1 森の中の小さな家
ふぅ…………
「だいぶ片付いたかな」
とはいえまだ埃っぽい。
森の中にある小さな家。
リビングとキッチン、トイレにお風呂、寝室と書斎のような部屋。
キッチン……とは言ったけれど電気も水道もガスもない森の中の家だ。
ガスコンロを置くような台はあるけれど……見たことのない仕様に首をかしげる。
変わったところのある家だ……
誰かが住んでいたのはだいぶ前みたい。
二階は無いしベッドのある寝室は一部屋だから一人暮らしだったのかな、と勝手に思っている。
ちょっと手直しが必要なところもあるから、ここにあるものでどうにか工夫して直していこう。
私も一人だからちょうどいい大きさの家だ。
暗くなる前に近場を歩いておこうと思って外に出る。
草が生えて分かりにくくなっていたけれど何度も歩いてできたような小さな道……
その道を歩きながら考える。
ここどこ?
突然のことに訳もわからず、とりあえず目の前にあった家のドアをノックした。
住んでいる人がいい人とは限らないのに……混乱してしまっていた。
家は長い間放置されているような感じで人は住んでいなかった。
だから掃除をした。
掃除をしながらどうやってここに来たのかを思い出そうとした。
確か仕事帰り……
いつもは通らない道を歩いていた。
ここを通ってもアパートには帰れるのだけれども今まで夜の公園は避けて帰っていたから……
昨日……でいいのかな、昨日に限ってどうして夜の公園を歩いたのか……
その日の昼に会社の先輩方が話していたことが頭の片隅に残っていたからだ。
「結構ショックだったなぁ、昔は得意だったのに」
「お前もか、実は俺も子供の練習に付き合って手本を見せようとしたら……できなかったっ」
ショックだよなぁ……という鉄棒で逆上がりができなくなったという話を聞いたからだ。
私も子供の頃はクルクルと連続して回れるほど鉄棒は得意だった。もちろん逆上がりも。
最近運動らしい運動をしていないけれどまさかできなくなるなんてこと……と思っていた。
そう思いながらも帰る頃には確かめたくなっていた……
だから夜の公園を通ることにしたのだ。
残業で帰りも遅くなったから人は少ないだろうし、子供達や人がたくさんいる昼に試してみてできなかったら……
ショックな上に恥ずかしいから今夜がちょうどいいと思った。
公園は思っていたよりも街灯で明るかったけれどもやっぱり昼間とは違って少しだけ怖く感じた。
鞄を鉄棒の端に引っかけてから鉄棒を握る。
せぇーーのっ
回転はせずに着地…………できない……だと……?
そんな馬鹿な、と再び地面を蹴りくるり、と視界が回転する。
やった! できた! と着地をすると……森の中にいた。
驚いている間に鉄棒も消えてドサッと私の鞄が地面に落ちて……そんな感じだったと思う、たぶん。
よくわからないけれど……鉄棒に置いていかれた。
森……知っている森なのか知らない森なのかもわからない……ただ、私が住んでいたのは街の中で森の中ではない。
どうして突然……
水の音が思考を遮る。
川だ……水がある……とりあえずホッとする。
そうか、水場までの道だったのか。
確か家にはバケツもあったはず。
どういう事情かはわからないけれど前の住人は食器や布団なんかをそのまま置いて出ていったらしい。
バケツに水を汲んでもう一度家に戻る。
これで掃除の続きと洗い物もできる。
拭き掃除をしながら改めて家の中を確認する。
書斎の本棚には少ないけれど本があった。
一冊手に取ってみると埃を被っているしだいぶ古そう。
パラパラとめくってみると見たこともない文字……
他の本も見てみたけれどどれも知らない文字だった。
外国の人が住んでいたのかな……それにしても……
字は読めないけれど描いてある絵がなんとも……
ファンタジー……童話みたいな……そんな感じの本なのかな。
あとは植物図鑑みたいな本もあるけれどこちらも見たことのないものばかりが描かれている……
いや……正確には川までの道のりでチラホラ見かけたものもある。
その時点で一つの可能性が頭をかすめたけれどもそんなことはあるはずがない、とすぐに打ち消した。
図鑑に載っているということは、やっぱり私が知らないだけでどこかにはある植物なんだよ。
うん、と納得して寝室へいく。
シーツを洗おう、天気もいいしすぐに乾くかな。
タライに水を張り埃をはらってからシーツを入れる。
布団も枕も干しておいて、洗ったシーツも干しておく。
