33 再び森で
みんなでお泊まり会をしたあの夜から数日。
私は家に一人でいる。
みんなは元の姿に戻ってから外出が多くなった。
いつもは一人か二人は残っているのだけれど、今日はみんな出払ってしまった……アオもいない……
ルウは狩りの他に森の様子を見て回っているみたいだけれど、他のみんなはどこへ行っているのかわからない。
ルウの手伝いと言って出ていくときもあるけれど……
もしかして新しく住む場所を探しているのかな……と思ったりもしているから怖くて聞けない……
「静かだ……」
最初はこれが当たり前だったのに。
みんなが出ていってしまったらこの生活に戻るのか……
一人で家にいるとこんな想像ばかりして泣きそうになってしまう。
外に出よう。
森を歩いていれば誰かに会えるかもしれないから、一応サンドイッチを持って行こう。
アオ用のリンゴも一個鞄に入れて外へ出る。
ルウがあの家の前の住人のお墓があると言っていたけれど、どの辺りだろう。
暖かくなったら案内してくれると言っていたからその時は花を持って行こう。
そんなことを考えながら歩いていだけれど
「誰にも会わない……」
お弁当もあるし、いつもよりもう少し先まで進んでみようか……迷わない程度に。
サクサクと歩いていると木の根元に……何だろう?
黒い塊? ん?
ゆっくりと近づいていくと……
「人が落ちてる…………」
森で人間を見つけるのはルウ以来だ。
木の根元に丸まって……寝ている訳ではなさそう。
目をつぶっているけれど眉間にシワを寄せて何かブツブツと呟いている。
「あの……」
気が付かない……
「あのっ……」
軽く肩にも触れる。
驚いたように目を開き周りを確認して私を見る。
「魔っ……人……間?」
魔獣だと思ったのかな、驚かせてしまった。
それにしてもこの人……目の下の隈がすごい。
たぶん若いのだろうけれど疲れているように見える。
綺麗な顔をしているのにもったいない。
「あの、大丈夫ですか?」
「君、こ、こんなところで何を?」
ですよね……
「……狩りを少々……」
嘘も少々……
「狩りって……あ、あぁ、君は狩人か。しかしこんな人が立ち入らないような森の奥で」
それを言うなら貴方もよ。
「貴方は何をしているのですか?」
「私は」
グゥゥ…………
彼が話すと同時に私のお腹が鳴る……すみません。
「………………」
彼は何て言ったらいいかわからない様子で
「あー……私はエイダンといいます」
名前を教えてくれた。
「私はハルです。それで……エイダンさんはここで何をしていたのですか?」
エイダンさんは私を見つめてから思い出したように話し始めた。
「実は森で探し物をしていて長距離の移動用の魔道具が壊れてしまったのか魔力が残りわずかになってしまったのか……とにかく動かなくなってしまって途方に暮れていたところなのです……」
へぇ……そんな魔道具もあるんだ。
お腹が空いているだけならお弁当を渡せば済むけれど……そうも行かないみたい……
「とりあえずうちに来ますか?」
知らない人を勝手に連れて帰ったらルウにまたあきれられるかな……
「ハルさんの……家? こんな森の奥に住んでいるのですか?」
おっとぉ……
「家というか狩りをする間の仮住まいというか小さい家なんです本当に……ハハハ……」
自分でも何を言っているのかわからなくなる。
「あ、お腹空いてます? 私はペコペコなのでここでお弁当を食べてから家に向かいましょうか」
そう言いながら敷物を広げて鞄からサンドイッチを取り出す。
「それは……有難いですが……」
戸惑っているエイダンさんに座ってもらって、はい、とサンドイッチを渡す。
「あ、食べられないものとかありますか? 大丈夫なら召し上がってください」
エイダンさんはサンドイッチをジッと見つめてから一口食べて……
「美味しい……」
と目を見開く。
大袈裟な……ただのサンドイッチだよ。
それからエイダンさんは無言でパクパクと食べて、もう一つサンドイッチを渡すとそれもすごい勢いで食べてしまった。
「食事を美味しいと感じたのは久しぶりだよ……」
どんな食生活をしているのか……
荷物を鞄に戻して家に向かって歩き出す。
エイダンさんも背が高い……歩幅大丈夫かな。
「エイダンさんは何を探しているのですか」
もしかしたらお手伝いできるかも。
「私のことはエイダンと。私もハルと呼ばせてもらうよ」
話し方も畏まるのはやめよう、といい
「ハル、君は不思議な人だね。森であったばかりの男を自分の家に案内するなんて」
と私の質問ははぐらかされてしまった……
「警戒心が薄いのか……それとも、ハルの他に誰か……一緒に住んでいる人がいるのかな」
鋭いっ……どちらも正解。
でもルウのことを話してもいいのかわからない。
街でも姿を消しているし……
「……信じているからだよ……」
曖昧な感じていこう。
「信じているって……」
「あっ! ほらっ見えてきた!」
みんなの家はルウが私達以外には見えないようにするって言っていたから見えていないはず。
アオもいないしルウもみんなも帰って来ていないみたい。
「本当に家が……確かに一人で住むにはちょうど良さそうだが……」
家に入ってもらってお茶を入れる。
「魔道具が使えるようになったら帰ることができそう?」
ここから街は遠いけれど……
「あぁ、方角を示す魔道具も持っているからね」
じゃあ、移動用の魔道具さえ直ったら大丈夫そう。
「私も街ある方角ならわかるよ」
あっち、と少し得意気に指を指す。
「…………」
? どうしたのだろう。
「私が帰るのは街からは少し外れているのだよ、魔道具を直すには時間がかかりそうだから……今夜は泊めてもらってもいいかな」
おぉ……なんか急にグイグイと。
やっぱり今日中で済む話ではないのか。
今夜はルウに隣の家で寝てもらおうか……
「……いいけど、ベッドが一つしかないから」
「あぁ、大丈夫だよ。私は眠らないから」
眠らない!?
