22.魅了の解除
「こんなとこまで連れてきて何の用だよ。僕は愛しいローラの側から離れたくないんだけど」
文句を言いながら、一人の男子生徒がウィリアムに連れられて空き教室に入ってきた。
空き教室では、クリスティーナとジークハルトたち生徒会メンバーが固唾を呑んでローラに魅了された男子生徒を待っていた。
まずは一番最初に魅了の魔法をかけられたであろう男子生徒を呼んで、試しにクリスティーナの魅了の魔法をかけて様子を見る為に用意した場なのだ。
男子生徒はこの国で一二を争う大きな商会トリミアン商会の商会長の嫡男のデイビッドで、勝手に家からお金を持ち出し、ローラにドレスや宝石を貢いでいるらしい。
それがかなり問題になっていて、このままいくと勘当されることになりそうだとウィリアムが心配して、一番最初に連れてきたのだ
クリスティーナは魅了の魔法を発動させる魔法陣を施した魔石をぎゅっと握り込んだ。
デイビッドは教室にクリスティーナがいるのを見ると、その顔を歪ませた。
目が合ったその瞬間、闇の魔力を魔石に流す。
次の瞬間、デイビッドが目を見開いて体を硬直させた。
「おい、大丈夫か?」
クリスティーナを見つめたまま動かないデイビッドの肩をウィリアムが揺すった。
「あっあぁ…」
何度も瞬きを繰り返した後、ウィリアムの方を呆然とした様子で振り返った。
「僕はここで何してた…?」
不思議そうな顔をして、キョロキョロと辺りを見渡す。
そして、生徒会メンバーの中にジークハルトを見つけると、今度はオロオロと狼狽始めた。
「ジッジークハルト殿下!あっあの、僕、何か失礼なことを…?」
「ローラ嬢のことどう思う?」
真っ青になっているデイビッドにウィリアムが尋ねると、キョトンとした顔になった。
「え?ローラ嬢?ただのクラスメイトだけど…」
戸惑ったように答えるデイビッドに、クリスティーナはホッと息を吐いた。
この様子なら、魅了の状態は解けたようね。
あとは私がかけた魔法が悪影響を与えていないといいんだけど…
「どこか調子悪いところはないですか?」
顔を覗き込むようにして声を掛けると、クリスティーナと目が合ったデイビッドは真っ赤になって
「だっ大丈夫です」
首をブンブンと横に振った。
え?これは私の魅了の魔法の影響なんじゃないの?
眉を顰めて男子生徒の顔を見つめていると、後ろから腕を引かれた。
突然引かれたので、踏ん張りきれず、後ろに倒れそうになるのを抱き止められた。
硬い男性の筋肉質な身体の感触に驚いて、その身体の主を見上げた。
ジークハルト様⁉︎
ジークハルトに抱き込まれた形になっていることに気づいたクリスティーナは体がボワッと熱くなるのを感じた。
「何するんですか!突然引っ張ったら危ないじゃないですか!」
不機嫌そうに自分を見下ろすジークハルトから慌てて離れて文句をつけた。
「近づき過ぎだ。それにあれは魔法の影響じゃない」
「え?どうして、そんなことが分かるんですか?」
訝しげにデイビッドを見ると、何度も頷いている。
ん?今度は少し青褪めてる?
首を傾げていると
「クリスティーナ様って天然だったんですね」
「ティーナだからね」
「ティーナだからな」
後ろからなんとも失礼な発言が聞こえて来る。
クリスティーナは振り向いて、メリルとジュリアとネイトを軽く睨んだ。
「とにかく成功したようだし、よかった。君はここ最近の自分の行動は覚えているのか?」
レイモンドが横から声をかけた。
「なんとなく、ぼんやりとは…ローラ嬢のことしか考えられなくて、とんでもないことを…」
徐々に今までの自分の言動を思い出したのか、青褪めていた顔色が今や真っ白だ。
「操られていたんだから仕方ないよ」
ウィリアムが慰めるように、肩をぽんぽんと叩いた。
「魔法が解けたのは君が初めてだし、とりあえずは様子を見る為にも三日くらいは学園を休んでくれ。それからローラ・パティーニとは少し距離をおいた方がいい」
デイビッドはレイモンドの言葉に神妙な顔で頷いた。
「申し訳ないが、まだ魔法のことは伏せておいてほしい。まだ裏を取ってるところなんだ」
「分かりました。あの、少し気になることがあるんですけど」
デイビッドが気まずげにクリスティーナを見た。
「ローラ嬢がよくクリスティーナ嬢にいじめられたって言っていたんです」
「え?私は彼女と話したこともないわよ」
クリスティーナは顔が引き攣りそうになるのを必死に堪えた。
接点が一つもないのに、また冤罪を擦りつけようとしているらしい。
「どういうことだ?学年も違って関わりのないクリスティーナがローラ・パティーニを虐める理由がない」
ジークハルトが怒りを含んだ低い声を出した。
「そっそうですよね」
デイビッドが慌てて相槌をうつ。
「今ならそれが分かります。でも、操られていた時にはローラ嬢の言うことは全て正しいと思っていたんです」
「それであいつはなんと言っていたんだ」
「みんなから好かれている私に嫉妬しているんだと。それから…ジークハルト殿下から特別に大切にされているのを妬んでるって」
デイビッドの声がジークハルトからの圧を感じて、どんどん小さくなっていく。
「あいつは死にたいらしいな」
ジークハルトの黒い笑顔を見て、デイビッドはブルっと震えた。
「そっそれで、僕たちはローラがされた嫌がらせをクリスティーナ嬢にそのまま返す算段を立てていたんです。ひぃ!ごめんなさい!」
デイビッドは周りからの冷たい視線に耐えきれず、何度もぺこぺこして謝った。
その様子を絶対零度の視線で見ていたジークハルトは
「分かった。クリスティーナの身辺には護衛を増やそう。手を出してきた奴は徹底的に潰すから、安心してくれ」
先程以上の黒い笑みを浮かべていて、更に黒い靄が漏れ出ている。
どんな報復をする気なのか!全く安心できない!
ここにいる全員が、怒らせてはいけない人を怒らせたのだと実感し、背筋が寒くなった。
「とにかく」
黒い靄を晴らすようにレイモンドがコホンと咳払いした。
「これを肌身離さず身につけておいてくれ。これを身につけていれば、精神干渉の魔法を弾くから」
透明な魔石が一つ付いたシンプルな銀のブレスレットを渡した。
「はいっ!ありがとうございます!」
デイビッドは恭しくブレスレットを受け取ると、早速身につけて、外からはブレスレットが見えないように袖を上から被せた。
「うまく魅了の魔法が解除できたのはいいけど、不穏なことを言ってたな。あの女はなんでティーナを目の敵にしているんだ」
デイビッドが教室を出ていくと、レイモンドが眉を顰めて言った。
「本当に腹立たしい女だ。存在ごと抹消したい」
ジークハルトが目を眇める。
「えーと、殺さないで下さいよ」
「それは、あの女次第だな。あいつのことより自分の心配をした方がいいんじゃないか。何らか仕掛けて来る可能性が高い。護衛を増やして、学園の中でも影をつけるから、そのつもりでな」
「え?それは大袈裟なんじゃ…」
言いかけるクリスティーナの言葉にジークハルトが言葉を被せてきた。
「王太子の婚約者に危害を加えようとしている奴がいるんだ。見過ごせるわけないだろう。これは決定事項だから」
クリスティーナは始終護衛に張り付かれると思うと憂鬱になったが、毅然としたジークハルトに仕方なく頷いて、そっとため息を吐いた。




