19 二人だけの生活
ーー ルウ ーー
ハルにみんなのマカラシャを外してもらった。
みんなの気持ちが……ハルに向き始めたのがわかる。
ごく僅かな変化……
人間に対する警戒心からか、それとも自分達でも気づいているのかいないのかはわからないが……
ハルに対する態度は変わっていないように見える。
だからこの僅かな変化にハルが気が付くはずもなく……
森の家にみんなを連れ帰り事情を説明したが……
正直なところ信じてもらえるとは思っていなかった。
ハルがマカラシャを外せることを…………
僕だって信じられなかった。
信じてはいなかったが、レトは興味本位からハルの状態をみてくれた。
アレスもアドバイスをくれた。
みんなには、信じられないのならハルを治して試せばいい、と言ったが……外せなかったらハルを殺すと言われてしまった。
まぁ……そんなことはさせないし、ハルはマカラシャを外せるからそんなことにはならない。
これまでのことを考えると僕だって人間には嫌悪感しかないからみんなの気持ちはよくわかる。
けれどもハルを殺そうとしたら……容赦はしない。
それに信じられないとは思ってはいても僕のマカラシャが外れているのを見ているから半信半疑なのだろう。
それでいい…………みんなにはハルを治してもらうために協力をしてもらえれば。
それから余計なことを言わないように口止めをした。
ハルはこの世界のことを何も知らない。
僕が教えたこと以外は。
僕達がどんな風に生きてきたかをハルが知る必要はない。
ハル以外の人間との関わり方を僕は変えるつもりはないけれど、ハルに先入観を与えるようなこともしないしハルと人間との関わりを邪魔するつもりもない。
僕が許す限りは。
ハルは僕が嫌だと言うまでずっと一緒にいてくれると言った。
可哀想に……魔族がどういうものか知らないハル。
けれどもそのままでいい。可哀想で可愛い僕のハル。
ハルがマカラシャを外したとわかった時の僕のようにきっと……みんなもハルに興味を持つだろう。
ハルも子供の姿をしたみんなを追い出すようなことはしないだろうから一緒に住むと言い出すことは予想ができた。
本当はすぐに出ていって欲しいけれど、ハルはきっとそう言うだろう。
ハルが再び目覚める前……マカラシャを外す前にみんなにはこの家の隣に家を建てるからそちらに住むようにと言っておいた。
「ここは僕とハルの家だ」
「マカラシャを外してくれればすぐにでも出ていくよ」
この時は人間と住むなんて考えてもいないというような感じだった。
ミアが一番弱っていたからマカラシャを一番最初に外してもらおうとハルのいる部屋へ連れて行こうとするとロゼッタに止められた。
「私も行く」
と。ロゼッタは……敵意が剥き出しだ。
この家にきた頃の自分を見ているようだ。
何かあったら躊躇わずにハルを殺そうとするだろう。
彼女達は……子供の身体なのに特に酷いことをされていたから当然と言えばそうなのだが、その殺意はそいつらに向けて欲しい。
ミアとロゼッタをハルの部屋へ連れていくとハルが挨拶をする。
怖がらせないように優しく、目線も彼女達よりも低くなるように床に膝をついて……優しい僕のハル。
ロゼッタのハルに対する態度が悪いから睨むと改めてくれたようだったが気に入らない。
ハルは気にせずに……いや、気づいてもいなかったのだろう。
ミアに優しく話しかけ、そっとマカラシャを外した。
驚きと嬉しさで泣き出すミアと良かったね、と優しく撫でるロゼッタ、そしてアクセサリーを外しただけなのになんで!? と困惑しているハル。
その後、ロゼッタと他のみんなもハルにマカラシャを外してもらった。
アレスがハルに余計なことを言いそうだったからお茶をいれると言うとハルがおやつを作ると言い出した。
ハルの一言に、これまで魔力を吸われ続けて常に空腹状態のみんなの目が期待に輝く。
熱が下がったばかりだから寝ていて欲しいのに……
ハルは自分も食べたいからと半ば強引にキッチンへ向かった。
