第七十五ノ夢 人形の未来へと
操り糸に繋がれた無数の人形が天井を覆い尽くさんばかりに跳躍する。無数の糸が絡まることなく和夜と明石のみを明確に狙って垂れ下がる。茉昼との殺し合いで痛めた傷がまるで古傷のように痛み出す。些細な動きで痛みを伴う体に殺し合いは苦痛すぎる。嗚呼でも、アダムとラスは止める気などさらさない。あったら、そうそこに微かな良心でも残っていれば、すでに自分達は死んでいる。和夜はニッと悔しげに何処か苦笑するように笑うと刀を構え、一番最初に自分に襲いかかってきた人形の攻撃を防ぐ。人形は木製らしく、防いだ刀身の肌色の木目が食い込む。和夜は人形の腹を蹴り後退させると一気に斜め上から刀を切り下ろす。だがそれより早くアダムが指先に絡まった糸を引き、和夜の一撃は空振りで終わってしまう。すると今度は背後から刃音がし、振り返り様に刀を振れば、アダムの指示で上手い具合に上半身を捻ってかわした人形に木製のバットで腹を殴りつけられる。避けきれず諸に受けてしまった和夜だったがすぐの態勢を整えるとバットを蹴り上げ、人形に刀を振る。スパンッと良い音がして人形の首が弾け飛べば、その人形はゆっくりと和夜にもたれ掛かるようにして倒れ込んだ。倒れ込んだ人形の首根っこを掴み、勢いをつけてぶん回し後方に回り込んでいた別の人形に向けて投げ飛ばす。瞬時にアダムが反応できなかったようで人形同士は真正面からぶつかり合い、崩れ落ちるように床に倒れ伏した。倒れ伏した人形を踏んでさらに明石は跳躍すると天井に足をつけ、勢いをつけて蹴る。一気に急降下しながら自分に迫ってきた人形達に繋がれた糸を風の向きで確認すると一気に両手の扇を振り切り糸を切断。操る主がいなくなった人形はまるで雨のように動きをなくして落下する。落下する人形を明石が蹴り、続いて和夜も蹴って飛ばせば、アダムの前にラスが立ちはだかり、無慈悲に人形を腕で凪ぎ払う。凪ぎ払われた人形は次々と壁に叩きつけられ、無惨な最後を遂げていく。しかしアダムは人形達を哀れむ様子もなく、腕を少し掲げる。すると糸が切れたはずの人形が勝手に立ち上がり、我先にと二人に襲いかかる。操り人形じゃない?!驚き迫り来る痛みもなければ痛みも感じない疲れることもない人間に似ているようで決して人間になり得ない人形達の群れに二人が背中合わせになって、警戒を表せば、アダムはクスクスと恍惚の表情で笑った。
「僕の人形、最高でしょう?僕の指示しか聞かない最高の人形!まぁでも、一番はラスだけど」
「恐れ入ります」
「でもさぁ、子供達って言っておきながらやらせてることは最低じゃない?」
アダムの言葉を否定するように明石が二扇をパチパチと閉じたり開いたりさせなら云うと、突然、書斎の空気がドッと下がった。数度下がったどころではない、二十度ほど下がったと言われてもしっくり来るような寒気。まるで冷凍庫に押し込まれたような寒さ。立っているだけでもやっとな悪寒に殺気が紛れ込めば、明石がアダムの地雷を踏み抜いたことが分かる。
「君も同じでしょ?生きているか無機質かの違いじゃないか」
ゆっくりと、ゆっくりと人形達がまるびを帯びた指先を二人に向ける。悪いことをしたと言わんばかりに突き付けられる指の多さは居心地の悪さを強調してくる。
「僕はその人形を戦闘のために作った。そうなるように組んだんだ。それは悪神も同じでしょ?勝手に人に寄生して生き永らえて、要らなくなったらすぐに見捨てる。ねぇ、なにが違うって云うの?僕は人形を愛してる。だからこそ、愛すべきモノで殺してなにが悪いの?!」
君も愛する者で僕を殺そうとしているでしょう?そこに違いなんてあるの?アダムの言っていることは邪論であり正論。だから、明石はクッと唇を噛み締める。そうだ、此処に来るのが当然和夜の考えではないにしても意味は同じ。それは受け入れていると断言しても同じこと!和夜は自分を責めるように俯く明石の肩を優しくポンッと叩く。そうすれば、長い間隣にいた明石は和夜の動作一つで読み取ってくれる。力が沸いてくる。二人を揺さぶろうとしていたのであろうアダムは更に頑固になってしまった二人を見て「やっぱりあの時、無理やりにでも引き入れれば良かったかなぁ」と呟いた。途端、無数の人形達が一斉に和夜と明石に襲いかかる。和夜は刀と片腕で振り回される木刀やバット、蹴りを防ぎかわす。一斉に来た全ての一撃を刀で防ぐと大きく弾き、跳躍。