14.武術大会
学園ではもうすぐ武術大会が開かれる。
剣でも魔法でも両方であっても可能で、剣は模擬剣を使用する。
大怪我をしないように教師が審判をし、危険と判断されたら中止させることになっている。
「今年も男子生徒ばかりだな」
ジークハルトが武術大会のエントリーシートの束をぱらぱらと捲った。
「そりゃそうだろう。エントリーするのは騎士団や魔術師団に入りたい奴ばっかりだ。怪我する可能性があるのに、大会に出たいって女性が少ないのは当然だよ」
ネイトが生徒会活動の休憩にとジュリアが用意したお茶菓子のフィナンシェを口に入れた。
「だけど学園長は女生徒の参加を促したいらしい」
学園長がどうしたら女生徒が参加してくれるか、考えて欲しいと生徒会に丸投げして来たのだ。
最近、騎士団や魔術師団は女性に門戸が開かれるようになったものの、女性の入団希望者は少ない。
王妃や王女の護衛には女性がいてくれると助かる場面が少なくないので、なんとか才能ある女生徒を見つけたい。
学園長は王宮からの要請に武術大会に目をつけたが、肝心の女生徒の参加がないのだ。
「そうは言っても、今年はもうエントリーが始まってしまっているし、来年に向けてのデモンストレーションでも行ったらどうですか?」
クリスティーナは興味なさそうにフィナンシェを頬張った。
こんなこと教師たちが考えるべきことだとみんな思っているので、議論は全く以て熱が入らない。
求心力のあるジークハルト殿下が生徒会長をしている間になんとかしたいと思っているんだろうけど、丸投げなんて、いい迷惑だわ。
思った以上にフィナンシェは口の中でほろほろと解けて美味しかったので、もう一つ食べようと手を伸ばしたクリスティーナがふと顔を上げると、黒い感じの笑みを浮かべるジークハルトと目が合った。
嫌な予感に伸ばしかけた手を引っ込める。
「それはいい考えだね。問題は誰がデモンストレーションをするかだけど…もちろんティーナがやってくれるんだよね」
「え?私ですか?」
顔を引き攣らせながら、惚けてみる。
「言い出しっぺだし、ティーナは魔法が得意だし、ぴったりじゃないか」
にこにこしてるけど、やっと面倒臭い学園長からの依頼に片がつくと思ってるのが丸分かりだ!
「分かりましたよ。やります」
ここで粘っても無駄だということは分かっているので、クリスティーナは引き受けることにした。
「女生徒受けを狙って試合形式よりも魔術のショーにしたらどうですか?」
サイオンは自ら紅茶のお代わりをカップに注ぎながら、みんなを見渡した。
「それはみんな興味を惹かれると思うわ。ティーナは綺麗な魔法をいくつも使えるもの」
ジュリアがキラキラした瞳でクリスティーナを見た。
「なんで私一人でやると思ってるの?ジュリアも一緒にやるのよ」
どうせやらなきゃならないなら、ジュリアも巻き込むわよ!