ソファーに掛けてあった布もついでに洗ってしまおうとまた水を汲みにいく。
これは……結構な重労働だぞ……
家から川までは近いけれどなん往復ともなると……
かといって大きな布を川で洗って流されてしまったらと思うとやっぱり水は汲みにいくほうがいい。
この家にあるものは大切に使わないと。
そう思うのは打ち消したはずの可能性を捨てきれないからか……
蛇口をひねって水が出てくる訳ではないから……というか蛇口もないからどちらにしろ水は川まで汲みに行かないと。
そういう訳だからかは分からないけれど浴槽……と言っていいのか……とりあえず浴槽は浅くて小さめ。
浅いと言ってもギリギリ胸元まではお湯が張れそうな感じ。
足は伸ばせないし肩まで浸かれないけれど、水汲みの事を考えるとこれくらいでちょうどいいと思う。
薪を燃やしてお湯にする昔のお風呂と同じ作りみたい。
リビングには暖炉もあったけれど……来るのか……冬が……
今はまだ暖かいけれど寒くなってきてからでは遅い。
今のうちに備えておかなければ。
そう……私はこの家から動く気はない。
帰りたくない訳ではないけれど、ここにたどり着いた経緯もよくわかっていないし、森は深そう。
川に沿って歩いていれば誰かに会うかもしれないし街とかもあるかもしれない。
でも……出会った誰かがいい人ではないかもしれない。
家にある本の文字も読めなかったし、もしかしたら言葉も通じないかもしれない。
そうなると完全にこちらが不利だ。
しばらくは様子見も兼ねてここに住まわせてもらおうと思う。
もしかしたら私を探しに来る人もいるかもしれないし。
……小さい頃に両親が教えてくれた。
田舎の山の中で暮らしていて、自給自足の生活が好きだという両親の元に生まれたということもあり、子供の頃からたくさんの事を教えてもらった。
火の起こし方、動物を捕らえる罠の作り方と仕掛け方、食料の保存方法、薬草の見分け方、とにかく色々だ。
そんな両親の元を離れて都会で働くようになってからは全く使わなくなってしまった知識だったけれど……
まさか役に立つ日が来るとは……
人生何が起こるかわからない。
自分で対処できないような状況になってもパニックにはならないこと、怖がってもいいけれど同時に鈍感になりなさい、そして周りをよく観察するんだよ。
両親はよくそう言っていた。
小さい頃はよく分からなかったし、成長してからはそれって難しくない? と思っていた。
でも……できていると思う、今。
改めて、両親が教えてくれたことに感謝する。
今は理解できることだけを飲み込んでいこう。
そしてここでの生活を安定させてからわからないところを考えていこう。
何度か家と川を往復してようやく家中を拭き終る。
小さい家で良かった。
ついでにお風呂にも水を張っておいたから後で試してみよう。
玄関のドアのすぐ横には綺麗な模様が描かれた大きな水がめが二つ置いてあった。
模様の中に、嵌まっていた何かが取れてしまったような跡があったけれど近くには何も落ちてはいなかった。
とにかく、割れたりしていなくて良かった。
冬は水汲みも大変だろうからその時に使っていたものかもしれない。
後で綺麗にしてから使わせてもらおう。
水がめを横目にみながら外へ出てシーツや布団を取り込んでベッドを整える。
これで今夜はベッドで寝られる。
あとは……薪がどのくらい残っているか確認しておかないと。
家の外の少し長めに張り出した軒下に積み上げられている薪は冬を越すには不安な量だった。
お風呂でも料理でも毎日使うし……やっぱり全然足りない。
当分は薪割りと食料の確保を中心に動くことになりそうだ。
庭に畑も作りたいし……せめてあの植物図鑑を読むことができれば……
でも、見たことがあるものも生えていたから、まずはそこから。
よしっ、やるべきことも見えてきたし、少し休憩!
洗い立ての布を被せたソファーに座ると途端に眠気が襲ってくる。
そういえば……仕事帰りに歩いていた時は夜だったのに森を歩いている時は明るかった。
寝ていない……
恐怖やら不安やら緊張やらいろいろな感情がごちゃ混ぜになっていたけれど……今夜の寝床を整えたとたん吹き飛んでいた眠気が戻ってきたみたい……
ベッドに向かうこともできずソファーに横になり目を閉じる。
目が覚めたらアパートの自分の部屋ならいいな……
もしそうじゃなくても……これから……ここで……
……生きていけるよね……