第六十七ノ夢 それが私達の決戦だった
和夜に振りきられた脇差の重さに茉昼の体が明石の方へと今度は動いていく。茉昼の背後に迫った明石は容赦なく扇を振り切り、彼女の背中に一線を刻むと素早く体勢を低くし茉昼の脇を通りすぎる。茉昼も明石の行動には気づいていたらしく、背中の痛みを顔に表しながら体勢を整え明石に脇差を振り回す。だが、明石に攻撃が当たるという瞬間、和夜が刀の切っ先を滑り込ませて脇差の軌道をずらし明石が逃げる時間を作る。クッと茉昼が唇を噛み締めたのは、和夜が明石を守ったからかそれとも攻撃出来なかったからか。恐らくどちらもなのだろう。切っ先に引っ掻けた脇差をグルンと上へ半回転させ、茉昼の注意を自らに引き付けると和夜はおもいっきり脇差を弾いた。そうして、大きな音と共に甲高い響きを伴って二人の刃が交差する。衝撃が腕に響けば、相手の力量に心打たれる。嗚呼、これが夢なら何度良かったか。
「茉昼は母さん直伝の薙刀やるって言ってなかったか?」
和夜の何処か昔を懐かしむ言葉に茉昼は狂喜に染まった表情を変えることなく、ガンッガンッと刀に脇差を打ち付けるように攻撃してくる。それでも瞳だけは暗示にかかっていないとでも言うのか、蜂蜜色の瞳はほんわかと弧を描いている。元々、茉昼は母親から薙刀を習う予定だった。それを彼女も望んでいた。けれどそれはもう叶わない。脇差を、正確には碧藤家のもう一振りの守り刀であり悪神・『傲慢』を受け渡す器となった脇差を操る。化け物襲撃の際に行方知れずとなった藤が舞った美しい刀剣。その使い方を茉昼はどうマスターしたのだろうか?独学なのかそれとも彼女の血が行えるようにしたのか?それさえもわからない。十年もの間、絶ち切られてしまった縁をもう一度、だなんて虫が良すぎるではないか。これは単なるハッピーエンドには遠すぎる。
「しっかし、似てるなぁ」
和夜と茉昼の攻防戦を少し距離を開けて様子を伺っていた明石が呟く。二人が似ているのは当然だが、明石が言っているのはそちらではない。刀剣の扱い方が似ているのだ。つまり相手の急所に一撃入れようとするところも、武器を弾くところも二人共にそっくり。双子だからという言い訳では多分通らないほどに似ている。そのことに気づいているのは恐らく遠くから空を切る音や足音、刃音を聞き取った明石だけだろう。なんなら戦っていないアダムも気づいていそうだ。和夜と茉昼ーーフジの関係に他人が気づいたのだから。でなければ暗示などかける理由もない。多分、和夜も和夜で気づいているのだろう。だからこそ、最初の一撃ーー心臓を貫くのは和夜の仕事であり茉昼への弔いだ。嗚呼、であれば、キミから
「簡単に渡すはずないでしょ?」
クスリ、と笑ったのは誰に向けてだったのか。明石でさえもわからない。嗚呼、でも一つ分かるのは体のなかの血液が沸騰しているように騒いでいる。戦わせろ、奪え、妬めと叫ぶように。それを明石は知っている。だから、床を滑るように跳躍し、壊れた本棚に足をかけると勢いよく駆け上がる。そして駆け上がった勢いを利用し今度は天井を逆さになった状態で駆ける。和夜が上下逆さまの明石を視界に捉え笑えば、茉昼も和夜が見た方向へ目を向けようとして、腹に痛みを覚えた。なんだと見れば、和夜がいつの間にか脇差との攻防戦から抜け出し、茉昼の腹に刀を突き刺していた。ローブから露出した帯が腹からの出血に紅く染まっていく。帯で少しだけ防御できた様子ではあるがあくまで本の少し。気休めにもなりゃしない。和夜は容赦なく刀を抜き放ち、茉昼の利き腕へ刀を斜め上から振り落とす。その一撃を間一髪で茉昼が脇差を逆手に持ち防げば、体勢が体勢なために茉昼が膝をつくように押されていく。……わけはない。茉昼は膝をつくと思わせて軽く腰を屈め、その体勢から和夜に鋭い蹴りを放った。シュッと顔の真横を通過していく蹴りを「あっぶねぇ」と驚愕と愉悦をもった視線で見送ると和夜は、そのまま後方に仰け反る。茉昼の脇差が仰け反った和夜に襲いかかる。脇差は和夜の右肩を掠める。掠めた途端、頭上から明石が舞い降り脇差の軌道をこれでもかとずらしていく。明石の登場に茉昼が口元を歪めれば、顔を上げた明石が歪んだ表情を見せる彼女を嘲笑う。バッと勢いよく立ち上がりながらお返しとばかりに蹴りを放てば、茉昼は後方に宙返りしてかわし、着地後すぐに明石から距離を取る。彼女がそうすると知っていた明石は一気に茉昼の懐へ迫り、扇を下から上へ振り上げる。
