第七十三ノ夢 現れた未来へと
大きく飛び上がったラスがスカートを上品に空中で摘まむ。途端、スカートの下を縫うように衝撃波が和夜と明石を襲う。真正面から当たったはずの衝撃波は風圧ではなく痛みも伴っていて、二人の体に細かくも小さい傷をつけていく。肌を優しく撫でる風が体に刻まれた傷に塩を塗り込んでいく。体中に走った、痛みという電撃に和夜は声にならない悲鳴をあげて片膝をたまらずついた。その隣では衝撃波に耐えきれなかった、もしくは衝撃が強すぎたのか明石が吹っ飛ばされ、ガンッと破壊された本棚に激突していた。 和夜は痛みで目の前がチカチカするのをどうにか堪える。だって、アダムがこちらが満身創痍だからと云って殺し合いをやめてくれるはずがない。やめてくれるならば、とっくの昔にやめている。いや、殺されている。
「その通りです、『嫉妬』」
「和夜ぁ!」
明石の叫び声にハッと和夜が痛みの渦から我に返ると、目の前にラスが迫っていた。無感情な赤い、血のような瞳が和夜を狙っている。辛うじて明石の声に反応した和夜は咄嗟に後方に身を引いた。次の瞬間、藤鼠色の髪が数本、宙を舞った。どうやらラスがなにかしら武器を使い振り回した結果、和夜の前髪が少し切れたようだ。だが、そんなの見えなかった!和夜は立てた片膝を強く蹴って背後に跳躍し、ラスと距離を取る。そうして刀を構えるとその場で一回転し再び跳躍。武器を持っていないように見えるラスに向かって容赦なく刀を振り下ろす。ラスは目前に迫る刀を一瞥し、和夜と同じようにその場で回転し片足を伸ばして片膝をつく。そして和夜の刀が振り下ろされると同時に足を振り上げた。スカートに隠された靴の踵と刀が当たり、軽く腕に痛みが走る。和夜は刀を一旦引き寄せるとラスが立ち上がる前に彼女の死角に潜り込む。ラスの背後に回り込めば、彼女の目が、和夜が後ろにいるにも関わらず姿を捉える。首を後ろに回したわけでもないのに睨まれた感覚に和夜はゾッとする。がそれでも刀を振るわずにはいられない。振らなければ、こっちが殺られる。そう、此処は弱肉強食の世界だから。だから、ラスの目の前で明石が扇を両手に構えて躍り狂う。その背後にニタニタ笑う武器を持たぬアダムを引き連れて。ラスの意識は明石にある。踊るように扇を振り回す明石の攻撃を避けるべくラスが片腕を上げた。瞬間、和夜は構えていた刀を振り切った。ガキンッ!と甲高い音がした。音が、した。
「……はぁあああ!?」
「嘘でしょ?!」
驚きの声が和夜と明石から放たれる。それもそうだ。なにせ、ラスの右腕は明石の扇を、ラスの左腕は和夜の刀を掴んでいたのだから。しかもあり得ないほどの柔軟さを見せつけながら……いや、明らかに骨がないとでもいうほどの気持ち悪い角度で二人の攻撃を防いでいた。ラスは驚く二人を一瞥すると武器を防ぎ持ったままクルッと回転し、遠心力で二人を弾く。弾かれた明石はそのまま後ろに迫っていたアダムの蹴りをかわすためにしゃがみこむ。一方、和夜は、不思議そうに刀の刀身を見ていた。ラスが攻撃を防いだ時、音がした。それは明石の扇を防いだ音だと思っていた。いやそれでも可笑しい。腕で防いで何故甲高い音がする。しかも、手袋をしているとはいえ普通素手で刀身を掴むか?考え込む和夜に容赦なくラスが突っ込んでくる。和夜は刀を構え、突っ込んでくるラスに向けて突いた。和夜が突いた一撃はラスの右肩を捉え、小さな穴を作る。そして切っ先から感じる硬い感触に和夜はようやっと理解した。だから、ラスの腹を蹴り、後方に撤退させると明石を呼んだ。
「明石!」
「ん、なぁーにぃ、っと!」
明石の後頭部を狙ったアダムの蹴りを扇で弾きながら、明石が返事する。明石がアダムから離れ、和夜のもとのやってくるついでに彼の考えを読み取り、撤退中のラスの腹に扇を切りつけた。素早く懐に潜り込み、振り切った一撃はまたもやラスの頑丈な腕によって遮られてしまった。だが、先程と違うのは明石が切り裂いたことによって現れた恐ろしいほどに真っ白な人形のような腕だろう。関節部分には球体が埋め込まれていた。
「やっぱりな」
