第七十四ノ夢 『憤怒』を表す過去へと
『かつて、古の人形師が世界に存在していた。様々な材料で出来た人間ではない無機質な人形に命を吹き込み、まるで人間のような人形を作り出す人物が。その人物の所業はまるで神のようだと敬い崇め称えられた。その人形師は人形を人間へと変える技術を決して告げることはなかった。それは人形師のものだけとも云えたが、ただ単に人形師が人形を愛していたためむやみやたらに広めたくなかっただけだった。だが、その神業を行ったがゆえに人形師は神の怒りを買ってしまう。どうやって人形師が神と接触したのか、神が直接接触したのは定かではない。けれど、人形師は神と出会った。そして、話し合いが行われた。と云っても一方的に神が話をするだけではあったが。
「命に関する特権を持つのは神のみ」
そう主張する神に人形師は最高傑作と称する人形を傍らに従え、告げた。
「そんなの、誰が決めたの?」と。
そして、人形師は神の怒りを買った。その後、人形師の姿を見た者はいなかった。永遠に、見た者はいなかったーーはずだった。
だが人形師は生きていた。いや、生きているという表現は適切ではない。正確には神に封じられたのだ。悪神・『憤怒』として。愛していた人形のなかに。神を怒らせ逆らった罪として。だが神は忘れていた、間違ってしまった。悪神は自我を持っていた人間であろうともモノに封印されてしまえば、自我を持たない。ある意味、眠りにつくのだ。だが人形師は眠りにつかなかった。封じられた人形のなかで意識を取り戻していた。神への怒りによって。
そう、人形師に怒りはなかった。なのに神がその怒りを引き出させてしまった。人形師は思う。「なにか悪いことをしただろうか」と、「なにか良からぬことをしただろうか」と。ただ人形師は人形を作っていただけだった。人の勝手で捨てられ破壊される儚くも美しい人形を愛する一人として。ただ愛するものを製作し、娘のように息子のように接していた。次第に彼らが命をもったらどうなるのだろうと考えるようになり、人形師は実験を開始した。人形師は科学者でもあった。人形に命を吹き込むのは容易なことではない。だからこそ人形師は愛をこめて製作を続けた。そうすればいつしか奇跡が起きると信じて。結果は奇跡が起きた。最高傑作と称する人形に命が宿ったのだ。人形師はその時、人形に与える命も作ることに成功していた。それは意思であり抗い賛同を叫ぶ声。そうして人形師は命を吹き込む古の人形師となった。そして、神の怒りを買った。人形師はただ愛するものを作っていただけだった。人間を作っていたわけではなかった。しかし、神にとっては人形師の所業は「人間を作る行為」だった。だから神は人形師を封印した。
さて、お気づきだろうか?神の言い分には矛盾がある。人形師が「人間を作る行為」なら、生命の誕生はどうだと云うのだろう。赤ん坊の誕生も神の所業とでも云うのだろうか?人形師は違うと考える。神は命を扱っているのではない。世界を扱っているのだ。だからこそ、神は人形師のみに怒りを表した。世界の秩序を乱す行為であったから。人形師は神の勝手な言い分に怒りを覚えてしまった。自分は罪を犯していないのに犯したことにされてしまった、封印されてしまった。それこそ本当の『憤怒』を抱く理由としては申し分なかった。つまり、神が作ったのだ悪神・『憤怒』を。作ってしまったのだ。原因は神だということに神々は気づかない。自分達が正しいと思い込んでいる。自分達が正義だと信じて疑わない。だからこその神、だからこその世界だった。
人形のなかで怒りを覚えてしまった人形師は悪神とはなんなのかを調べた。そうして何百年もの間に自分と同じように神に封印された者達の存在を知った。彼らは総じて罪を犯していた。人形師とは違い、世界が震え、ある者は死に、ある者は国を滅ぼしてしまうほどの罪。それがある特定の感情によってもたらされていると人形師は気づいた。そのうちの一つが自分が司る『憤怒』と知った。人の感情、そして欲望、罪を模した悪神という人間の器。神々が自分達の欲望を成就させるために選んだ犠牲者。いつしか人間は死ぬ、そして生まれ変わってまた死ぬ。輪廻転生の話しさえ、人形師にとってはどうでも良いことになってしまった。人形師の怒りの矛先は全て神々に向いた。一番最初に生まれた悪神は魂に封印された『強欲』 でも『色欲』でもない、モノに封印された『嫉妬』でも『傲慢』でも『暴食』でもない。神々がはらずともその正義で封じ込めたいたいけな『憤怒』こそが正真正銘の原初の悪神であり、本当の悪であり怒りだった。
