表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

格ゲーのキャラ愛は嫁を召喚するか?

作者: 夢穂六沙

   ☆1☆


 紫色のサイド・テールにまとめた髪、紫色の瞳、紫色の唇、紫色の袴と上着。

 紫づくしの少女が、どことも知れない超高層ビルの屋上、ヘリポートの上で武道の型を構え、凜とした闘志を燃やしている。

 嵐の夜。

 時折、滝のような雨が吹き荒れるなか、対峙した男もまた、構えを取る。

 ほっそりとした少女とは対照的に男は力士のように丸々と太った巨漢だ。

 赤い髪、赤い瞳、赤いシャツ、赤いジーンズ。

 赤色づくしの男が巨体を小刻みに揺らしリラックスするためか、右手を軽く振っている。

 睨み合う二人が同時に離れた。

直後、少女が前ダッシュ。

 右足を突き出す形でトゥキックを繰り出す。

 男は巨体に似合わぬジャンプ力で少女の攻撃をかわす。

 空中で一回転、そのまま少女に浴びせ蹴りを喰らわす。

 少女の体が硬いコンクリートに叩き付けられる。

 衝撃でゴムマリのように跳ね上がる少女に向かい、男がさらに太鼓腹を突き出して少女に突進。

 腹アタックだ。

 強烈な体当たりに少女の身体が屋上の柵まで吹っ飛ぶ。

 超高層ビルの柵の外には目も眩むような煌々たる夜景が広がっている。

 平時なら単に美しい夜景だが…男がさらに追撃を試みるが、受け身を取った少女が右手に転がり攻撃をかわす。

 起き上がり途中、少女は素早く両腕を男の身体に滑り込ませ巨体を掴みあげるや、軽々と背負い投げを決める。

 男をコンクリートに叩きつけ、バウンドした勢いを利用して、さらに逆方向に男を天高く放り投げる。

 放物線を描き落下する巨漢めがけ、少女がジャンプキック。

 男を浮かし直す。

 着地と同時に少女が踊るように、

 下段キック、

 上段パンチ。

 右、左、と手刀を叩き込む。

 最後に両手を拝むように合わせ、振り下ろす。

 巨漢がコンクリートに叩きつけられた。

 今度は男がゴムマリのように弾む。

 少女が猛ダッシュ。

 右パンチ→肘打ち。

 流れるように技を決め、ついに、男が力尽きる。

 どしゃ降りの雨の中、膝をつくと、ゆっくり水浸しのコンクリートのなかに崩れ落ちる。

 僅か数十秒の攻防。

 だが、勝敗は一瞬で決まる。

『乱樹! ウィン!』

 空間にメッセージと共に合成音声が響き渡る。

 現実世界のようにリアルな仮想現実世界。

 大人気・対戦格闘ゲーム、

激拳げきけん9〉

 少女は激拳9のキャラクターの一人だ。

 名前は、

巴乱樹ともえらんじゅ

 俺が使用するメインキャラクターだ。

 ちなみに、対戦相手・リングネーム〈サニー最高〉が使っていた男性キャラクターは、〈デーブ〉。

 かなりの強キャラだ。

〈サニー最高〉とはオンライン上で何度か戦っている。

 今日は運良く俺が勝てた…ちなみに俺のリングネームは〈ミルキーウェイ〉。

 苗字が天之川あまのがわだから。

 名前は東威とうい…まあ、どうでもいいことだが。

 その後、オフライン、オンライン、ともに対戦相手が現れなかったため、CPU戦終了後、360度フルスクリーンの大型筐体を出てゲームセンターをあとにした。


☆2☆


「あぢぃぃぃ~」

 新宿南口、最大のゲームセンター〈大東だいとうステーション〉を出て駅へと向かう。

 途中、脳みそが溶ろけそうな暑さに俺は思わず呻き声を上げる。

 エアコンの効いたゲーセンとは雲泥の差だ。

 9月半ば、彼岸をとうに過ぎたのに、この猛烈な暑さ…どう考えても異常だ。

 帰宅部の俺にはエラくこたえる。

 帰宅部なのは、放課後ゲーセンで激拳9をプレイするためだ。

 俺が通う〈都立・虹祭にじまつり高校〉は、新宿南口、新宿御苑の手前、駅から歩いて十分ぐらいの距離にある。

 通学途中にゲームセンター大東ステーションがあるので、俺は日々、部活も学業もそっちのけで、対戦ゲーム、激拳9の毎日を送っている。

 とはいえ、一日の対戦は昼飯代のワンコイン五百円ぶんだけ。

 パン代、百円を差し引いた四百円だ。

 ワンゲーム五十円なのでたったの八回。

 悲しい現実だ。

 ところで、虹祭高校は有名な進学校だ。

 かなりレベルが高い。

 当然、クラスメートのほとんどはゲームなどという俗物とは縁の無い優等生ばかりだ。

 俺自身、隠れゲーマーとして激拳9をプレイしているし、その事は誰にも話してない。

 激拳9に話を戻す。

 俺が激拳で乱樹をメインキャラクターにしたのは、中学三年。

 激拳8、激拳9の前バージョンからだ。

 それまでの激拳シリーズはオヤジキャラがやたらと多い、玄人向けなマニアックなゲームだった。

 が、激拳8は違った。

 システムを一新、爽快なアクション、美しいグラフィック、耳に残るBGM。

 さらに、新たに加わった斬新なキャラクター(乱樹含む)によって、まったく新しいゲームとして生まれ変わった。

 激拳8は世界中で爆発的に大ヒットを記録した。

 新キャラクターとして加わった紅一点、巴乱樹は世界中のプレイヤーの圧倒的支持を得た。

 俺自身、乱樹を一目見たその瞬間に、一目惚れに近い衝撃を受けた。

 そのグラフィックを初めて見た時は、本当に一人の少女が存在しているのではないか? 

 と錯覚を覚えたほどだ。

 やがて、激拳8はゲーセンから家庭用ゲーム機に移植された。

 中坊の俺は激拳8を購入し完全にハマった。

 俺は寝ても覚めても乱樹をプレイし存分に楽しんだ。

 乱樹はただの可愛い女の子キャラじゃなかった。

 格ゲーキャラとして非常に完成度が高かった。

 乱樹の〈巴流古武術〉という架空の技も妙にリアルだ。

 その後、続編の激拳9が発売され、一部の激ケナー、激拳ファンの呼称の一つ。

 の間では、一世代前の女性キャラという評価もあるが、完成度の高さもあり、乱樹は今だに根強い人気を誇っている。

 乱樹は使えば使うほど、戦えば戦うほど、味の出る、飽きのこない不思議なキャラだ。

 俺は一時期、乱樹に夢中になりすぎて、二十四時間、不眠不休、七転八倒しながらゲームをしていた。

 そんなある日。

 俺はうっかり、クラスの男子に激拳9で乱樹を使用している事を口走ってしまった。

 中学生というものは、身体はデカくても中身は小学生だ。

 乱樹の件は痛恨の失言だった。

 翌日から俺は〈ハードゲーマー〉だの〈女キャラ使い〉だの〈ネカマ※インターネット上で女の振りをする人〉だの〈オトコオンナ〉だの、〈グレンとグレンダ〉だの、散々、陰口を叩かれた。

 つまり、イジメの格好のマトとなった。

 しかし、時期的に高校受験のシーズンが間近に迫っており、俺は心機一転、この不当なイジメから解放されるべく、猛烈に勉強を始めた。

 イジメっ子どもが到底、合格しえないレベルの高い難関高を目指したのだ。

 それが虹祭高校だった。

 俺の努力は実を結び、見事、虹祭高校に受かった。

 そして、俺の目論見通り、俺以外に虹祭高校に合格した生徒はいなかった。

 俺の生活に再び平穏が戻った。

 以来、俺は誰にも知られることなく、隠れゲーマーとして、日々、激拳9をエンジョイしてきた。

 そう、今日、この日までは…。


☆3☆


 俺は素早く後ろを振り向いた。

「誰も、いないな…気のせいか…」

 最近、妙な視線を感じる。

 誰かが俺の後を付けている…そんな感じだ。

 まさか、虹祭高校の生徒が俺を付け回す。

 なんてことはないだろうが…。

「用心するにこしたことはない…」

 周囲を見回した俺の視界に〈トーワ・レコード〉ビルの巨大モニターが目に入る。

 最近、流行っている、岡月律子なる新人歌手のミュージック・ビデオが流れていた。

 その映像が突然暗転、ニュース速報に切り替わる。

『…ただ今入った情報によりますと、神奈川県・三須賀・特二区におきまして、大規模な爆発事故が発生した模様です。詳しい情報が入り次第、引き続きニュースをお届けします。なお、一部住民による目撃情報によると、事件現場近くにゲームのキャラクターのような異様な生物がいた。との情報があり人々のあいだで情報が錯綜していますが…』

