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ナイトメア・シンドローム  作者: Riviy
一章 不老不死の代償理論
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第八ノ夢 図書室という偽りについて


「ったく、何処に行ったんだ?明石は」


斑に見える壁に手をついて和夜はため息混じりに呟いた。アダムとラスがいなくなった広間から出て体感時間およそ三十分。自分のためにと席をはずしてくれた明石を探して和夜は空間……なのかは分からないが大きな家というか場所を探検するように動き回っていた。一度、あの円形の闘技場のような場所にも行ったが、やはり入り口が七つあるにも関わらず、行き着く先は全て同じーー生活区域がある空間だった。その間に他の相手や管理者に出会わなかったのは普通ではないと思うが不幸中の幸いと思う事にした。特に狂喜染みた笑みを浮かべてた女性と思わしき人物は、今考えても殺気立っていた。近くにいた人物を攻撃するくらいだ。あの中で一番殺し合いを楽しみ望んでいると言っても過言ではない。廊下という狭い空間で争いたくはなかった。それとも何処かで既に始まっているのかもしれない。

まぁ(閑話)とりあえず(休題)

和夜は生活区域にある娯楽を示す部屋をくまなく探したが明石の影すら見えない。もしかすると入れ違いになったという可能性も視野に入れ始めながら和夜は手をついた壁を見上げる。和夜がいる少し前には図書室があるようで小さなプレートが名称を示している。プレートを見上げ、和夜はその下へ目を向ける。ガラス張りの観音開きになった西洋風の扉が和夜を手招いている。和夜はゆっくりと扉に近寄り、ガラス越しに中を覗く。室内は明かりが灯されていないのか、どんよりとした雰囲気をこちらに与えてくる。和夜の二倍はあろう棚にはぎっしりと本が敷き詰められており、何年かかっても全ての本を読むことは出来ないだろう。この図書室はまだ探していないが、明らかに奥行きがあるため広そうだ。今度こそ入れ違いになりそうで怖い。


「ん?」


図書室は後回しにしようかと和夜が踵を返そうとしたその時、観音開きの扉が微かに内側へ開いていることに気がついた。誰かがきちんと閉めなかったために空気が漏れだしている。もしかして明石が出た、もしくは入った拍子に閉め忘れた?和夜は少しだけ開いた扉とガラスの奥を交互に見、考える。

もしかすると明石ではないと言う可能性もある。だがこれ以上、見つからない場合、全てを熟知しているわけではない和夜では明石の探し様がない。部屋で大人しく待っていた方が良いがなにぶん時計もないため、いつ明石が帰ってくるか分からない。アダムのように誰かに話しかけられている場合だってある……そこまで考えて和夜は苦笑した。深く考えすぎて沼にはまっていくようだ。嗚呼、此処に来てから何度も感じている恐怖のようで和夜は自分を鼓舞するべく膝を叩いた。


「此処で探していなかったら部屋に戻ろう」


うん、そうしよう。と決め、ドアノブを握る。右側の扉を開き、図書室の中に入ると少しだけカビ臭くて、それでいてほんわかと暖かくも優しい温もりが和夜を包み込んでいく。中に入らなければ分からなかったが本棚は天井にまで伸びており、三階構造になっている。形は円形になっており、今いる不思議なこの空間ーー殺し合い空間の構造が謎を深めていく。二階、三階に行くためにはまるで蔦のように絡んだ階段を上る必要があり、図書室の至るところに銀色の物体が輝いている。思っても見なかった図書室の全貌に和夜は我知らずのうちに感嘆の息を吐いていた。そうしてかつての家を思い浮かべる。


「……懐かしいな」


そう感慨深く呟いて、和夜は近くの本棚を見上げる。その本棚には古びた本が所狭しと並べられている。碧藤家にも此処まで大きくはないが図書室と呼べるほどの本があった。読書好きの父が作り、多くの事に触れてほしいと自分達に願った学びと憩いの場所。静かな場所だったためよく妹と共に本を読んでは眠りについてしまうまでがセットだったほどに、心地よい空間だった。時には本好きのお手伝いさんも休憩と称して本を借りに来る者もいるほど、屋敷に住む全員の知識の宝庫だった。と、その時、和夜の目に見慣れた背表紙が入った。少し高い所に納められているため、爪先を浮かせて背伸びをし、腕を伸ばす。右耳の房飾りが危ないよと揺れ動けば、まるで目指していた本がそれを察したようにカタンッと棚の中で揺れ、その拍子に和夜の手に収まった。本棚に手を当て、転ばないよう慎重に和夜は本棚から離れる。扉近くの壁に背を預け、懐かしげな、悲しげな感情を瞳に宿しながら焦茶に表紙を何処か愛おしげに撫でる。


茉昼まひる……この話好きだったんだよな」


『華姫様の物語』と銀色の文字で刻印された題名を和夜は優しく指の腹で撫でる。和夜の妹はこのお姫様の物語が大好きだった。可憐で華のような笑顔で人を勇気付け幸せを運ぶお姫様。けれど決してただの囚われのお姫様ではなく、勇敢に敵と戦い仲間を鼓舞する、まさしく戦乙女の一面も併せ持ったお姫様だった。武芸の一つを司る藤の血を引く長女であったためか、それとももともとそういうのが好みだったのか、妹はいつもいつも図書室に潜り込むと『華姫様の物語』を読んでいた。それこそ恋する乙女のように頬を染めて「私も華姫様みたいになるの!」と目をキラキラさせて語っていた。それを和夜はいつも優しい眼差しで見つめ、「じゃあ僕は姫様と一緒にいる騎士だね!」なんて言って、手を結んで二人で笑っていた。ずっと、ずっと、一緒にって、笑っていた。和夜()茉昼()は一つだった。


