25.魔獣襲来
ラグリー公爵夫人パメラとシオンが今、領地で過ごしている。パメラの体調が最近あまりよくないので、王都を離れて領地でのんびり過ごす為だ。
公爵は王宮での仕事もある為、行ったり来たりしている。
クリスティーナとレイモンドは学校があるので、王都に残っていたが、夏休みに入ったのを機に領地に行くことにしていた。
ジークハルトは王都を離れることで、危険が増すのではないかと渋っていたが、護衛を増やしてレイモンドと一緒に行くことで、何とか了解を得た。
ラグリー公爵領は王都から比較的近く、馬車で半日程度なのも大きかった。
「ジークハルト様は心配性よね」
いつもの倍の護衛を見て、クリスティーナは少し呆れていた。
レイモンドに手を貸してもらい、馬車に乗り込んむ。
「いつ仕掛けて来るか分からないんだから、気をつけるに越したことがないよ。ティーナは少し不用心だからね」
レイモンドはクリスティーナの向かいに座って、苦笑している。
「だからと言って、ずっと屋敷に篭り切りなんて嫌だわ。お母様とシオンにも会いたいし」
義母のパメラは大分体調が戻っていて、元気に過ごしているとは聞いているものの、顔を見るまでは心配だ。
そして、何より私の癒しのシオンに逢いたい!
クリスティーナはかわいいシオンのことを考えてウキウキしながら、馬車の外を流れる景色を眺めていた。
人々が行き交う街の賑やかな様子から次第に畑や木々が生い茂る緑の景色へと変わっていく。
暫くはその景色を眺めていたが、同じような景色が続く為、クリスティーナは次第に瞼が重くなっていった。
ラグリー公爵領へと入り、あともう少しで領地の屋敷に着くという頃、急に馬車が止まった。
その急停車によって、馬車がガクンと揺れて、その振動に驚いてクリスティーナの目が覚めた。
深い眠りからの急激な目覚めで、頭が覚醒しきっていないクリスティーナは目を擦った。
「もう着いたの?」
「いや、あと少しで着くはずなんだけど、何かあったらしい」
レイモンドは厳しい顔をして、窓の外を見た。
外からは護衛たちの慌ただしい足音と慌てたような声が聞こえて来る。
その異様な様子にクリスティーナは急速に覚醒した。
「魔獣です!馬車から出ないで下さい!」
護衛が外から大きな声で叫んだ。
魔獣!?
辺境には頻繁に出るとは聞いているけど、ラグリー公爵領に魔獣が出没するなんて初めて聞いた。
レイモンドは剣を手にすると、驚きで固まっているクリスティーナに
「馬車には結界が張られてる。だから、ティーナは絶対に馬車から出るなよ」
言い置くと、扉を開けてひらりと外へ出て、しっかりと扉を閉じた。
喧騒は止むことなく続いている。
今日はいつもの倍の護衛がついているにも関わらず、収まらない荒々しい物音と魔獣の咆哮。
恐る恐る窓の外を見ると、右側は森で左側は村があり、麦畑が広がっている場所だ。
猪を大型化したような魔獣が村に入ろうとするのをレイモンドや護衛が切り伏せて防いでいた。
しかし、魔獣は何匹もいるらしく、次から次へとやってくる。
まずい!
万が一、魔獣が村に入り込んだら、戦う術のない村人はあっという間に魔獣の餌食になってしまう。
思った時には外に飛び出していた。
「ティーナ!外に出るな!」
レイモンドは飛び出してきたクリスティーナを見て、焦ったように叫んだ。
「お兄様!村に結界を張ります!」
クリスティーナは叫び返すと同時に魔法を発動させる。
魔獣は結界に阻まれて、村に侵入出来なくなった。
村全体を包む結界はそれなりに魔力が必要だが、クリスティーナの魔力量なら問題ない。
魔獣が村に入らないように気を使いながら戦うよりは、少しはやり易いだろう。
結界を張りながらでは、集中し難いけど、私は魔力だけはたっぷりある!
手近に迫っていた魔獣に火の玉をぶつける。もっと威力があるものも出せるが、残念ながらクリスティーナの魔法は繊細さに欠けていて、威力があり過ぎて周りにいる人にも害が及ぶ。
威力を抑えた火の玉では絶命させるまでは至らず、呻いている魔獣に剣を突き刺した者がいる。
ラグリー家の護衛ではない。
黒っぽい地味な服装で、目立った特徴のない黒髪のしなやかな身体つきの青年だ。
「影の方ですか?」
クリスティーナが問えば、その特徴の無さが特徴のような二十歳くらいの青年は呆れたような顔をしながらも、迫り来る魔獣を軽やかに剣を振るい、魔獣を葬っていく。
舞うように振るわれる剣に、ジークハルトがつけていてくれている王家の影と呼ばれる人物だと確信する。
「お姫様は大人しく守られていてほしいですね」
魔獣に剣を突き立てた。
「あら?今は大人しく守られてるわよ」
彼はクリスティーナを守るためにここにいる。任せておけば大丈夫だという安心感がある。
「ねぇ、あなた、名前はなんていうの?」
「呑気に名前を訊いてる状況じゃないだろう」
心底呆れたようにしながら、魔獣と対峙する。
「だって、あなた、余裕ありそうだし。もしかしたら、もう目の前には現れてくれないかもしれないから」
クリスティーナはそう言いながらも、辺りの気配を探っている。魔獣の数がかなり減ってきた。
「ジン」
ぶっきらぼうな声で答える声がして、クリスティーナは目を輝かせた。
「いつもありがとう。ジン」
終わりが見え始めた頃、クリスティーナは目の端に十歳くらいの少年を捉えた。
小麦畑から出てきたらしき少年に魔獣が迫っている。少年は突然現れた魔獣に動けなくなっている。
咄嗟に魔獣の足を凍らせて、動きを鈍らせるが、完全には足止めできない。
「ジン!」
ジンの目が少年を捉える。
目の前の魔獣を切り裂くと、そのまま少年の前にいる魔獣の上に飛び、その背に剣を突き立てた。
あぁ、間に合ってよかった。
「!?」
ほっと胸を撫で下ろしてるクリスティーナの口に何か布のような物が後ろからぎゅっと当てられた。
振り解こうとするが、突然力が抜けて目の前が真っ暗になってそのまま意識がなくなってしまった。