 云々。

 ここのところ立て続けに奇妙な事件が続いている。

 曰く、

『ビルの倒壊現場に〈ドラクリⅩ〉の〈スラリーム〉(モンスター)が現れた』だの、

『大型自動車の衝突事故現場に〈モンダン〉の〈マウント・ヒヒ〉(モンスター)がいた』だの。

 なんだか、ゲーマーを対象にした新手の嫌がらせみたいに思えるが、ネット上のスレでは一般人が実際に事件を目撃したとの例もあるので、一概にゲーマーを批判しているわけではないようだ。

 もっとも、大多数の報道機関は、これらの事件をゲームと妄想の区別がつかないゲーマーの虚言、妄言。

 と信じて疑わないが、

 現実は虚構より奇なり。

 様々なニュースを見聞きした俺のマイノリティ・レポートとしては、実際に何かが起きている。

 そんな感じがする。

 あくまで俺の感想だが。

 一連の事件が何なのか、はっきり分かるのは、もう少し先の話だ。


☆4☆


「おはようございます。天之川東威君。今朝もさわやかないい天気ですね。え? 残暑が厳しくて辛い。それはいけませんね。千葉祭子ちばさいこも辛いことがあります。校門付近までドイツの高級車〈オウディ〉で送迎されていますが、クーラーが効き過ぎてかえって寒いぐらいです。祭子は冷え性なんです。女の子にとって冷え性というのは、生涯付きまとう困った問題なんです。ところで、高校生にもなって、いまだに執事・羊谷源治郎が送迎するというのも、超・過保護ではないかと思います。祭子は一人で登校出来る。と、羊谷源治郎に言っているのですが、執事・羊谷源治郎は、

『世界的大手家電メーカー〈サニー〉CEOの千葉祭次郎様の一人娘、千葉祭子お嬢様に万一の事があっては、執事・羊谷源治郎の名折れ、世界的な大いなる損失です。執事・羊谷源治郎、身命を賭しても、お嬢様の安全をお守り致します』

とかなんとか言って、聞きいれません。子供じゃないんだから、お守りなんて必要無いんです、でも駄目なんです。信じられません。いつまでたっても子供扱いです。天之川東威君も酷いと思いませんか? …天之川東威君も酷いと思いますよね? 思いますよね? …え! やっぱりそう思いますか! そうですよね! …これで、祭子と天之川東威君との間に共通点が一個増えました。これからも増えると嬉しいな。それと突然ですが、今日はクラスの席替えがあります。せっかく同じ高校に入ったというのに、いつまでたっても名前順で席に座る。というのは、一体どういうことなんでしょう? 祭子的にかなり不満だったんですが、ようやく…天之川東威君の隣の席に座ることが出来ます。…? 何か不審な点でもありますか? ああ、何故、祭子の隣に座ることが確定なのか? …という事ですね。それは勿論、裏工作と政治的圧力を掛けまくってですね、ギュウ~っと、…いえ、今のは単なる独り言です。気にしないでください。つまり、祭子にはわかるんです! きっと、天之川東威君の隣には祭子が座る運命にある! と、いずれ祭子の力。そう、大いなる力が天之川東威君には必要になる…と思うんです。だから、祭子の隣に座ることは確定事項です。天之川東威君の周囲に、なにかと迷惑な事件が起きるかもしれませんが…なにしろ私はビルと孫さんの中間ぐらいの資産家の一人娘。しかも、眉目秀麗、スタイル抜群、成績優秀、スポーツ万能…と四拍子揃っていますから。この世の至宝のごとき千葉祭子の隣に座る奴がなんだって、こんな、ごく普通の、冴えない帰宅部男子、天之川東威なんだ! と怒鳴る男子生徒も大勢いると思います。嫉妬の炎が燃え上がり、クラスが炎上するかもしれません。ですがご安心ください。執事・羊谷源治郎が監視カメラで校内を隈無く監視し万が一に備えて常に目を光らせいてますから…あっ、もうホームルームの時間ですよ。

 起立! 礼! 着席!

 ではまた、のちほど、お話の続きをいたしましょう、天之川東威君」

「その…説明的長台詞を…長々と、どうも、ご丁寧にありがとう」

 千葉の話は朝の登校中、校門で会うなり始まり、教室に入ってからも続き、ホームルームの直前でようやく終わった。

 ほとんど聞き流していたが…ちなみに、千葉が話していた通り、教室の席がいつの間にか替わっていた。

 俺の隣の席には当然のように千葉が座っていた。

 俺はぼんやりと千葉がそんな事を話していたなと思い出す。

 が、激拳9の乱樹の新コンボ・メニューの組み合わせが、それに即座にとって代わった。


☆5☆


 一時限目の現国が始まるなり千葉が机を寄せてきた。

「教科書を忘れてきたので見せてください、天之川東威君」

「千葉…机の中に現国の教科書っぽい本が見え隠れするのは、俺の気のせいか?」

「これは保存用です。なので使えません。天之川東威君の教科書を見せてください」

「しょうが無いな…でも、俺の教科書は落書きがあるから見づらいぞ。それでも良ければどうぞ」

 俺が教科書を開いて見せる。

「天之川東威君の落書きですか?」

 ほっそりとした白い繊細な指先を、うっすらと輝く桜色の唇に押し当て

「むしろ、興味があります。男子生徒の教科書の落書きを見るのは初めてですが、いかがわしい内容でなければ、是非とも見せてください」

「Hな落書きじゃないけど…たぶん、普通の人は理解に苦しむだろうね」

 俺は教科書の落書きを千葉に見せた。

 余白にビッシリ書き込まれた数字とアルファベットの記号に千葉が、薄墨で一息に引いたような美しい眉根にシワを寄せて考え始める。

「これは…一体、何でしょうか? 何かの暗号でしょうか?

(3RP)9LK~RP・LP~RP・LP・WP~66RP・LP…、

 間違いなく暗号ですね。すでに秘密に気がついて、何者かと通信しているとか? そういう事でしょうか? それにしては…教科書に書かれた暗号はローカルで安全性に問題がある気がしますが…」

 千葉から、暗号とか、秘密とか、通信とか、よく分からない単語が出てくる。

 とりあえず、

「いや、全然、暗号とか、秘密とか、通信とか、そんなもんじゃないし。これは、俺にとっての修行の一環みたいなものだから」

「え!? 修行ですか? どういう事でしょう? ますます、わけが分かりません」

 千葉の澄んだ瞳が何らかの意味を見い出そうと懸命に記号を見つめる。

 その間にも授業が進むので、仕方なく諦めたのか、ノートを取り出し写し始めた。

 俺も最所にこの記号を…激拳9の〈コンボ・レシピ〉をネット上で見た時は、何が何だかチンプンカンプンだった。

 とりあえず初心者向けの激拳9講座を片っ端から検索、調べてみた結果、ようやく記号の正体を理解することが出来た。

 記号の意味は、分かりやすいところで、

 RP、LPは、

 右パンチ、左パンチに対応している。

 それは、なんとなく分かる。

 問題は数字のほうだ。

 分かればどうということもない当たり前の事だが。

 つまり、数字はレバーの方向を示している。

 キャラクター右向き時、


 四つボタン、


 RP(右パンチ) ○ ○ RK(右キック)

LP(左パンチ)  ○ ○ LK(左キック)


     7   8  9

               ↑

  八方向レバー  4 ← N → 6

                ↓

     1   2   3


 数字の1がレバー左下、

 真下が2、

 右下が3、

 続いて、レバー左が4、

 中央は数字の5ではなくアルファベットのN、

 これはニュートラルを意味する。

 レバー右が6、

 あとは左上7、真上8、右上9、

 WはRP、LP、もしくはRK、LK、同時押し。

 66など数字が続く時は素早く同じ方向にレバーを二回入力する※数字の数だけ入力する。

 この記号で記されたコンボ・レシピをネット上で調べ尽くし、教科書をメモ代わりに使って、授業中並びに休憩時間を利用してイメージ・トレーニングをする。

 それが、俺の校内における重要な日課となっている。

 時にはエア・レバー、エア・ボタンで操作の練習をする時もあるが、エア操作は非常に目立って危険なため、余程のことがない限り自重している。


     ☆6☆


 午前中の授業が終わって、ようやく昼休みになる。

 教室では何人かが集まって弁当を広げたり、学食に食べに行ったり、あるいは購買へ買い出しへと走るなか、特に親しい友人もいない俺は黙々とスマホ片手にアンパンをカジっていた。

