9.告白
「久しぶりだね。ティーナの方から連絡してくれるなんて嬉しいよ」
王宮の一室で待っていると、ジークハルトがにこやかに部屋に入ってきた。
まっ眩しい…
久しぶりの王子様スマイルはキラキラしていて、クリスティーナは目を細めた。
ジークハルトたちが学園に入学してから、半年ほど経っている。
少し見ない間に背が伸び、体つきがしっかりして随分大人びていた。
「お久しぶりです。ジークハルト殿下。ご健勝そうで何よりです」
「相変わらず、ティーナは堅苦しいよね」
ジークハルトは年齢に似合わずいつも通り硬い挨拶をするクリスティーナに苦笑した。
ソファに向かい合わせで座ると、メイドがお茶を淹れて出ていった。
ドアは少し開いていて、密室ではないものの、思えば、今回、ジークハルトと二人っきりで話すのは初めてだと気づいた。
それに気づくと、どんどん緊張が増してくる。
「学園生活はどうですか?」
まずは世間話から入ろうと、とりあえずの話題を振ってみる。
「勉強の方はみんなでやってた勉強会の方が数段レベルが高かったから、ティーナでも十分やれるくらいだよ。それは魔術や剣術にしても同じだ。でも、友人たちと過ごすのは今しかできないことだし楽しいよ」
勉強会のレベルがやたらと高いと思っていたけど、やっぱりか!
「ティーナなら一年前倒しでいけるし、試験を受けて来年入学したらどう?」
ジークハルトの提案に目を開かされる思いがした。
学園は一応、15歳から三年間通うのが通常だが、試験を受けて成績が良ければ、年齢に関係なく入れるし、実力さえあれば、飛び級もできる。
でも、ほとんどの人がそうはしない。
学園は人脈を作る場でもあるから、大概、きっちり三年通う。
ローラと同学年にならないというのも、ありよね。
飛び級すれば、殿下たちに追いつけるし。
でも、同学年のシリウスとジュリアのこともあるし、ちょっと相談してみよう。
「そうですね。それもいいかもです。ちょっと検討してみます」
カップを手に取り、出されたお茶を一口飲む。
さすが、王宮のお茶は一段と香り高く美味しい。
「それで?ティーナの相談って何?ティーナから相談されるなんて初めてだし、すごく気になってたんだけど」
カップをソーサーに戻したのを見計らってジークハルトが興味津々といった感じで尋ねた。
「どう話せばいいのか、よく分からないんですけど…殿下は魅了の魔法をご存知ですか?」
ジークハルトは思ってもいなかった話に目を瞬かせた。
「魅了?知識としては知ってるけど」
「私の今作っている魔道具は魅了の魔法や呪いから身を守る為の物なのです」
「えっと、ティーナは何でそんな魔道具を作ろうと思ってるの?」
ジークハルトは戸惑ったような顔をした。
「それは…それが必要となる時がくるからです」
「ごめん、ちょっと理解できないんだけど、どうしてそれが分かるの?」
「これは信じてもらうしかないんですけど、知ってるからとしか言えません」
ジークハルトの表情が戸惑いから、眉間に皺が寄っていく。
そんなこと言われても困るよね。うん、その気持ちはよく分かる。
私が三回目を過ごしていると言っても、信じられないだろうし…
「まあ、色々突っ込みたいところはあるけど、何が知りたいの?」
暫く考えた末、ため息を吐いて、話の先を促した。
「ゼントス先生に聞いたんですけど、魅了の魔法は術者から一日ほど離れれば解けるものだと。魅了の状態が解けないという場合はどういったことが考えられますか?」
「普通の魅了の魔法じゃないということ?聞いたことがないけど、もしかしたら、王宮の図書館の閲覧禁止の中にその手のことが書いてある本があるかもしれない」
「やっぱり、閲覧禁止ですか」
「魅了の魔法自体が禁術だからね」
「そうですよね。分かりました。ダメ元だったんで気にしないで下さい」
やっぱりそうだよね。仕方ない。違う方向からアプローチしないと。
前回、お兄様が結界を張っていて魅了されなかったんだから、取り敢えずは常時結界が張れるなら問題ないはず。
まずはそこだけ考えよう。
「ティーナは切り替えが早いな。でも、俺は納得できないんだけど」
少し不満そうなジークハルトにびっくりする。
「でも、閲覧禁止じゃ諦めるしかないから」
「俺が学園に入ってから、連絡一つ寄越さないやつがわざわざ会いに来たってことは、重要なことじゃないのか」
いかにも優しい王子様ないつもの雰囲気と違う口調に戸惑う。
「どうしてもと言うのなら、何とかしてやれないこともないが、どうする?」
ジークハルトの碧の瞳が獲物を狙い定めるようにクリスティーナを見つめてくる。
確かにジークハルトに頼むのが一番手っ取り早いだろう。
でも、この誘いにのるととんでもない罠に嵌められる気がする。
「…あの、その話には交換条件とかありますか?」
恐る恐る訊いてみる。
ジークハルトが笑みを浮かべるが、不思議と悪そうな顔にしか見えない。
あれ?この人、こんな笑い方する人だった?
一人称もいつの間にか俺になってるし。
学園で何かあったの?
「まずは未来が分かるっていうのはどう言うことか教えてもらおうかな」
楽しそうにこちらを見てくるジークハルトに顔が引き攣る。
これは…悪魔の囁きだったんじゃ…
不安が過ぎるものの、ここまで話してしまったんだから、もう仕方ないと諦めた。
「私の頭がおかしくなったと思われるかもしれませんが、私は今、三回目なんです」
「ん?三回目?」
想像の斜め上だったのか、ジークハルトがキョトンとした。
「巻き戻っているんです。ジークハルト殿下に婚約破棄されて、三回目を8歳からやり直してます」
「はぁ⁉︎」
あまりに予想外のせいか、ジークハルトが大きな声を上げた。
「ちょっと待て。俺とティーナは婚約してたのか?」
「過去二回は。一回目は正直、元々あったクリスティーナの意識が今の私と入れ替わったような感じなので、記憶に靄がかかってるんですが、婚約してたのは確かですよ。婚約破棄されたんですから」
「なんかまた、気になる話が挟まってるが、婚約破棄ってどういうことだ」
「それが今回の魅了に繋がっているんですが、一年半後にローラ・パティーニという女生徒が入学します。聖魔法の使い手です。彼女は、殿下たちを魅了の状態にしていたと思われます」
ジークハルトは頭が痛いのを堪えるようにこめかみを抑えた。
「殿下たちとは?他にもいるのか」
「サイオン様とネイト様とシリウス様です。お兄様は自身に結界を張っていて、正気でした」
「それで魅了から守る魔道具なのか」
漸く繋がった話に、ため息を吐いた。
「それをそのまま信じていいのか迷うとこだが、俺はティーナのことは信用している」
きっぱり言い切ったジークハルトにクリスティーナは目を瞬かせた。
「何でそんなに驚いているんだ」
「いえ、てっきり、頭がおかしいって言われるかと思っていたので」
「あぁ、そうか。前回、前々回と俺は君を裏切っていたことになるのか。信用がないんだな」
ジークハルトがちょっと寂しそうに笑った。
「とにかく、こっちで調べられることは調べておく。ちょっと待ってくれ。後のことは、また相談しよう」
帰りの馬車の中、意外なほどジークハルトが全面的に信じてくれたのに驚いたが、一番の味方ができたようでほっと息をついて、日が落ち始めた外を見た。
間に合うといいけど…