第八十七ノ夢 それは神が与えた愚かな先は
『神は命ではなく世界を作っている』
それは、憤怒であるアダムーー最古であり原初の悪神が信じ認めたたったひとつの神々の真実。嫉妬に身を委ね、得られない愛を憎んだ明石にはもはや、和夜もいないこの世界は、奪った神は憎くて仕方なかった。ただ自分達悪神は愛が欲しかった、感情が欲しかった。奪ってしまった怠惰を、求めていた強欲を、共にいたかった嫉妬を、探していた暴食を、耐えられなかった傲慢を、奪われ陥れられた憤怒を、そして、欲しかった嫉妬を募らせた。これは、正当な敵討ち。そのことを明石に体を乗っ取られた管理者もよくわかっていた。
カツリ、カツリと踵を鳴らして管理者改め明石は歩く。管理者のためにと眼球から抉り取った影響で見えなくなった目は管理者を乗っ取ったことにより数百年ぶりに見えるようになっていた。まぁ見えなくとも他の四感が発達していたため、問題はないのだが。片手に握りしめられたヴェールはかつて管理者の顔を覆っていたものだ。ふと明石が廊下の壁にかけられた意味のない鏡に目を向ければそこには黒曜石の如く真っ黒な瞳と、同じくらいに黒いセミロングをした青年がいた。意思が強く、だが何処か諦めたような憂いを持った瞳は明石が身体を乗っ取った影響だろう。管理者の顔は、本来表情豊かで少しだけ冷めている。それが明石が義兄に惚れた理由の一つでもあったが、大昔とは違う箇所が存在している。顔全体を覆うような醜い痣。鏡に写った痣を横目に明石はハッと鼻で笑い、足を早めた。
「馬鹿だよねぇ義兄さんもさぁ」
管理者の声で自分の中に閉じ込めた管理者に明石は笑いかけながら、顔を覆う痣を指先でなぞる。指先で痣をなぞるたび、皮膚が引っ張られる微かな痛みが指先を通じて体を駆け巡る。
「逆らってこんな痣受けるなんて!」
『……』
「義兄さんはホント、馬鹿だよねぇ!神々の器にされたのに無謀にも逃げようとするなんて」
神々が欲した身体、管理者は逃げようと思ったが出来なかった。そうして出来たのが顔の痣。神々から暴力と言う名の折檻を受けた、言い包めという名の説教を受けた証明。管理者を悪夢で追い詰め、囲み、逃げ場をなくす。そうして嘲笑うのだ。これではどちらが悪神かわかったもんじゃない。まるで印のように刻まれた痣は管理者を幾度も幾度も追い詰めていた。その傷を明石はケラケラ笑う。痣をヴェールで隠すのは過去が怖いからだと明石は分かっている。そして、戒めであることもわかっている。だから明石は敢えてその痣を顕にする。だって、痣は管理者が神々に抗った印でもあって、唯一、神を否定する要素だから。
「でも、そんなところ、好きだったよ」
冷淡に言われた言葉は誰に向けてだったのか。明石は目的地を目指して迷宮を彷徨う。神々が悪神を殺すために用意した儀式の場は神々が監視と後始末のために存在している。つまりそれは神々が嫌い、目に入れたくないと言っているも当然であった。明石の足が止まる。そこはただの姿鏡が設置された壁。明石は鏡に手を触れる。するとゆっくりと指先が鏡に消えていく。いや、吸い込まれていると言ったほうが正しいか。消えていく指先、手首、腕に明石はニタリと笑い、体を鏡に押し付けるように突撃した。鏡に吸い込まれた明石の、管理者の体を水のようなヌルッとした感触が包み込む。まるで繭のような優しさと、血のような恐ろしさを持ち合わせた感覚に明石はニタリと笑い、目を閉じる。目を閉じれば、体全体をその感覚が包み、明石に安心感を与えてくれる。まぁ管理者は逆で不快感しかないのだろうが。
「ねぇ義兄さん、キミはなにがしたかったの?神々に歯向かったことは正しかったと思う?」
『……私、は』
「ボクは正しいと思うよ」
ケラケラと管理者の声色で明石は笑う。明石は安心感があった感覚が消えたことに気づき、目を開ける。そこには今までとは違う光景が広がっていた。何処までも続く透き通った青空と、流れる雲。その中に手を伸ばすかの如く天へと続く階段が伸びている。階段の先は逆光によって見えない。明石はチラリと後方を振り返った。後ろには先程入った姿鏡が表面に波紋を描いていた。
『……神々は高みの見物ですよ』
「知ってる。だからこその神々なんでしょ?」