 すると、隣に座ってゴージャス弁当、三人分ぐらいの分量有り。

 を広げた千葉が取り巻き連中を差し置いて、

「よいしょっと」

 自分の机を俺の隣に寄せてきた。

「天之川東威君、一緒にお弁当を食べましょう。執事・羊谷源治郎が、いつもお弁当を作り過ぎるので、いつも残ってしまうんです。よろしければ、お一つどうぞ」

 俺は慌ててスマホ画面を待ち受け画面に切り替える。

 俺にとって昼休みは激拳9の対戦動画を研究する貴重な時間なのだ。

 百聞は一見にしかず。

 だが、女の子から弁当をもらうという珍事は幼稚園以来のことだし、高校生の食欲はハンパじゃないので、素直に好意を受け取る。

「ありがとう、千葉。実は…アンパンだけじゃ物足りなかったんだ。パン代はもらっているけど、別の方面で使うからな…というか、美味いね、この弁当。バカウマだよ。モグモグ」

 俺は千葉のゴージャス弁当に舌鼓を打った。

 千葉が笑い、

「そうおっしゃっていただくと、執事・羊谷源治郎も喜びます。ところで、お昼のパン代を節約してまで何をなさっているのですか? それに、先ほど見ていたスマホ画面に…何か動画が映っていたような気がするのですが? 何か、関係があるんですか?」

 ギクリ!

「いや…べつに、それより、何の動画か…見えたりした?」

「いいえ、ハッキリとは…いかがわしい内容の映像ではなかったような気はしますが…」

 ホッ!

「そうなんだ! 良かった~!」

 とりあえず危険は無いようだ。

「その…パン代の使い道は、動画と関係があるような、ないような…とりあえず趣味に使っているけど」

「どういったご趣味ですか? 祭子はそこがとても気になります」

「いや…たいした趣味じゃないけど…しいて言えば…ちょっと、子供っぽい趣味かな」

「よろしければ家族構成を教えてください」

「えっ? 何で俺の家族構成を!?」

「嫌ならべつに構いません」千葉が瞳を潤ませる。仕方ないな。

「いや、それぐらい、別にいいけど。普通だと思うな。両親は二人とも保険調査員で普通のサラリーマン。俺は長男で一人っ子。田舎の祖父母は年金暮らしで、ともに健在。他には…たまに田舎に帰ること…ぐらいかな。それが何か?」

「本当にごく普通ですね。家庭の事情や育った環境は発現状況とは関係無い。ということでしょうか? あ、後半の台詞は独り言です。気にしないでください」

 気にするよ! 千葉が艶然と微笑みを浮かべ、

「箸が止まっていますよ、天之川東威君。ご趣味の方に力を入れ過ぎて寝食を忘れる。それは、若者の特権の一つですが、それも丈夫な身体あって初めて出来る事です。きちんと食事を摂らないと、真の実力を発揮することは出来ません。でも、今日は大丈夫ですね。ちゃんと食べていますから。きっと、勝率アップ間違いなしです」

「えっ!? 勝率!?」

「いえ…醤油率をアップしたほうが間違いなく美味しいかと思いまして」

 千葉がドバドバ醤油をかける。

「ちょっとした聞き間違いですよ。ふふふ」

 ふふふ、じゃないよ! 

 なんか怖いよ! 

 ていうか醤油入れすぎ! 

 でも、確かに勝率って、言ったような気がする。

 俺は千葉の微笑みに騙された気分になりながら、醤油の味しかしない卵焼きを口に放り込んだ。


☆7☆


 放課後、掃除当番に当たった俺は一分でも早くゲーセンへ行きたい衝動をこらえながら、一生懸命、掃除を頑張るかといえばそうでもなく。

 掃除はメンドイので、適当に喋りながらノンビリこなした。

 ゲーム以外の仕事は集中力ゼロである。

 ゲーム以外の事柄に関して、仮に集中したとしても、CMをスッ飛ばしたアニメを二十分見るのが俺の限界だと思う。

「では天之川東威君、祭子はゴミ箱のゴミをゴミ置き場に出してきます。なので、しばらく一人になりますが、その間、その他、大勢の方々と仲良く掃除なさって、落ち込んだりしないようにしてください。私はすぐに戻りますから、それまでの辛抱ですよ」

 千葉がグッと親指を立てる。

「俺は一人でも掃除は適当にやるし、変に落ち込まないから、全然、大丈夫だよ」

 今日の千葉は不可思議な行動と言動がやたらと多い。

 ゴミ箱を持って教室を出ようとする千葉に、愛堂舞人あいどうまいとが声をかける。

 女に甘く、男に容赦がない。

 という、腹黒色男だ。

 一緒にゴミを出しに行こう。

 とかなんとか言い、千葉に声を掛けるが、千葉はあっさり首を横に振ると、

「一人で大丈夫です」

 と、はっきり言う。

 あとに残った愛堂が俺を睨み付け、

「今日一日、たまたまマグレで千葉さんに声を掛けてもらったからといって、いい気になるなよ、天之川。オレの実力はこんなもんじゃないからな。そもそも、千葉さんと天之川じゃ、不釣り合いにも程がある。自分の程をわきまえろ」

「千葉が勝手に声を掛けてくるだけで、不釣り合いとか言われてもピンとこないな。それより、千葉のケツばかり追っていると、他の女子から嫌われるんじゃないのか?」

 愛堂が周囲に女子がいないのを確認し、

「千葉さんと比べたら他の女など腐ったクズ芋同然、何の価値も無い。千葉さんの価値も分からない天之川も同様だがな」

「千葉のどこがそんなにいいのやら、悪い奴じゃないと思うけど、ただそれだけだな」

「なにを言うんだお前は? ビルと孫さんの中間ぐらいの資産家の一人娘で、眉目秀麗、成績優秀、スタイル抜群、スポーツ万能、と四拍子揃っている、この世の至宝のごとき女性じゃないか、そんなことも分からないのかお前は? まったく、呆れ果ててものが言えんな」

「あ、その四拍子、さっき千葉が言ってた」

 俺が、あはは、と笑う。

 愛堂が会話を打ち切る。

 チッ、

 とか舌打ちをし、掃除に戻る。

「これだからマグレで入学した一般人は…」

 とかなんとか毒づく。

 愛堂がなんと言おうと俺は乱樹一筋だ。

 早くゲームがしたい。

 愛堂がガタゴト机を運びながら、その中から落ちそうになったスマホを片手で受け止める。

 その待ち受け画面を見て顔色が変わる。

「何だ? これは? モンダンの…〈ソード・ドラゴン〉の待ち受け画面じゃないか。高校生にもなって、小学生みたいな待ち受けをスマホに入れる奴がいるとはな。情けない奴だ。誰の机だ? この机は?」

 机の中をのぞき込む愛堂。

 モンダンとは、モンスター・ダンジョンの略で、小学生の間で大流行しているアクション・ゲームだ。

 ゲーム内容はダンジョンに入って制限時間内に特定のモンスターを倒して賞金をゲットする、というシンプルなものだ。

 その賞金で装備を整え、自分のキャラクターを強化する。

 時折、モンスターが落とす卵をかえして育てると、戦闘時のサポート・モンスターになる。

 モンスター集めもゲームの楽しみの一つだ。

 ソード・ドラゴンはかなりレアなモンスターで、待ち受け画面も相当、高額な賞金を必要とするはずだ。

葉門狩矢はもんかりやの机か。まさかこの学校にその手の趣味の人間が紛れ込んでいるとは驚きだな。この事実はクラスの女子は勿論、男子にも速やかに伝えて、どう対処するか協議しなければならない。明日から楽しみが一つ増えたな」

 愛堂が嫌らしく嗤いながらスマホを葉門に返す。

 葉門は何も言えずに石のように固まっている。

 同じゲーマーとして放っておけない。

 俺は葉門を援護射撃する。

「俺が葉門に頼んだんだよ。知り合いの子供がスマホの待ち受け画面にソード・ドラゴンを使いたいって、せがむから」

「なんだ、天之川。お前もご同類というわけか。同類、相哀れむとはこのことだな。千葉さんに興味が無いのも、それで頷ける」

 嗤いが消え去り怒りに変わる。

「千葉さんより、この世に存在しないゲームの中の女が好きってわけか。見損なったぞ、天之川。それでは千葉さんがあまりに可哀想すぎる」

 愛堂の関心が俺に向いた。

 どうせ隠し通せる趣味とは思っていない。

 が、少し早くバレすぎた気がしないでもない。

 まあ、残りの高校生活は全校生徒VS俺。

 という、嫌がらせの構図が再確定した、という事だ。

 愛堂の怒りが葉門より俺に向いたのは、援護射撃した甲斐があるというものだが。


☆8☆


「モンダンのソード・ドラゴンの待ち受け画面、もうゲットしてくれたんですね、天之川東威君…それに葉門狩矢君。さっそくメールしていいですか? 知り合いの小学生、炎狼蘭ほむろらんちゃんに早く待ち受け画面を送りたいんです」