人形師は封印された人形に内側から語りかけた。封印された人形は人形師がもっとも愛し最高傑作と称える人形。人形師を主と慕う者だった。此処でもう一つ神々は誤ったことをしたのだが、神々が気づくはずもない。かくして人形師は人形に話しかけることによって外へ脱出することに成功した。といっても今の人形師は体もなく魂だけの存在。なので人形の体を借りた。体は人形、魂は人間というアンバランスでありながら人形師が求めた人形の実物が完成した。だがそれでは不便だと、人形師は他の悪神がするように勝手に契約を結び宿り主とすることにした。そうすると悪神に能力があることに気づく。それは悪神自身が感情の起伏によって与えるものだったが、人形師はそれを利用することにした。狼の証、それが刻まれているのは人形師の左胸と最高傑作の右胸。互いに離れられない、物理的な信頼と、親と子、主と従という精神的結びつき。悪神は人形師本人なのだから。そうして人形師は多くの人間に悪神として宿り、血を吸うように力をつけて行った。その結果、輪廻に足を踏み入れ、死者を生身の人間のように出来る所業を得た。もともと人形に命を吹き込んでいたのだ。そこまで行くのは容易かった。人形と似ても似つかない体はもはや生きているのか死んでいるのかさえ判別不能だった。すでに人形師は自らが悪神になっていることに気づいていた。直接的であれ間接的であれ。だから、人形師は神々のお遊びを壊すことにした。自分のために。
神々は宿り主を集めて神聖と謳った殺し合いをさせる。「生き残った一人が生きる権利が与えられる」と傲慢に騙って。犠牲になる宿り主を集める理由は様々。神託を世界の信者に与え、時には「世界を破滅より救うため」やら「災厄を回避させるため」やらと嘘偽りを述べて偽善を差し出せと要求する。他人の命より自分の命、数人の命と数百万人の命。天秤に賭けるよりも明確な解答。そんな絶望の底で宿り主達は、契約者達は生きようと殺し合う。自らが勝手に契約していた悪神を使って。その殺し合いで人形師は神々に悟られぬよう動いた。最初は殺され、次からは最期近くなるように。次第に頭角を表して行った。体の性別を変え、性格を変え、容姿を変え、人数を変え、ゆっくりゆっくりと、ジワジワと追い詰めて行った。徐々に自分の領域に囲い込み、動けなくする。事前に情報を集め、殺し合いに備えることだって出来た。だって人形師は二つだから。そうしてようやく、辿り着きそうになっている。一度勝利しただけでは根本的に足りない。それにその一回は人形師ではないと神々に印象付けるための偽りの勝利だ。神々がもはや気づいていたとしてももう遅い。此処は神聖な儀式の場。
『怠惰』を、『強欲』を、『色欲』を、『暴食』を、『傲慢』を、そして『嫉妬』を殺せば今度こそ辿り着ける。神々がいる天上へ。人形師はそこへ行くすべを見つけた。ゆえに彼は、彼女は嗤うのだ。
「どうせ殺すなら大差ないでしょ?」
「全ての怒りの根源は、ただの正義感と悪の取り違え」
「どうせ殺すなら、殺す相手を選んだって良いでしょう?」
「だって」
「未来はわからないんだから」
人形師・アダムと人形・ラスはそう言って嗤う。目の前の敵を、道筋を示すために嗤いながら自らの邪魔を排除する。いつものように淡々と、怒りを込めずただの作業を繰り返す。怒りを与えてくれた神々へ怒りをお返しするために。憎き偽善を殺すために。』
それが和夜と明石の目の前で広がる人形の群れ。
彼らと違う場所にいた管理者はそっと本を胸に抱き締めていた。
皆様!あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!ってことで投稿です!アダムの本性が明らかに!
次回は来週!




