第七ノ夢 殺し合いという意味について
トポポ……とティーポットの口から湯気が昇る紅茶がティーカップに注がれる。ティーポットとティーカップの持ち手は蔦を模しているおり、ティーカップには百合の花が描かれていた。ソーサーに乗ったティーカップに少年はミルクを入れ、ミルクティーにすると優雅な動作で一口。美味しそうに頬を綻ばせれば、メイド服の女性が少しだけ嬉しそうに胸を張る。それを一瞥し、和夜は目の前に置かれた少年と同じティーカップに目を向ける。
「毒は入ってないよ。ねぇラス」
「はい、我が主の仰る通りでございます」
少年の言葉に女性は僅かに頭を下げて言った。だがそれは逆に「例え毒が入っていても少年が入っていないと言っているのだから入っていない」とも読み取れてしまい、和夜は思わず体を固くした。
今、和夜は少年に誘われ、ある一室に来ていた。そこは食堂のように広く、使われないはずのレンガの暖炉があり、等間隔でテーブルと椅子が四人席で置かれた場所だった。壁には同じく等間隔で明かりが灯ったランプがあり、その間には絵画やら帽子やらが飾られているが案の定、窓もなければ時計もなく、時間感覚が狂ってくる。和夜を此処に連れて来た少年によれば「広間」で間違いないらしく、食事も出来るようだ。少年が和夜を連れてきたのは部屋の前で言っていた共犯について詳しく話すためだ。部屋の前では誰に聞かれるか分かったものではなかったし、広間であれば「食事中」と言うことになるため誰かが危害を加える可能性は低いと言うことだった。明石に連れられた部屋以外にこんな場所があったのかと和夜は興味津々だったが、いつの間にか紅茶を出されて固まってしまったのがつい先程のことである。
「ラスは用意されていた物を用意されていた物に入れただけ。毒なら一緒に来ること自体可笑しいし、僕だけ飲むのも変でしょ?もしかすると毒があるかもしれないのに」
「用意されていた?」
「そう。此処にある衣食住のうち、食事は勝手に用意される。管理者が彷徨いてるから作ってるのかもねぇ」
クスクスと少年は口元を押さえて笑う。無邪気に笑っていると言うよりもなにかを含んで笑っているように和夜は感じてしまう。そうして、明石のように殺し合いが行われるこの場をよく知っている。まるで自分の家だと云うように。そうこう和夜が考えているうちに少年は二杯目を飲むらしく自らの傍らに控える女性にティーカップを差し出す。女性は当たり前のように少年のティーカップに紅茶を注ぎ、テーブルからミルクを取るとティーカップに淹れる。そこまでして少年はティーカップを自分の前に持っていき、スプーンでクルクルと中身を混ぜる。普通に飲む彼に本当に毒は入っていないのではないかと和夜は改めて思い始め、ティーカップに視線を移す。茶色の液体の中に困惑の表情を浮かべる自分が写り込んでいる。
「そういえば、名乗ってなかった。僕はアダム。『憤怒』って言えば分かるかな?で、こちらはラス」
「あ、嗚呼。俺は碧藤和夜だ」
唐突に少年、アダムが言い和夜が慌てて自らも名乗る。アイアンブルー色の肩につくかつかないくらいの長さの髪に、ローズ色の瞳。目元が少し鋭いので猫のようにも見え、鋭利な瞳にも見える。両耳に雫の形をしたピアスをし、黒を基調としたゴシック系の服を着ている。一見するとズボンに見えるがスカートのようにも膨らんで見え、カボチャパンツ的なものなのだろうと見て取れる。また黒と濃い紫色のリボンが多く、それも相成って少女にも見えたようだ。
一方の女性、ラス。白銀のセミリングで両こめかみが胸元辺りまで長く伸び、瞳は血のような真っ赤な色。ロング丈の、くるぶし上辺りのメイド服を着ており、頭にもメイドがつけるカチューシャがちょこんと添えられている。白いタイツと少し長めの、二の腕辺りまでを覆う手袋にはなにやら浮かび上がっていたが、正体を知らないので知りようもなかった。
それよりも和夜が気になったのは『憤怒』という言葉だった。
「『憤怒』って、悪神の名前か?」
「うん、そう。悪神は時代を問わず合わせて全部で七つ、犯した罪を象徴とする。『傲慢』『嫉妬』『怠惰』『強欲』『色欲』『暴食』『憤怒』。七つの罪、それが悪神であり神が生け贄とするものであり、殺しても良いと胡座をかいて断言できるもの」
カチャッとティーカップをソーサーに置き、アダムはクスクスと笑う。滑稽、馬鹿だとしか云いようがないと嘲笑っていた。その嘲笑う相手が神であることは和夜にも分かっていた。人間も神も身勝手だ。そう和夜が考えているとアダムは続ける。
「最期の一人に与えられる生は神から与えられた代償の象徴、管理者に僕が求めた出来得る限りの願いは全ての罪」
「……貴方だったのか、願いを言ったのは」
ポツリと和夜が言い、顔を何気なく上げれば、此処に来て初めてアダムと目が合った。強い意志となにかへ向けた復讐を称える瞳は彼の体格に見合っていなかった。アダムは自分を見た和夜に「ようやく目が合った」と嬉しそうに目を細めると頬杖をつく。頬杖をついたアダムの脇からラスが邪魔にならないようティーカップを寄せる。主人の思考をよく読み見ている。だが何処か人間ではないような気もしてアダムとラス、どちらが悪神『憤怒』であるかは和夜には読み取れなかった。
