4 ターシャ1
私、この人を知っている。
この人どころじゃない。この世界のことも知っている。未来のことも、わかる。
だってこの世界は私がかつて望んだ世界、空想の中の一つなのだから……。
ターシャ。
彼女は伯爵家に生まれ、優しい両親の元、すくすくと成長し、その才覚で頭角を現した。そして、あっという間に貴族としてその地位を盤石なものにしたと思われたが……そこで彼女は欲を出してしまった。シンプルに言えば恋に溺れたのである。
彼女は、彼女に相応しい男として、恋に落ちた男―皇太子を要求した。それは彼女の才能をもってすれば分相応といえないこともなかったが、彼女に敵対する人たちを結束させるには十分すぎる火種であった。
そんな中、彼女は皇太子妃候補となるのだが……。
(引用『殿下、ずっと私のそばにいてください!~子爵令嬢の逆襲~』)
私がこの世界でターシャとして生きることを望むはずがなかった。
彼女は冷酷で、執着心が強く、その才能を評価され重用されることはあっても、人として好かれるようなことは全くない……そういう人だから。
というか、私が“主人公”として空想に浸りやすいようにそういうキャラクターデザインにした。この世界に空想の旅に出るとき、私はいつでも主人公・ヘレンであった。
私・ターシャの行く末はこうだ。合理主義の皇太子によってターシャは皇太子妃間違いなしという立場を手に入れることができた。喜び勇んで彼に尽くすターシャ―まだ公式の関係でもないのに―の前に突然敵が現れる。
それが主人公・ヘレン。彼女は田舎の子爵令嬢の一人にすぎなかったが、思慮深く、社交が抜群にうまかった。彼女の周りにはその影響力を求めて近づく人々が絶えなかった。周囲がそれぞれの思惑を抱えるなかで、彼女はその人波の中をあくまで中立派として立ち回っていく。ヘレンがそれら有象無象を利用することはあっても、彼女が利用される側に回ったことはただの一度もない。
そして、ヘレンは最後にはターシャの足元をすくって皇太子妃の立場を手に入れるのであった。
そんなキャットファイトもあったけれど、一方で、皇太子は合理的に考えた結果仮候補としてターシャを選んでいたにすぎない。その頃にはヘレンの貴族相手の影響力は計り知れないものになっていた。彼にとって妃に求めるものが、政治的手腕よりも社交界における権威の保持になるまで、時間はかからなかった。
一目ぼれみたいな一時の恋愛感情ではなく、能力値で合理的に失恋するターシャの気持ちにもなれ。
過去の私。
この敵役、想像以上にみじめですからね。




