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ナイトメア・シンドローム  作者: Riviy
七章 その感情、悪神なりて
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第八十五ノ夢 回想・かつて与えられた名前の行き先は



数百年前、大和帝国。大和帝国は周囲の国々を圧倒させるほどの力を持ってはいたが、己を一心不乱に推し進める過剰とも言える性格は同じ文化でありながら、違う思想を排除しようと考えてしまうほどであり、そして戦闘狂であった。ゆえに帝国では血を継承するという尊き教えが高貴な者たちに定着していた。高貴な者たち、と言ってもその基準は帝国を担っているか否か。後の世のために血族の繁栄は絶対条件であり、戦争に勝つために強き血を残す。それが当たり前だった。


そんな大和帝国でのちに一人は悪神として、狂った被害者として、愛に飢えた容疑者として、二度と戻らない義妹として、中級階級の令嬢として、明石めいせきと名乗った少女は産まれた。彼女は家族に、使用人に、友人に恵まれていた。ただ、恋には恵まれなかった。本に出てくるような燃えるような恋と嫉妬、友人達が語る繁栄がゆえの恋と失恋。彼女は生まれつき体が弱かった。体が弱いと言っても病弱とかそういうものではなく、病気であったのだ。調子がいい時は全力で走れ大声で笑い合えるが、調子が悪いと何日も昏睡状態に陥る。その症状は敷地外に出ると謙虚に現れ、彼女は敷地内での療養を余儀なくされていた。医者によれば、神経系が原因だと言われていた摩訶不思議で、彼女を小さく小さく蝕む悪夢()。ただ、それでも彼女は良かった。両親から聞かされた自分に出来る義兄の存在。外に出ることが出来ず、治療法もなければ病名さえわからない病魔に幼い頃よりおかされ続けた彼女にとって、彼の存在は恋と呼ぶには到底及ばないけれども、恋情であった。そうして現れた養子の義兄。太陽の光を木の葉の隙間から浴びながら現れた青年に、黒曜石を連想させるような真っ黒な瞳に彼女は一目見て恋い焦がれるほどの恋に落ちた。胸が焼けてしまうほどの激しい恋と言うものを彼女は初めて体験したのだ。嗚呼、これこそが友人が言っていた、本にしか存在しない恋なのか。しかも喜ばしい事に義兄となった彼が成人するまでに婚約者が出来なければ、血族の繁栄のため自分と結婚することになると云う。なんと嬉しいことか!彼女は彼に好かれてもらえるようにと、未知の病であった自らの病に向き直ってみた。そうすれば、義兄になった彼は義妹の彼女じぶんを心配し拙いながらも側にいてくれた。彼女は、彼に何処へも行けなかった拙すぎる愛を徐々に募らせて行った。その愛がいつしか、『嫉妬』と云うモノに名を変えるまで。家族ですらも疎くなるまで募らせた。そうして、彼女の病が完治目前ではないかと目されるようになったある日、数日後に彼との婚姻を控えた彼女は浮足立っていた。彼も自分のことを好いてくれていると信じて疑わなかった。例え彼女が無意識に心の奥底に秘めた感情という()を持って彼からいくつものモノを奪ったとしていても。彼女は知らないのだ。彼に呼ばれた彼女は愛しい人に抱きつき、そうして()()()()を聞く。


「やっと、結婚出来るね!義兄さん!私、義兄さんのこと、大好きだよ!だから、だからね!」

「わかった、わかったから落ち着け。君の気持ちはよくわかってる……なら、私のお願いも聞いてくれるよね?」

「うん!義兄さんのためだもん!」


初めて、義兄が自分に頼み事をしてくれた。嬉しかった。ようやっと彼のことをもっと深く知ることが出来る。歓喜した、だからこそ、彼女の瞳は美しく輝いた。それは義兄も同じであったように見えた。彼は彼女の瞳を指の腹で撫で、言った。


「君の目が私以外を映すのが耐えられない。だから、目を抉ってくれない?」


彼はのちに神の言葉を伝える憎き尊き代弁者にして、殺し合いの管理者として、慈悲なき元人間(お人形)として、そして彼女を奪い奪った養子として彼女の家へ入ってきた孤児だった。孤児と言っても争いで両親を失った彼女の両親の友人の子供。彼女と面と向かって会わせたことはなく、最近になって再び交流を始め、友人の子を哀れに思いそして友人への感謝の意から引き取った赤の他人に等しい存在と関係だった。彼も等しく彼女と同じように()()血筋ではあったが、彼にとっては疎ましく、存在を示すものでしかなかった。だからこそ、婚約者が出来なければ養子となった家の跡取りの娘と政略結婚だなんて馬鹿げていると思っていた。彼女を見るまでは。彼女は彼が思っているような生粋で純粋な箱入り娘であり、そして知らぬ恋情に飢えていた。両親から受け継いだ黒曜石のような瞳は人の心のうちを暴くように、彼に人間観察を得意とさせ、そうして苦しめていた。だが、彼女は、


