27 お風呂上がり
コン コン コン
「ハル?」
ドアを開けてくれたのはライオス。
「ルシエルは一緒じゃないのか?」
私の後ろをキョロキョロと確かめる。
「あ、うん。みんなに渡し忘れたものがあってね」
私だけ……と笑うと、ふーんと言ってとりあえず中に入れてくれた。
どうしたの? とロゼッタとミアがこちらを見る。
「三人ともお風呂に入った?」
今日買ってきた部屋着を着てくれている。可愛い。
「あぁ、今は他の三人が入っている」
もうすぐ出てくると思う、とライオスが答える。
「あのね、これ街で買ってきたのだけれど」
ティファナのお店で買ったクリームを出す。
「なんだそれ、菓子か?」
ライオスの言葉にロゼッタとミアも近いてくる。可愛い。
「フフフッ、お菓子ではないのだけれど、こうやって使うんだよ」
クリームを指先に取りライオスの手を取る。
「な、なんだ!?」
戸惑うライオス。今回は捕まえられた。
「クリームだよ」
小さい頃お母さんがしてくれたように優しく手の甲にクリームを塗る。
ライオスはどうしたらいいのかわからない様子……けれども私の手を振りほどくようなことはしない。
両手でライオスの手を包みマッサージするようにもう片方の手にもクリームを塗り込む。
はい、次はロゼッタね、と手を取ると一瞬抵抗されたけれども大人しく手元を見つめている。
「寒くなると肌が乾燥するからお風呂上がりにもこうしてクリームを塗っておくといいよ」
次はミア、と手を出すとミアは恐る恐る手を差し出してくる。
「ミア、このクリームは全身に使えるんだよ。それにほら、すごく落ち着くいい香りがするでしょう」
きっとよく眠れるから、と微笑むとミアも少しだけ微笑み頷く。
みんな……たぶんここに来たときのルウと同じように夜うなされている。
「あ、あれ? ハル? ど、どうしたの?」
「ルシエルは一緒ではないね」
「ハル」
レトとアレスとグレンがお風呂から出てきた。
グレンは二階から降りてきたから一人でお風呂に入ったのか。
三人にも同じようにクリームを塗ってあげると喜んでくれた。
「クリームは置いていくからみんなこまめに使ってね」
なくなったらまた持ってくるから、と伝えて
「おやすみなさい」
一人ずつ抱き締めて頭を撫でる。よく眠れますように……
みんなに手を振って自分の家に戻る。
そっとドアを開けて中の様子を伺う。
ルウはまだお風呂かな……家に入り
「ハル」
ビッッックリしたぁ!!
「な、なに!?」
ルウが首を傾げる。
「ハルがなかなかお風呂に来ないから……隣に行っていたの?」
うん、
「渡し忘れた物があってね」
そうだ、
「ルウ、ソファーに座って待っていて」
寝室から、みんなにあげたのとは別にティファナからもらったクリームを持って戻る。
ソファーに座ってクリームを指に取り
「ルウ、手を出して」
ルウの手にもクリームを塗り込む。
やっぱり少し乾燥している。
「ハ、ハル……」
指の間も丁寧に。
寒くなると乾燥するからねぇ、と子供達に言ったことと同じことを伝える。
「ハルッ」
ん? ルウを見ると真っ赤……え!?
「ルウッ、も、もしかしてのぼせていたの!?」
気付かなくてごめんっ
「お水っ、お水持ってくるっ」
と立ち上がろうとしたら手を握られた。
ルウ?
「大丈夫……だから。落ち着いてハル、水はさっき飲んだから」
そ……そうなの? でも……
「クリーム、もっと塗って」
う、うん、塗るよ。塗るけれど……
「本当に大丈夫?」
大丈夫だから、と手を差し出すルウ。
本当は…………
私が落ち着きたくてルウから少し離れたかった……
ルウの手が思っていたよりも大きくて……指が長くて……なんか……なんかっ! ってなったから……
ルウがお風呂に入る前にあんな話をして……
せっかくみんなの家に行って落ち着いたのに……
いや……うっかりクリームを塗る流れを作ったのは私か。
子供達に塗った流でついルウにも塗らないとって思って……
「ハル?」
んっ?
