28.奪還(ジークハルト視点)
「なんだって!?」
クリスティーナにつけていたジンの報告に、執務室で仕事をこなしていたジークハルトは思わず立ち上がった。
「すみません。いくら魔獣の群れに襲われていたとは言え、クリスティーナ様から目を離してしまいました。この失態の責はいかようにも」
ジンが深く頭を下げた。
ジークハルトはその様子を見て、自分を落ち着かせるように大きく息を吐き出した。
「今はクリスティーナを無事に救い出すことに力を入れてくれ」
ジンはジークハルトの言葉に更に頭を深く下げた後、今まで分かっていることを報告する。
「魔獣の襲撃は辺境の魔獣の棲家からの転移魔法陣によるものでした。クリスティーナ様を攫うために予め計画されていたことだと思われます。その魔法陣はレイモンド様によって既に破壊されております」
「マーマリード公爵はどうしてる」
「王都の外れに所有する屋敷に向かっているようです。メジリアの第三王子も同行しています」
恐らくはそこで間違いないだろう。
念の為、クリスティーナの居所を探るためにクリスティーナに渡してあるネックレスの場所を探した。
ネックレスにはジークハルトの魔力が込めてあり、居場所が分かるようになっていた。
もちろん、必要がなければ居場所を一々特定する気はなかったが、ライトニー魔術師長にはかなりドン引きされた。
ジークハルトの眉間に皺が寄った。
反応がない。
ネックレスはクリスティーナの魔力を少しずつ取り入れることで、魔道具としての機能を果たす物だった。
ネックレスを奪われたか魔力を封じられているか魔力を完全に使い切ってしまったか、あるいは…
「くそっ」
ジークハルトは机に拳をぶつけた。
その場で殺さず、手間暇掛けて攫っていったんだから、すぐに命を奪うとは考えにくい。
とは言え、何が目的か分からない以上、ここでぐずぐずしている間にもクリスティーナがどんな目にあわされているか分からない。
ぎゅっと奥歯を噛み締めると
「父上のところに行ってくる」
執務室を出て国王の元へと急いだ。
騎士団にしても魔術師団にしても国王の許可がないと動かし辛い。メジリアの第三王子が絡んでいるから余計だ。
マーマリード公爵とメジリアの第三王子は学園入学前にローラ・パティーニに会っている。恐らく、その時に禁忌の魅了の魔法の使用方法を教えたのだろう。
マーマリード公爵とメジリアの王子はその後も怪しげな動きをしているのは随分前に掴んではいた。
天候不順によって小麦が不作となる前年に小麦の買い占めによって価格上昇させたりしていたが、災害に備えて自領の備蓄を増やしただけだと言われれば、処罰することはできなかった。価格を吊り上げてからの備蓄の放出で、マーマリード公爵はかなり荒稼ぎをしていた。
その荒稼ぎした資金でメジリアから違法薬物を輸入して、それを販売することによって更に稼いでいたようだが、王子がその件に噛んでいるというはっきりとした証拠がなかった。さすがに隣国の王子をおいそれと捕らえることはできない。
確固たる証拠がないと、罪に問うのは難しい。下手すると、戦争へと発展しかねない。
「分かった。メジリアのことは儂に任せておけ。自分で己の婚約者を奪還して来い。それと騎士団の第三部隊と魔術師団を連れて行くといい。あいつの屋敷は警備が厳しいと聞いているからな」
第三部隊は騎士団の中でも特に優秀な者を集めた精鋭部隊だ。
国王は王太子の婚約者であるクリスティーナの救出と犯人の捕縛を命じた。
部隊を整え、マーマリード公爵の王都の外れにある屋敷に到着した時には既に夜が更けていて、もう少ししたら夜が明け始める時刻になっていた。
「様子はどうだ」
ジークハルトは屋敷から少し離れているところから見張っていたジンに声を掛けた。
「マーマリード公爵とメジリアの王子は到着して、屋敷に入っていきました。警備の人数が異様に多いことからも、クリスティーナ様はここに連れて来られたと思われますが、姿の確認は取れていません」
ジンの報告にジークハルトは顔を顰めた。
「できれば、クリスティーナがここにいる確証が欲しい。クリスティーナがここで見つけられなかった時にあいつらに逃げられるし、クリスティーナが危険だ」