管理者の言葉に明石はケラケラ笑うとゆっくりと長い長い階段の一段を蹴り上げ、大きく跳躍した。まるで滑るように上空へ登っていくその感覚はまさに天にも昇る心地だ。明石は、長年儀式という名の殺し合いをされた経験と神々の思考から殺し合いは地下で行われていると考えていた。その考えは管理者を乗っ取ったことによって確信へと変わった。そうして、神々はそれを天から高みの見物。つまり、天と地、創造の理であった。神々は決して自らが悪とは思わない。だって神だから。その思考が『憤怒』を産んだことをきっと神々は一生気づかない。悪神は神々が排除したかったモノ。だからこそ、地下に追いやった。光の届かない、深い深い眠りにつかせた。最も、彼らに破滅なんて与えられるはずなどないのに。トンッと明石は空中を滑っていた足を床につけた。そこは古代の遺跡のような場所、階段の頂上だった。嗚呼、ないはずの心臓が煩いくらいに音を奏でる。明石が見上げる先、憎らしいほどに快晴な空に伸びるのは石で作られた天に伸びる玉座、計七つ。何処までも何処までも伸びる椅子は神々の呆れるほどの傲慢を表しているように明石はクスリと頬を緩めた。
「あっれぇ〜?なんでこんなところに罪人がいるの〜?」
間延びした、愛されていると自信を持って知っている高い声。無邪気さを持ちながら明石という害の侵入に不快感を隠しもせずに露わにしている。明石はその声を鼻で笑いながら片手を振るう。とその手に扇が現れる。扇には二つ頭の蛇が守護神のように複雑に絡み合っていた。
「というか、なんで乗っ取られてんだ」
今度は静かに怒りを込めた声が響く。まるで噴火寸前の火山のような荒々しくも低い声。だがその怒りを押さえつける強靭な精神を持っていることも示唆させる。そうしてその言葉は明石ではなく管理者に向けられていた。
「憐れ……」
ポツリと呟かれた言葉は女性だが、本当に憐れんでいるような声色ではなかった。蔑んでいた。明石はなにも言わずに自分の中で恐縮したように声を潜めた管理者に舌打ちをかますと、七つの空席のように見える玉座を睨みつけた。
「へぇ〜?カミサマって悪神が怖いの〜?」
ケラケラと明石が挑発するが如く嘲笑えば、まるでそれに反応したかのように七つの玉座の上の空間が歪んだ。そうして次の瞬間、玉座に座っていたのは七人の男女だった。各々ふんぞり返ったように足を組んだり、肘置きに肘をおき頬杖をついたりと様々だが、一様に明石に向ける眼差しは同じだった。侮蔑、ただ一つだった。
「管理者ともあろう人間が悪に乗っ取られるなんてね」
「しかもさぁ〜此処にくる為だけでしょ?」
クスクス、クスクスとその言葉を皮切りに何が面白いのか笑い出す男女達。その笑い声は金切り声のように不快で、意図を悟らせないためか気持ち悪かった。
「あっほらしい」
『……おやめください、神様。もう……限界ですっ!』
心底軽蔑するとでも言いたげな言葉に明石の中で管理者が叫ぶ。その声が聞こえたのか、先程笑った男性のーーいや、少年と呼ぶに相応しい幼い顔立ちをした少年がピクリと笑っていない目を止めた。
『何度行えば気が済むんですか?!悪だからと、契約したただの人間を人柱にして殺して……それはもう、君達の娯楽でしょう?本当に今起きていることが解決なんてされるはずがないのに!それに、本当に悪神が悪だなんて誰が言い出したんですか?ただ、彼らはっ!』
「まぁた、人形が喚き散らしてる」
が、管理者の叫びは神様と呼ばれた男女に届くはずなかった。頬杖をついた男女の一人ーー少女が言う。
「殺してる?何言ってるの?私達は救ってあげているのよ?要らない感情を持ってしまった人間を封印して何が悪いの?これは、救いなのよ?」
「慈悲深き神が与えた、ね」
少女の隣の玉座に座った少年が温かい、場に合わぬ優しい笑みを浮かべて同意を示す。だがその笑みが向けられているのは人間にではない。慈悲深い自分自身にしか向けられていない。だって、神様だから。封印が正しいと信じて疑わない。
『……だから、悪神だなんて生まれるんですよ』
「義兄さん?」
低い声が響く。まるで威嚇しているかのような低い声に明石が首を傾げれば、彼女の中で管理者が声を荒らげた。
『悪を神々が排除しようとしたから、悪神は生まれたんでしょう!!全て、全て神々が本来与えた感情でしょう、悪神は!』
「いつからそんな口を聞くようになったんだい?人形が」
管理者の悲痛な叫びをものともせずに、むしろ貶し見下した神々。その顔に表れるは、無。それこそ、管理者の言葉が正しいと告げている。
そう、元々は、
「全ての善は、神である我々にあるんだ」
全て、神だった。
投稿は不定期です。
うーん……なろうの機能が変わってこんがらがってる状態です……慣れよう、うん。