「義兄さん!」

『好き!』


歪んでいた。箱入り故かそれとも病気故か歪んだ愛情の矛先が自分と気づいた時、彼は恐怖した、絶句した。そんなもの要らないと。だが素直に突っぱねてしまえば簡単に彼女は崩壊するだろう。だから、ゆっくりと距離を縮めて、その後に思いを伝えるつもりだった。「君の思いには答えられない」と。だがその行動は遅かった。


「義兄さん、義兄さん()()()()処分しておいたからね」

「義兄さん、義兄さん()()()()縁切っておいたからね」


それは彼を免罪符に使った犯罪に近しい行為だった。消えていく友人との関係と消えていくかつての思い出。次々に彼女は彼()()()と言って奪っていく。いずれは彼が愛し始めた女性をも排除するだろう。その前になんとしてでも手を打たなけれなならない。そこで彼は彼女ともう一度接することにした。彼女は彼を愛しすぎていた。けれど、奪いすぎてもいた。彼は次第に彼女からの愛を疎ましく思い始め、奪われたことに怒りを覚え、ついに彼女自身を疎ましく思った。だから彼は、彼女から奪うことにした。自分を見るその、()()()()を。彼女との婚姻を控えたーー彼が成人となる数日前、彼は彼女に目を抉るように言った。彼女は嬉しそうに頬を真っ赤にさせ、実行した。突然の娘の凶行に屋敷は騒然としたが、命に別条はないと言われ、安心していた。例え失明となっても。そうして義両親に彼女を紹介した。彼女が寝込んでいる間に外堀を埋めてしまおうと考えたのだ。非常事態ではあったが義両親は友人の子供の婚約に喜び、それを彼女にも伝えた。これでようやっと過剰なほどの歪んだ愛から逃げる事ができる……そう思ったのが、間違いだった。


気がつけば、彼の周囲は真っ赤に染まっていた。いや、正しく言うならば、愛していた女性と義両親と大親友の血で床が真っ赤に染まっていたのだ。女性は頭部と体がお別れし、大親友はありえない方向に手足が曲がっていた。何が起きたかわからなかった。彼はその日、婚約披露宴を行うための打合せをしていた。そして一度席を外し戻ってくれば、そこは真っ赤な惨劇。まるで舞台を見ているようだった。(自分)は観客で、女性達(役者)が倒れている。いや、舞台では決してない、けれどそう思いたくて仕方なかった。舞台の中央にて微笑む可憐なまでに美しい彼女を見てしまったら。白緑色の髪に咲いた、彼女の名を表す真っ赤な花束、彼女が持った真っ赤に染まった刀。それは彼女の血筋による伝統で、子に与えられる特製の刀だった。つまり、彼女自身であり彼女そのものの刀。『藤』を彩った刀は美しい刃紋を描きながら血を吸っていた。彼女は呆然と立ち竦む彼に気づくと嬉しそうに振り返った。目元には包帯が巻かれているのに気配で気づいたようだった。


「義兄さん、邪魔なモノはいなくなったよ。これで……幸せになれるよね!」


躊躇いは、なくなった。


気づけば、彼の手は紅く染まっていた。

気づけば、彼の下には虫の息の彼女がいた。

気づけば、彼の目の前には見知らぬ人々がいた。

気づけば、彼は見知らぬ人々に取り囲まれ嘲笑されていた。

意味がわからなかった。全て、全てわからなかった。思わず彼女に手を伸ばせば、彼女は息も絶え絶えに微笑んだ。が、その笑みは()()()()()()()()していた。


「ウソ……つき」

「……違う」

「……同じ、ね……義兄さん(明石)


その言葉を最期に彼の義妹は息絶えた。そうして、周囲を囲んでいた見知らぬ人々がひときわ大きく笑いだした。人が一人死んだのに、いや、彼女が多くの命を奪ったとは云え殺されたのだというのに笑う神経を疑ってしまう。


『「嫉妬」か。哀れな小娘だな』

『ホントホント!』

『封印させて差し上げなければ』


言っている意味が分からなかった。全て、全て分からなかった。腕の中にいるのは、愛しかった義妹で、憎き相手で……自分も人殺しになった。いつの間にか、義妹カノジョの姿は消えていた。あったのは、藤を模した刀。真っ赤に濡れた刀だった。


『器はソレでいいよね』

『悪は排除しないといけませんからね!』


ケラケラ、クスクス。嗤う彼らが分からなかった。分からなかった、分からなかったから、彼は……


「……椿()……っ」


彼女の、()()()()()()()()()()()()を呼んだ。それはのちに大和帝国ーーいや、大和国から存在を抹消された戦闘部隊を形作った一族の名、『椿』。『藤』に吸収され、血筋が途絶えた一族。その最後の生き残りにして悪神が彼女だった。


彼女が持ったのは『嫉妬』だった。

赤い椿のように情熱的で狂った愛を求め、藤のような美しい愛を求めた。

それが、彼が彼女から()()()奪ったモノ。それが全ての始まりだった。


それが全ての物語の始まりだった。

投稿は不定期です。

書きながら「これ……誰も幸せにならな……アッ()」となりました……いや、こうしたのわいや。いや、なんだかんだ言って見方を変えれば幸せ……か??彼女にとっては数百年後は、一時だけでも幸せだったのでしょう……。

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