人形の頭を踏み台に蹴り上げれば人形同士が頭をぶつけて積み木倒しの如く倒れていく。戦闘のために作ったとは云うが頑丈ではないらしい。上へ跳躍した和夜は数体の人形が倒れたことを確認すると降下しながら刀を上段から切り伏せる。一体の人形に巻き込まれ肩から真っ二つになっていく人形達。そんな人形の目の前に着地し素早く回し蹴りを放つ。横に吹っ飛ばされた人形は明石が相手にしていた人形にぶつかり、倒れていく。少しだけ開いた隙間から明石と共に脱出するが、糸を失った人形達はユラユラとまるでゾンビのように立ち上がりながら二人にがらんどうの瞳を向ける。なにも宿っていない、恐ろしいほどに静寂な瞳にぞわりと背筋を悪寒が駆け上がった。
「う~ん……やっぱり初戦は使い辛いなぁ」
「ですからナイフ等をお使いになられるよう申したのです」
「ふふ、でも楽しいじゃん?僕の人形が殺してくれるんだよ?」
ほぉと頬が赤く染まり綻ぶその姿はまさに美少女。だが、その内容は恐ろしく似つかわしくない。ゾッとした、自分達を実験に使ったのか。ロイのように。いや、もしかするとロイよりもタチが悪いかもしれない。
「明石」
「なーに和夜?まぁわかってるけど」
壊れた本棚とそこから雪崩を起こす本を背に明石が場に合わぬ明るい声で笑う。無理をしているわけではない、自信過剰なわけでもない、ただただいつも通りの明石の声に我知らず笑みが溢れそうになったのは安心したからだろう。
「アダムの……『憤怒』の力って分かるか?」
「正直に言って良い?わかんない!」
ため息を吐き出して明石が云う。何処からともなく人形を出したことから召喚系かと思ったが魂と体を引き離すことからそれだけとは言い難い。もしやローズみたいなものか?あり得るっちゃああり得る。うむ、と考える和夜に明石はまた告げる。
「人外だからってことで解決かもよ?」
「そんなんで倒せるかっての」
「確かに!」
ケラケラ笑う明石に和夜は刀を構えることで答える。明石の云う通りに人外というだけで倒せるなら茉昼でも『暴食』でも倒せるはずだ。倒せないからこそ自分達の前に立ちはだかっているのだ。和夜はもう一度、糸が切れた人形を見やり、もう一度アダムを見る。彼は指先から垂れる糸を残念そうでもなく見ている。その目が唐突に和夜を貫いた。ゾワリと駆け上がる悪寒に和夜はアダムが嗤っていることに気づく。そうして、再び周囲を人形の群れが気づく。じわじわと迫りくる死にもしない恐ろしい人形の群れ。明石が両手の扇を懸命に振り回し、腕や足を切断させるが片腕のみを失っただけでは人形は倒れない。明石は跳躍し背後の本棚を蹴り上げさらに大きく跳躍し、上段から扇を交差させるように切り伏せる。上段からの勢いもあり人形数体が切られて吹っ飛んでいく。それでもまた人形はおり、木製の武器や切ったことによって鋭くなってしまっている。刺されれば厄介なことになる。アダムは人形達に自分達を殺させるつもりなのだろうが、思い通りに行かせてなるものか。着地しようとする明石の足元に和夜は足首を差し入れ、足場にさせると瞬時に上へ蹴り上げ、目の前の人形に向かって刀を槍のように突き刺す。胸元にズサッと刺さった刀を容赦なく引けば、頭上から明石が落下。和夜が相をしていた人形の頭に着地するとその場で回転。両手の扇で人形の頭を刈り取って行き、和夜もついでとばかりに頭を刈られた人形に刀を振り回し、蹴りを入れ、腕や足を切断し共倒れさせる。
「った?!」
「和夜!?」
左肩に響く鋭い痛み。振り返り様に刀を振れば、なにかを切り裂く感触に死角に回り込まれたのだと理解する。左肩の浅い傷を押さえ、和夜は攻撃してきた人形を切り伏せ、円を描くように囲みだしていた人形の群れから突破。明石も和夜の後を追って突破しつつ、残った人形の頭を噛み砕かんばかりに扇を振るう。全身が痛みに痺れている。和夜は震える指先を見つめ、アダムとラスを見上げる。二人は依然として余裕綽々と言った様子で自分達を見ている。操り人形はたくさんいるということなのだろう。だが人形だけで殺って自分は殺らないだなんてそんなの、させるわけないでしょう?ニヤリと笑ったのは和夜だったのか、明石だったのか。垂れ下がる指先の糸から目を上げたアダムには分かりっこなかった。だからこそ二人は残りの人形を蹴飛ばし、吹っ飛ばすと人形がまた動き出す前にと滑るように二人に迫った。
あーあー色んな意味でスランプですーつまり終わり近いですー
次回も来週です!




