12.魔道具完成
「漸く、魔道具が完成したんだって?」
ジークハルトが学園の談話室に入ってくるなり、クリスティーナの向かい側の椅子にどかっと座った。
学園の談話室はいくつか個室があって、予約をしておけば、誰でも使用することができる。
しかし、王族であるジークハルトは専用の談話室が用意されていて、いつでも使えるようになっていた。
今使用しているこの部屋はその特別室だ。
クリスティーナとジュリアとシリウスは学園の入学試験に受かり、一年前倒しで入学式を迎えることができていた。
今日は魅了に対する魔道具の話をする為に、談話室には他の人はいない。
もちろん、部屋の扉の前にはジークハルトの護衛が控えている。
「漸くです。こんなに時間がかかるなら、誰かに頼めばよかったわ」
クリスティーナは若干後悔していた。
何も自分で作らなくても、専門の人に頼めばもっと早く出来上がっただろう。
「それはそうだろうけど、なんと言って作ってもらうの?俺たちが魅了で操られる未来を知っているからって?」
ジークハルトは何を今更と少し呆れた顔をした。
「そんなこと言えるわけないじゃないですか。未来を知ってるなんて怪しすぎます」
かと言って、子どもの私がお父様に黙って、高額な魔道具を発注できる訳ない。
「そうですね。今までの苦労に対する愚痴なので、聞き流してください」
何はともあれ、完成したのだ。
切り替えよう。
「これが完成品です」
透明な魔石を加工してプラチナのイヤーカフに付けた。
箱から取り出したそれをジークハルトは手に取り、繁々と見つめた。
「これはまた小型化したね」
ジークハルトのいかにも感心したというように発せられた言葉に、ちょっと嬉しくなって
「これは身につけている人の魔力を使って結界を張るんです。だから、この魔石は消耗しません。おまけに魔力もそれほど必要ありません」
目を輝かせて魔道具の説明をし始めた。
「更に、もし精神干渉の魔法を受けると、弾く上に細かく振動して危険を知らせてくれるんですよ」
どうだ、と言わんばかりに胸を張るクリスティーナを見て、ジークハルトは堪えきれなくて笑い出した。
「何で笑うんですか」
ムッとするクリスティーナに
「ごめん、ごめん。あんまり無邪気に自慢するのが可愛くて」
ジークハルトは笑いながら謝った。
クリスティーナは不意打ちの可愛い発言に驚いて、黙り込んだ。
ジークハルトとは確かに婚約したが、それまでの友人関係とあまり変わりなく過ごしている。
可愛いなんて言われたことがなかったので、すっかり動転してしまっていた。若干、頬が熱い気がする。
咳払いをして、動揺を誤魔化す。
「ただ、実際に使用テストをした訳では無いので、ちょっと不安は残るんですけどね」
「それは仕方ないな。そもそも聖魔法の魅了なんて使う奴がいないんだから」
ジークハルトが肩をすくめた。
「ゼントス先生はお兄様が張る結界と同等だと仰っていたので、大丈夫かと思いますが」
「そうか。ゼントスがそう言うなら大丈夫だろう。それで、この魔道具は貰っていいのか?」
魔道具のイヤーカフを手のひらに載せて突いた。
「もちろん。その為に作ったんですから。他の人の分もこれから作ります」
クリスティーナがそう言うと、早速、耳に装着した。
「ありがとう。違和感もないし、なかなかいい感じだ」
普段身につけるのに邪魔にならない物をとできる限り小型化して、目立たない色合いにしたが、元々端正な顔立ちのジークハルトはなんでも似合う。
美形は何を身につけても自分のものにしちゃうものなのね。
クリスティーナは何とは無しにジークハルトを見つめた。
「これはクリスティーナの色だな」
ジークハルトがイヤーカフを触りながらクリスティーナに視線を送った。やけに色気を含んだ視線だ。
ん?私の色?
…銀髪!プラチナ!
「いっいえ!決して深い意味があった訳じゃないんです。あんまり目立たないように…」
慌てて言い訳をしようとするクリスティーナをジークハルトが手で押し留める。
「他の奴にはゴールドで作ってやれ」
ニヤリと笑った。
クリスティーナは何か言おうと口を開きかけたが、諦めたようにため息を吐いた。
「分かりました。そうします」
もう少しで、学園に入って初めてのテストがある。
学園での勉強は確かに王宮でやっていたものより、易しかった。
しかし、王太子の婚約者として学年トップを取るようジークハルトから暗に指令を受けた。
それに、飛び級をするつもりなので、成績が良いに越したことはない。
トップともなれば、全科目でほぼ満点が必要だろう。
ちゃんと復習をして、点数の取りこぼしがないようにしないと。
ジュリアとシリウスも一緒にテスト勉強をしたいと言うので、今日は学園の図書館の中にある勉強スペースで久しぶりのお勉強会だ。
「ティーナ、ここを教えて欲しいんだけど」
ジュリアが眉間に皺を寄せている。
「ここはね、この数式を使えば解けるわ」
「ティーナ、こっちも教えて」
シリウスも眉間に皺が寄っている。
さっきから、ずっとこの調子でなかなか自分の勉強に集中できない。
それでも、クリスティーナは人に物を教えるのが好きで、苦にはならなかった。
頼りにされると張り切るタイプなのだ。
「どうだ?勉強はすすんでるか?」
ジークハルトがレイモンド、サイオン、ネイトを連れ立ってやって来た。
「難しいです。一年早く入ったのに10位までに入れって鬼ですか」
シリウスがジークハルトを恨めしげに見た。
「卒業後は俺の側近になるんだから、それくらいの成績は取ってもらわないと。でも、このままじゃティーナの勉強が進まなそうだから、助っ人に来てやった」
「余裕ですね。殿下たちは大丈夫なんですか?」
ジークハルトたちもテストがあるはずで、クリスティーナが不思議そうに尋ねた。
「心配なのはネイトだけだ」
「ひどいなぁ、事実だけど」
ネイトは力なく苦笑した。
「ティーナはあっちで俺と勉強しよう」
ジークハルトが少し離れた机を指さした。
「え?でも」
いきなり二人でと言われて、戸惑っていると
「ジュリアにはサイオンがいるし、レイモンドがシリウスとネイトを纏めて面倒みるから心配ない」
手を引いて、席を移動された。
まぁ、お兄様たちは優秀だし、任せておいて大丈夫よね。
納得して、移動した席で勉強を再開する。
ふと視線を感じて顔を上げると、ジークハルトがこちらをじっと見ていた。
「どうかしましたか?」
あんまりじっと見られると居心地が悪い。
「ティーナは本当に綺麗だなと思って」
クリスティーナは普通に世間話をするような口調で、今まで聞いたことのない甘いことを言い出したジークハルトを驚愕の目で見た。
ジークハルトはその様子を面白そうに見ている。
「かっ揶揄わないでください」
クリスティーナは顔が赤くなるのを感じて、慌てて俯いてペンを走らせる。
「揶揄ってないけど。そこ、間違ってるよ」
指摘されたところを慌てて直すクリスティーナをジークハルトは楽しそうに眺めていた。