第八十八ノ夢 神々が信じた先は
そう、元々は、
「全ての善は、神である我々にあるんだ」
全て、神だった。
自らを正義と、善であるとしか認めない神々。嫌悪すべき感情こそが悪神。だからこそ、悪神というモノは不要な感情で、悪で、封じられ滅されるべきものなのだ。だって神々が言っているんだもの。それは純粋にしてもっとも恐ろしき害悪であり無自覚な悪。その事実に神々は絶対に気付かない。永遠に気づくことはない。それを管理者は、長年感情を募らせ続けた悪神だけは知っている。信仰と、神々は絶対的に正しいという洗脳地味た思考が神々を、世界を取り巻いている。
神々の何処までも無慈悲で淡々とした返答に管理者は明石の中で息を呑み落胆する。何度も言い続け折檻を受け、諦めた主張。それを神聖だとか抜かすあの殺し合いを見ても理解してもらえない。いや、理解する気がないのだろう。だからこそ、あんな悲惨な暇つぶしが出来る、思いつくのだろう。
「で?それがどうかした?」
頬杖をついた少女が笑う。にっこりと、それ以外になにかある?と言わんばかりに。答えなんて出てるでしょ?と言わんばかりに。その何百年経とうと変わらぬ態度に管理者は絶望した。だが、彼を乗っ取った明石は違った。手に持った扇をひらひらと動かして言う。
「どうかしたでしょー?キミたちがカミサマとか善とか正義とか、全く以て関係ない。悪神から全部奪った……アハハ、ねぇ、それで満足した?解決した?するわけないよねぇ、だってそれは全部、必要不可欠なんだもの!目を逸らすことも強く欲することも深く愛することも暴くように貪り食うことも強く信じ込むことも抱えきれない怒りを抱くことも!……深く深く、愛することに、全てに嫉妬することも、全部。それを自分たちが正義だからと、全てだからと決めつける……アハハ、まさにカミサマだよねぇ。ずっとずっとずーーーっと、苦しめて?抗って?愉しんで?満足した?」
コテンと無邪気に首を傾げる明石。その仕草はかつて管理者が見た義妹の仕草で、今は亡き和夜だけが見ていた仕草であり感情の吐露。悪神全員の、生け贄にされた人柱の感情。全員、生きたかっただけなのに。それさえも神々は勝手に断罪し奪った。赦されざるべきか。いや、誰が赦すと言わなくても悪神は決して赦さない。それが原初の悪神であり最初の被害者であり罪人であった『憤怒』が神々に踏み潰された主張であり神々の傲慢ともいうべき暴論。嗚呼、誰が悪神だ?
明石の慟哭に管理者は静かに、彼女の中で目を閉じた。実際には閉じちゃいないだろうが彼にとっては目を閉じていて、心が決まった。自分は希望を与え絶望を与え、そして後ろから騙し討ちで突き刺すかのように叩き潰した。神側の者と言われても無理はない。悪神の人生を、生け贄達の人生が刻まれ葬られるのをあの本と共に刻んできた、見てきた。何百年もの間、諦めた感情は今、明石と同化しつつあることで強く鮮明に管理者に思い出させる。そう、管理者だって抗いたかった。だからこそ、悪神に抵抗なんてしなかった。自分の身体が神々を討つ一手になるならば、死んだって構わない。嗚呼、これが生け贄達が、悪神が望んだ自由で、欲しかった幸せの一端。それに管理者が気づいてももはや遅いが。
「悪神は……満足してないんだよ」
明石のその言葉に管理者が小さく頷いた。途端、多くの嫌悪と敵意と殺気と、溢れんばかりの罪を抱えて、バッと明石が跳躍する。神々の器ともいうべき管理者の身体は明石の命令通り、天高く伸びる七つの席にふんぞり返る神々に向かって疾風の如く滑走する。明石が空中で大きく腕を振り上げれば、『嫉妬』の力で扇が巨大化し二つ頭の蛇が神々に向かって大きく牙を剥く。扇と幻影とも言うべき二つ頭の蛇が空中に大きく現れ、明石が叫ぶ。
「悪神だけが悪いなんて御託ばっか言って奪って!封印して!本当は怖いだけのくせに!だから『憤怒』が生まれるのに、悪神が生まれるのにさぁぁああ!!」
全部、全部、返してよ。奪ったモノ全部。ほしかったもの全部。気づかぬ間に明石の瞳からは涙が溢れていた。溢れ出る感情と共に行き場を失った力が大きく大きく、まるで風船のように膨れ上がる。それらを神々は呆然と、淡々とふんぞり返りながら見上げていた。いや、見下ろしていたという方が正解か。明石を見る瞳は何処までも侮蔑を孕んでいた。それが明石の中を、管理者の身体を流れる血が怒りとなって逆流する。明石は力の限りを扇に込め
