番外編 レイモンド
レイモンドお兄ちゃんの諸事情です。
俺が12歳の時、騎士団の副団長をしていた父が魔獣に襲われて亡くなった。
子供を守って、自分が死ぬなんて何やってるんだよ。
俺は三日前まで元気だった父の死はなかなか受け入れられなかった。
そんな中、父の弟のバートンは家にやって来て、気ままに振る舞い始めた。
ズカズカと入ってくるバートン一家に母では太刀打ち出来ず、まだ成人前で爵位を継げない俺は歯痒い思いをしていた。
バートンの娘を俺にあてがって、シューリー伯爵家を乗っ取るつもりであることが分かった母は、父の友人で、何かあったら頼るように言われていたラグリー公爵に相談した。
その結果、ラグリー公爵は俺が爵位を継げるまで後見人となって、シューリー伯爵領を管理してくれることになった。
その為にラグリー公爵と母は結婚し、僕は養子に入ることになった。
公爵と母がどのような契約を交わしたのかは分からないが、父が亡くなった途端に本性を現した叔父を見た後だったから、そんなうまい話があるのか疑心暗鬼になっていた。
「わたしにはクリスティーナっていうかわいい娘がいるんだ。10歳だからレイモンドくんより2歳年下の義妹になるな。いい子だから、きっと仲良くなれるよ」
顔立ちが整っていて黙っていると冷たい感じのするラグリー公爵だったが、娘の話になると目尻が下がって溺愛してるのがよく分かる。
溺愛している娘が俺たちのことを気に入らなければ、どうなるんだろう。公爵が娘自慢をすればするほど不安になった。
結果から言えば、全て杞憂だった。
ティーナは母と僕をすんなり受け入れてくれたし、義父の言う通り可愛くていい子だった。
暖かな春の日差しのような笑顔を向けてくれて、父が死んでからささくれ立っていた心がすっと凪いだ。
僕のことをお兄様と呼んで、すごく懐いてくれた。
母のこともお母様と呼んで、俺たちを普通に仲の良い家族にしてくれた。
だからだろうか、多分、義父と母は最初は白い結婚をするつもりだったと思うのに、気がつけば普通の夫婦になっていて、弟のシオンが生まれた。
一度、義父に訊いたことがある。
「何故結婚してまで俺たちを助けてくれたんですか」
「再婚しろってうるさい連中がいたからな。変な女と再婚なんてして、万が一ティーナがわたしに分からないところでこっそり虐げられたりしたら可哀想だろ。その点、契約に基づいた結婚ならそんな心配ないし、友人の家族も守れる。一石二鳥だったんだよ」
義父は笑って答えてくれた。どこまでも娘第一の人だ。
「今ではパメラとレイモンドが家族になってくれたことに感謝してるよ」
義父は幸せそうに顔を緩めていた。
学園の図書館で本を読んでいる時、ふと窓の外を見るとジークとティーナが戯れているのが目に入った。
ジークとティーナは、ティーナが誘拐されるというとんでもない事件からなんとなくいい雰囲気だ。
ティーナはジークに対して、一線引いたような感じだったけど、それがなくなった。
ジークは元々ティーナに執着してる感じだったから、粗雑に扱うようなことはないとは思っていたけど、彼女を不幸にするようなことがあれば、何とかする気でいた。
ティーナが幸せなら、それでいい。
義妹を守るのはもう自分の役目ではないんだな。
読んでいた領地経営に関する本に再び目を落とした。
「うーん…」
斜め前の席から小さな声が聞こえた。
そこには赤茶色の髪の女子生徒がいた。
分からないところがあるのか、
「なんでどうしたらこうなるのか…」
首を捻りながら考えてる。
あまりに長い時間、ぶつぶつ言いながら首を捻っている女子生徒が何を考えてるのか気になってしまって、思わず声をかけた。
「何か分からないことがあるんですか?」
突然声をかけられた女子生徒はビクッとしてゆっくり顔をこちらに向けた。
「すっすみません。声に出てましたか」
藍色の瞳が声をかけた僕を捕らえると、一瞬目を見開いた後、恥ずかしそうに俯いた。
その様子がなんだかおかしくて、ついお節介を焼いた。
「俺に分かることなら、教えるけど」
「え…いいんですか?」
上目遣いで恐る恐る訊いてくる。
「いいよ。で、何が分からないの?」
「あの、これなんですけど、どうしてこうなるのか分からなくて」
おずおずとずっと見つめていた本を差し出した。
魔法陣理論の本だった。
基礎的な本で、そこまで難しい訳ではないが、一年生で習う内容でもなかった。
「君、一年生だよね?」
「あっ、はい。一年生です」
「なんで魔法陣理論なんてやってるか、訊いてもいい?」
「えっと…」
女子生徒は目を泳がせた。
「あっ、別に咎めてる訳じゃないよ。純粋に疑問に思っただけだから」
「はい。えっと、何から言えばいいのか…まずは自己紹介をしますと私はガンド伯爵の娘のリーリアといいます」
ガンド伯爵といえば、辺境に近いところを領地としている実直な人だ。
生真面目そうな伯爵の顔がリーリアと重なる。赤茶色の髪と藍色の瞳が彼と同じだ。
「俺は三年のレイモンド・ラグリーだ。よろしくね」
「あっ、はい。存じてます。ラグリー様は有名ですから」
「そっか。それで?」
「ガンド領は辺境に近いところにあるんで、定期的に魔獣の討伐はしているんですけど、魔獣の被害が時々あるんです。魔道具で常時結界が張れれば、集落の中だけでも守れるんじゃないかと思ったんです。だけど、既成の魔道具は高くてたくさん買うことはできなくて。だから、何とか自分で作れないかと」
「なるほど。それで、魔道具を作る時に刻む魔法陣を勉強したいってこと?」
「そうです」
どこかで聞いたような話だと、なんだかおかしくなってしまった。
「何かおかしいですか」
クスクスと笑う俺にリーリアはちょっと不機嫌そうな顔をする。
それを見て、慌てて真面目な顔を作った。
「ううん。領地の為に一所懸命で感心しただけ」
絶対そんなこと思ってないだろうという疑いの眼で見ていたが、魔法陣について説明を始めると、目をキラキラさせて、俺の話を聞いている。
その嬉しそうな顔を見ていたら、こっちまで楽しくなってきた。
リーリアと魔道具を作り始めて二ヶ月が経った。
リーリアと過ごす時間はなんだか楽しい。
リーリアは純粋に魔道具作りが楽しいんだろう。いつも楽しそうな顔をしている。
ティーナに協力して貰えば魔道具はすぐに完成すると分かっていたけど、そうはしなかった。
もう少しリーリアとの時間を楽しんでいたかったのだ。
教室の窓から何となく外を見ていると、見覚えのある赤茶色の髪が木々の間から見えた。
リーリア。あんな人気のない所で何してるんだ?
