27.光の中に
「お断りに決まってるでしょ!」
ボスっ
ニコラスの顔が近づいて来た時、クリスティーナは咄嗟にニコラスの顎を下から思いっきりパンチした。
それは思った以上に効果を発揮して、ニコラスが顔を押さえて踞った。
痛い…
こっちの手にもダメージを受けてしまった。
「人が優しくしてればいい気になりやがって」
顔を押さえて俯いた肩はプルプルと震えている。
あっ、しまった。
顔を上げたニコラスの憤怒の表情に、クリスティーナはやり過ぎたかと少しだけ後悔した。
いくら頭のおかしな転生王子とはいえ、逃げ出せず、助けがいつ来るか分からない状況で明確に嫌悪を示すのは早計だったかもしれない。
クリスティーナの拳は鼻も掠めたらしく、鼻血を垂らしながら迫ってくるニコラスに、恐怖を覚えて再び後退りをして、今度は部屋のコーナーに追い詰められた。
「これからはそんな反抗的な態度を取れないようにしてやるよ」
ニコラスはクリスティーナの髪を掴むと、強く引っ張って、床に引き倒した。
髪を引っ張られた痛みと体を打ち付けた痛みに悶えている間に、ニコラスがのしかかって来た。
余りの恐怖にクリスティーナの頭は真っ白になった。
嫌だ。嫌だ。嫌だ!
「助けて!ジークハルト様!」
ドンっ
大きな音と眩しい光に思わず目を瞑った。
大きな音が止んで、そろそろと目を開けると天井が抜けて青空が覗いていた。
気がつくと、さっきまで感じられなかった魔力が全身を駆け巡ってきて制御できない。
まずいまずい!魔力暴走だ。
クリスティーナの魔力は膨大で、魔力暴走が起こるとこの建物だけではなく、この辺り一帯が焼け野原になる可能性がある。
暴走し始めた魔力を抑えようとするが、恐怖に昂ってしまった気持ちは落ち着くことがない。
焦ることで余計に混乱してしまっていたクリスティーナはふっと、体が軽くなると、ぎゅっと懐かしい匂いに抱きしめられた。
「遅くなってごめん、クリスティーナ」
抱きしめられていて顔が見えないが、この匂いと声は覚えがある。
「ジーク、さま?」
「もう大丈夫だ」
耳元で聞こえる声と包み込まれる感触に、あぁ、もう大丈夫だと安心して、魔力が急速に収まっていく。
それと同時に意識がどんどん遠のいていって、そのまま気を失ってしまった。
ふと目が覚めて目を開けると、そこは光溢れる世界だった。
ここは…どこ?もしかして、私死んじゃったの?
クリスティーナはゆっくりと起き上がり、辺りを見回すとそこには自分とそっくりな女の子がいた。
「あなたは…」
「わたくしはあなたよ。あなたの言うところの初代クリスティーナね」
にっこり笑う彼女は確かにクリスティーナだった。
「わたくしは時を戻す魔法を使った代償として、この体を維持できなくなってしまったの。体を失ってしまったあなたの魂がそこに引き込まれたようね」
「どうしてそんな大きな代償のいる魔法を」
「ジーク様たち、国を守る為って言えば、格好いいけど、ちょっと疲れてしまったの。わたくしは愛されたかった。お父様にもお義母様にもレイお兄様にも、そしてジーク様にも。今なら、怯えてないで自分からちゃんと手を伸ばして、わたくしがみんなを愛して、そして自分の足できちんと立ち、支え合わないといけなかったんだと分かるわ。ジーク様がローラを好きになって、絶望してしまった。わたくしの世界はあまりに狭かった」
後悔しているような発言の割にはその顔は清々しいものだった。
「もう戻ることはできないの?」
戻れるなら、この体は元のクリスティーナに返すべきなのではないのか。
元の私は死んでしまったようだし。
「戻れないわ。それに今の世界はあなたがクリスティーナなのよ。だから、あなたがみんなを幸せにしてあげて。みんなあなたが好きなのよ。もちろんジーク様もね」
ふふふと楽しそうに笑う。
「愛称で呼んでるくらいなんだから、私よりあなたの方が仲が良かったんじゃないかしら。ジークハルト様もお兄様も」
ついつい拗ねたような口調になってしまった。
「わたくしがなかなか心を開かなかったから、少しでも仲良くなろうとそう呼んで欲しいって言われただけよ。あなたももうローラの魅了の魔法のことは気にしなくていいんだから、怯えてないで壁を取り払ってみて」
懐かしそうな顔をした後、慈愛を湛えた微笑みを浮かべた。
「例の卒業パーティーが終わってループが終了したら、わたくしも輪廻の輪に入ることになるわ。ジーク様が気にしているようなら、伝えて。わたくしは幸せだったし、次はもっと幸せな人生を手に入れる。今のクリスティーナを目一杯愛してあげて」
何か言おうとする前に、目の前の少女の姿が薄くなって見えなくなっていく。
「ありがとう。クリスティーナ。あなたの分も絶対幸せになるね」
そして、また次第に意識が遠のいていく。