「ただ他人を殺すなんて意味がないし、そうじゃなきゃ全員でボイコットでもすれば良い話だからね。神とつく者もいるし……それにその方が良いかなって」
アダムの云いたいことは和夜には半分はわかって半分はわからなかった。ただの殺し合いでは無意味と言っているような気がして、和夜は刀の柄を掴む。それを捉えたラスが無機質な目で和夜を睨み付ける。アダムに危害を加えると思ったのか、体の前で組んでいた両手が震えている。しかし、アダムは二人の静かな警戒を意に介した様子もなく、言う。
「で、共犯にならないかなって思って」
「なんで俺なんだ?他にもいるだろう?」
和夜の些細な疑問にアダムは「うんうんそうだね」と頷き、笑う。
「僕と同じ香りがしたから、かな」
「香り?」
そんな香りしているのだろうか?不思議に思って和夜が着物に鼻を押し付けて匂いを嗅いで見るが無臭である。香りなんてしない。意図を分かりかねているとアダムはケラケラとイタズラが成功して笑う明石のように笑い、ラスによって避けられたティーカップの持ち手に指をかけながら言った。持ち手に絡む指先は何処か妖艶だった。
「香りは例えだよ、例え~」
ケラケラ笑うアダムは突然、真剣な、先程のような復讐をたたえた瞳をし、言う。
「僕の家族も幼なじみも化け物に殺された。だから僕は生き残り化け物を殲滅させるよう願うつもり」
そうして復讐をちらつかせた瞳を和夜に向け、笑っていない笑みを浮かべる。
「同じでしょ」
アダムの断言に和夜は頷くでもなく俯くのでもなく、しっかりと視線を彼と合わせた。自分も化け物によって家族を失った。此処にいるのは化け物によって大切な人を失った被害者同士。そこに復讐の感情があるかどうかは置いといて。だが、管理者が言い放った出来得る限りの願いが化け物の全滅をもたらすかどうかは分からない。だって、明石が言っていたではないか。「儀式で化け物を殲滅するための神サマの力が溜まるなんて思われてる」と。
「生き残って得た願いで化け物が本当に殲滅できると思っているのか?」
和夜の問いにアダムは頬杖をついたままティーカップに入ったスプーンに手を伸ばし、掴み上げる。
「先の見えない未来の話をしたって意味ないよ?殲滅できると思うんじゃなくて殲滅させるんだよ。神でも人間でも誰でも」
ゾワッ!和夜の背筋を駆け上がったのはアダムに対する恐怖。体が震える。自分でさえも知らないようなアダムを突き動かす怒りはそこにいる全てを飲み込もうとしてくる。ニッコリと笑ったアダムの目が「そうでしょう?」と和夜を貫く。まるで全てわかっていると言わんばかりに、見透かしていると云うように。和夜とアダムは同じだと断言する。それでもアダムにはメリットがあっても和夜にとってのメリットは何処にもなかった。「勝手に殺されたくない」、それは相手を先に殺すという解釈も出来、降伏すると言うことも出来た。まだ心の何処かで迷う和夜はアダムに聞いてみることにした。その意図を、意味を。自らの決意を知るために。
「貴方が殺し合いをする理由は、それ?」
和夜の問いにアダムは一瞬、首を傾げる。質問の意図が読み取れなかったらしく考え込んでいたが、スプーンをソーサーに置き、言った。
「うん。それ以外に理由なんている?」
強い決意と瞳に射ぬかれ、和夜は動きを止めた。それがアダムが殺し合いで人を殺める理由。
「(……俺は)」
死にたくない。それが理由で良いじゃないか。生きていたいから、生にしがみつけば良い。目の前の彼らは、彼は復讐にしがみついた。その過程が殺し合いであるだけで。嗚呼、理解したと思っていたけれどまだきっと俺は何処で理解を恐れている。アダムの決意が和夜には眩しかった。例えそれが、争いの道で真っ赤に染まっていたとしても。和夜がなにも言わずに黙り込んでしまったためアダムはもうこの話は終わったと考えたらしく、彼が腰を上げるとラスがアダムの座る椅子を動かした。ギィと言う音に和夜が深い思考から戻り、顔を上げるとアダムがラスを共に言う。
「まぁすぐに答えは出さなくて良いよ。なんとなく決まってるみたいだし」
じゃあねと和夜に手を小さく振ってアダムはラスと共に広間を出ていく。観音開きになった扉を開けアダムを促すラスとそれに当たり前のように従うアダムを横目に和夜はもう冷めてしまった紅茶を見下ろす。そうして二人が出て行ったのを確認するとテーブルに置かれたトレイにティーカップもティーポットも全て載せ、なんとなくテーブルの真ん中に集める。管理者がやっているということだったが和夜は気になった。椅子を引いて立ち上がり、テーブルの真ん中にまとめた一式を見て少し満足げに微笑む。
「行くか。明石、何処行ったんだろう」
自分のために一人にしてくれた明石を探しに出掛けた。自分が決めた、決意を示すように。心の中でそっと鍵をかけるように。
次回は来週の日曜日です!ハハハ……色んな意味で一気に出てきましたよ!