3 真治さん?
僕は自分の家に着き、芹那と二人で呆然と立ち尽くした。
僕の家が……、僕の家が無くなっていたのだ。
無くなっていたと言うのは、跡形もなく、と言う意味ではなく、まるで隕石でも落ちたかのように真上からぺしゃんこになっていたのだ。けれどもちろんそこに本当に隕石があったわけではない。原因はわからないし、よく見ると、こうなったのはつい最近のことではないらしい。
「こ、ここ……、和也の家なの?」
「うん……、間違いない」
「けどいったい、これって……」
これも、化け物のせいなのだろうか……。
苧うにほどの化け物がもしいたとするならば、もしかしたらこれくらい……。そしてこんな風に潰れている家は、僕の家だけではなかった。踏切から帰ってくる途中、少なくとも五件は同じように潰れた家を見た。それに街の様子もなんだかおかしい。いつもなら、駅前には食べ物屋や飲み屋が数件、終電が終った後も眩しいくらいに明かりを灯し、店を開いているはずだった。けれどなぜだか開いている店は一つもなく、それどころか明かりひとつ点けずにひっそりと静まり返っていた。そしてなによりおかしいのは、まだ電車が走っている時間だと言うのに、誰一人として歩いている人がいなかったのだ。
「もうっ、いったい何が起こっているのよ!?」と、泣きたいのは僕の方なのに、芹那が先に癇癪を起すように言ったものだから、逆に僕は冷静になれた。
「ねえ。和也の、お母さんとお父さんは……?」
あまり考えたくない……、でも……。
「あ、ねえ、ちょっと待って、これ」と言って芹那は家の門のところに貼られた紙を見つけた。
和也へ
お父さんとお母さんは無事です。
長野のおばあちゃんのところに避難をしています。
お父さんもお母さんも心配しています。
これを見たら、すぐに連絡をください。
お父さんより
「これって、和也のお父さんとお母さんよね? よかったあ!」と言って芹那は僕より安心した様子で胸を撫でおろした。
「さてと、じゃあ和也」と芹那は続けて言った。
「さてと?」
「そうとわかればここにいても仕方ないわよ。やっぱり私の家に行きましょ?」
「えっ、切り替え早いね」
「うん。そう言う性格なの」
「て言うか、歩いていくの?」
「もちろんよ。それしかないもの。お昼までには着くんじゃない? 覚悟を決めることね」
「わかったよ」
そう言って僕と芹那は歩き出した。
芹那の家には朝のうちに着くことができた。
夜の間は歩いていると、小さな化け物の気配をいくつか感じたけれど、襲ってくるものは一匹もいなかった。そして太陽が昇るとそれらの気配は消え去り、まるで何事もなかったかのように人々は生活を始めていた。
「なんだか不思議な世界ね。逆にあっちの世界よりこっちの方が違和感あるわ」芹那はそう言った。
バスを横目に大通りを三時間ほど歩き、さらに山道をひたすら歩いた。山道を歩いている間、僕はスサノオと歩いた時のことを思い出し、その気配に振り向いてみたけれど、そこにいたのはいつも芹那だった。
「ほんとに神社なんだあ」と僕は鳥居をくぐって階段を上がり、そう言った。
「そうだよ! 小さいけれど、けっこう古いんだ。私もよく知らないんだけどね」
山を切り開いたようなその神社は、人気のない社務所を右手に、真ん中に舞台、その奥に拝殿、本殿があり、その奥の左手にはどうやら芹那や家族が暮らす家になっているようだった。
「ちょっと待っててね。先にちょっとお父さんと話してくるから」そう言って芹那は家の方へと向かって行った。
僕は少し時間をつぶそうと、神社の周りをゆっくり歩いた。山の中にあるせいで、とても静かで落ち着ける場所だった。
ふと僕は、本殿の裏側に回った時、暗闇の中に小さな気配を感じた。
最初それは、また化け物でも現れたのかと思ったが、どうもそんな邪悪なものではないらしかった。
「なんだろう、今の……」僕はその気配を追うように、本殿の裏をさらに奥へと進んだ。本殿の裏は林になっていて、朝の太陽の下でも薄暗かった。と、今度は背後にその気配がした。なんだか僕をからかっているようだ。
「うふふ……」と小さな笑い声が聞こえた。
何かいるな……、そう思ったけれど、太陽の昇っている間は姿を見せないだろうと思い、僕は気にするのをやめて神社の表に戻った。
「あ、和也! どこにいたの!?」芹那はどうやら僕を探していたらしい。そしてその後ろに……、僕は驚いて動けなくなった。
「し、し、真治さん!?」僕は思わずそう叫んだ。
「え?」と言って、いきなり僕に真治さんと呼ばれた男の人は、返す言葉に困ってしまったらしい。
「和也、なに言ってるの? 私のお父さんだよ。名前は成久って言うんだよ」
成久さんはすぐに気を取り直し、「誰かに似てたのかな? 和也君、話は芹那から聞いたよ。とにかくうちに上がって休んでいきなさい」と優し気な笑みを見せてくれた。
そ、それにしても、真治さんにそっくりだった。話し方は真治さんより温厚な感じだが、雰囲気や身のこなしまで、真治さんそのままだった。
人違い……、なのだろうか。
僕は見れば見るほど真治さんに似ている芹那のお父さんから目が離せなくなった。
僕は芹那の家でお風呂を借り、用意してくれた浴衣を着て、食事まで出してもらった。
「和也君がさっき言っていた真治さんって、どんな人だったんだい?」
「え、いえ、そんなに知っているわけではないのですが、元警察の人だと言っていました」
「へえ、そうなのかい。じゃあ、勇敢な人だったのかな」
「ええ、そうです。好きな人のために化け物に向かって行って……」と言ったところで、それは向こうの世界の話だったことを思い出し、僕は言い淀んだ。
「ほう、偶然だなあ」
「偶然って?」
「ここの神社の話さ。この神社は小さいけどね、とても歴史のある古い神社なんだ」
「どれくらい古いんですか?」
「奈良時代にまでさかのぼるんだよ。そこで剣士として村を守った神様を祀っている。その神様はね、ある日神の世界から突然村に現れ、村を日ごと襲う苧うにと言う化け物を倒し村を守ったんだ。後にその神様はアマネと呼ばれる村の娘と結婚し、この地に移ってこの神社を建てたと言うわけさ」
僕はその話を聞いて飲みかけの味噌汁を吹き出しそうになった。
酷く咳き込む僕を見て、芹那は「大丈夫?」と真剣な顔で背中をさすってくれた。
そ、それって真治さんのことじゃないのか? 苧うにを倒したのは僕だけど……。いや、それやっぱり真治さんだろ。と言うか、この成久さん、真治さんの子孫じゃないのか?
「あ、あの……、もしかして、芹那のお父さんって、その神様の子孫ですか?」
「和也君、鋭いこと言うねえ! 実は真意のほどはわからないが、代々この神社を受け継いでいるのは、その神様からの血筋だと言われているんだ」
や、やっぱり……。
僕の言ったことに機嫌を良くしたのか、芹那のお父さんはすごく機嫌よく僕をもてなしてくれた。
「聞くと和也君、家を化け物に壊されたらしいね。親御さんと離れ離れになっているとか。こんなところでよければ、好きなだけいてくれればいいからね。どうせ広い家に私と芹那だけで住んでいるんだ。賑やかになっていいよ」と芹那のお父さんはそう言ってくれた。