キッチンに並んで立つといつも見上げていたハルが小柄で可愛いことに気が付いた。
そして、そんなハルが森で見つけた僕を家まで運び世話をしてくれたことを思うと…………
そんなことを思い出しているとハルも僕を見上げて微笑む。可愛い……思わず抱き締めてしまいそうになる。
隣で僕がそんなことを考えているとは知らず、ハルは手際よく材料を混ぜ型に流し込む。
あとは焼くだけなんだけれど……と考え込んでしまった。
ハルは僕が魔力を使っても負担になることは滅多にないとわかってくれたようだったが、これまでと変わらずあまり僕を頼ってはくれない。
僕が魔力を使い焼くとハルはとても喜んでくれた。
いつものように僕の頭を撫でようとして手が届かなかったことを少し恥ずかしそうにしている様子も可愛い。
僕が膝を床につき撫でやすいようにすると少し戸惑いながらも手を伸ばす。
頭を撫でてくれたあとはいつも抱き締めてくれるのに離れようとするから僕から抱き締めると慌てるハル。
けれども結局そっと僕を抱き締めてくれた。
華奢で柔らかい身体……温かい……大切にしたいような滅茶苦茶にしたいような……様々な欲が渦巻き少し自分が怖くなった。
そんな僕に優しく微笑むハル。
それから思っていた通りのことを口にした。
「ルウ……この子達、帰るところはあるのかな……」
駄目だ、ここはハルと僕の……
「ハル、魔族は早くから自立するものだし群れることもない。それに彼らは僕と同じくらいの大人だ」
それなら魔力が回復した僕も出ていくのか、と言われてしまった……
出ていかない、ずっとハルと一緒にいる。
けれどもハルは子供の姿のみんなが心配らしい。
みんなはマカラシャが外れればすぐにでも出ていくと
言っていたけれどハルが本当にマカラシャを外すと様子は変わっていた。
設計も建てるのも自分達でするから隣に家を建てる、と。
ハルと僕の部屋も作ると言っていたけれど、それは断った。
魔族の家は人間の家に比べると魔道具がほとんどない。
必要がないから当然なのだが、みんなが作る家には魔道具をたくさん用意するのだとか。
魔道具は魔力が回復するまでの間に使う自分達のための物だと言われてしまい、それ以上は何も言えなかったけれども……
おそらく、ハルが遊びに行ったり食事を一緒にすることもあるかも知れないから快適に過ごせるようにしておきたいのだろう。
本当は……みんなにはすぐにでもここから離れて欲しかった。早く二人だけの生活に戻りたかった。
でもハルがみんなの心配をするから……仕方がない。
明日はハルと街へ行く。
マカラシャは城から借りている物だとハルには言ってあるから返しに行くと言うとハルに街へ買い物に行きたいと言われた。
ハルがみんなのマカラシャを外して僕に預けてくれたからすぐに粉々にして処分した。
だから城には用はないのだが……
気になることもあるから少し様子を見てこようと思った。
僕達がいなくなった後の様子もそうだが……ハルが森で出会った馬……魔獣が着けていたと言うマカラシャによく似た金の輪……
ハルはまだ動物と魔獣の区別がつかないようだが……あれは魔獣から魔力を吸い取るものだろう。
誰かがまた作ろうとしているのか……
ハルから聞いた通りの話をしてみんなにもそれを見せた。
「……どこかで似たようなものが複製されているようだね」
まだマカラシャには及ばないけれど……
「放っておけばいずれ……マカラシャと同じものが作られるようになるかも」
アレスがそう言うとみんなは無言で……怒っていた。
「僕は城と街で何か情報がないか探ってくる」
みんなが頷く。
その日の夜……
ハルが暖炉の前で明日街で買い物をしてくるから必要なものはないかとみんなに聞いている。
みんなはさっさと布団に入り、ハルも仕方なく横になる。
夜中、ハルが深い眠りについた頃、僕はハルを抱き上げベッドへ運んだ。
僕もベッドに入りハルを抱き締める。
明日からはまたこの家で二人だけの生活が始まる。