「っあ……」


ポタッと焦茶の表紙に水滴が一つ。ツゥと表面を滑って和夜の指先に落ちた。いつの間にか自分は泣いていたようだ。和夜は慌てて目元に浮かんだ涙を袖口で拭い、本を戻そうとして……やめた。そうして胸に抱き締めた。もう離さないと云うように強く強く、抱き締めた。此処にあるのはかつての思い出の品ではなくただの偽物。いや、思い出の品こそが偽物かもしれない。けれど、それでも良かった。ただ、事実がそこにあった。なんとなく手放せなくて和夜は本を戻させずに持っていくことにした。図書室の本を持ち出して良いのかはわからないが、管理者の云う「娯楽」に分類されるならば、大丈夫だろうと高を括る。本を脇に抱えて和夜は図書室内を明石を探して歩き出した。まずは一階部分から回ろうと考え、和夜は図書室の中央に向かう。天井さえ見えず、本に埋もれた、まさしく本で出来た部屋。四方八方本だらけで自分が進んでいる方向もあやふやになってしまう。少し進んだところで和夜は鼻につく臭いを感じた。怪訝そうに思いながら鼻をすすり、臭いを注意深く観察する。その臭いは焦げた時の臭いのようでもあって、薬品のようなツンと鼻をつく異臭でもあった。此処は何度も云うようだが図書室で火気厳禁。そんな場所で火気を扱う馬鹿はいないはずだ。……いないよな?


「明石じゃないよな」


変な匂いに鼻を片手で覆いながら和夜は匂いがする方へ足を向ける。もしかするといるかもしれない明石が脳裏を横切ったが、明石がそんなことをするはずもない。旅の途中でよく古本屋や旅先の図書館等に寄っていたので明石も分かっている。なら、考えられるのは


「……他の奴か、緊急事態?」


その二択だ。もし緊急事態でなにか起きているとすれば、殺し合いのためにと言っても過言ではないこの空間の全ての部屋には窓も時計もない。殺し合い以前に緊急事態ーー例えば火事であったりすればそれに巻き込まれて焼け死ぬし、なんらかの理由で倒れていたとしたら発見が遅ければ死に至るだろう。まぁ、管理者がそのところを考えていないはずはないが、和夜は何故か嫌な予感がした。和夜は鼻から手を放し形容し難い臭いをもう一度嗅ぐ。数秒嗅いですぐさま袖口で鼻を覆う。一瞬だが、おそらく臭いがしているのは二階や三階へ行く螺旋階段が集中する中央。円形の中心部。和夜は脇に抱えた本を一瞥し、抱えて直すと自分に喝を入れる。


「パッと行って様子見るだけだ」


はぁと誰に云うでもなく袖の下で言い訳を告げると和夜は、中央に向かって駆け出した。円形に入り組んだ棚を避けながら中央に進んでいく。中央に近づくにつれて臭いは鼻を刺激するだけでは飽き足らず、目にまで微かな痛みを刺激臭で与えてくる。目にチクリと刺さる微かだが結構な障害に和夜は小さく悪態をつきながらこの先になにかがあると確信を強める。


「(最悪なことだけは起きないでくれよ……)」


窓もなければ時計もない、摩訶不思議な空間で殺し合い以上の最悪な出来事(事態)なんてあるはずないのに、咄嗟にそう考えてしまった自分に和夜は「ふふっ」と苦笑をもらし、針に刺されたような痛みを感じつつも足を踏み出す。少し先に円形が途切れ、開けた場所が見えた。そこが目的地だ。足取りも何処か軽やかになり、和夜は一目散に駆け込んだ。円形に並んだ本棚に囲まれて出来た中央部分には巨大なテーブルと深紅色の皮を使ったソファーが置かれ、本棚と本棚の間からは吹き抜けになっている二階と三階への螺旋階段が顔を覗かせている。そんな読書にはうってつけな場所に()()が鎮座していた。図書室には到底似合わないガラス製の品々。テーブルを侵略し覆い尽くす書類とインクの山。物体の形すらなくした()()()が蠢く数々のビーカーや試験管、水槽。それらを目にした瞬間、和夜は驚愕のあまり、思考が停止してしまった。


「な、んだ……これ」

「実験に決まってるんだろ」


驚愕で固まる和夜を心底馬鹿にした声が否応なしに現状を脳に突き刺してくる。低い、男性の声に和夜は我に返り、声がする方を見る。そこは図書室ではあり得ない薬品やガラス製の物が散らばるテーブルの一角で、あるビーカーからは煙が立ち上っていた。そのテーブルに手をつきなにやら作業をしている男性がゆっくりと和夜の方を振り返った。


「実験の邪魔すんじゃねぇ」


ガシガシと頭をかきながらめんどくさそうに、不機嫌そうに声を轟かせる男性の顔には大きな火傷の痕があった。

新しい登場人物です!作った時、此処でしか出会わないと作者の脳が叫んでいました(笑)

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