「嗚呼、やっぱり。攻撃するとバレちゃうねぇラス」
和夜の納得の声と悔しくともなんとも思わず、当たり前と思っているアダムの声が重なった。バッと明石が扇を振り切り、和夜と合流すれば、両腕をボロボロにしたラスがアダムに軽く頭を下げる。
「今度は丈夫な生地に致しませんとなりませんね」
「はぁ?呑気~なるほど、ラスは人形ってわけか」
どうでも良いと云うように呟くラスに明石がケラケラ笑った。そして和夜と頷き合う。和夜が攻撃時、感じた違和感はソレだった。生身の人間ならばあるはずの感触ではない硬い感触はラスが人間ではないことを、そうしてアダムがやはり規格外であることを示していた。
「まぁどうせバレることだし、気にしなくて良いよラス。『暴食』よりは頭良いからねぇ」
「貶されてんのか褒められてんのか」
「褒めてるんだよ碧藤」
アダムがクスリと笑って言えば、ラスは承知したように頭を彼に向かって下げた。「『暴食』より」その言葉で彼女がどのように殺し合いで負けたのか想像がつく。おそらく勝てると思ってアダムとラスに攻撃を仕掛け、ラスが人形だと気づいたのだろう。二人と違う点は、アダムの相手への認識。アダムは和夜を多少なりとも評価している。だからこそ、時間を与える。考える時間を。ただし『暴食』は違う。彼女は、獅子玲緒は喰らってしまったのだ。アダムという例外を、ラスという人形を。それこそがきっと彼女の敗因。そして、これから起こるであろう『嫉妬』の敗因でもあるのだろう。
「そうだよ、ラスは人形。僕が作り上げた最高傑作。人間のように命を持ち、意思を持ち、言葉を操る。糸で繋がれ人間の云う通りの指示にしか反応しない操り人形とは違うんだ」
「……自分を、神だとでも云うつもり?」
嫌みを込めて言われた明石の声にアダムは落胆したように「はぁ」と心底残念そうな、侮蔑の眼差しを向ける。その眼差しに明石は青筋を立てそうになるのをどうにか押さえ込む。
「『暴食』も言ってたけど、神に背く行為だなんて言い訳あるわけないじゃん。神なんてまやかし……それを君もよく知ってるはずだよ?」
首を何処までも可愛らしく傾げてアダムが言えば、ぐっと明石は賛同にも否定にも取れる呻き声を上げた。神をも覆し妨げ貶す命の所業。嗚呼、それは確かにアダムの云う通りだ。神だって、そう、『嫉妬』を封印したという神だって、この殺し合いを神聖な儀式と称える神だって所詮まやかしに過ぎないのかもしれない。だって自分達は生きているのに神は勝手に殺させようとしている。ロイもラディアもリーラも茉昼も玲緒も、そして和夜ももはや神が命を操ることを知っている。だからこそ、ラスは此処にいる。アダムも此処にいる。悪神として死人を蘇らせる神なる所業を持つ悪神として。
「……確かに」
「そうでしょ?だから、悪神は殺し合うんだよ」
和夜と明石に向かってアダムが笑いながら片腕をあげる。すると何処からともなく天井より雨のように数体の人形が落下して現れる。全ての人形は人形だと云うラスよりも一回りほど小さく、そして糸に繋がれていた。その糸は全てアダムの指先に繋がっている。つまり、操り人形。アダムの操り人形が彼の指先の動きに合わせて和夜と明石二人に球体関節がついた指先を向ける。まるで悪いことをしてそれがバレ、責められているような居心地の悪い感覚に二人は無意識のうちに顔を引きつらせる。
「人形と君達。脆いのはどっちだろうね?」
カラリとアダムが瞳を無邪気に輝かせて嗤った。嗚呼、誰が親切そうだって?誰が、優しそうだって?和夜は内心、過去の自分に悪態をついた。過去に戻れるならば、自分にこう云っていただろう。「アダムは悪神以上に悪神だ」、と。茉昼との戦いで負った傷を押さえる和夜にアダムはくすりと笑った。
「怪我をしてても殺し合いは継続だよ?卑怯とか言わないでよね?」
そう和夜の心中を見透かし嘲笑うようにアダムが両手の指に繋がれた操り人形を二人に向けて放った。
今年最後の投稿になります!読んでくださりありがとうございました、来年も宜しければぜひお願いします!良いお年をお過ごしください!
投稿は、新年明けの土日のどちらかです!