 千葉が救いの手を差し伸べる。

 葉門は何の事か分からず呆然としている。

 俺は渡りに船とばかりに葉門からスマホを奪い取り千葉に渡した。

 千葉が待ち受け画面を素早く添付しメールで送る。

 すると、返信メールがすぐに届いた。

 女の子らしい絵文字入りの感謝の言葉が並んでいる。

 愛堂が驚きながら、

「ばっ、ばかな…しかし…千葉さん、本当に天之川に待ち受け画面を頼んだんですか?」

「ええ、そうですよ。今、祭子のスマホに炎狼蘭ちゃんからの通話も繋がったみたいなので、話してみますか? 愛堂舞人君」

 スマホのスピーカーから、

『祭子お姉ちゃんサイコー』

 とか駄洒落のような感謝の言葉が響く。

「いや…べつに疑っているわけではなくて、その、ちょっと、気になったものですから…」

 愛堂がうろたえる。

 珍しい光景だ。

 千葉が炎狼との通話を終えた頃を見計らい、

「どうやら疑いが晴れたようだな、愛堂。掃除も終わったことだし、俺はもう帰るからな」

 俺が逃げるように帰ろうとすると、千葉が駆け寄り、

「待ってください天之川東威君! 一緒に帰りましょう! そうだ、待ち受け画面のお礼もしたいので、葉門狩矢君も一緒にどうですか?」

 俺は口ごもる、

「いや、でも…」

 早く帰って激拳9をやりたい! 

 という言葉を飲み込む。

 かわりに疑問を口にした。

「執事の送り迎えはどうなった?」

「執事・羊谷源治郎には、とっくに許可を取ってあります」

 葉門も煮え切らない。

「ええと、その、どうしよう、かな…」

 と迷っている。

「そんなことを言わないで、二人とも一緒に帰りましょう」

 千葉に押し切られた。

 俺と葉門の腕を掴むと、さっさと歩きだす千葉。

 その場に取り残された愛堂は、狐につままれたようにポカ~ンと口を開けて三人を見送った。


☆9☆


 校舎を出てから、しばらく歩くと葉門が申し訳なさそうに、

「あの、二人とも、僕をかばってくれて、本当にありがとう…じ、じつは、あの待ち受け画面は…その…」

 葉門が言いづらそうなので、俺は先にカミングアウトした。

「おっと、その前に、俺も少し言っておかなきゃいけないことがある。実は俺、格闘ゲーム激拳9の大ファンで、しかも使用キャラは女キャラの巴乱樹。でも、ネカマじゃないし、2次元オンリーでもないから安心してくれ。純粋に乱樹のファンなだけだ。高校生にもなって格ゲーファンっていうのも、かなり恥ずかしいけど…いままで隠していて悪かった」

 葉門がホッとした表情に変わり、先程とは違う打ち解けた様子で、

「天之川君も、やっぱりゲームをしていたんだ。じ、じつは、僕も…その、モンスター・ダンジョンの大ファンで…このソード・ドラゴンは初めてゲットしたレアモンスターなんだ。今でも僕の大事な相棒で、でも、うっかり、待ち受け画面をそのままにしていたら、愛堂君に見つかってしまって、あの時は本当に、どうなることかと、ヒヤヒヤしたけど…二人のおかげで助かったよ。愛堂君は、そういうの凄い、嫌いみたいだから…」

 千葉が凜とした堂々たる声音で、

「お二人ともゲームファンであることを隠しておいでのようですが、かくいう祭子もじつはゲームファンです。いいじゃありませんか、ゲームぐらい。趣味は人それぞれ、他人の趣味をとやかく言う方が無粋というものです。犯罪を犯したわけじゃあるまいし、どんな趣味を持とうと非難されるいわれはありません」

「でもな~、虹祭高校はレベルが高い高校だからな、やっぱ気にするよな」

 今回の件が無ければ、たぶん俺は卒業するまで隠し通しただろう。

 葉門も頷き、

「そうだよね。みんなが愛堂君みたいに毛嫌いしているわけじゃないけど、でも、白い目で見られるのは嫌だな。それに、僕は中学時代にゲーマーとか言われて結構ひどい目にあった経験があるから。もう、すっかりトラウマだよ」

 俺は少し驚いた。

「葉門も俺と同じ過去があったんだな。やっぱ、世間の目は厳しいものだな。そっち系の趣味に対しては…」

「お二人とも大変だったんですね。祭子はサニー・エンタテインメント、PZ7(プレイゾーンセブン)の開発者でもある父、サニーCEOの千葉祭次郎の影響で、子供のころからゲームは大好きでした。それに、ジャパニメーション。クールジャパンも大好きでした。でも、そんな祭子に対して、とくに非難する人はいませんでしたから」

 そりゃサニーCEOの娘だからな。そういえば、千葉は入学したての頃、よくクラスメートや俺にゲームやアニメの話題を振ってきたな。すこぶるレスポンスが悪くて、結局、そういう話をしなくなったけど。千葉の話しが続く、

「時折ネットで、そういったたぐいの中傷記事を興味本位で読むこともありましたが、非難や中傷の渦中にある人の本当の気持ちまでは理解出来ませんでした」

 世の中には知らないほうが幸せな事もある。

「でも、今日の愛堂舞人君の振るまいを見て、少し、それが分かった気がします。あんな風に人を見下したり、嘲笑ったり、居丈高に怒ったり、ひどい態度をとられたら、きっと誰でも悲しいと思います」

 俺は少し千葉を見直した。

 どうやら彼女はただのお嬢様ではなく、そう、言うなれば…彼女はつまり、お嬢様ゲーマー、お嬢様アニメファンなのだ! 

 毛並みは違うが、俺や葉門と同じ、あるいは限りなくそれに近い、ご同類。

 いわば同志だ。そうと分かれば遠慮はいらない。

 俺は思いきって二人を誘ってみた。

「俺は…これから新宿一のゲームセンター、大東ステーションで激拳9の対戦をしようと思っている…けど、二人は、これからどうする?」

 千葉が先に応える。

「えっと…ちょっと怖い気もしますが、こう見えても祭子はPZ7のオンライン対戦で、激拳9もひとかたならずやり込んでいます。でも、じつは、今まで一度もアーケード(ゲームセンター)で対戦したことはありません。でも、やっぱり、いつかはアーケードデビューを果たして激拳9の対戦をしてみたいです」

 え? 

 マジ? 

 激拳9派なの? 