「少しは眠った方が……」
エイダンは眉を下げて笑い
「ごめん、正確には眠れないんだ」
なるほど……それで目の下にひどい隈が……
「だからソファーを貸してもらえたら助かる」
うん、わかった。一応布団も用意しておこう。
その日はみんな夜になっても帰って来なかった。
どうしたのだろう。
とりあえず、エイダンに出す夕食を作って一緒に食べる。
眠れない、と言っていたけれど、今夜は眠って欲しいから胃に優しくて野菜をたっぷり使って身体も温まるものを作った。
「エイダンはどんな仕事をしているの?」
食事をしながら聞いてみる。
「研究だよ、魔道具の」
へぇ……研究者か。
「ハルは狩人だろう? そろそろ雪も降るだろうし、街へ拠点を変えた方がいいのではないか?」
そうかな……去年は越冬できたしなぁ……
今年はみんながいるからもっと大丈夫そうだしなぁ……
「そうだね、もう少ししたら街へいくと思う」
そんなことを話しながら食事を済ませて先にお風呂に入ってもらう。
ルウ……帰って来なかったことなんてなかったのに……
もしかして何かあった?
それとも……みんなもう帰ってこないとか……
「ルウ……」
それは寂しすぎる……目頭が熱くなり想像しただけで涙が溢れる。
「ハル……」
そっと名前を呼ばれたような気がして顔を上げるとルウが姿を現した。
急いで涙を拭う。
「ルウ、おかえりなさい」
ただいま、ハル、と言ってルウが私を抱き締める。
「姿を消していたの?」
寂しくて泣くなんて……気付かれていないよね……
「あぁ、知らない人間がいたから」
みんなも帰って来ているよ、そう聞いてホッとする。
「勝手に連れてきてごめんなさい……」
もしかしたら、もう帰ってこないのかと思った。
ホッとしたらまた泣きそうになる。
「…………」
ルウ? と見上げると眉を下げて少し困ったように微笑むルウと目が合う。
「ハルの……その優しさに僕は救われた……」
そう言ってもう一度私を抱き締めると
「ハル、これを」
「ネックレス?」
小さな魔石の……
「今夜は隣の家で寝るからこれを身に付けていて」
側にいるからね、とルウがネックレスをつけてくれた。
ありがとう、というとルウは微笑み再び姿を消した。
よかった……みんな帰って来ている。
今すぐに顔を見に行きたいけれど今夜は我慢だ。
エイダンがお風呂から上がってきたのでなんとなくネックレスを服の中にしまう。
暖炉の前に敷いているラグの上に座ってもらって髪を乾かしてもらう。
そういえば、いつもルウに乾かしてもらっていたけれどドライヤーみたいな魔道具もあるのかな……
暖炉の前のエイダンをみてそんなことを思う。
「エイダン、お茶をいれたから飲んでね」
よく眠れるようにリラックスできる香りのお茶だ。
「こっちで頂いてもいいかな。床に座るのなんて子供の頃以来だけれど案外心地のいいものだね」
……いつもの癖でお客さんも床に座らせてしまった。
クッションをいくつか持ってラグの上に置いてからエイダンの前にお盆ごとお茶を置く。
「ありがとう、いい香りだね」
と、表情が柔らかくなる。
「髪は櫛を通しながら乾かすといいよ。ちゃんと乾かしてね、風邪を引くから。それから……」
しまった……エイダンは子供じゃないのに……
「うん」
子供扱いしてしまったのにどこか嬉しそうなエイダン。
その表情が幼く見えて戸惑ってしまう。
「……それじゃぁ、私もお風呂に入るね」
「ハル、いろいろとありがとう」
そう言って微笑むエイダンに頷いてから私はお風呂へ向かった。