「っ!?」
さすがにそう来るとは思ってもみなかったらしく、茉昼の舌打ちが小さく聞こえる。揺さぶってやったことに若干の優越感を感じながら明石は振り上げた扇をピタッと途中で止めると平行になった茉昼の胸元に切りつけた。横一線に刻まれた浅い傷。それでも腹の一撃と再生した左腕で体力は消耗されている。トドメを刺すなら、足止めをするなら今だ。脇差が明石に向かって振り回される。首筋を狙った一撃を明石は紙一重で後方に仰け反ってかわし、片足を斜め後方に引き、クルリと回る。そうすれば、明石は茉昼に背中を向けることになるのだが明石は背中に扇を差し込み、茉昼からの攻撃に防御策を取る。茉昼はそれにすぐ攻撃するのを躊躇ってしまう。その一瞬が茉昼の大きなミスだ。彼女へ背を向けていた明石は扇を放り投げ素早く半回転。茉昼の足を刈りにかかる。茉昼もそれに気付き、慌てて体勢を整えようとするが、投げられた扇が彼女の視界を覆ってしまい動きが鈍ってしまう。すかさず刈ろうとする足を茉昼は辛うじて飛んでかわすが、明石が一回で終わるとも思えない。すぐさま撤退する茉昼。後方は少しだけ広い。クルリと手首の上で脇差を回し、茉昼は考える。体勢を立て直せばすぐに明石に攻撃できーー
「和夜!」
「分かってる!」
なかった。茉昼が明石の叫び声に背後を横目に確認すれば、彼女の背後にはいつの間にか和夜がいた。目の前の明石に気を取られすぎて和夜の気配に気づけなかった。いや、敢えて気づかないようにしていたか。そんなのもうどうでも良かった、和夜にしても茉昼にしても。ただ、また出会えたと思えれば、これほどまでに高鳴ることはないのだ。だからこそ、和夜は刀を握りしめて背後から茉昼の左胸目掛けて突き刺す。しかし茉昼もそれで簡単に殺られるわけにはいかない。背中と刀の間に茉昼は脇差を滑り込ませると辛うじて防ぐ。でも茉昼の体勢は防御体勢を取るにはあまりにも不安定すぎた。そのため、和夜が少し力を刀に込めれば脇差は茉昼の手中から簡単に抜け落ち大きく弧を描いて弾かれる。足元に転がり落ちる脇差を和夜は足で蹴り上げ、茉昼が取れないように吹っ飛ばす。その軌道上には明石がおり、明らかに狙ったものだと断言できる。まぁ、そんなこと茉昼が分かるはずもないのだが。和夜は無防備な背中に向けてもう一度刀を振り回す。その前に茉昼が半回転し和夜の正面を向いた。同じ色の瞳が片割れを見据える。何処までも歪んだ力強い瞳が交差すれば、和夜の心中が揺れ動く。嗚呼、でも、俺は決めたから。だから。和夜は刀を握り締め、一度腕を引く。そうして茉昼の左胸に向けて突き刺す。和夜は茉昼が見え見えの攻撃を避けると思っていた。けれど、彼女は避けるどころか和夜に熱せられた瞳を向けながら腕を伸ばしたのだ。まるで両親に甘えるように。これこそが私の正真正銘の意思だと云うように。
嗚呼、だから。全て払い除けて切り捨てて。私を
「……殺して」
ねぇ、和夜。
茉昼の目が物語る。蜂蜜色の瞳に和夜の決意は固まった。柄を握っていた片手を離すと伸ばされた茉昼の手を掴み、自らの方へ引き寄せた。無抵抗な茉昼の左胸へと白銀の刃が吸い込まれていく。無防備な茉昼の左胸にゆっくりと紅い染みが広がり、そうして蜂蜜色によく見ていた光が灯れば、嗚呼、そこにいるのは片割れの妹で。和夜はようやっと出会えた茉昼に微笑みかけるとそのまま抱き締めた。刀を抜けば大量出血で茉昼は逝くだろうし、心臓を貫いているためどちらにしろ茉昼は死ぬ。だから、どうしても抱き締めたかった。もう会えないと思っていた家族をこの手で。
だから、誰であろうとこの時間だけは、奪わないで。
そういうように、茉昼は和夜の背に腕を回した。
次回も来週です!
決戦は、双子の心のうちの決別も兼ねてます!