 女の子で格ゲーの、しかも激拳9派っていうのは珍しい。

 普通、ガンドームXX(ロボットアニメの2ON2対戦)とかのキャラゲーに走るものだけど、俺はちょっと質問した。

「激拳9の使用キャラは誰だ?」

「デーブです。防御力が高いうえに、出の早い強力な技をたくさん持っているので」

「腹アタックとかな…」

 いや、まさか…な。

 昨日のデーブとは関係ないだろう。

 激拳9はPZ7の家庭用オンライン対戦とも繋がっているが、対戦相手は世界中からランダムに選ばれる。

 知り合いと対戦するならフレンド登録するしかない。

 偶然、知り合いと対戦することは、まず、あり得ない。

 葉門は聞くまでもなかった。

 俺たち三人は揃って大東ステーションへと向かった。


☆10☆


 大東ステーションの地下二階は、対戦ゲームの大型筐体が数多く設置されている。

 激拳9も十台以上あるので、連コインで筐体を独占する悪質なゲーマーはいない。

 葉門はモンダンの筐体に移動し、俺と千葉は激拳9の大型筐体に入った。

 向かいあって設置される筐体の反対側に座った千葉が俺の対戦相手になる。

 対戦相手がいない場合は自動的にオンラインに繋がり、世界中から対戦者を探してくれる。

 千葉が歓声の声をあげた。

「こ、これが、アーケード版、激拳9の大型筐体ですね! 噂には聞いていましたが…これほどとは…感動です!」

「360度フルスクリーンだと、本当にゲームの世界に入ったみたいな感じだろう」

「そうですね! テレビの画面とはケタ違いの迫力です!」

「さっそく激拳9の対戦を始めてみるか」

 千葉のリングネームは…何故か伏せ字になっている。

 個人情報になるのでリングネームを公開するか非公開にするかは本人次第なのだが。

 俺は乱樹を選択し、千葉はデーブを選択した。

 激拳9はゲームのキャラクターをカスタマイズ出来る。

 服装やアイテムなどのカラーの変更が出来る。

 俺は乱樹をカスタマイズし紫のイメージに統一している。

 千葉はデーブに赤のイメージを使っている。

 昨日対戦したデーブとそっくりだ。

 対戦が始まる。

 俺と千葉、乱樹とデーブの激しい攻防が始まる。

 三本先取制なので、俺は全勝するつもりだったが、千葉に一本取られた。

 油断大敵。

 やはりデーブは強キャラだ。

 女の子が使っても強い。

 ただ、千葉のデーブの使い方には最も基本的なテクニックが抜け落ちている。

 基本中の基本、バックダッシュ・キャンセルをあとで千葉に教えてやろう。

 ゲームを終えた俺が筐体を出ると、待ち構えていたかのように千葉が両手を胸の前で組み合わせ、

「師匠! 今日から天之川東威君のことを、祭子の…師匠と呼ばせてください!」

「はあ!? な、なに? なんなの、この…超・ありがちな展開は!?」


☆11☆


「ちょっと待ってくれないか、師匠にするなら俺より強い激ケナー(激拳プレイヤー)が他にたくさんいるはずだよ」

「たしかに上手い人はたくさんいます。でも、祭子はただ強いだけではなく、楽しくプレイする人がいいんです。自分の使用キャラを愛し、とことん、そのキャラクターを追求し、限界までキャラの性能を引き出す。そういう試行錯誤を続ける。そんなゲーマーが必要なんです。勝つためだけに〈待ち〉→〈確反〉とか、〈強力な技〉を出し続けるとか、そういう人では駄目なんです。誰も見たことのない、予想もしえない戦い方、予想を遙かに超えた戦い方、そういう戦い方をする人が祭子には必要なんです。天之川東威君のような戦い方をする人が、〈キャラ愛〉にあふれた人が必要なんです」

〈待ち〉→〈確反〉というのは、積極的に戦わないで相手の攻撃を〈待ち〉、攻撃後に〈確〉実に〈反〉撃する戦法。

 略して〈確反〉という。

 一つのテクニックだが嫌われやすく、千葉の師匠となる人は、そういう戦法を使うプレイヤーでは駄目らしい。

〈キャラ愛〉というのは二次元コンプレックスの一種…みたいなもの…か?

「もしかして、昨日のデーブ、いや、その前から戦っている、デーブ使いのリングネーム〈サニー最高〉って千葉のことなのか?」

「そうです。今日は伏せ字にしましたが、祭子がリングネーム〈サニー最高〉としてリングネーム〈ミルキーウェイ〉天之川東夷君と戦ってきたデーブ使いです」

「でも、昨日まではオンライン上の対戦だったから、リアルの俺が分かるはずはない…はずだけど…」

「師匠を探すのに苦労しました。初めて対戦した時から、アグレッシブな戦い方に心惹かれて、アップロードされた動画をたくさん見ましたから」

 激拳9の対戦動画はPZ7のオンライン機能により、動画投稿サイト、ニュウチューブに簡単にアップロード可能だ。

 俺は自分が納得したベストバトルをアップロードしている。しかし、

「対戦動画から個人を特定することは出来ないはずだけど?」

「確かに、通常の方法では個人情報なので特定出来ません。でも…祭子は思ったんです。この人は、なんてキャラ愛に溢れた人なんだろうって…凄い感動したんです。そして祭子は、どうしても本人に会いたくなりました。いえ、会う必要がありました。それについては、また別の話しになりますが、それはともかく、祭子は奥の手を使いました。つまり、サニーグループの会長である千葉祭次郎。父に泣きついたんです。そうしてようやく、リングネーム〈ミルキーウェイ〉の個人情報を特定しました。それが半年前のことです。それから祭子は日々、着々と天之川東夷君に接近する準備と機会を整えてきたんです。そして今日この日、ようやく計画を実行に移したというわけです」

「完全に違法行為だな。今朝から様子がおかしいのはそのせいか。前からつけられている気はしたけど。あれも千葉か?」

「あれは執事・羊谷源治郎です。変装の名人ですから。祭子が様子を窺うようお願いしました」

「実害がないから気にしないけど。でも、師匠はやめてくれ。師匠になるのはいいけど、呼び方は今までどおりで頼む。それと、俺はあまりいい師匠にはなれないよ…なにしろ、レベルはたいしたことないから。まあ、それでも良ければ千葉の師匠になるけど」

「レベルは関係ありません。大切なのはキャラ愛です。それでは師匠、いえ、天之川東威君。いつの日か、祭子を激拳王へ導いてくださいね」

「いや、それって無理だから! 俺のレベルはまだ4なんだから」

「天之川東威君なら、いつかきっと、激拳王…レベル30になれます。祭子はそう信じています」

「ハードル高いな」

 千葉が微笑む。

 冗談とも本気ともとれない不思議な笑みだ。


☆12☆


 ふと、モンダンの筐体に目をやると、葉門の姿がなかった。

「葉門はどこにいったんだ?」

「葉門狩矢君なら…誰かと、先ほど一緒に出て行きましたが」

「誰かって…誰だ?」

「さあ? 誰でしょう? でも、虹祭高校の制服を着用した男子でしたよ。後ろ姿だけですが、どことなく愛堂舞人君に似ていました」

「いや、間違いないな、そいつは愛堂だ。わざわざ、つけてきたんだな…となると、葉門が心配だ。ちょっと、さがしに行ってくる」

「師匠がそう言うなら、今日の修行はここまでにして、祭子も一緒に葉門狩矢君をさがします」

 俺と千葉はゲーセンを出て甲州街道ぞいに御苑方向に進んだ。

 甲州街道は新宿駅の上を東西に横切る線路上の高架だ。

 その下には通り抜け可能な狭い通路がある。

 人通りの少ないその通路内に二人の若者がいた。

「いました。葉門狩矢君です」祭子が呟く。

「一緒にいるのは…やっぱり愛堂か。千葉はここで、ちょっと待っててくれ。俺が様子を見てくる」

「待ってください、なんか変ですよ」

 そう言われて俺が踏みとどまる。

 愛堂が葉門に向かい、

「怪しいと思ってつけてくれば、ビンゴ! だったな。場末のゲーセンで葉門狩矢がモンダンでゲーム中だった! ククク、化けの皮が剥がれたな! 美しい千葉さんに関しては何も言うまい。彼女は許す。女の子の嘘はアクセサリーと一緒だ。だが、お前と天之川東夷はそうはいかない! 二人とも明日から覚悟しろよ。証拠はスマホにバッチリ撮ってあるからな! 虹祭高校での今後の三年間は、地獄のようなどん底生活になるからな!」

「頼む! 愛堂君! それだけは…やめてくれ、僕はもう二度と…中学時代のような…惨めな境遇にはなりたくない…うっ…」

 葉門が愛堂のスマホに手を伸ばしたが、愛堂の足払いをくらって尻餅をつく。

「そうやって、ずっと地べたを這いずり回っているがいい、明日からはクラス全員の、いや…全校生徒の白い目にさらされるのだからな」

 葉門が頭を抱える。

 去りゆく愛堂に向かい、

「いやだいやだいやだいやだ…」

 葉門が呪文のように繰り返す。

 たまりかねた俺が飛び出そうとすると、肩をガッチリ掴まれる。

 そのゴツくてデカい手は、あきらかに千葉の手ではなかった。

 俺が振り返ると、そこに居たのは…赤一色で統一された服装に身を固める、相撲取りのような巨漢。

 デーブだった。


☆13☆


「デーブ、天之川東威君をしっかり押さえていてください。エミュレーター・ギガゾーン23(トゥスリー)、新宿地区の強制終了をオペライト・システムイブに依頼しますから」

 千葉さんの目の前に前衛的な赤く光るキーボードが出現。

 立体映像で透けて見えるそれに、今言った内容を打ち込む。

 だが、空間上に次々に浮かぶのは、アクセス・エラーのウィンドウばかりだ。

 周囲の空間がアクセス・エラーの赤い表示に埋め尽くされる。

「仕方ありません。デーブ、葉門狩矢君の無力化をお願いします。出来るだけ傷つけないように」

 デーブが首肯すると、俺を解放して葉門に向かう。その巨体がいきなり弾き飛ばされる。異変に気づいた愛堂が振り向いて目を剥く。事態の異常さに愕然となり、凍り付いたように動けない。

