第七十七ノ夢 回想・かつて望んでいた結末へと
「ずっと一緒にいようね」
「華姫様と騎士みたいに?」
「そうだね、そうだよ!彼らみたいに、僕達は二人で一つ。助け合って行こうね」
「うん!私、兄さんのこと大好き!だから、手、離さないでね」
「約束だね」
「私達は、二人で一つ」
「互いを尊重して、互いを捜している」
「大好きだよ和夜」
「僕もだよ茉昼」
お揃いの房飾り、お揃いの瞳にお揃いの髪色。違うところを探して、手を繋いで、ずっと笑っている男女の双子。それが俺達だった。ずっと一緒だと信じて疑わなかった。そんなの、まやかしだと気づいていたはずなのに、気づいていないふりをした。大切で大事だったから。喪うのが怖かったから。
目の前に、無機質な箱が並んでいる。箱のなかにはうちで働いていたお手伝いさん達が青白い顔で、腕を組んで入っている。死に装束は見たことがある。父親の知り合いの葬式で見たことがある。でも、こんなに多くは見たことない。いや、見るはずもない。お手伝いさん達の棺の隣には両親と妹の亡骸がある。同じように白い死に装束をまとって、華に埋もれている。あの時、俺が目撃した時のように骨が出たり肉が溢れていたりと云った残酷な状態になっていない。それだけが救いな気もして、なにも考えられなかった。俺は一日に多くを喪いすぎて、もう分からなかった。誕生日に大切な者達を喪ってしまった。俺がもっと強ければ、風邪なんて引かなければ、父さんと母さんと、茉昼と一緒にいられたのに。置いていかないで、ひとりにしないで!泣き叫んでも誰も答えてくれるはずもない。俺は、ひとりだ。真っ黒な気持ちで、なにも考えたくない。藤の華が咲き乱れる着物にくるまって、家宝の刀を、化け物を倒してくれた守り刀を抱き締めて泣き叫んだ。目から零れる涙が枯れてしまうまでずっと、ずっと。声が枯れるまで、誰かが答えてくれるまで。
「裏門から侵入したんだな。それで……」
「言うな。長子だけが生き残ったなんて皮肉なもんだな」
「あれじゃあ、当主なんて務まるどころじゃないでしょ」
「今日、誕生日だったんでしょう?誕生日に大切な人達を喪うって……」
ひとりにしないで、一緒にいるって約束したのに。誓ったのに。ずっと一緒で、助け合おうって……嗚呼、全部そんなの夢でしかなかったんだ。俺達が見てた夢物語だったんだ。嗚呼、ねぇねぇねぇねぇ。誰が奪ったの?俺達の幸せを、幸福を。化け物が全部奪った。他三族も幸せを奪うの?君達が奪ったの?周りが全部全部、敵に見えて怖い。なにもかもが怖い。全て奪うくらいなら、絶望しかないのならずっと此所にいたい。ずっと、誰も奪わないでいてくれる想い出のなかに潜っていたい。そうすれば、俺は傷つかないで済む……もう、ヤダよ……
「それで良いの?」
「……誰?」
幼馴染とは違う声。慰めが欲しいんじゃない、同情が欲しいんじゃない。絶望したくない。希望が欲しい。なんで、なんで僕は全てを喪ったのに幼馴染は全て持っているの?憎い、妬ましい。逆恨みだって分かってた、でも、そうしなきゃ分からなかった。そんな時、響いた声。着物から顔を上げて見れば、そこにいたのは幼馴染ではない一人の子供。目元を包帯で覆った小さな子供だった。少女か、少年かはわからない。でもその時の僕には一筋の光に見えたんだ。道筋が消え、愛していたものも消えた世界で希望の糸に見えた。その子はにっこりと笑う。
「それで良いの?」
「誰?ていうか、なに云ってる、の?」
「なにって、キミのことについて云ってるんだよ?」
「僕の……?」
「うん」
子供が僕の顔を覗き込んで言う。何処の子かわからないのに、とても安心するのはなんでだろう?茉昼と同じような、違うような……胸元に抱き締めた守り刀が暖かい気がする。あの時、聞いた声はこの子の声に似ていた気がする。自信はない。でも、この子は僕が望んでいたように手を差し伸べてくれた。
「ボクはキミと一緒にいたいなぁ。ダメ?」
「なんで?」
「んー?理由いる?ボクは、キミといたいからキミを救いたくて話しているの」
嗚呼、眩しく見える。絶望という現実逃避にあやされて眠っていた俺に優しく手を差し伸べてくれた。「良かったね」とか「君だけでも無事で良かった」っていう言葉じゃなくて、本心から言ってくれているってのが嬉しかった。まるで背中を撫でて、大丈夫って抱き締めてくれて、指を絡めてくれる。俺を此処に引き留めてくれる。喪って自暴自棄な手を引っ張ってくれる。自分の意思を尊重してくれる。それが嬉しかった、悲しかった。なにが違うのか、わからないけれど、嬉しかった。きっと、望んでいた光だったのかもしれない。