「え?私は無理よ。私はティーナみたいに魔法が得意じゃないから」
ジュリアは困ったように眉尻を下げた。
「大丈夫。一緒にやればなんとかなるわ」
クリスティーナはジークハルトのお株を奪うような黒い感じの笑みを浮かべた。
武術大会当日、クリスティーナとジュリアは試合の前座として、魔術ショーを行った。
ジュリアが繰り出した水魔法を凍らせて雪にしたり、蝶や花の幻影をつくり出した。
なかなか華やかなステージとなり、歓声に包まれた。
これで女生徒の武術大会への参加が増えるのかは疑問だが、やることはやったので、後のことは学園長達が考えるだろう。
「二人ともお疲れ様。みんな絶賛してたよ」
ジークハルトが競技場の観覧席に戻ってきたクリスティーナとジュリアに声をかけた。
今回、ジークハルトは生徒会長としての仕事があるため、武術大会にエントリーはしていない。
「取り敢えず、場が盛り上がったみたいでよかったです」
ジークハルトに促されて隣の席にジュリアと並んで腰を下ろした。
「ティーナが魔術師団から目をつけられちゃったかもね」
ジークハルトが悪戯っぽく笑った。
今日は騎士団と魔術師団の団長が観覧に来ているのだ。勿論、入団できそうな人材を見つける為だ。
「今のところはジークハルト殿下の婚約者なんで、誘われても困りますけど、婚約破棄されたら考えなくもないですね」
クリスティーナは冷めた口調で肩を竦めた。
「いやいや、婚約破棄しないからね。わたしの妃になるのは君だけだよ」
ジークハルトはクリスティーナの髪を一房手に取ると、そこに口付けた。
今までそんなことされたことのないクリスティーナは首筋まで真っ赤になった。
「人前でなにやってるんですか!」
「人前じゃなきゃいいってこと?」
楽しそうに笑うジークハルトをキッと睨んだ。
「恥ずかしいからダメです!」
普段は落ち着き過ぎているくらいのクリスティーナが赤い顔のまま、ぷりぷりと怒っているのを、ジュリアたちは微笑ましそうに見ていた。
クリスティーナはドキドキしている心を落ち着ける為に少し競技場を離れた。
三度目の人生とはいえ、クリスティーナの恋愛偏差値は平均以下だった。
顔の火照りを冷ますために無心で歩いていると、辺りの人気が無くなっていた。
生徒は皆競技場に集まっているのだ。
「あなた子どものくせに生意気なのよ!」
人気がなくなったところを狙っていたのか、上級生の女子生徒たちが絡んできた。
シューズ公爵家のルーシア様御一行か。
面倒臭い人たちに捕まったな。
前回、クリスティーナの代わりにローラに絡んでいた御令嬢たちだ。
クリスティーナは四人の令嬢たちに囲まれた。
「何か御用ですか?そろそろ競技場に戻らなければいけないので、通してもらいたいんですけど」
冷静に返すクリスティーナに益々イラついた顔をする。
「子どもは大人しくお家で遊んでればいいのよ!たまたまジークハルト殿下の婚約者になったからって偉そうにしないで!」
「偉そうになんてしてません。年だって、二つしか違いませんよ」
クリスティーナが冷静であればあるほど、ルーシアたちの苛立ちが募る。
「生意気なのよ!」
ルーシアが手を振り上げた。
ぶたれる。
思わず目を瞑ったが、衝撃が訪れない。
恐る恐る目を開けると、ルーシアの手首を掴んだレイモンドが鋭い目で令嬢たちを睨みつけていた。
「ルーシア嬢、わたしのかわいい妹に何をしているんですか」
ルーシアは真っ青な顔で口をはくはくさせている。
「もっ申し訳ありません」
小さな声でルーシアが謝罪した。
レイモンドが手を離すと令嬢たちは脱兎の如く逃げて行った。
解放されて、ほっと息を吐いた。
「大丈夫か」
レイモンドが心配そうに俯いたクリスティーナの顔を覗き込んだ。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけです。助けてくれてありがとうございます」
笑顔を浮かべたクリスティーナを見て、レイモンドがホッとしたように息を吐き出した。
「間に合ってよかった。しばらくは一人でウロウロしない方がいい。ああいうのは逆怨みするから気をつけてくれ」
レイモンドがクリスティーナの頭をそっと撫でた。
少し恥ずかしげにしていたクリスティーナだが、ふと思い出した。
「そう言えば、お兄様、武術大会に出るんじゃなかったんですか」
「あぁ、そう言えばそうだったな」
気のない返事をするレイモンドにクリスティーナの方が焦った。
武術にも、魔術にも優れたレイモンドは優勝候補だ。
「早く!早く戻って!」
レイモンドの手を引き、急いで競技場に戻った。
結局、三年生を押し退け、レイモンドが優勝、ネイトが準優勝だった。