「逃げてください! 愛堂舞人君! 早く!」

 千葉の叫びに愛堂が我に返る。

 背を向けて、脱兎のごとく走り去る。

 デーブを弾き飛ばした異形の怪物の瞳が動く。

 その瞳が愛堂を追い、鎌首が180度回転する。

 が、背後からデーブがガッチリ捕まえる。

 怪物が暴れだした。

 狭い通路の壁に激突する。

 デーブをひき剥がそうともがく。

 その巨大な影に俺は声を震わせる。

「な、なんで、デーブが現実に…それに、あれは…なんだ? あれは、完全に…」

 この世界に存在する生物では無い。

 ファンタジー世界の…それも、モンダンというゲームの中だけに存在する架空のモンスター。

 現実に存在する事は絶対にあり得ない、

「ソード…ドラゴン…じゃないか!」

 ソード・ドラゴンがデーブを無理矢理ふりほどく。

 名前の由来となった頭頂部の剣状の角を振り回し、通路内を切り裂く。

 たまらずデーブがバックダッシュ。

 態勢を立て直し、すかさずスライディングからの攻撃を狙うが、バックダッシュをキャンセルしていないため、スキが大きい。

 ソード・ドラゴンが下段攻撃を予期してガードで固める。

 今度は逆にソード・ドラゴンがデーブに手痛い反撃を決めた。

 デーブの頭上に浮かんだ体力ゲージは一気に削られ、巨体が赤い魔方陣の中へと吸い込まれる。

 怒りに燃えるソード・ドラゴンの瞳が俺と千葉を睨む。

 が、その身体を反転、再び愛堂を追い始める。

「助かった…のか?」

 俺が一息つく。

 そのそばで、青ざめきった千葉が膝をつく。

「大丈夫か? 千葉?」

「祭子は…大丈夫です」

 今の戦いで千葉が消耗しているのは分かる。

 いや、その理由までは分からないが、とにかく、俺は千葉に向かって質問した。

「ソード・ドラゴンと…それにデーブ。あれは一体何だ? 千葉は何か知ってるんじゃないのか?」

 それには答えず、千葉がフラフラと立ち上がる。

「それより…葉門狩矢君と愛堂舞人君を追いましょう。二人が心配です」

「…分かった」

 俺は千葉に肩を貸し、通路の向かい側に出る。

 通路は今にも崩れそうな有様だ。

「愛堂は御苑方向、虹祭高校に逃げたみたいだな」

 甲州街道と明治通りの交差点に出ると、破壊された車両の山が無残に転がり、遠くからパトカー、救急車、消防車のサイレンが鳴り響く。

「でも…虹祭高校に逃げたのは正解です。あそこは部外者や不審者をガードする、セキュリティ・システム、ガーランド機構がありますから」

「ちょっとした要塞並みだもんな」

 虹祭高校はハイ・ソサエティな学校だ。

 新宿という都心にありながら、御苑に匹敵する敷地面積を誇り、七階建ての校舎および外周部は、素人の俺が見ても不必要ではないか? 

 と思うほど、圧倒的セキュリティ・システム、ガーランド機構が施されている。

 良家の子息・子女が多く通うため。

 とはいえ、要塞じみた堅牢さ、剣呑さ、威圧感は否めない。

 一時期、光皇族が密かに通うため。

 という噂が流れたこともある。


☆14☆


 交差点を渡る途中、千葉が説明する。

「手短じかに説明します。ソード・ドラゴンもデーブも、この世界とは別の、無数に存在する平行世界から召喚された、アウトライナーと呼ばれる存在です。彼らは、この世界の法則すらねじ曲げる強力な能力を持ち、その力は軍隊の一個師団にも相当するといわれています」

「まるでゲームのキャラみたいだな。どんな魔法使いがそんなトンでもない奴を召喚したんだ?」

「それは…祭子と葉門狩矢君…ですが、詳しい説明はまたあとで、校門前にソード・ドラゴンと葉門狩矢君がいます。どうやらガーランド機構が敵と判断し足止めしているようです」

「そうでもないぞ。分厚い鉄板にかなりの亀裂が入っている。あと数分も持ちそうにない」

 校門と校舎をグルリと囲む鉄壁から、せり出した防護柵が虹祭高校を完全に覆い尽くす。

 にもかかわらず、ソード・ドラゴンは怯む気配も見せずに、自慢の剣で次々と防護柵を抉り取る。

 その傍らに、夢遊病者のように虚ろな目をした葉門が付き従っていた。

「葉門! 俺だ! 天之川東威だ! モンダン! ソード・ドラゴンの使い手! 葉門狩矢! 目を覚ませ! いつまでも寝惚けてんじゃねぇ!」

 あと一撃、というところで変な邪魔が入った。

 と言わんばかりに、胡乱げな瞳で俺を見るソード・ドラゴン。

 一緒に葉門もこちらを向く。

 その瞳は、ほんの微かに、雲間からかろうじて見える、星屑のような弱々しい光が宿っている。

 祭子が呻く。

「どうする気ですか? こちらに注意を向けて、少しでも時間を稼ぐつもりですか?」

「いや…実は、まったく、何も考えてない。でも、同じゲーマーとして、きっと、話せばわかる。って…ウワッチ!」

 ソード・ドラゴンの突進を俺は辛うじて避ける。

 というか、千葉が咄嗟に俺を突き飛ばしてくれた。

 だけど、そのせいで千葉は突進を避け切れなかった。

 ダンプカーに轢かれたようにソード・ドラゴンの突進をモロにくらい、天高く弾き飛ばされる千葉。

 その華奢な体躯が螺旋を描きながら地面に激突する。

「千葉っ!」

 俺は千葉に駆け寄った。

 血まみれの千葉が俺に向かって何かを差し出す。

 その唇が微かに動く。

 意味はすぐに分かった。

 トモエ・ランジュ…だ。

 千葉が静かに瞳を閉じた。

「は・も・ん!!!」

「ご、めん…天之川、君…僕では、もう…こいつを、コントロール…出来ない…」

 葉門が苦しげに呻く。

 ソード・ドラゴンがすかさず俺に向かい丸太のような尾を振り回す。

 無様に転がって攻撃をかわす。

 一転、俺は葉門に向かいダッシュ。

 その鳩尾に拳を深くめり込ませる。

 呆気なく葉門が気絶した。

 だが、ソード・ドラゴンの動きは止まらない。

 さらに俺に向かって攻撃を加えてくる。

「クソっ。召喚者を気絶させれば、なんとかなると思ったけど、主人が死んでもオートで戦い続けるってわけか」

 ソード・ドラゴンの猛攻が続く。

 俺はその攻撃をなんとかしのぐが、ジリジリと壁際に追い詰められる。

「万事休す…だな…」

 俺は血の気を失い、青ざめた千葉の唇を思い出す。

 トモエ・ランジュ…。

 千葉の最後の言葉だ。

 その言葉が俺に乱樹を思い出させる。

 俺が乱樹で対戦する時は、最後まで諦めずに戦うと決めている。

 格闘ゲーマーの中には実力差があり過ぎて対戦を放棄する者もいる。

 実を言えば、俺も天と地ほど実力差のある対戦者に出くわした場合、心が折れて、操作の手が止まりそうになる。

 戦う前からすでに負けているのだ。

 それでも…自分から対戦を放棄したことは一度もない。

 敵わないまでも、最後まで粘り強く戦う。

 指一本触れることなく、無様に負けるのがオチだが、それでも諦めない。

 俺一人ならば、とっくに諦めて対戦を放棄しただろう。

 でも、そんな思いがよぎる時は、いつもこう思う。

 戦っているのは俺一人じゃない。

 モニターの中の俺の分身、仮想現実世界の少女もまた、一緒に戦っている。

 少女もきっと、最後まで戦いたいと願っている。

 俺の勝手な妄想だ。

 けど、俺はそう信じている。


 俺は〈一人〉だけど〈独り〉じゃない。


 ソード・ドラゴンの猛攻のさなか、俺はふとそんなことを思いつく。

 その瞬間、千葉から渡されたスマホのような機器が急に輝きだす、

『A NEW CHALLENGER!!!』

 空間上に炎の文字が浮かびあがる。

 聞き馴染んだ音声が響き渡る。

 先ほどデーブが消えた際に現れた魔方陣が、再び展開する。

 紫色の幾何学模様が幾重にも折り重なり、光り輝く。

 光の中から…仮想世界の少女…巴乱樹が出現する。

 軽やかに地上に降り立つ乱樹。

 ソード・ドラゴンと対峙し一際大きな声で叫ぶ、

「あとで泣いても知らないよっ!」

 試合前の決め台詞だ。

「行っくよおっ! マスター東威っ! 我が命運はマスター東威とともにありっ!」


☆15☆


 突如、出現した敵に対し、ソード・ドラゴンが警戒してバックダッシュ。

 距離を取るが、その一瞬の隙を俺は見逃さない。

 不思議な感覚だった。

 俺は乱樹の背後にいるため、その後ろ姿を見ているのに、同時に乱樹の視点でソード・ドラゴンを見ている。

 奇妙な二心一体感。

 乱樹が〈鬼破り〉という技で右足を踏ん張り、低い軌道から右拳を突き上げる、乱樹最強のスカし確定技だが、それをキャンセル、敵の反撃直前に、しゃがみ状態から地を這うように右肘を叩き込む。

 ソード・ドラゴンがカウンターを喰らい、巨体がよろめく。

 連続攻撃のチャンス!