違う。他に令嬢が四人いる。
俺は上から見てるから、リーリアが他の令嬢たちに囲まれているのが見て取れたが、下にいたら、人通りが少ない場所だし、木の影に隠れて見えないだろう。
嫌な予感がして、慌てて教室を飛び出して階段を駆け下りた。
あの感じは記憶にある。ティーナが他の令嬢に絡まれてた時と似てる。
一応、何をしているのか確認する為、こっそり近づいた。
「あなたみたいな田舎貴族がレイモンド様に近づいてどういうつもりなのかしら」
「身の程というものを知った方がよろしいんじゃない?」
「あの方の周りは皆華やかな方ばかりだから、あなたみたいな地味な子が珍しくてかまっていらっしゃるだけよ」
「図に乗らないことね」
令嬢たちが口々にリーリアを責めている。
俺のせいか。
リーリアが俺に近づいたんじゃない。俺がリーリアと一緒にいたかっただけなのに。
「君たちは何を言ってるのかな」
後ろから声をかけると、令嬢たちは肩をビクッとさせた。
恐る恐る振り返って、俺を確認すると、顔を青ざめさせた。
「レイモンド様、えっとこれは違うんです。ちょっと注意しただけで…」
「馴れ馴れしく呼ばないでくれるかな。君に名前を呼ぶのを許可した覚えはないけど。それに、リーリア嬢とわたしの関係にあなたが口出す権利があるんですか?」
ちょっと睨みつければ、青い顔をした令嬢たちは口々に
「ごめんなさい」
と言ってクモの子を散らすように逃げて行った。
「大丈夫か?」
怯えていないかとリーリアの顔を見ると、意外と普通だった。
「口だけですし、大丈夫ですよ。時々あるんで、気にしないで下さい」
「え?時々あるのか?」
「はい。レイモンド様はご自分の人気を分かっていらっしゃらないようですが、みんな私がレイモンド様と話すだけで気に入らないみたいですね」
淡々と答えるリーリアのことを凝視した。
「えっと、それは大丈夫なのか?」
「だから大丈夫ですって。私はあんなくだらないこと言ってくる人たちの為に魔道具作りを諦める気はないです。それに、こう見えて物理攻撃は得意ですから」
胸を張って答えるリーリアは、全く令嬢たちの言いがかりに応えた様子はない。
「物理攻撃って何?」
貴族令嬢らしからぬ言葉に引っ掛かりを覚える。
「魔獣が出るような田舎ですから、我がガンド家は女性と言えど武術を嗜んでいます」
そのことを誇りに思っていると分かるぴかぴかの笑顔を見てたら、自然と口角が上がる。
思わず笑い声が漏れた。
「リーリア嬢って最高だね」
笑われたのを気にしたのか、リーリアはがっくりと肩を落とした。
「淑女らしくないですよね。家族には注意されてるんですけど、ついつい…クリスティーナ様みたいな完璧な淑女にはどうやってもなれる気がしません」
家族にかなり言われてるのか、しょんぼりした様子が可愛らしく思える。
「義妹はああ見えて剣術も嗜んでるんだよ。結構リーリア嬢と気が合うんじゃないかな」
二人の思考回路は案外似ている気がする。
ティーナは王妃教育の賜物か、外面は完璧な淑女と言われるほどだけど、俺にはちょっと気が強くて向こう見ずなかわいい妹だ。
「え!?クリスティーナ様って剣を扱えるんですか!?」
下級生から見るティーナとはイメージとはかけ離れていたらしく、リーリアは目を丸くした。
勝手に義妹のイメージを崩すのはちょっとまずかったか。
「知ってる人は知ってる話だけど、一応内緒にしておいて」
驚くリーリアの唇に触れるか触れないかの距離で、人差し指を使って口を閉じさせる。
顔を覗き込むと、リーリアの顔は目に見えて急激に赤くなっていく。
リーリアは、はっとしたように飛び退くと、何度も頷いた。
それを微笑ましく見ながら、どうやったらリーリアを手に入れられるか算段する俺は、自分で思っていた以上に腹黒いかもしれない。
リーリアを婚約者に迎えるまであともう少し。
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