32.最終話
晴れ渡る青空がまぶしい今日は学園の卒業式だった。
ジークハルト、レイモンド、サイモン、ネイト、そして飛び級していたクリスティーナが本日無事卒業した。
夕方から行われる卒業パーティーに参加する為、ラグリー家の侍女、メイドに寄ってたかって磨かれたクリスティーナは行く前から既に疲労困憊だった。
「このドレス、本当に綺麗ですね。お嬢様によく似合ってます」
完成したクリスティーナを見てマリーがうっとりと見つめた。
今日のドレスはジークハルトからのプレゼントだ。光沢のある碧のドレスに金の刺繍が豪華に施されていた。
初めてクリスティーナの中に入った時に着ていたドレスとは違っていることに、少し安堵する。
魅了の魔法にかかっていた男子生徒はクリスティーナが魔法を解除し、もうローラは学園にはいないというのに、また巻き戻ったりしないかまだ少し不安が残っているのだ。
「お兄様は?」
「リーリア嬢をエスコートする為にもう出られましたよ」
レイモンドはガンド伯爵令嬢のリーリアと婚約をしていた。
リーリアはクリスティーナと同じ年で、前回学園で同級生だった令嬢だ。
レイモンドは前回、卒業の段階で婚約していなかったが、今回は卒業を前に婚約をした。
卒業後はレイモンドの実の父が残した爵位、シューリー伯爵を継ぐのだという。
レイモンドが成人するまで、ラグリー公爵が管理していたのだ。
「言ってなかったかな?」ラグリー公が軽い感じでクリスティーナに言った時にはがっくりときた。
知らなかったのはクリスティーナだけで、ラグリー公爵家を継ぐのは実子のシオンになる。
「そう。まぁ、会場で会えるからいいか」
呟いていると、玄関の方が騒がしくなり、慌てて玄関に向かうと、ジークハルトと目が合った。
正装したジークハルトは正に王子様でキラキラ眩しい。
ジークハルトはクリスティーナを眩しそうに目を細めて見た。
「綺麗だな。よく似合ってる」
「ありがとうございます。ジーク様も素敵です」
赤い顔で少しモジモジしながら言うクリスティーナを生温かい目で見ている家族と使用人たちに見送られながら、ジークハルトにエスコートされて馬車に乗り込んだ。
卒業パーティーの会場はいつかの時に見たことのあるのと一緒で、華やかに彩られている。
会場に入る手前で少し躊躇するクリスティーナの様子に気づいたのか、ジークハルトが小声で囁いた。
「大丈夫だ。何も起こらない」
その言葉に頷くと、思い切って一歩踏み出した。
会場には既に多くの人が集まっていた。
「ティーナ」
呼ぶ声に振り向くと、ジュリアやサイオンたち生徒会メンバーが揃っていた。
「卒業おめでとう」
ジュリアがキラキラした笑顔を向けた。
クリスティーナはジュリアとシリウスより一足早く卒業する。
「ありがとう。今日は一段とかわいいわね」
ジュリアはサイオンにエスコートされ、幸せそうに微笑んでいた。
ネイトはメリルをレイモンドはリーリアをシリウスは同じクラスのカリーナをそれぞれエスコートしていた。
彼らは一度目の時、ローラを守るように後ろに控えていた。
あぁ、運命は変わったんだな。
友人たちの楽しそうな顔を見て、徐々に実感が湧いてくる。
元生徒会会長のジークハルトが開会の挨拶をして、パーティーが始まる。
ジークハルトにダンスを誘われて、中央で踊り出した。
ジークハルトとクリスティーナの組み合わせは華やかなパーティー会場でも一際キラキラと輝いていて人目を引いていた。
人々からの多くの視線に身体を固くしているクリスティーナにジークハルトはふっと目元を緩める。
「緊張してるのか?」
「こんなに注目されて踊るのは初めてだから。私、ダンスはそんなに得意じゃないのよ」
ぶつぶつ言いながら、ステップを間違わないように顔をこわばらせている。
「大丈夫。力を抜いて俺に任せて」
「!?」
耳元で囁かれて、思わず力が抜けたところをジークハルトがクリスティーナをふわっとターンさせた。
歓声が上がって、益々目立ってしまったが、クリスティーナにもダンスを楽しむ余裕が出てきた。
ジークハルトにリードされていれば、多少のことでは軸がぶれないし、足を踏むこともない。何より、クリスティーナとて、幼少からダンスの練習をしてきているのだ。
