20.密談(ジークハルト視点)
今回もジークハルト視点です。
「そうか。あの禁術が使われたかもしれないのか」
国王は眉間に皺を寄せ、ジークハルトを見つめた。
クリスティーナの話を聞いて、ジークハルトは国王と二人で話したいと執務室を訪れていた。
「確証がある訳じゃないけど、クリスティーナの話から考えると多分そうだと思う」
ジークハルトの表情も厳しい。
「クリスティーナ嬢だけがその記憶を有しているということは、彼女がその魔法を使用したということかもしれないな」
「彼女は俺の婚約者だったらしい。禁術の情報に触れる機会が全くない訳ではないかもしれないけど、彼女一人の意思ではないと思う。俺やサイオンたちがとけない魅了の魔法で操られるようなことがあったなら、その後のことを思えば…」
「国は混乱するな」
ジークハルトにはすでに他国に嫁いだ姉がいるだけで、他に兄弟がいない。
ジークハルトにもしものことがあれは、現国王の二人いる弟のどちらかが王位を継ぐことになる。
「クリスティーナ嬢が誰かに命じられたとするならば、それは儂かもしれないな」
国王は苦渋の表情でため息を吐いた。
「とにかく、クリスティーナ嬢の話の裏を取れ。その男爵令嬢を調べ上げろ」
「分かった。魅了の魔法についても調べてみる」
「そうだな。宝物庫に眠ってるあの魅了の魔法を防ぐと言われている魔道具が役立つかもしれないな」
国王は随分前に見たっきりの魔道具を思い浮かべていた。
「あの大きな指輪?目立ち過ぎて使い勝手が悪すぎて仕舞い込まれたやつ」
「そう。それだ」
ジークハルトの言葉に苦笑いした。
「クリスティーナが今常時結界を張れる魔道具を作っているんだ。それが完成すれば、魅了の魔法は弾けるはず」
「ゼントスに習っているという魔道具作りはその為だったのか」
「そうらしい」
国王は先程までの不機嫌そうな顔を払拭させて、表情を緩めた。
「クリスティーナ嬢のことはコーデリアも気に入ってるし、何とか口説き落とせよ」
「母上は勝手に外堀を埋め過ぎだよ。クリスティーナは全く気付いてないけど」
王妃であるコーデリアがクリスティーナへこっそり王太子妃教育を行なっていることを思い出して、苦笑した。
「禁術のことを知っているのもあるが、この先何があるか分からないし、彼女のことは守らなくてはならない。何とかして、お前との婚約を承諾させろ」
少し真面目な顔に戻ったと思ったら、すぐにニヤニヤし出した。
「ジークハルト、お前も気に入ってるんだろう」
「まぁね。でも、彼女が二回も婚約破棄されているって言ってたから、なかなか信用はしてもらえないだろうね」
ジークハルトは若干憂い顔だ。
ローラ・パティーニさえ現れなければ、操られさえしなければ、婚約破棄なんてしなかったはずだ。
王族や貴族の婚姻は元々政略的なものがほとんどだ。個人の感情で勝手に破棄していいものではない。
ジークハルトも王族として、それはよく分かっている。
ましてや、クリスティーナは優秀な上、綺麗で性格もいい。
今のジークハルトからしてみたら、一度手に入れたクリスティーナを手放すなんて、考えられない。
「クリスティーナを守ることには異論はないし、何とかするよ」
ジークハルトはしっかりした意志の篭った目をしていた。
パティーニ男爵には確かにローラという娘がいた。
密偵に探らせたが、まだ魔力検査を受けてないようで、聖魔法が使えるかどうかは分からなかった。
引き続きローラの周辺を探らせることにする。
閲覧禁止となっている書物を引っ張り出して、魅了の魔法について調べる。
通常言われている魅了の魔法は闇属性の魔法だ。それは、術者と物理的に離れて暫くすれば解けるものだ。
聖魔法の使い手…
何冊かの本を読んだ後に見つけた古い本の中にその記述を見つけた。
聖魔法でも魅了の魔法が使える。
これだな。
ジークハルトは直感した。
きっと同じ魅了の魔法でも、属性が違えば、性質が異なっていることは想像に難くない。
残念ながら、その性質、対処法の詳しい記述がなかった。
ティーナの言っていることは荒唐無稽にも聞こえるが、恐らく真実だ。
大体、ティーナはそんな作り話をして喜ぶような人間ではない。
調べても、それ以上のことは分からなかった。
しかし、聖魔法の魅了についてもっと詳しく書かれた書物が持ち出されている可能性もある。
それをローラに教える人間がいたとしたら…
背筋に冷たいものが走った。
思っていたよりあっさりとクリスティーナは婚約を受けてくれた。
喜んで、といった感じではなかったものの、そんなことは分かっていたことで、がっかりすることはない。
ティーナの気持ちはこれから、こちらに向ければいい。
ジークハルトはあっさりと了承されたのを聞いて、ニヤつくのを抑えるのに随分と苦労した。
前世や意識が入れ替わったなど、またとんでもない話が出てきたが、クリスティーナと婚約出来ることに浮かれていたジークハルトは大して気にしていなかった。
「これからクリスティーナのことを陰から守ってくれ」
無事クリスティーナと婚約したジークハルトは王家の影に指令を出した。