「報いを受けろっ!!」
振り下ろした。途端に身体から吹き上がるほどに四散する真っ赤な血。自ら殺した和夜や生け贄達のような真っ赤で美しく愛しいとも言うべき血が明石の前で花びらのように散る。え、と声に出したのは誰だったか。急激に萎んでいく己を動かす力。空中を泳いでいたはずの身体が重力を失い急降下し、一気に地面に叩きつけられる。ガッ、ゴッ、と鈍い音を立てながら明石の頭や身体が叩き付けられ同時に血飛沫が舞う。なにがあった?なにがどうした?グラグラと朧気な脳内を懸命に動かす明石ではあるが、その思考は何故か薄れて行って、目の前に義兄の管理者の姿が見えた。かつて恋い焦がれた黒曜石が明石を驚愕の目で見つめている。
「……は?」
そんなわけない。だって、自分は管理者を乗っ取って。カミサマをぶっ殺そうとして。だって、管理者の身体はカミサマにとっても悪神にとっても良い器で、悪神はその名の通り神でもあって。操り人形でもある管理者の身体なら、器なら、カミサマをぶっ殺せる。
「出来る訳ないでしょ〜?神様なんだから!」
ケラケラ、クスクス。頭上でカミサマが笑っている。身体はもう動かない。全身を何かで縫い止めているかのように身体は指一本にまで動かず、頭は締め付けられるかのように痛い。頭の中から直接金槌で叩かれているような慢性的な痛み。息が出来ずに空気が消えていく。言い表せないその感覚はあの時ーー義兄に殺され封印を施された時と似ていて。嗚呼、まさか、まさかまさか!
「やっと気づいた?悪神って言ってもね?被害者だって言ってもね?自分達は悪くないって言ってもね?神様に適うわけないでしょう?忘れたかしら?悪神を封印したのは、神様よ?」
恍惚とした憎き顔が明石の視界に映り込むことは決してない、二度と。その顔が映り込むのは明石がかつて恋い焦がれた黒曜石、絶望から一筋の蜘蛛の糸を求めて這い上がったはずの管理者の瞳だった。
「な……んで」
ポツリ、管理者の喉から絞り出されるように出た声は周囲の嘲笑する神々の声によって押し潰される。眼の前では明石が全身の血がなくなるのではないかと云うほどの大量出血をしつつ、神々の見えざる力に押し潰されていた。彼女にはもう手足の感覚がないのが救いだろうか。手足はあらぬ方向へと曲がり、腹には神々を葬るために放たれたはずの扇が深々と刺さっている。扇に刻まれた蛇が弱弱しく、明石に寄り添うように二つ頭を揺らしている。
何が起きたのか、管理者にも分からなかった。明石が自分の身体で神々を攻撃した。嗚呼、これで自分も死ぬるかもしれない。なんて、長年の後悔を憂いていた次の瞬間には、身体を乗っ取ったはずの明石の意識が自分の中から吐き出されていた。目の前で以前見た義妹の死に際と、今の明石の状態が重なり管理者は無意識のうちに彼女に手を伸ばしていた。かつて己が招いたとも言える惨劇であり罪。受け入れて、きちんと話し合えさえすれば起こらなかった出来事。今では話し合いで解決なんて出来やしない。だが、吐き出せば良かったと今なら思う。何故なら、こんなにも自分の心中を埋める感情はーー
「全部無駄なんだ。分かってる?」
管理者の伸ばした手を神々の一人が上から掴んだ。ギシリ、力を入れていないはずなのに骨が軋む音と痛みが走る。思わず唸り声を上げれば、それと呼応するように別の一人がーー男性のように見えるーー明石の頭を手で地面に押さえつけた。メリメリと不気味な音が響き、虚ろだった明石の瞳が驚愕と痛みに見開かれる。
「さぁさ、悪神はもう一度封印して差し上げましょう」
「害悪だものね!害悪だものね!」
「神様に逆らった罰ということで」
ケラケラ、ケラケラ。
そこにあるのは、底しれぬ悪意だった。
投稿は不定期です。
あとちょっとー!なんですけど……おそらくこの辺りが二番目に難しいと思ってます。神様()さぁ……ってなるんですよね。まぁうちが考える神様はどこかしらこう、ネジが外れてるっていうか……うん!




