19.噂の天使(ジークハルト視点)
今回はジークハルト視点です。
「最近、お前たち、付き合い悪いよな」
ジークハルトは久しぶりに王宮を訪れた友人たちに少し拗ねていた。
サイオンとネイトとシリウスは王子であるジークハルトの遊び相手として、幼少から王宮に遊びに来ている。
ところが、10歳になった頃から勉強するのに忙しいと言って、王宮に来る回数は以前より半分になっていた。
ジークハルトの言葉に彼らは顔を見合わせた。
「勉強会をしてるんだよ」
サイオンがおずおずと話し出した。
「は?勉強会?」
思ってもいなかったことを言い出したサイオンをまじまじと見た。
「実はラグリー公爵の屋敷でクリスティーナ嬢とジュリア・モリーニ侯爵令嬢と一緒に勉強したり鍛錬したりしてるんだよ」
「勉強会って、ラグリー公爵とモリーニ侯爵の御令嬢は年下じゃなかったか?年下のシリウスや脳筋のネイトはともかく、頭のいいサイオンじゃレベルが違いすぎるだろ。それに令嬢と鍛錬ってなんだよ」
「お前、何気に失礼だな!」
ネイトがわーわーと煩い。
「クリスティーナ嬢は僕より出来るよ。天才ってああいう人を言うんだと思う」
淡々としているサイオンは悔しそうですらない。
神童とまで言われているサイオンにそこまで言わしめる令嬢に興味が湧く。
「お前がベタ褒めなんて珍しいな。クリスティーナ嬢ってどんな子なんだ」
サイオンは顎に手を当てて暫く考える。
「年齢以上に落ち着いてるけど、可愛らしい御令嬢だよ」
「うん。天使みたいにかわいい。甘えられるとなんでもやってあげたくなっちゃうんだよね」
ジークハルトはサイオンとネイトの言葉に若干イラついた。
「俺は一人で厳しい教師たちと勉強してるのに、何でお前らだけかわいい天使と仲良く勉強してるんだよ」
八つ当たり気味に言って、この後また、教師がやって来ることを思い出してげんなりした。
「俺もそっちの勉強会で勉強したい…」
三人は王子の教育なんだから、それは無理だろうと内心突っ込みつつも、
「まぁ、がんばれ」
力なく励ました。
サイオンたちの勉強会の噂は国王と王妃の耳にも入って来ていた。
噂の才女を何とか王家に引き入れたかったものの、娘を溺愛しているラグリー公爵によってのらりくらりと躱されていた。
そこで催されたのが王妃主催のジークハルトと同年代の子たちを集めてのお茶会だった。
まだ子どもなのに、香水と化粧の匂いをプンプンさせた令嬢たちに囲まれるかと思うと、ジークハルトは会場に入る前からげんなりしていた。
噂の天使に会えるのだけが、今日の救いだな。
香水臭い天使じゃないといいけど。
一つ息を吐いて、気合いを入れて、爽やかな王子様の仮面を着けて、会場入りした。
途端に香水のにおいに囲まれる。
天使を探すが、やっぱり周りにはいないようだ。
適当に相手をして、何とか振り切ると、友人たちの元に向かう。
友人たちは隅の方のテーブルで、お茶を飲んでいた。
いた!噂の天使。
銀色の髪は光をキラキラ反射していて、長いまつ毛に縁取られたちょっとつり目がちな大きな紫色の瞳、すっきりした鼻筋、ぷりっとした可愛らしい口は完璧な配置を見せていた。
白い肌はシミひとつない。
あぁ、なるほど。サイオンたちがメロメロになる訳だ。確かに綺麗な子だ。
そして、なにより化粧っけがなく、香水臭くない。
それはジュリア嬢も同じで、このテーブルは空気が清涼で、息がしやすい。
クリスティーナ嬢は思ったよりさっぱりした性格で、何故か、彼女は俺と友だちになりたいと言ってきた。
意外だったけど、少し嬉しい。
勉強を一緒にしたいって言ってたから、早速その願いを叶えてあげよう。
ジークハルトは両親を焚き付け、勉強会を王宮でやらせることに成功した。
国王と王妃の中では、外見は可愛らしく、所作も美しくて賢いクリスティーナはすっかりジークハルトの第一妃候補だった。
知らぬは本人ばかりなりだ。
特に王妃は気に入って
「絶対、クリスティーナちゃんを手に入れるのよ!」
と息巻いていたくらいだ。
そして、こっそり勉強会で王妃教育に必要な知識を教えている。自衛の為の剣術も付け加えて。
彼女以外はうっすら分かっていて、苦笑いしている。
彼女は確かに賢く、時々、みんなの知らない公式だの法則だのを使い、教師たちを慌てさせるほどだった。
頭はいいのに、少し鈍感な彼女は知らないのだろう。研究者の間で崇拝する者までいることを。
魔力検査では桁外れの魔力量と光属性以外の全ての属性を持っていて、みんなの度肝を抜いた。
おかげでゼントスの研究対象になってしまったのに、本人は魔道具の作り方を教えてもらえるとほくほく顔だった。
なんだかかわいい。
ラグリー公爵が再婚をして、ティーナに義兄ができた。義兄のレイモンドは俺と同じ年だが、大人びた少年だった。
レイモンドは非常に優秀で、いずれ側近として仕えてもらうつもりだ。
だが、ひとつ気になる点がある。
ティーナとレイモンドの距離が近過ぎないだろうか。
ティーナは会って間もないレイモンドに絶大な信頼を寄せているような気がする。
もちろん、こんなにかわいい義妹に懐かれたレイモンドはティーナを可愛がっている。
二人を見ていると、モヤっとする。
はぁー
彼女は最初から俺に興味がなかった。友だちになりたいとは言っていたけど、それ以上でもそれ以下でもない。
みんなが大好きな爽やかな王子様の仮面は多分、ティーナには魅力的じゃないのだろう。
なら、そんな仮面をいつまでもつけてても仕方ない。
ティーナの前ではありのままの自分でいたい。
学園に入学すると、王宮での勉強会がなくなり、ティーナと会う機会が激減した。
冷たいもので、連絡も寄越さない。
そう思っていたら、突然相談したいことがあるから会いたいと連絡してきた。
連絡をくれて、相談をしてくれることが嬉しくて、早速時間をつくって会うことにした。
どんな相談かと思っていたら、とんでもない話だった。
ティーナは三回目のやり直しをしているらしい。
そして、俺たちが魅了の魔法にかかって、俺がティーナとの婚約破棄をしたと言う。
ついつい俺とティーナが婚約していた話の方に反応してしまった。
普通に聞けば、眉唾な話だが、俺には心当たりがあった。
王族にのみ伝わる魔法。
時を戻す魔法。
膨大な魔力と大きな代償が必要とされる禁術。
それが使われたというのか。
ローラ・パティーニ男爵令嬢が使ったとされる禁術である魅了の魔法と合わせて、早急に調べなくてはならない。
ティーナが何年もかけて作っている魔道具が、俺たちを魅了の魔法から守る為のものであったのが、このとんでもない話の唯一の救いだった。