 すかさず密着状態・最速最強、連続攻撃・始動技〈発剄〉発動。

 両手を添えたように見える地味な技だが、衝撃にソード・ドラゴンの巨体が仰け反る。

 さらに、右膝蹴りから右肘を打ち下ろす〈吹雪〉、

 巨体がコンクリに叩きつけられ、激しくバウンド。

 次に右パンチ、

 下段回転・右足蹴り、

 跳ね上げ・左足蹴り〈燕拳~刈蹴~不知火蹴り〉に繋いでソード・ドラゴンを吹っ飛ばす。

 乱樹が巨体を追いかけ、

 さらに追い打ち〈刃拳降ろし〉右パンチ、左肘打、両手を合わせ、手刀で敵を叩き落とす。

 ソード・ドラゴンが工事中の路面に叩き付けられコンクリが砕ける。

 巨体は下水道へと落ちていく。

 下水道に落下したソード・ドラゴンに向かい、同時に着地した乱樹が、〈刈蹴~不知火蹴り〉で再び巨体を跳ね上げる。

 最後に〈鬼破り〉を叩き込んだ。

 乱樹、最大・最強の攻撃力を誇る連続技、いわゆる瞬殺技が見事に決まった。

 ソード・ドラゴンの頭上に浮かぶ体力ゲージがゼロを表示、空間に魔方陣が出現し、デーブ同様、ソード・ドラゴンも幾何学模様の中に吸い込まれる。

 乱樹が下水から地上に戻ると俺に向かって、

「意外と弱かったね!」

 と勝利の決め台詞を言い放つ乱樹。

「初陣としては上出来だよ! マスター東威! 今後とも巴乱樹をヨロシク!」

「こちらこそよろしく、俺は天之川東威…です、って、それより君は一体? いや、今は…それどころじゃない! まず千葉さんをどうにかしないと! 病院…病院だ! 救急車を呼ばないと!」

 俺は混乱しながらも、謎の少女・乱樹のことはあとまわしにする。

 通報で駆けつけた救急車に乗り込み、病院まで一緒に向かう。

 千葉の容態がはっきりするまで、俺は病院に残るつもりだった。


☆16☆


「さてと…どこから、どう、お話したらよいでしょうか?」

 千葉が眉間にシワを寄せる。

「全部話したらいいんじゃない! どんなにブッ飛んだ話でもさ!」

 乱樹が話しを即す。

「そうですね。それが一番ですね」

 昼休みの虹祭高校。

 屋上にて、千葉と乱樹の二人が俺の目の前で口裏を合わせる。

 千葉は事件のあったその日のうちに退院した。

 執事の羊谷が二人を連れて帰った。

 詳しい話は翌日学校で…ということだった。

「ところで、その後、愛堂舞人君は何も言ってきませんか?」

「昨日の件があったからな、さすがにこりたんじゃないのか」

「それは結構なことです」

「千葉、身体のほうは大丈夫なのか?」

 千葉は頭にグルグルと包帯を巻いている。

 かなり痛々しい姿だ。

「頭のケガって出血とかが激しいから、見た目は大変そうに見えますけど、実際は見た目ほど大したことはないんですよ。それに、祭子の制服は特別製なんです。12ミリの鉄甲弾でも撃ち込まれない限りはビクともしません」

 千葉が乱樹を見て、

「前にも話しましたが、巴乱樹ちゃんは異世界から召還された存在、アウトライナーです。そして召還したのは…」

「俺か…」

「その通りです。デーブに比べて巴乱樹ちゃんは極めて安定しています。戦闘で負けない限り、再召還の必要はないでしょう」

「いや。どう見ても普通の女の子だよ。普通に転校して、普通に授業を受けてたんだから」

 制服や小物は千葉から借りたようだ。

「巴乱樹ちゃんが転校してきて驚きましたか?」

「あまりにベタな展開で驚いた」

「そこですか」

「マスター東威は、ちょっとやそっとでは動じないよね!」

 千葉が説明に戻る、

「アウトライナーの召還は大戦中から研究が始まりました。目的は軍事利用です。当時、強力な術者のみが召喚可能だったアウトライナーを、誰もが手軽に召喚出来ないか? と時の権力者たちは考えたのです」

「アウトライナーっていう異世界の存在は、もう俺の目の前にいるから…信じざるを得ないけど、彼らを実際に召喚して使役する術者…魔法使いなんかも…現実に存在するわけだ?」

「術者は稀少なうえ、この世界から秘匿されている存在です。極秘中の極秘扱いになりますが、天之川東夷君はすでに事件の当事者です。ですから、真実をお伝えします。彼らは現実に存在し、そして彼ら自身も、アウトライナー同様、強力な力を秘めています」

「アウトライナーがいるから、魔法使いがいても今さら驚かないけどな」

 千葉が続ける。

「戦後、コンピューターの急速な発達に伴い、アウトライナー召喚プログラムという異世界の住人を召喚するプログラムが開発されました。

 そのプログラムを使い、最初に召喚したのが体長二十センチほどの風の精・シルフです。

 それは実体ではなく、異世界のマトリクスをコピーしたデータに過ぎません。

 ですが、それでも、なんとか召喚に成功しました。

 ところが、シルフのデータは僅か数秒で、この世界から消え去りました。

 不安定で、データを維持出来ないのです。

 その後もプログラムの開発を進めましたが、やはりデータの維持が上手くいかず、すぐに消滅してしまいます」

 屋上には羊谷が用意したテーブルとティーセットがあり、千葉が紅茶を一口すすってから再び話しはじめる。

「その後の研究により、異世界の住人アウトライナーにも生存可能な環境が必要なのではないか? 

 という結論に到ります。

 そこで考案されたのが限定空間にアウトライナーの生存可能な環境を仮想的に構築するエミュレーター計画です。

 この計画は大成功を納めます。

 仮想・現実世界に召喚したアウトライナーのデータは、全て安定して長期間の存続が可能になりました。

 やがてそれは、コンピューターとプログラムの進化に伴い、より汎用性の高い機器、当時、世界中で流行していた、ゲーム機器へと移植されたのです。

 エミュレーター計画の拡張は爆発的に広がりました。

 現存するゲーム機器のほとんどがエミュレーター機器として無数のアウトライナーを召還したのです」

 俺はようやく話しが飲み込めてきた。

 エミュレーターというのは、

 WIN・OSのパソコン上に、プログラムで再現したMAC・OSを動作させる…ことなどをいう。

 MAC以外にもゲーム機器やスマホなど、実際の機器がなくてもプログラムで仮想の機器を再現し、動作させることが可能だ。

 ただし、ソフトやバイオスのコピーは違法なので注意が必要。

「要するに、ゲーム機器でエミュレーターの実験をしていたわけだ」

「話しがマニアックすぎて、あたしにはついていけないよ~!」

 と乱樹が涙目になるが、とりあえず無視。

「となると、最初にゲーム機器で召喚に成功したのは、商業的なものも含めて、南天堂のファミリーエミュレータか?」

「その通りです。8ビットの粗いドットですが、パソコンや他のゲーム機器が、当時テープによるプログラムの読み込みが主流であった時代に、画期的なROMカセットによる高速読込、軽い動作性というアイデアで、瞬く間に世界中に広まりました」

「次はスーパーエミュコンだな」

「はい。これもまた爆発的大ヒットを記録しました。今でも2Dのエミュレーターでは最高峰といわれています。他にもメガ・エミュライブ、PCエミュジンなどがありましたね」

「だけど、ゲームの進化は止まらない。エミュ・サターンを皮切りに、いよいよ3Dの時代に入る。そういえば、3Dエミュオーなんてものもあったな」

「そうです。3Dの登場でエミュレーション計画は、さらにリアルな仮想世界へと移行しました。天下のサニーも満を持して1994年12月3日。ついにPZ1(プレイゾーンワン)を発売。続くPZ2も発売と同時に大ヒットしました」

