2 木箱
薄暗い部屋をみて日が沈むところなのか昇るところなのかすぐには分からなかった。
部屋の中をボンヤリと眺めていると
「朝だ……」
明るくなってきた。
しっかりと眠ってしまった……
起き上がり外へ出て太陽が昇る方角を覚えておく。
方角を知ることは大切だ。
畑を作るときに日の光が長く当たる場所を選べるし、南風か北風かだけでもその日が暖かいか寒いかがわかる。
まぁ、畑を作る場所はもう決まっているのだけれど。
前の住人が作っていたような跡があるからおそらくあそこが一番いい位置なんだと思う。
あと、庭には壊れてしまっているところもあるけれど柵があり小屋もある。
馬か何か動物を飼っていたみたい。
これからのことを考える。
少しずつ行動範囲を広げて地図も作りたい。
森の中のどこで木の実や果物が採れるのかどんな動物がいるのか、使える植物の群生地なんかも把握しておきたい。
実は書斎には……地図もあった。
この家の周りのものだと思うけれど、何せ字が読めないから印があっても何がある場所なのかがわからない。
確かめに行って自分の地図を作らないと……
それに歩いてみたら新しい発見もあるかもしれない。
とりあえず今は、
「お腹が空いた」
川までに行く道の途中に気になる葉っぱを見かけた。
そこまで行きその葉が生えている根本を掘ると
「やっぱり……芋だ」
ジャガイモ、これは有難い。長期間保存できるし調理方法もたくさんある。越冬にも心強い食材だ。
畑でも育てていこう。
魚も動物も捕まえるのに時間がかかるかもしれないから手っ取り早くお腹が満たされるものがあるのは嬉しい。
家に帰り釜戸に火を起こす。
火は実家で暮らしていた時に教えてもらった、きりもみ式で着けた。
森の中にあるもので一番材料が揃えやすかったから……ただし、慣れていないと時間がかかるやり方だ。
しばらくやっていなかったし手に怪我をしたらいろいろとできなくなってしまうから、手は布でぐるぐる巻きにしてから始め、少し時間はかかったけれど火を起こすことができた。
洗った鍋に水を張り釜戸にセットしておく。
ジャガイモも洗って皮は剥かずにそのまま鍋に入れる。
ジャガイモを茹でている間にせっかく起こした火を絶やさないようにするためにリビングの暖炉にも薪を数本入れて火を移しておく。
暖炉はちゃんと掃除がされていて炉の中には綺麗な模様が施されている。使うのが申し訳ないけれど使わせてもらう。
暖炉の右側に綺麗な赤い石が嵌め込まれていてその周りに例の読めない文字が書かれている。
何のためのものなのかさっぱりわからないからそっとしておこう。
今は真夏は過ぎて秋に向かっている感じだと思う。
暑くもないし寒くもないちょうどいい季節。
だから焦ってしまう。
寒くなる前にこの家にあるものをきちんと確認して足りないものを把握しておかないと……生死に関わる。
柔らかくなったジャガイモを鍋から取り出して皮を剥いて食べる。
お腹が空いていたから味付けしなくても美味しい。
多めに茹でたから夜までの分はある。
お腹が満たされたらすぐに動き出す。
前の住人が使っていた釣竿があるけれど、釣りは時間がかかるかもしれない。
川に放置しておける仕掛けもあったのでそっちを手に取り川に仕掛けておく。
しばらくしたら魚が入っていないか見に来よう。
それから動物を捕らえる罠を仕掛ける。
こちらも家にあったものだ。
弓矢もあったけれど実家を離れてからは使っていなかったから自信がない。少し練習をして感覚を取り戻してからの方がいいと思い仕掛けの方を手に取った。
動物の足跡を幾つか見つけたから良さそうなところに置いておく。
罠の中に入れておく餌がないから草とさっき掘ったジャガイモを入れてみた。
こちらはあまり期待できそうにないかな。
家に戻りキッチンに置いてある箱を見る。
たぶん食料を入れておくものだと思う。
全て木でできていてそれぞれ複雑で綺麗な模様が彫ってある。
外にある箱は冬には冷蔵庫代わりになるかも。
開けてみるとやっぱり中は空だったけれど、不思議なことに長年外で放置されていたとは思えないほど綺麗だった。
なんか……いい木で出来ているのかな……よくわからないけれど……
仕掛けた罠を回収する前に箱を綺麗にしておこうと思いキッチンにある大きい箱を一つ開けると……肉が入っていた。
肉……しかも綺麗に処理されていてスーパーに並んでいるような見慣れた肉が何種類かに分けて入れられている。
バッと周りを見回す。
家の中は静かで人の気配はしない。
どういうこと……?
