17.ヒロイン登場
目立つことを避ける為、街に入る手前で馬車を降りて、そこからは徒歩だ。
「あっち、見に行きましょう」
クリスティーナは賑やかに人の行き交う街にワクワクしていた。
今日は日曜日で街に出店が出ていていつも以上に賑わっている。
基本的に公爵家では商会の方から屋敷に来てもらって物を買っているので、クリスティーナが街に出向くことは少ない。
クリスティーナにとって、久しぶりの街歩きなのだ。
一際人が集まっているお店を覗いてみると、飴細工のお店だった。
彩りの綺麗な蝶やお花、猫や犬などの形をしている。
目の前でスイスイと作られて行く芸術作品にクリスティーナは暫く見入っていた。
「すごい。飴細工ってあんな風に作られていくんですね」
「そうだな。完成品は目にしたことがあっても目の前で作るのを見たのは初めてだ。職人技だな」
感心したように言うジークハルトにクリスティーナはうんうんと頷いた。
「はい、これ」
飴細工が出来上がっていく様子を飽きずに見つめていたクリスティーナの目の前に紫色の薔薇の形をした飴細工が差し出された。
「買ってくれたんですか?」
目を輝かせて、ジークハルトから飴細工の棒を受け取った。
「ありがとうございます」
ジークハルトは嬉しそうに飴細工を眺めるクリスティーナを微笑ましそうに見ていた。
「他のお店も見てみよう」
ジークハルトに促されて、気の向くままあちらこちらのお店を覗いて行った。
「少しどこかで休もうか」
ちょっと歩き疲れてきた頃の提案に頷くと、背後から男女の言い争う声が聞こえてきた。
「ちょっとあっちで話そうって言ってるだけだろ」
男が下卑た笑いを浮かべながら、女の子の手首を掴んだ。
「離して!」
見覚えのあるストロベリーブロンドの女の子がガラの悪そうな三人の男たちに絡まれている。
ローラだ!
やっぱりイベントは起こるのね。
クリスティーナはどこかで見たことのあるような場面に、心が冷えていくのを感じる。
それを感じ取ったのか、大丈夫だと言うようにジークハルトがクリスティーナの手をぎゅっと握った。
ジークハルトが背後に控えていた男たちに目線を送ると、彼らはローラと揉めていた男の腕を捻り上げて、あっという間に男たちを制圧した。
「嫌がる女性に何をしている。ちょっと来てもらおうか」
拘束した男たちを引き立てながら
「お嬢さん、大丈夫ですか?あなたにも事情を伺いたいんだが」
尋ねたが、ローラは呆然とした顔で、男たちを拘束している警邏の制服を着た者たちを見つめた。
その後、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回した。
そして、ジークハルトを見つけると、嬉しそうに此方にやって来ようとする。
水色の瞳をうるうるさせて此方に向かって来るローラに身体が硬くなる。
ジークハルトがローラからクリスティーナを守るように、グッと抱き寄せた。
「お嬢さん、どこに行くつもりだ。こっちに来てくれ」
ローラは警邏に腕を取られて連れて行かれた。
恐る恐るローラを見ると、連れて行かれながら憎々しげに此方を睨んでいて、体がピクリと震える。
ジークハルトは落ち着かせるようにクリスティーナの頭を撫でた。
クリスティーナは落ち着いてくると、ジークハルトの様子が気になってきた。
そろそろと顔を上げてジークハルトの顔を覗き込んだ。
穏やかな瞳で此方を見ていた。
前回の婚約破棄を告げに来たジークハルトのように何の感情も写さないガラス玉の瞳ではない。
「あの、大丈夫でしたか?」
「大丈夫だ。確かに攻撃を受けたようだがな」
イヤーカフを触って、ローラが連れて行かれた方を冷たい表情で見た。
「やっぱり魅了の魔法なんだ…」
想定していたとは言え、実際魅了の魔法の行使は目に見えないものだけに恐ろしい。