「調子が出てきた?」
「ジーク様に任せておけば、転ぶこともなさそうですからね」
「信用してくれたようでよかった」
笑いを噛み殺したような声が耳元でして、ステップを踏み間違えそうになったクリスティーナを力強くリードして、ことなきを得る。
「耳元で喋らないで。ぞわぞわして落ち着かないわ」
苦情を言うクリスティーナをジークハルトは嬉しそうに目を細めて見た。
「それはいいことを聞いた」
にっこり笑ったジークハルトに黒いものを感じたクリスティーナは間違ってないだろう。
その後、ここぞという時には必ず耳元で喋るようになるのだから。
ダンスを一曲踊った後は友人たちと軽食をつまみつつ歓談して過ごした。
「何も起こらなかった」
次期生徒会会長のシリウスが閉会の挨拶をしているのを見ながら、ぽつりと呟いた。
「そうだな。これで安心したか?」
「大分。でも、前回ジーク様は私がパーティーを欠席したからって翌日の朝に家にやって来たんですよね」
そんなことはもうないだろうとは思いながらも、クスリと笑って、ジークハルトの顔を覗き込んだ。
「まだそんな心配されてるなんて心外だな」
片眉を上げると、次の瞬間、笑みを浮かべた。
ジークハルトの笑顔に黒いものを感じて、クリスティーナは顔が引き攣った。
「そんなことはないってちゃんと分からせてあげないとね」
耳元で囁かれたクリスティーナは低音の心地よい声にぞくっとして膝から崩れ落ちそうになるのをジークハルトに支えられた。
「これから楽しくなりそうだな」
色気を含んだ流し目を向けて笑うジークハルトに、赤面しどきどきするクリスティーナはこれから心臓が保つのか心配になってしまった。
晴れ渡る王都に鐘が響き渡った。
端正な顔立ちに次期王に相応しい政治的手腕を持つと評される王太子ジークハルトと国民の教育や福祉に力を入れている才色兼備のクリスティーナの結婚に街はお祭り騒ぎだ。
卒業パーティーから一年が経過していた。
「漸くだな」
バルコニーに出て、ジークハルトは並び立つクリスティーナを抱き寄せつつ、集まった人々に手を振った。
「結婚しちゃったから、もう婚約破棄はできないわね」
クリスティーナが悪戯っぽく笑って、キラキラ輝く王子様スマイルを浮かべるジークハルトを見る。
「時は戻らなかったし、これでクリスティーナは生まれ変われるかな」
小さく呟いて、青い空を見上げた。
ジークハルトはクリスティーナの耳に口を寄せた。
「愛してる。これからも俺の隣で笑っていてほしい」
「!?」
ジークハルトが崩れ落ちそうになったクリスティーナをさっと横抱きにすると、人々の歓声が一段と大きくなった。
「みんなの前で何してるんですか!」
真っ赤になって慌てているクリスティーナを愛おしげに見つめた。
クリスティーナは暫くしておずおずとジークハルトの首に手を回して耳元で囁いた。
「愛してるわ。ジーク。これからもよろしくね」
恥ずかしさにジークハルトの胸に顔を押し付けた。
動かないジークハルトが気になり、そろそろと顔を上げると、耳まで赤くして固まっていた。
なるほど!仕掛けるより仕掛けられる方が動揺するものなのね。
これからは私から言えばダメージが少ない?いや、でもやっぱり恥ずかしいしな。
クリスティーナが考え込んでいると
「お披露目はもういいだろう」
ジークハルトはクリスティーナを横抱きにしたまま踵を返した。
「さぁ、俺たちの部屋に行こうか」
そのままずんずんと進んで行く。
国王陛下や王妃、側に控えていた騎士や侍女が生温かい目で見送っている。
「え?え?まっ待って!まだこれからパーティーがあるんじゃ」
焦るクリスティーナにジークハルトは満面の笑みを向けた。
「大丈夫。酔っ払いばっかりだから、気づかない」
「そんな訳ないし!」
「仕方ないなぁ。後で顔を少し出せばいいよ」
「それじゃあ、ダメだからー」
王太子宮に着くまで、二人の言い合う声が響いていた。
読んでくださり、ありがとうございました。
漸く完結しました。
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