8.月日は流れて
王宮での勉強会が始まって二ヶ月後、ラグリー公爵家にパメラとレイモンドがやって来た。
今回も二人とは勿論仲良くなるつもりだ。
是非ともレイモンドには味方でいてもらいたい。
「お兄様も一緒に王宮でお勉強しませんか?ジークハルト殿下もサイオン様やネイト様もお兄様と同じお年だし」
お兄様は優秀だ。
前回、魅了の魔法らしきものについて気づいて、一人で調べてた。
お兄様には是非とも早くからジークハルト殿下たちと交流を持って、一緒に未来を変えてほしい。
「え?でも、僕なんかが参加してもいいのかな」
クリスティーナの唐突な誘いに戸惑いの表情を浮かべた。
「皆さんの許可を取ってきたら、一緒に行ってもらえますか?」
いきなり王宮で王子様と一緒に勉強するっていうのはハードルが高かったようで、「殿下と一緒に勉強するなんて恐れ多い」と言って尻込みするのを、クリスティーナの必殺上目遣いのお願いポーズで、レイモンドを陥落させた。
勉強仲間たちはみんな、二つ返事で了承してくれた。
それどころか、皆クリスティーナの義兄に興味津々だった。
「レイは本当に優秀だね」
ネイトが感心したように言った。
いつの間にやら、ネイトはお兄様と私より仲良くなったようだ。愛称呼びだなんて、私は前回からしたことないのに!ちょっと悔しい…
「でも、剣術ではネイトに勝てないからね」
少し悔しそうなお兄様。
「いや、剣術で勝てなかったら、俺に勝てるものはないだろう」
ネイトはちょっと嫌そうな顔をした。
「そうだな。だけど、みんなで勉強するようになってから、ネイトも飛躍的に勉強ができるようになったよな。体を動かすことにしか興味なかったのに、凄い進化だ」
サイオンがケラケラと笑うとネイトは眉間に皺を寄せた。
「うるさいな。サイオンだって、前まで剣術が苦手だったじゃないか」
「まぁまぁ、みんなそれぞれ得意不得意があるんだから、補い合えればいいじゃないか。側近になるだろう君たちが皆優秀で頼もしい限りだよ」
ジークハルトが穏やかに笑った。
クリスティーナはくだらないことでわいわいとやっている様子を見て、思わず知らず笑みを溢していた。
このままずっとこんな風にやっていけるといいのに…
彼らのことを知って、ローラに侍っていたときの彼らの様子がいかにおかしかったかがよく分かった。
魔法だか呪いだか知らないけど、今度こそ彼らを操らせないようにしないと。
「先生は魅了の魔法について知っていますか?」
ゼントスの研究に付き合った後、暫しの休憩だ。
ゼントスの研究室は王宮の魔術師団の建物の一角にあった。
研究の協力を申し込まれてから既に、三年だ。
この部屋に来るのもすっかり慣れてしまった。
ジークハルトとレイモンド、サイオン、ネイトは学園に入学した。
だから、みんなでやっていた勉強会は今はやっていない。
そろそろ訊いてみてもいいかと、雑談に混じえて尋ねてみた。
「魅了の魔法?クリスティーナさんはそんなのに興味あるんですか?あなたには全く必要ないでしょう」
ゼントスが不審そうな顔をしてクリスティーナを見た。
「えっと、私が使いたい訳ではないですよ。それを防ぐ方法を知りたいんです」
「あれは精神に働きかける魔法なので、使用を禁止されてます」
「それは分かっているんですが、操られてからでは遅いので、未然に防ぎたいのです」
クリスティーナの真剣な様子に、ゼントスは少し考えて
「分かりました。他でもない、クリスティーナさんなので、お話ししましょう」
意を決したようにクリスティーナを見た。
「魅了の魔法は闇属性の魔法です。かけられたとしても、術者と物理的に距離を一日ほど取れば、解けるはずです」
確かにお兄様も普通は離れれば魅了の状態が解けるって言ってた。
でも、解けないって…
ん?闇属性?
ヒロインのローラは聖魔法の使い手。
闇属性の魔法も使えると言うこと?
「先生、聖魔法の使い手でも、魅了の魔法は使えたりしますか?」
「聖魔法…聖魔法は光属性を持つ人の中で一握りの人が使える魔法ですね。聞いたことはありませんが、もし闇属性も持っていれば、使えるかもしれませんね」
ゼントスは暫く考えて、思い切ったように、クリスティーナと向き合った。
「光属性と闇属性は相反する属性です。普通はこの二つの属性を同時に持つものはいないと思われてきましたが、クリスティーナさんは誰か心当たりがあって言っているのでしょうか」
「いえ、何も分からないんですよ。ただ、普通と違って離れても魅了の状態が解けないと。だから、魔法なのか呪いなのかも分かりません」
クリスティーナはため息を吐いて、目を伏せた。
あと二年でローラが学園に入学する。
それまでになんとかしたい。
あれこれ調べたけど、禁止されている魔法なだけあって詳しく書いた文献がないって言うか、閲覧禁止になっている。
まだローラが使う魅了の仕組みが分からない。
「それがクリスティーナさんの目的なんですね。ずっと気になってたんです。わたしの研究に協力してくれるのは、防御の結界が自動で張れる魔道具開発でしたよね」
「そうです。まだ完成できてないですけど」
「魅了に対抗する魔道具なんですね?」
隠していても、何も進展しないのだから、ある程度話して協力を仰ぐ方がいい。
クリスティーナは頷いた。
「もしかしたら、クリスティーナさんが知りたいことはジークハルト殿下なら解決できるかもしれません」
「え?」
思ってもいなかったことに、顔を上げてゼントスを見た。
「彼は王族ですからね。秘匿されていることを知っている可能性があります。ただ、教えてもらえるかは分かりませんが」
なるほど…王族のみに伝わる魔法。あり得るかも!
ちょっと希望が湧いた気がしたけど、王族のみに伝わることなんて、考えてみると教えてもらえそうにない。
うーん
眉根を寄せて唸っているクリスティーナを見ていたゼントスはふっと笑った。
「魔道具開発に関してなら、協力できますよ。それにクリスティーナさんがお願いしたら、殿下が何とかしてくれるかも」
ゼントスはクスクス笑いながら言った。
「そんな簡単にいく訳ないじゃないですか」
クリスティーナの眉間の皺が深くなった。
「でも、ダメ元で当たってみます」
こうしている間にも、どんどん時間は流れていく。
ダメならダメでまた、考えればいい。
クリスティーナは久しぶりにジークハルトに連絡を取ることにした。