3 森で拾ったのは
魔法って…………
そういうのは物語の中に存在するのであって私が生きているこの世界には…………
この……世界……違うの? 私が生きてきた世界と……
見たことがないものが多いから、うっすらそう思ってはいたけれど……
知っている星空と何か違うとか、生えている草花とか、見たことのない魚や動物も、私が知らないだけで存在していたのかも、と誤魔化してきたけれど……
高性能な木箱、仕組みが全然わからない。
これだけは、私が知らないだけなのかもしれない……とはならない。
それから家の入り口近くにある大きな水がめ。
何かが取れてしまったような所があったけれど、寝室のサイドテーブルの引き出しに水色の石が二つ入っていてもしやと思い合わせてみたら嵌まった。
すぐに落ちてしまうのでこの家に来る前から持っていた鞄に入れて持ち歩いていた接着剤でくっつけてみた。
ヒールが折れた時に応急処置として買ってそれ以来使っていなかったけれど固まってはいなかった。
ちなみにヒールもそれ以来履いていない。
石を嵌めると水がめの水も減らなくなった。
水汲みをする必要がなくなるととても楽になった。
トイレとお風呂にも模様と石が嵌め込まれていていつでも綺麗に使うことができた。
こうなると便利だから魔法でも何でもいいか、と深く考えることをやめてしまう。
外の薪置き場にもよく見たら模様と白い石が嵌め込まれていて薪もある程度使うとまた元あったくらいに戻っていた。
越せる、これなら冬を越せる。
本格的な冬が来る前に、地図に印のあるところへ行ってみた。
果物のなる木があったり、野菜っぽいのが生えていたり、何かの葉っぱや花が群生していたり……
印をたどり歩いていると螺旋状に傷がついた木が何本かあった。
その木からは傷痕に沿ってオイルが滲みていた。
ランプ用のオイルだ。これは助かる。
オイルを溜める容器を家から持ってきてセットして一度木についた傷痕をもう一度ナイフでなぞる。
しばらくしたらまた様子をみに来よう。
それからよくわからないものはとりあえず採取して家に持ち帰った。
こうして雪の積もる冬の間はなるべく森の奥へは入らず、採取しておいた草花を書斎にあった植物辞典と照らし合わせて、少しだけ肌に塗ってみたり舐めたり噛んでみたりした。
描いてある文字は読めないけれど、たぶん薬みたいな効果のある薬草なのではないかと思う。
特に悪いところがあるわけではないので効果はわからないけれど、口に含んだり肌に塗ったりするのは大丈夫なようだった。
こんなことをしながら無事に冬を越して、この家に来て一年が経ち私の気持ちと生活が安定した頃…………
だんだんと肌寒い日が続くようになりまた冬が来る。
もう少しランプ用のオイルを集めておこうと明るいうちに森へ向かったある日。
森の中で……拾ってしまった……
住み始めて一年……誰にも会わなかったから近くに人が住んでいるような所はないのだと思っていた。
でも、それも間違いではないのかもしれない。
この子……しばらく森をさ迷っていたのかな……
倒れていたところを見つけたから最初は死んでいるのかと思った。
近づいても起きる気配がなくて……周りを見ても人の気配はない……親は?
「あの……大丈夫?」
肩に触れてみるけれども反応がない。
裸足だし……綺麗な顔立ちだけれども汚れてしまっている。
荷物も何も持っていない。
ただ、片方の足首には綺麗な模様の入った金色の……何だか高そうな足輪を着けている。
日が落ちると寒くなるからここには放っておけない。
念のためもう一度周りを歩いてみて、誰もいないことを確認してからこの子を背負う。
身体が冷たいし……軽い……
急いで家に帰り一旦ソファーに寝かせて暖炉の火を強火にして部屋を暖める。
これだけ動いたのに目を覚ます気配はない。
呼吸をしているのか確かめなければ不安になるくらい深く眠っている……目を……覚ますよね?
この子に一体何があったのだろう……
とりあえず、身体を綺麗にしよう。
どこかに怪我をしていないか確認もしたいし。
お風呂は浅いし一緒に入れば溺れることもないかな。
先に自分の服を脱いでこの子を抱き上げて脱衣所で服を脱がせる。
子供とはいえ意識のない人間の服を脱がせるのは思っていたよりも大変だった。
……どちらかわからなかったけれど、男の子だ。
まだ身体が冷たい……抱き抱えるようにしてお湯に浸かる。
私の体温とお風呂のお湯でこの子の身体も温まってきた。
お湯から出て頭から全身を洗ったけれどやっぱり目覚めない。
身体には所々に痣がある……それから……歯形?
人間のもののように見えるけれどどういうことだろう。
血が出るような怪我はしていなかったけれど……痛々しいし痩せている……
お風呂から上がりこの子の着替え……がないのでこの家にあった大人の服を上だけ着さてから髪が乾くまで暖炉の前に座っていた。
サラサラの髪を撫でる。私と同じ……もしかしたら私よりも深い黒色かもしれない。
年はいくつくらいだろう。
十才くらい? 子供の年齢はよくわからない。
そんなことを考えながら一度ソファーにその子を寝かせて少し早い夕食をとる。
お腹が満たされるといつもより早く眠くなってきた。
少年を抱き上げて寝室へ向かう。
ベッドは一つしかない。
子供とならそんなに狭くも感じないかな。夜は冷えるし様子も気になるから一緒に寝てもいいよね……
ベッドに入る前に片足首に着いている金の輪が気になった。硬いし冷たいし少し痛そうなので外しておこう。
これは……もしかしたら両足首に着けていたのかもしれない。
もう片方の足首にもそれっぽい痣のような跡が残っている。
大切なものかもしれないけれど目が覚めたら返すことにして今は外しておこう。
留め具か繋ぎ目を探してみたけれど……ない……
そんなはずはないと思い触ってみると二つに割れてあっさりと外れた。
力をいれたつもりはないけれど……
壊してしまったのかと一瞬焦ったけれど二つを合わせると繋ぎ目が見えないほどピタリとくっついて元に戻った。
よくわからないけれど壊した訳ではなくて良かった。
とりあえず、清潔な布に包んでサイドテーブルの引き出しに入れておいた。
ベッドに横になり頭を撫でる。
一体どのくらいの間森をさまよっていたのかな。
雪が降る前に見つけられて良かった。
この子の両親や友達が心配しているだろうな……
目が覚めたら体調を見て両親の元へ送り届けてあげよう。
この森に来てから初めて人と話をするけれど……言葉は通じるのかな……ここがどこなのか聞けるかな……
もしかしたら私も家に帰れるかも……
そんなことを考えているといつの間にか私も眠ってしまっていた。
夜中…………
隣で寝ている少年がうなされて……苦しそうな様子に気が付いて目が覚めた。
身体は強ばり歯をくいしばっているのか、そこから漏れ出る……声を出したいのに出せない絞り出すような唸り声に胸が痛くなる。
そっと頭を撫でるとポロポロと泣き出した。
「大丈夫だよ……」
苦しそうに唸り続ける男の子を大丈夫だから……とそっと抱き締める。
全身で全てを拒むかのように力の入った身体……その小さな背中を撫でて大丈夫……大丈夫……と囁く。
唸り声は徐々に小さくなり、強ばった身体も少しずつ力が抜けていく。
涙だけは止まらず……声を圧し殺して泣く様子に私まで泣きたくなってしまう。
そうして少年は私の腕の中でしばらく泣いていたけれど、いつの間にか静かな寝息をたてていた。
温かい……人の温もりってどうしてこんなに安心するのだろう。
しばらく様子を見ていたけれど……私もいつの間にか再び眠りについていた。