第七十一ノ夢 彩られた未来へと
「だって、分かるもの。君達のこと全部」
アダムがなにを言っているか、きちんと理解など出来やしなかった。何云ってるかわからない、と云うのが明石に引き止められた和夜の頭の隅を駆け巡っていた。
「……何云っているんだ?」
辛うじて怒りから絞り出した声は和夜が思っていた以上に震えていて。アダムが何者なのかわからない恐怖を称え、にっこりと笑った。嘘ほどに爽やかで親しみがこもった、友人へ向けるような笑みで。
「そのままの意味だよ。君達のこと全部、知ってる」
それはまるで悪魔の囁き。聞いてしまえば地獄に引き落とされる。そんな声。優しく誘い最後には絶望に叩き落とす声。アダムはクスクスと笑いながら、ラスに差し伸べられた手に自らの手を置き、演説するように片腕を広げる。
「君の双子の妹……茉昼って言ったっけ?その子は紅藤を消そうとしてた。自分と兄を苦しめ悲しませたとして、ね。でも、それを実行に移す事はなかった。彼女が紅藤を狙った理由は、悪神・『傲慢』と手を組んだ時と同じ、肉体を得るため。だが紅藤の娘は誘拐され行方不明だった。今から五年前のこと。彼女は悪神を殺せば、兄も自分も幸せになれると思っていた……変だよねぇ、どうしてそう思い込んだんだろうねぇ」
「……なんで、茉昼の名前を」
アダムの口から発せられる新たな事実と、和夜と明石しか知らない情報。和夜が明石を見ると明石も驚いたように彼の腕にしがみついていた。確かに五年前、紅藤家の後継者の一人である娘が誘拐され行方不明となる事件があった。その時、和夜は明石と共に「力を貸してくれ」と召集を受けたが、その直後に事件は解決。身代金目的のゴロツキの犯行と分かり、一応後釜であろうとも武術に長けた家の娘だ、ゴロツキを一掃して帰って来た。この事件は三日で解決したため、世間に公表されていない。つまり、大和国出身ではない、地元民ではないアダムが決して知ることはないのだ。しかも、茉昼は和夜と明石に対しフジと名乗っていた。彼女がその偽名を他の人に言ったかは定かではないが、本名を割り当てるなんて出来やしない。また、和夜はアダムに兄妹がいるだなんて一言も言っていない。ただ、「似ている香り」と云うだけで和夜に兄妹がいるとは見破れるはずがない。それに彼女と和夜の素顔を見たとしてもすぐに兄妹と分かるものだろうか?ましてや、双子などと。
和夜と明石のもっともな疑問にアダムはクスクスと楽しそうに口元を押さえて笑い、彼に釣られたのかラスも片方の口角をニヤリと意地悪げにあげる。明らかに侮辱しているような二人の笑いに、驚きを隠せないまま呆然とした明石の声が響く。
「どうして、知ってるの?紅藤家のことは……大和国では『四華武』しか知らないはず……なんで?!」
「ふふ、信じられない?もっと詳細に話すことも出来るけど……君達にそれを言ったって無意味だ。必要なのは結果論、でしょ?」
笑うアダムに明石の鋭い気配が刺さる。包帯で覆われた瞳も彼を睨んでいることだろう。管理者から聞いた話が和夜と明石の脳裏に甦る。「『傲慢』と『憤怒』が死者を生身の人間のように出来る」、そして前回の殺し合いの勝者。明らかな人外というあり得ない存在。それがアダムとラス。だからこそなのか、アダムの言葉は何処か説得力があった。そう、初めて会話した時、「未来はわからない」と言っていた時のように。
「知っていることは明らかな手の内。手の内を最初から全てさらけ出すなんて面白くないもの。だから、管理者は君達にヒントを与えたし、僕は君達と妹を殺し合わせた。それでも……やっぱり、自分が何故『嫉妬』なのか分かってないね」
アダムの何処か落胆した表情に和夜と明石は二人同時に顔を見合わせる。和夜が『嫉妬』なのかの理由?そんなの、自分達が一番よく分かっている。
「ボクが和夜に手を差し伸べたからでしょ?あの時は……家族が皆殺しにされた時は勝手に契約してでも和夜を守るためならって契約やっちゃったけどさぁ」
「嗚呼、明石が悪い訳じゃないが、そのお陰で俺は今も此処にいられるし……」