二つ目の箱を開けると魚が数種類入っていた。こちらも綺麗に処理済みな上にやっぱり新鮮。
三つ目の箱には採れたてのような野菜や果物がたくさん……
中くらいの箱と小さい箱と外にある大箱を見る。
よく見るとそれぞれ特徴がある。
まずキッチンにある木箱、
大きい木箱は三箱ありそれぞれ模様が彫ってあるのみ。
中くらいの木箱は二箱あり模様と、こちらには白っぽい石が嵌め込まれている。
小さい木箱は三箱ありこちらも模様と白っぽい石が嵌め込まれている。
外にある一番大きな箱は一箱のみで模様と緑色の石が嵌め込まれている。
箱を確認してから続けて中くらいの箱を一つ開けるとお米が入っていた……精米もされていて洗ってすぐに炊くことができる……
誰かがいるかもしれないという不安よりも、食べ物が……しかも慣れ親しんだお米があることにホッとして涙が出てくる。
それにしても不思議だ……長年放置されているこの家にこれだけ新鮮な食料……
住んでいないだけで人が来ているのだろうか……
いや、それもないかな……家には埃が溜まっていて庭の草も伸び放題だし畑も手入れをされていない。
誰かが来ているような形跡はなかった。
でも……それならこの食料は前の住人が……?
そんなことって……冷蔵庫でも冷凍庫でもないただの木箱なのに……これじゃまるで魔……
いやっ、とにかく食料があって良かった。
もう一つ、中くらいの箱を開ける。
こちらは小麦粉……ちゃんと粉だ……
小さい箱には砂糖、塩、胡椒が使える状態で入っていた。
今夜は美味しい食事が頂けそうだ。
勝手に頂くのは申し訳ないけれど、もしこの家の持ち主が帰って来たら頂いた分はきっちり働いて返そう。
そう決めて一度川に仕掛けた罠を確認しに行く。
いつから入っているのかはわからないけれど箱の中のものから使っていった方がいいのかもしれない。
野菜と果物の入った箱からイチゴのようなものを一つ取り出して食べてみたら見た目通り瑞々しく新鮮だった。
あんなにたくさんあるから悪くなってしまう前に使いきれるかはわからないけれどせっかくあるものを無駄にはできない。
川に仕掛けた罠を見ると魚が入っていた。
せっかく捕れているけれど少し考えて川に戻すことにした。
あの箱の中の魚がもう少し少なくなってからまた罠を仕掛けよう。
それから森に仕掛けた罠、こちらはやはり何も掛かってはいなかった。
罠だけ家に持ち帰り元々置いてあった場所に戻しておく。
食料を見てホッとしてしまったけれど箱の中身が腐らずにどのくらい持つのか気を付けて見ておかないと。
それからは一ヶ月程は庭の手入れをしたり、地図を作るために森の中を歩き回ったりしていた。
ここでの生活にも慣れてくると気が付くことも増えてくる。
まずはあの木箱。
不思議なことに木箱に入っているものはいつまでたっても腐らない。
そしてキッチンにある大きい木箱の中身は使った分だけ減っていくけれど中くらいのと小さい箱の中身は減ってもいつの間にか元々入っていた量に戻っている。
これは木箱に石が付いているか付いていないかの違いなのではないかと思う。
そして暖炉の右側に嵌め込まれている赤い石。
なんと暖炉の火を調節するものでした。
弱火 中火 強火、周りに書いてあった文字はたぶんこれだ。
もしや……と思って釜戸を確認すると同じように内側に模様が描かれていて右側に赤い石も嵌め込まれていた。
これに気づいてからは一気に調理がしやすくなった。
それから外にある一番大きな箱。
魚が減ってきたから補充しておこうと数匹捕まえて一旦外の箱に入れてから荷物を置きに家に入った。
それから捕まえた魚をさばくためにすぐに外へ出て箱を開けると魚は綺麗に処理されていた。
外の大きな箱は肉や魚を食べやすいように処理してくれるらしい。
もうこれしかないような現象……やっぱりこれって魔法…………?