「なに!? どうしたの?」
落ち着け私っ
「このクリーム、みんなに渡してきたのだよね」
うん。
「もしかして、みんなにも同じ事をしてきた?」
うん。
「ちょうどお風呂から出たところでね、順番にみんなの手に塗ってきたよ。全身に使えることと、こまめに使うようにって教えてきた」
街で買ってきた部屋着もきてくれていて可愛いかったよ、と言うと、ふぅん……って、……?
「僕よりも先にみんなにしてきたんだ」
え? な、……ん? 怒っ……てる?
「ハル、風呂に入っておいで」
ルウがニコリと微笑む。
気のせい? だったのかな?
「うん……そうしようかな!」
少しホッとしながらそう言ってお風呂へ向かう。
ルウの考えていることがわからない。
お城にみんなの金の輪を返しに行った時に怒られたりしたのかな……
戻って来たときに抱きついてきたり、なんだかスキンシップが多かったような気もするし。
何かあったのかもなぁ。
湯船に浸かりながら今日の事を思い返す。
ミリアの雑貨屋さん、絶対ロゼッタとミアも気に入るはず。
そういえば、二人に買ってきたリボンを渡していなかった。
後で忘れずに渡そう、喜んでくれるかな。フフフッ。
それから騎士団長のイーライ様。
少し変わった感じの人だったけれど紳士的だったし悪い人ではなさそう……って、こんなことをいうとまたルウにすぐに信用するなって言われちゃうかも。
ファルとティファナとララとたぶんミリアとも、幼馴染みらしいけれど貴族なんだよね……初めて貴族に会った。
女性の扱いには慣れていそうな感じだったのに……あの照れたような反応は反則だよねぇ……
みんなのための買い物もできたし新しい出会いもあって充実した一日だった。
明日は何をしよう。
朝ごはんをみんなの家で作らせてもらおうかな?
大きなテーブルと人数分の椅子もあるし、一緒に食べるならそれもいいかもしれない。
明日みんなに聞いてみよう。
それから、二、三日新しい家で生活したら足りないものが出てくるかもしれないから、みんなに確認してまた街へ買い物に行くかもしれない。
お金になりそうな肉や薬草を集めておかないと。
この生活……もう狩人だと言ってもいいのかもしれない。
次はみんなも一緒に街に買い物に行けるかな?
それとも……行きたくないかな……
あの子達……ルウもそうだったけれど、お城で生活していたと言っていた。
けれども初めて会った時のあの子達の様子……お城で生活していたのに痩せていた。
それに怯えなのか怒りなのか……どちらも混ざったような感情が見え隠れしていた気がする。
どういうことだろう……ずっと気になっていたけれど、みんなの様子を思い出すと何となく踏み込めなかった……
この家にあった本をルウに読んでもらったときに感じた人間と魔族の関係性。
でも人間の生活は魔道具に頼っているところが多いし、魔道具には魔力が必要で魔族の協力が必要。
ルウ達はお城で魔力を提供して協力関係が築けていたはずだよね。
金の輪を返しにルウはお城に行っていたし……
……ちょっとのぼせてきたかも。考えがまとまらないや。
お風呂から出てキッチンへ行きお水を飲む。
暖炉の前に座るとソファーで本を読んでいたルウが髪を乾かしてあげる、と私を後ろから抱き込む……この距離感……
いや、変に意識しちゃダメだ。
ルウは子供の時の感覚でしてくれているのに……
ルウが魔力を使うと風がフワリと吹き優しく髪を乾かしてくれた。
「フフフッ、ルウの魔法は優しいね。ありがとう」
そう? と私の頭を撫でる。
「ハル、手を出して」
耳元にルウの優しい声が聞こえる。
ルウが私の手を取り、丁寧にクリームを塗っていく。
「僕も、ハルがしてくれたように塗ってあげる」
背中に感じる温かさと、両手でマッサージをするように私の手を優しく包む温かさに……何だか安心して眠くなってくる。
「……ルウ……」
ゆらゆらと揺れる私の頭をルウがそっと自分の胸にもたれさせる。
「……今夜……から……隣の……」
みんなの家で寝るんだよね?
心地よい感覚と暖かさの中でルウの返事を聞く前に私は……眠りについてしまっていた。
そして翌朝、ベッドで目覚めた私はまたしても悲鳴を上げてルウを驚かせてしまうことになるのだった……