明石が手を差し伸べたから、その手を蜘蛛の糸の如く握り締めた。決して離さぬと、もう二度と失わせないと誓った。支えとして生きてきた。互いを求めていた。それは傍から見れば茉昼と同じ依存性。そこにあるのは長い友情を越えた互いに向ける『嫉妬』という周りを牽制するものであることに二人は気づいていない。だから、アダムは「はぁ」と大袈裟なほど大きなため息をついた。
「やっぱり分かってないんだね。長い間、自我を保たなければその意志さえも忘れてしまうものなのかな?」
「なにが言いたい?」
「そのままだよ。君が家族を失い家族兄妹がいる者へ『嫉妬』を向けているように」
アダムの言葉に和夜はハッと身を引いた。確かに和夜は家族を失い家族を持つ者達に殺意にも似た『嫉妬』を持っていた。それは明石に与えられた全ての事柄でさえ同じことで。和夜は明石に向けている自分の感情に薄々と気づいてはいた。だが、それ以外の『嫉妬』なんて分かるはずもない。だって此処にいるのは全員、愛しい人やモノを奪われ生きる権利さえ奪われた罪人なのだから。
「歪んでいましたよ?愛する家族を見殺しにした各家々への憎悪と嫉妬で」
「っ!だからなんで!」
「明石」
ラスがクスリと笑って言った事柄に明石が噛みつけば、和夜が慌てて極めて冷静に押さえる。まぁ、和夜も内心では冷静ではなかった。碧藤以外の他三家に『嫉妬』していたことを知るのは明石だけなのだから。かつて拒絶した優しさに嫉妬した。何故、お前らは家族がいる?殺されたから同情でもしてるの?家族がいるお前らが妬ましい。俺の欲しいものを簡単に持っている。嗚呼、それこそが一番初めに和夜が抱いた『嫉妬』。抱くはずもつもりもなかった最初の感情。つまり、
「……和夜がもともと『嫉妬』の素質があったとでも言いたいの?あってもなくてもボクは和夜を選ぶけどね!」
「熱烈な告白を聞きたいわけではないのですがねぇ」
明石の言葉をラスが呆れ顔で受け流す。が、和夜は受け流せず、ほんのりと頬を赤くした。先程までの怒り、憎悪が明石の言葉一つで浄化されていく。明石の嘘偽りない言葉が嬉しかった。だから、アダムとラスがなにを言おうとしているのかが分からない。確かに和夜には『嫉妬』の素質はあったのだろう。今までの悪神と契約させられた、使役するはめになっている者達には素質があった。悪神が求める強い一つの感情が。和夜は家族を化け物に殺されたことで周囲へ嫉妬を無意識のうちに募らせ。化け物に殺されたことで茉昼は傲慢にも悪意を無意識にも思い込んだ。ロイは自らの怠惰によって愛すべき人を失い不老不死を求めた。ラディアは幼い頃からの洗脳染みたものから魂まで全てを以て相手の感情を強欲に欲した。リーラは愛するローズとの愛を、色欲を死をもって示した。玲緒は己の正義と悪を喰らい他人をも暴食にも喰らうことで正義を問った。ただそれだけのこと。魂からの使役のように罪は繰り返され輪廻転生を果たすとでも言いたいのか?
意味が分からないと首を傾げる二人にラスは微笑を浮かべていた表情から一変、なんの感情もない真顔となる。
「悪神は全てとある感情が中心となっています。だからこそ『嫉妬』の素質を、『憤怒』の素質を持つ。ゆえに、誰が選ばれるかさえ分かってしまう」
なにを。アダムがニタァと口角をあげて嘲笑する。心の底から和夜と明石以外を、別のなにかを軽蔑して嗤う。彼の笑みがラスの言葉が事実だと告げてくる。つまり、嗚呼、それってつまり。
「……なんで、知ってる?」
誰が殺し合いの儀式に来るのか。
「なんで、ですか?答えは至極単純。全員を調べたからですよ。理屈を分かってしまえば、法則を知ってしまえばあとは監視し見定めればいいだけのこと。そうでしょう?」
ケラリ。ラスの口角が口裂け女のように細く伸び、嘲笑を作り上げる。あり得ない事実と情報の狭間に立たされた和夜と明石を容赦なく二人は殴っていく。想像する未来はもうないのだと、知らしめるように。入念に、丹精に、叩き込むように、告げる。
「全ては、我が主の通りに」
悪神・『憤怒』が微笑んだ。
次回も来週!と言いたいところですが、リアル事情で来週お休みさせていただきます。本当に申し訳ありません……リアル事情で書き溜めも減ってるのも追い討ちかかってます……この機会に読み直しでもどうぞ!