「この屋敷は恐らく地下室があります。そこに入れられてる可能性が高いかと思われます。なんとか中に入り込んでみます」
ジンはさっと姿を消した。
「殿下、クリスティーナ嬢のネックレスはあなたの魔力が込めてありましたよね」
騎士団の第三部隊と同行して来たライトニー魔術師長が夜だというのに、灯りを煌々と点けて明るい屋敷を見ながら尋ねた。
「魔術師長には敵わないな」
ジークハルトは鋭い指摘に苦笑いをした。
「危機的状況に陥れば発動するようにしてあるが、ネックレス自体を奪われてるとそもそも発動しないからな」
「なかなかよくカムフラージュできてましたよ。普通の者が見ても、あれが魔道具だとは思わないでしょう。ネックレスを奪われているというより、クリスティーナ嬢の魔力が高いのは多くの人に知られていることですし、魔力を封じられてる可能性が高いと思いますよ」
「だったら、まだいいんだけどな」
それなら、きっとクリスティーナはネックレスによって守れるはずだ。
ジリジリするような時間を過ごし、ジンが戻って来るのを待つ。
ジンが戻ってきたのは空が白み始め、夜が明けた頃だった。
「お待たせしました。やはり、クリスティーナ嬢は地下室に囚われています。公爵とメジリアの王子が地下室に入って行くのを確認しました」
「よし!じゃあ、当初の予定通り行くぞ」
異様に多い警備を縫って、見つかることなく戻って来たジンの報告に作戦実行の合図を出す。
屋敷を囲み、逃げられないように中に突撃しようとした時、眩い光と大きな爆発音が響き渡った。
雷が屋敷に落ちたのだ。
屋敷の屋根が崩れ、一拍おいて屋敷の中は一気に蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
「クリスティーナ!」
ネックレスに込めた魔法、王家の者だけが使えるという雷の魔法。
クリスティーナの危機に反応したのだ。
慌てて屋敷の中に入ろうとするジークハルトを魔術師長が止めた。
「あの屋根が崩れているところに転移しましょう。他は作戦通りに」
ジークハルトは頷くと魔術師長と共に魔法が発動した場所に転移した。
地下室に転移すると、男がクリスティーナにのしかかったまま上を見て呆然としていた。
クリスティーナは魔力が暴走しそうになっていた。
その光景にカッとなったジークハルトは男を蹴り飛ばして、クリスティーナを抱き締めた。
「遅くなってごめん。クリスティーナ」
「ジーク、さま?」
「もう大丈夫だ」
抱きしめる力を強めると、クリスティーナの体の強張りが解けていき、魔力の暴走が収まっていった。
クリスティーナはそのまま意識を失ってしまったが、ジークハルトはその無事を確かめるようにしばらく抱きしめたままだった。
ニコラスは魔術師長によって捕縛されて、騎士団と魔術師団によってマーマリード公爵の屋敷は制圧された。
王太子の婚約者の誘拐の現行犯だ。
言い逃れは不可能だった。
大きな窓のある明るい王宮の一室でクリスティーナは寝ていた。
柔らかい風がクリスティーナの髪を揺らしていたが、瞳は閉じたままだ。
もう三日眠ったままだったが、医師は打身以外の外傷はないので、魔力が暴走しかかったせいだろう。その内目が覚めると言っていた。
ジークハルトは婚約者の少し青白い美しい顔を見ていた。
「この件が解決したら、クリスティーナ嬢を自由にしてやりなさい。彼女は王家の為にその魂を犠牲にした。おまけに彼女によれば既に二回婚約破棄をされている。今のお前がしたことでないにしても、お前を完全に信じ切るのは難しいのではないか。ただし彼女がお前との結婚を望むのであれば、そのままとし、学園の卒業後に結婚させよう」
以前、父親から言われたことを思い出していた。
最初はその美しさと能力の高さから、クリスティーナを婚約者にしたいと思った。
少し気が強くて、黙っていれば冷たい感じすらする美人なのに、どこか抜けていて、優しい。
気がつけば、誰よりも好きになっていて、自分の手で守りたいと思った人。
君は人生を俺と共に歩むことを選んでくれるだろうか。
ジークハルトは祈るような思いで見つめて、クリスティーナが目を覚ますのを待っていた。