「ダメ?ねぇ、もうちょっと生きてみよ?ボクが一緒にいるから!」
「……ホント?一人にしない?」
「しないよ!」
その子供は俺を優しく抱き締めてくれた。暖かい手が指先に絡まって繋がれる。もう離さないから、大丈夫だからと笑ってくれる。茉昼と、双子の片割れと約束したように。これは願いできっと欲。奪われた幸福な運命を呪うための願いだった。その子は胸元に抱き締めた守り刀を目元が包帯で見えないのに指先で弾いて小さく笑う。……その時だったんだと今ならわかる。守り刀とその子の関係性に気づいたのは。確信はなかった。父さんに「絶対に触るな」と言われていた宝刀。その意味を俺が分かるはずがない。でも、これだけはわかった。
「……わかった」
「良かった!ボクは明石、よろしくね和夜!」
「よろしくね……明石」
明石は僕と同じだ。
その後、精神的苦痛などを理由に碧藤家の当主が出来ないとして紅藤家が後釜につき、碧藤家の仕事を引き継いだのを見届けたあと明石と共に旅に出た。紅藤家の後ろ盾、支援を遠慮し、自分達の力だけでもう一度歩み出た。絶望だった日々が明石の言葉で、明石のお陰で明るく考えることが出来るようになった。喪って初めて気づいた。俺は、きっと茉昼に依存していた。父さん達は気づいていた。ずっと一緒にいないといけないと思っていた。手を繋いで約束していた。俺達は一緒にいるのが幸せだった。けれど、それは簡単に壊れてしまうことを身を持って知った。俺達は共に幸福になってこそ一つで、繋がりだと勘違いしていたんだろう。
多くの国や町、多くの人々を見た。そこには日頃から楽しそうに笑う兄弟や家族がいた。多くの感情があった。世界は家族を食い殺した化け物に侵略されていた。至るところで人が死に、至るところで人が泣いていた。俺と同じ、でも、違う。俺と違う幸せそうな笑みを妬み出した頃に、自分は羨んでいるのだと気づいた。だが、明石がいてくれたから暴走しなかったのかもしれない。茉昼と過ごすはずだった月日が明石によって埋められていく。それがなんだか心地好かった。
「和夜」
「ん?なに、明石」
明石が俺の左耳に髪と同じ房飾りを着けてくれる。誕生日に茉昼とお揃いで着けるはずだった房飾り。それを分ける片割れはもういないけれど、まだ過去は悪夢でトラウマとして甦るけれど、明石がいてくれるから大丈夫な気がした。そうしてようやく、房飾りを着ける決心が着いた。
「大丈夫?」
「嗚呼、無理して着けてるとかじゃあないから安心してくれ」
「分かってるもーん。はいっ、いいよ!」
「ありがとう」
明石に笑いかければ、笑い返してくれる。些細な平和。化け物に復讐を抱かないほどに穏やかな日常。いや、一時期化け物に復讐を抱いた。だが、それはいつの間にか消えていて。全部が消えたわけではないだろう。でも、今が良かった。だからこそ、突然奪われたように殺し合いをさせられ、明石が悪神と言われたのが理解出来なかった。平穏が、幸せが奪われた。
『生きていたくない』
いつしか消えていた俺の絶望が顔を出す。信頼していたのに、信じていたのに。裏切られた、騙された。いや、それは明石が一番よくわかっている。嗚呼、だから俺はもう一度……いや、ずっと明石を信じよう。
『ボクを手に取って』
『ボクはキミの味方だから』
あの時、俺を悪夢から救ってくれた明石。あれが貴方の声って分かっているから。俺を救ってくれた。多分、俺と同じ気持ちだろう。俺は明石の未来が誰かに奪われるのが恨めしい。共にいられない自分が恨めしい。それはきっと俺が『嫉妬』だから。全て、明石を誰かにとられたくない。生きていたい。嗚呼、でも、茉昼をもう一度この手で殺してしまって、俺の手は真っ赤で。なぁこんな俺でも良いの?俺は、明石と生きていても良いの?でも、もう生きていたくもないんだ。嗚呼、嗚呼、なんて馬鹿げた答え。その答えを誰か教えてくれるの?俺は……
『嗚呼、貴方こそ『嫉妬』が表す愛しき『嫉妬』!』
明石を奪われたくない。ただ、それだけ。
やばいやばい、リアルもやばいしここもやばいです(落ち着け)
とりあえず、次回も来週です!




