10.魅了の正体
ジークハルトに魅了の話をしてから、一か月程経った今日、クリスティーナは王宮に呼び出されていた。
「この間の話なんだが、確かにローラ・パティーニという人物は存在した。ただ、聖魔法の使い手というのは確証が取れなかった。まだ、属性の判定をしていないようだ」
ジークハルトはクリスティーナの話の裏をとっていたようだ。
「魅了の魔法についても調べてみた。やはり、普通なら術者と引き離せば一日程で解けるということまでしか分からなかった」
無表情で淡々と話すジークハルトが本当のことを言っているのか全く読めないが、本当に分からなかったにしても、クリスティーナには明かせないと判断されたにしても、ジークハルトから情報を得られないことには変わりがない。
「分かりました。調べてくれてありがとうございました」
少しは期待していただけに、がっかり感が大きい。
ため息を吐きたいのを我慢して、お礼を言って立ち上がろうとすると
「ちょっと待って。まだ話は終わってないから。ティーナは本当にあっさりしてるよね」
ちょっと焦ったようにクリスティーナを引き止めた。
「それは失礼しました」
浮かしかけた腰をもう一度ソファに落ち着ける。
話の続きをどうぞと目線を送った。
その様子を見ていたジークハルトはわざとらしいくらい大きく嘆息した。
「この間は時間がなかったから、詳しく聞けなかった。今日はちゃんと話してもらおうかな。それによっては、もう少し話せることがあるかもしれない」
やっぱり、情報をわざと出さなかったんだな。
まぁ、禁術に関することだし、一貴族令嬢にほいほいと渡せる情報じゃなかったんだろう。
「何を聞きたいんですか?」
「まずは、三回目ってどういうこと?時を戻す禁術を使ったのか?」
ジークハルトはクリスティーナを真剣な目で見つめてきた。
それに耐えきれなくなって、クリスティーナは少し目を伏せた。
「それは…多分、そうですね。正直、一度目のクリスティーナの記憶は靄がかかっている感じで、はっきり全てを覚えている訳ではないんです」
「それだよ!」
「は?」
思ってもいない反応に、驚いて思わず素の声が漏れてしまった。
「君は一度目を他人事のように話すよね。意識が入れ替わったってどういう意味なんだ」
「それは何というか、私には前世の記憶があるんです。今の私の意識は突然、クリスティーナの体の中で目覚めた感じですね」
「前世…」
ジークハルトはクリスティーナの話を確かめるかのように目を閉じて思考に耽った。
暫くして、目を開いた時には、面白い物を見つけたとばかりにその碧の瞳を輝かせていた。
「ティーナ、その話は他の誰かに話したことがある?」
「いえ、こんな突拍子のない話をしても、頭がおかしくなったって思われるのがオチですから。と言うか、ジークハルト殿下は信じるんですか?」
「あれ?この間言わなかったかな。ティーナのことは信用してるって」
心外だと言わんばかりにわざとらしいため息を吐いた。
「ティーナの秘密を教えてもらったことだし、こちらも分かったことを教えるよ」
やっと、新たな情報が聞けるのかと、息をつめてジークハルトを見つめた。
「魅了の魔法は闇属性の魔法だということは知ってる?」
ジークハルトの問いに頷いた。
「実は他にも魅了の魔法を扱える属性があるんだ。それが光属性。その中でも聖魔法が扱える者だけが使うことができる」
ジークハルトはクリスティーナが瞠目して自分を見ているのを面白そうに見ていた。
「そう。ローラ・パティーニがティーナの言う通り聖魔法の使い手なら、魅了の魔法を扱えるんだ」
「ローラが闇属性も持っている訳じゃなく、聖魔法を使えるからできる…」
その意味を暫し考える。
「それは闇属性の者が使う魅了の魔法と同じなんですか?」
「やっぱり、君は頭がいいよね。そう、問題はそこなんだ。元々聖魔法を使える者が少ないから、残っている資料がほとんどない。だから、そこのところが確認できなかった」
「じゃあ、対抗手段が分からないということですか」
少し進歩したけど、対策がやっぱり、結界を張り続けるしか、今のところない。
少しがっかりしながら、すっかり冷めてしまったお茶を口にした。
「魅了の魔法を弾く魔道具がやっぱり一番だろうね。それで、王家にはその魔道具が存在するんだ」
ジークハルトの言葉にびっくりして飲みかけたお茶を吹き出しかけた。
「え?あるんですか?じゃあ、何で使ってないんですか⁉︎」
「使い勝手がわるいからかな。大き過ぎるんだよ。ティーナが作ってる魔道具はどんな感じなの?」
「まだできてないから、何とも言えないんですが、指輪とかブレスレットの形にしようかと思ってます」
「それはいいね。期待してるよ」
ジークハルトがにっこり笑った。
「あともう一つ聞きたいんだけど、過去二回は俺たちが婚約していたっていうのは?」
「10歳の時に王家からのお話だったと思います。私は殿下との婚約が決まったとしか聞いてないので、それ以上のことは分かりません。パワーバランス的に丁度良かったのでは?」
「そうだね。それを勝手に婚約破棄するなんて愚か者のすることだ。巻き戻って救われたのは俺なのかもしれないな」
ジークハルトが苦笑いをした。
「巻き戻りのタイミングが婚約破棄宣言だったので、それを起点にしている可能性が高いです」
「ティーナはそれを繰り返さない為に頑張っているということか」
クリスティーナが頷くと、目的がはっきり分かったからか、ほっとしたように笑った。
「ティーナの事情は理解した。でも、もしかしたら、婚約は避けられないかもしれない」
「へ⁉︎」
クリスティーナは目を見開いたまま固まってしまった。
折角、今まで話が出なかったのに今更、婚約?




