の服が無いんだった……
「汚れていたし穴が開いているところもあったから洗って繕ってから返すね」
そうだ、
「それから足首に着けていた金色の輪は外してここに仕舞ってあるから……」
サイドテーブルの引き出しを開けて布に包んだ輪っかを取り出すと
「……外した?」
バッと布団をめくり足首を確認している……
「貴女が……ハル……が外したのですか?」
名前を呼んでくれた……嬉しい。
いや、それよりも……驚いている。
勝手に外したのはまずかったかな……
「どうやって……」
ショックを受けている様子に焦ってしまう。
「ご、ごめんね。少し痛そうだったから寝ている間は外しておこうと思って……」
ルウが首をふる。
「いえ……いいんです。それよりもどうやって外したのですか」
どうやってって……そうか、外し方も忘れてしまっているのか。
「こう?」
外した輪を手に取り再現する。
やっぱり繋ぎ目がわからないけれど適当に持ってほんの少し力を入れるだけで二つに別れた。
ルウが目を見開いて驚いている……本当に綺麗な色だ。
「足首に痣が残っているからしばらくは着けない方がいいと思うけれど、これは返しておくね」
カチャンと元の輪に戻して布にくるんで返しておく。
ルウが受け取りありがとうございます、というので
「これから一緒に住むのだし、堅苦しい話し方は無しにしない? 住んでみて不便なこととかあったら教えて欲しいし」
そう言うと
「は……うん、わかった。ありがとう」
少し視線をそらしながらそう言ってくれた。
「この家には他にも誰か住んでいるの?」
そろそろ休んでもらおうかと思ったらルウから話しかけてくれた。
「ここには私一人で暮らしているよ」
「ずっと?」
「一年くらいかな」
「その前は?」
……突然の質問責め……どうしよう……
もう誰にも会わないものだと思っていたから何も考えていなかった……
この家が私の家ではないことを今言ったら不安にさせてしまうかな……
この家にくる前の事は……もう少しルウと話をしてみてからどうするか考えよう……とりあえず
「ルウ……今はもう少し休んで。話はまた後でしよう」
少し私を見つめてからコクリと頷き大人しく横になる。
「ゆっくり休んで」
ついルウの頭を撫でてしまう……怖がりはしなかったけれど喜んでもいないような……
部屋を出てドアを閉めてから小さくため息をつく。
私……少し浮かれている……誰かと一緒に住めることに。
一人暮らしには慣れている。
実家を出てからはずっと一人暮らしだったし。
家賃も安くて住みやすかったアパートは周辺の生活音が聞こえたりして独りぼっちという気はしなかった。
実家は山の中だったけれども両親が一緒だった。
ここでの生活が落ち着いてくると最初は必死で気が付かなかった孤独を感じていた。
だから……ルウの記憶が戻るまでと、わかってはいるけれど……
今、独りではないことが嬉しい……