31.解決したその後に
あれから数日王宮でのんびり過ごし、クリスティーナの体力が戻ったので、明日にはラグリー公爵邸に帰ることになった。
ずっと部屋で大人しく過ごしていて、いい加減飽きてきていたクリスティーナは
「少し庭を散歩しないか」
というジークハルトからの誘いに喜んで応じた。
「なんだか懐かしいですね。勉強会の後、みんなでよくここでお茶会したりしましたね」
綺麗に手入れされ、色とりどりの花を咲かせている庭は、ジークハルトたちがまだ学園に入学する前に王宮で一緒に勉強会をしていた頃と咲いている花の品種こそ違うが全体的な雰囲気は同じだった。
「そうだな」
言葉少なで相槌をうつジークハルトに違和感を感じて、小首を傾げた。
「何かあったんですか」
「ニコラスの件だけど、メジリアへの強制送還になった。本当なら、違法薬物の売買もしていたし、もっと重い罰が与えられるべきなんだけど、メジリアとの関係悪化を防ぐ為に処罰はあちらに任せることになったんだ。被害者のクリスティーナからしたら納得いかないだろうけど」
ジークハルトは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「いえ、それでいいと思います。きっと、他国でこれだけの騒ぎを起こしたんですから、メジリアで然るべき罰は与えられるでしょう。幸い、助けていただいたので、私は何事もありませんでしたし。それに、私は厳罰など望んでいませんよ。彼も前世の記憶などなければ、こんな風にはならなかったでしょう。気の毒に思うくらいです」
クリスティーナが本当にそう思って言っていると感じたのか、少しほっとした顔をした。
「マーマリード公爵は王位継承権と爵位剥奪の上、生涯幽閉となりそうだ。禁術の件を表沙汰にしない為に、こちらも中途半端な処分となってしまった」
ジークハルトが思わずといった感じでため息を吐いた。
その残念そうな様子を見て、クリスティーナはクスリと笑った。
「ジーク様は証拠を掴む為に、かなりの時間と労力を割いていたんですよね。でも、そのおかげで今回は大事に至らなかったんですから」
結局、クリスティーナはジークハルトをジーク様と呼ぶことにした。一足飛びに愛称敬称無しが恥ずかしすぎて耐えられなかったからだ。
ジークハルトは少々不満そうだったが、病み上がりを盾に当分はそれで納得してもらった。
「そうだな。王族が禁術を持ち出して使用させたなんて、大々的に発表できるはずもないから仕方ない。その関係でローラ・パティーニは魔力を封じた上で北の修道院に送られることになった。パティーニ男爵は爵位剥奪だ。本来なら王族や高位貴族の子息を操ろうとしていたんだから死罪でもおかしくないんだがな」
北の修道院は寒さの厳しい万年雪に覆われた土地にあり、脱出不可能だと言われているこの国で一番厳しい修道院だ。
貴族の娘には十分厳しい処分に思える。
「彼女も前世の記憶がなければ、こんなことにはならなかったかもしれないと思うと少しかわいそうな気がします」
「そうは言っても、禁術を自分で使用すると決めて嬉々として使っていたんだから、同情の余地はないだろう。言っておくが、あいつが目指していたのは逆ハーと呼ばれるものらしいぞ。見目良い男に囲まれて傅かれるのを夢見てたらしいから頭がおかしいとしか言いようがない」
一歩間違えば、操られてその男たちの一員になっていたのかと心底嫌そうに顔を顰める。
「逆ハー…」
クリスティーナがあんぐりと口を開けた。
あのゲームには逆ハーエンドはなかったと思う。まさか、魅了の魔法を使ったのはそれを無理矢理起こす為だったのだろうか。
「口が開きっぱなしになってるぞ」
ジークハルトがおかしそうに笑いながらクリスティーナの顎を触った。
「え?あっすみません」
慌てて口を閉じて手で口を隠した。
「それは確かに同情できそうにないです」
そんなことのためにクリスティーナは禁術の時を戻す魔法を使わなきゃならなくなって、体を失ってしまったのだから。
「同情なんて必要ないだろう。あいつは何人もの男子生徒に貢がせていて、問題になってた。そんなの前世がどうとか関係ない。大体、前世の記憶があったってクリスティーナはそんなことしないだろ」
「それは、そうですね」
私が悪役令嬢になってしまったのもあるけど、何人もの男の人に傅かれたい気持ちが分からない。
それに魅了の魔法で好きになってもらっても全く嬉しくない。
「とにかくこれで一応、問題は解決したと思う」
ジークハルトが大きく息を一つ吐いて、改まった顔をしてクリスティーナを見た。
「そうですね」
頷いて、漸く悪役令嬢という運命から逃れられたのだなとふっと笑みを溢した。
「それで、クリスティーナはこれからどうしたい?」
「どうしたいって?」
ジークハルトの言いたいことが分からず、首を傾げた。
「婚約をこのまま続けて、結婚するかどうか」
「え…」
クリスティーナはいつになく、緊張したような顔のジークハルトを見つめた。
それは私との婚約を見直したいということ?
自分からは婚約破棄は言い出せないから、私から言えってこと?
クリスティーナの瞳からポロリと涙が溢れた。
「酷い…。私が誘拐なんてされたから?嫌いになったの?ジーク様は私から婚約解消を言ってほしいの?」
ジークハルトはクリスティーナのポロポロ溢れる涙を見て、目を見開いた。
「ちっ違うんだ。そうじゃない」
慌てて否定しながらも、ジークハルトの口の端は上がっていく。
「俺はクリスティーナが好きだし、このまま結婚したいと思ってる。ただ、クリスティーナは大きな犠牲を払った。だから、全てが解決できた今、この婚約が嫌ならもう自由にしてほしいと思って」
ジークハルトの手がクリスティーナの頬にそっと触れて親指の腹で涙を拭って、蕩けたような笑みを浮かべた。
「ごめん。クリスティーナが泣いてるのが嬉しいなんて、酷いよな」
「酷い」
訳が分からなくなって、涙が止まらなくなってしまった。
「クリスティーナ、愛してる。このまま俺と結婚してほしい」
クリスティーナは蕩けるような甘い眼差しに真っ赤になりつつうんうんと頷いた。
「私もジーク様のことが好きです」
ジークハルトはか細い声で恥ずかしげに伝えるクリスティーナをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。大事にする」
耳元で囁かれたクリスティーナは首筋まで赤くして、硬直してしまった。
次回最終話となります。