「ティーナの魔道具がちゃんと守ってくれたようだ」
「結界がちゃんと発動したんですね。よかった」
実証実験ができていなかったので、若干不安だったクリスティーナはホッと息を吐いた。
「振動があったから、攻撃されたと分かった。ティーナの魔道具はすごいな」
「ちゃんとそっちの機能も発動できたんですね」
「あとは攻撃を受けた記録だな」
ジークハルトがブレスレットを撫でた。
魔力はそれぞれ指紋のように違っていて、辿れば個人が特定できる。
どのような魔力により攻撃を受けたか記録が残っていれば、動かぬ証拠となり得るのだ。
王太子のジークハルトに精神攻撃を仕掛けたとなれば、ローラはただでは済まされないだろう。
このままローラに退場してもらえれば…
「彼女はこれからどうなりますか?」
淡い期待を抱きつつ尋ねた。
「そのことだけど…ここでは何だから、ちょっと場所を移そうか」
思えば、ここは道路上だった。
此方をチラチラと見る人たちもいるので、近くにあるカフェの個室に場所を移すことにした。
注文した料理を店員が運んできた後、ジークハルトが防音の結界を張った気配を感じる。
「不本意だが、あいつは暫く泳がせるつもりだ。禁術を教えた奴がいる。何らかの思惑があってやらせているはずだ」
ジークハルトは眉間に皺を寄せた。
「そうですか。仕方ないですね」
思い通りにいかず、此方を憎々しげに見ていたローラを思い出して、ため息を吐いた。
「あいつには監視を付ける。ティーナに手は出させないから」
ジークハルトはローラがクリスティーナに向けた敵意を感じ、クリスティーナがそれに怯えていたのが分かったようで、心配そうにクリスティーナを見た。
「ローラは私と同じ転生者か前回の記憶があるんじゃないでしょうか?それとも、教えた人物がいるのか。いずれにしても、今日のイベントを知っていてやっているようでしたね」
「そうだな。どうなるのか分かっていて、その通りにならなかったから、関わってもいないのに慌てて魔法を使ってきたんだろうな」
呆れたような顔をした。
「それにしても魅了は厄介ですね。手当たり次第にやられたらどうなるのか」
「必要な奴には結界を張れる魔道具を渡してるから、大事には至らないはずだ」
「え?結界を張れる魔道具はたくさんあるんですか?」
ジークハルトの言葉に驚いて、目を瞬かせた。
「ゼントスに作らせたんだ。ティーナの魔道具のコピーだから、そう難しいことじゃない」
いつの間に…
あんなに苦労したのに、コピー商品がたくさんできてるとは!
「勝手にコピーさせて申し訳ないけど、ティーナの魔道具のおかげで助かるよ」
ジークハルトはちょっと気まずげにしているが、クリスティーナはみんなが操られることがなくなるなら、否やはない。
「構いませんよ。心が操られるなんてことはあってはならないんですから」
「ありがとう。監視は付けるが、気をつけてくれ。あいつは蛇みたいに執念深そうだ」
ローラはヒロインのはずなのに、そのあまりの言いようにクリスティーナは思わず吹き出した。
「あんな奴に操られたなんて、最悪だな。全く俺の好みの女じゃない」
心底嫌そうな顔をしている。
「そうなんですか?」
ローラの顔は確かに可愛らしいし、庇護欲を擽る容姿だ。多くの男の人に好かれそうなのに。
「ティーナは全く分かってないよな。俺が好きなのはティーナだから」
ジークハルトの真っ直ぐな言葉に目を瞬かせる。
好き?私のことが好きって言った?
頭が言葉を理解すると、顔が一気に熱くなった。
ジークハルトはそんなクリスティーナを見て、満足そうに微笑んだ。
「とにかく、ティーナには俺のことを信じていてほしい。君を裏切るようなことはしない。今度は前回のようなことには絶対しないから」
真摯に言うジークハルトにクリスティーナは言葉を発することができず、ただコクコクと頷いた。