 乱樹が、

「アタシが初めて移植されたゲーム機だよPZ1は! マトリックスのコピーが、召還された時はビックリしたな~。なんか…夢の中で戦っているような感じがしたよ!」

「そうだったな、そういえば、激拳9には無数の乱樹プレイヤーがいるけど、乱樹一人で大丈夫なのか?」

 俺が疑問を口にすると、千葉が頷く。

「そう思うのも当然でしょうが、平行世界となる異世界には、無数の巴乱樹ちゃんが存在しています。ですから、誰一人として同じ巴乱樹ちゃんを操作しているわけではないのです。みな別の巴乱樹ちゃんです。なので、まったく問題ありません。似ているようで、全部、違う巴乱樹ちゃんなのです」

「そういうもんなんだ」

 俺はそう答え、

「話しを戻すけど、同時期に発売されたエミュリーム・キャストは惨敗だったな。対抗馬として出てきたマイシロソフトのエミュBOX1は成功したけど」

「はい。PZも今や7です。とにかく、エミュレーターによる仮想・現実世界の構築は、年々高度化、リアル化が進み、ついに念願がかない、アウトライナーの実体を現実世界へと召喚する、リアル・エミュレーター計画がスタートします。これは特定市街地を対象に、通信技術の発達にともなう超・高速通信網の電磁波をエミュレーターに利用した、現実世界を仮想・現実化する計画です」

「この世界そのものを、ゲーム世界と同じ環境に作り替えるってことだな」

「そうです。この計画で使用する大規模エミュレーター機器を動作させる、専用OSはオペライト・システムイブ。エミュレーターにしてアウトライナー召還プログラムは、ギガゾーン23。この世界最強のOSとプログラムです。初めての実験でアウトライナーの実体の召還に成功しました。が、これだけの環境が整いながら、何故か数秒も実体を維持できません。その後も召還しては消滅の繰り返しです。何故、実体を維持できないのか? 研究者たちも首をひねりました」

「何かが、欠けているってことだな。最後のピースは一体何なのか? で、結局、何だったんだ?」

「それはとても単純なことでした。コロンブスの卵みたいなものです。ですが、それに気づくためには大きな代償が必要でした。その代償とは、ある事件のことです」

「事件?」

「その事件は、ギガゾーン23・特定市街地の一つで発生しました。あるゲーム・プログラマーがアウホンも無しに、いきなりアウトライナーを召喚したのです。アウホンとはしたアウトライナー・フォンの略で、オペライト・システムイブと常時クラウド接続された、スマホ型・アウトライナー召喚プログラム・起動デバイスのことで…つまり、魔法使いが行う呪文詠唱に代わって、アウホンのアプリが一連の動作を自動で行う…そんなツールです」

「乱樹を召喚する前に渡された、あのスマホみたいなヤツか」

「ええ、あれがアウホンです。問題は、そのプログラマーがアウホンも無しに召喚したアウトライナーです。召還したのはリメークされたドラゴン・クリティカルのギガーデス。神話の巨人のようなアウトライナーです。それだけに、実体化後の被害は甚大でした」

「ギガーデスか、懐かしいな。たしか、エソックスのソフトでDCの2と5に出てたな」

「それはともかく、ギガーデスは召喚されたあと十時間近くも暴走し、自然に消滅しました。研究者たちが今まで必死に研究したにもかかわらず、何度も即時消滅を繰り返してきたアウトライナーが、何故これほど長時間に渡って実体を維持出来たのか? それが問題です。その謎を解明するため、研究者たちはプログラマーを徹底的に調査しました。その結果、ある事実が判明しました。プログラマーは、いわゆるブラック企業に勤めていました。労働は過酷を極め、月に三百時間を超える残業が当たり前のように続いたそうです」

「それじゃ休日なしだな」

「休日どころか、一ヶ月近く、まともに家に帰らない日があったそうです」

「ブラックだーーー!」

 乱樹が悲鳴をあげる。

「それでも、プログラマーは短い休憩時間などを利用して、リメークされたDC5を南天堂の携帯ゲーム機DLで遊んでいたそうです。おそらく、プログラマーの唯一の楽しみだったのでしょう。でも、それも長くは続きません。ある日、上司に見つかり、プログラマーは携帯ゲーム機を上司に没収されてしまいます」

「悲劇だな」

「悲劇すぎるよ~!」

 と乱樹、涙目。

「ですが、研究者にとって重要なのは、プログラマーを襲った悲劇よりも、当時のプログラマーの心理状態でした。悲惨な状況に追い込まれたプログラマーの上司やブラック企業に対する憎悪、怒り、悲しみ、そういった負の感情が、アウトライナーを実体化する力になったのではないか? と、研究者たちはそう推測しました。そして、この負の力を、腐力ふりょくと命名しました」

「腐の…女子、みたいだな…」

「腐男子だね!」

「…男の場合、『オ』で始まる蔑称で大概呼ばれるがな…」

「おー!」

「腐力の概念により、研究者たちは最も基本的なことを見落としていたことに気づいたのです。太古の術者が強力な精神力でアウトライナーを召喚したように、プログラマーは腐力でアウトライナーを召喚しました。一見、別物に見える精神力と腐力ですが、実はアウトライナーとの精神的絆…という点では一致します」

「段々話しが見えてきたな」

「全然見えないよー!」

「研究者たちは腐力に代わる絆を模索し、試行錯誤のすえ、たどり着いたのが…キャラ愛です」

「やっぱり、そうきたか」

「キャラ愛…マスター東威の…アタシに対する…愛! キャラ愛!」

「えー、コホン。と、とにかく、研究者たちはキャラ愛を計測する機器、リンクゲージを製作しました。このリンクゲージは現在の携帯・スマホ型を含め、すべてのゲーム機器に搭載されています。無論この話しは、部外者には一切、極秘事項になります」

「つまり、ゲーマーは全員、リンクゲージの被験者になっていた、ってことだな。千葉の話しを聞くまでは俺も全然知らなかったけど」

「秘密にしてたんだよ! 酷い話しだよ! 秘密保護法違反で訴えてやる!」

 千葉が乱樹をなだめ、

「そのことについては謝ります。ですが、どうしてもアウトライナー召還のために、必要な措置だったんです。そして、その甲斐もありました。リンクゲージによる調査は着々と進み、リンクレベルの高い被験者が続々と見つかりました。リンクレベルは、ぶっちゃけキャラ愛のことです。ちなみに、祭子も高リンクレベルの一人です」

「それで結局、アウトライナーの実体化には成功…したんだよな。そもそもデーブがいたし。俺も乱樹を召還したからな」

 千葉が得意気に、

「大成功です。高リンクレベルのプレイヤー、ハイリンカーと呼んでいますが、彼らは全員、アウトライナーの召還に成功しています。天之川東夷君はさらにその上、リンクゲージMAX超えの一人です。祭子は天之川東夷君もアウトライナー召還に成功すると信じていました」

「それは嬉しいけど、でも、それって、つまり、俺に近づいたのは…アウトライナー召還のためで…それってつまり、俺のことを被験者として見ていたってことだよな」

「モルモットみたいなものだね!」

 乱樹がはっきり言うので少し傷付いた。

「それも…謝ります。最所は確かに、被験者として天之川東夷君のことを見ていました。でも…天之川東夷君の激拳9に対するプレイスタイル。巴乱樹ちゃんに対するキャラ愛の深さを見るうちに…段々と心惹かれてきたのも事実です。あ、あくまで、師匠としてですけど…」

「なんだ、師匠としてか、てっきり…俺はまた…」

「てっきり…何ですか? 天之川東夷君?」

 澄んだ瞳で千葉が俺を見つめる。

 俺は頬が熱くなるのを感じた。

 物理的に。

「って、アッついな! 乱樹! 卵焼きをホッペタにつけるなよ!」

「卵焼きは焼きたてが一番美味しいんだよ! それに、マスター東威はさいちゃんの話しばかり聞いてて、ハシがちっとも進んでないよ! そんなんじゃ昼休みが終わっちゃうよ!」

「あのな、乱樹。俺は今、とても重要な話しをしていてだな…」

 今度は反対側の頬が熱くなる。

「千葉…お前もか…?」

「巴乱樹ちゃんには負けられません。執事の羊谷源治郎、特製・熱々卵焼き、是非、祭子からもお召し上がりください。し、師匠として」

「駄目だよ、祭ちゃん! マスター東威は、アタシのマスター東威なんだから! キャラ愛だって、MAX超えなんだから!」

「いえいえ、先に師匠として目を付けたのは祭子ですから。これは譲れません。師匠、いえ、天之川東夷君。是非、祭子の卵焼きを先にお召し上がりください」

「アタシの! アタシの卵焼きが先だよ! 一番! MAX美味しいんだから!」

 これは両手に花? 

 なのか? 

 それとも…?

 俺はどっちの卵焼きから食べたらいいのか? 

 その後、数分迷った。


☆完☆


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