第六十三ノ夢 それが私達の秘密だった
「いわゆる輪廻に足を踏み入れた悪神……『傲慢』と『憤怒』だけです。死者を生身の人間のように出来るのは悪神の中でもその二柱だけです」
管理者の言葉が頭の中でグルグル回っている。まるで和夜を責め立てるように、ソレこそがまやかしだと云うように。つまり、死者を蘇生し普通の人間のように宿り主を動かせるのは『傲慢』と『憤怒』だけということで。その二柱であれば、死者が魂のみであったならば人間とさして変わりはなく動ける……フジは悪神・『傲慢』を使役するはめになっている。彼女が茉昼である可能性は十二分にある。和夜のなかで驚愕と嬉しさと、悲しさが込み上げる。まるで体中の液体が沸騰したような……水となって冷えてしまったようなよく分からない感覚。その感覚は皮肉にも和夜の感情を冷静にしてくれる。
「じゃあ、今の『傲慢』って……!」
「可能性はあるでしょうね。前例がありますし」
管理者の哀愁漂う、無慈悲な視線が和夜を貫くが彼は気づいていなかった。もしかするとあり得るかもしれない現実という夢うつつに歓喜していたから。もう二度と会えないと思っていた妹とまた?でも、彼女はもう死んだのに。嬉しいのか悲しいのか。嗚呼、ただ、茉昼が和夜と同じ思いであることだけは分かって。決して離れることのない安心できる唯一無二の片割れ。不幸な運命によって引き離された双子の片割れ。離さないでと約束した手を、ずっと一緒だと約束した手を、もう一度掴むことが出来る。例えそれが死者であろうとも。とすると、和夜の直感ともいえる違和感は正解と考えて良いだろう。つまり、フジは茉昼。それにしてもフジ改め茉昼は何故明石をあんなにも敵視していたんだ?どうにも解けない謎に和夜が首を傾げていると、ふと、新たな疑問が生まれた。『憤怒』、アダムも『傲慢』と同じことが出来る?ならば、アダムは一体誰なのだろう?茉昼が『傲慢』と分かっているが、アダムが悪神をも利用しこちらを撹乱しようとしている可能性だってある。いや、考えすぎだろうか……和夜が軽くかぶりを振った瞬間、管理者がとんでもない一言を放った。
「『憤怒』も同じです。彼らはソレを応用しているので」
「……なに、言っているの?」
口元をひきつらせながら明石が云う。つまり、いや、それって……アダムが規格外と云うことになるのではないか?和夜は蜂蜜色の瞳を見開きながら瞬時に明石から悪神について説明されたことを思い出す。明石は悪神・『憤怒』についてなにも言っていなかった。それは共犯として誘われたからと云うのもあっただろうが、明石はアダムとラスと出会った時、なにも言わなかった。ラディアやリーラでさえ、悪神が封印されているモノを多少なりとも当てたのに。それは茉昼と同じように分からなかったから、なのだろう。ーー本当に?もし『傲慢』が今封印されているモノが茉昼を構想する肉体とすれば、明石が分からないのも無理はない。ならば……アダムも?そういえば、彼は初対面であるにも関わらず、和夜がいる前で明石について言及した。あの円形闘技場らしき場所で和夜と共にいた明石を見たからと言ってすぐに分かるだろうか?可能性の話にしかならないだろうが、それでも彼は言い当てた。
「肩入れしないんじゃないのか?」
「これは肩入れではありませんよ。私は質問に答えるついでに独り言を呟いているだけですから」
「……っ、くっそ不誠実なのに誠実!」
「お褒め頂き光栄です」
明石の悪態に管理者は小さく頭を下げて、毒舌を返す。確かに管理者の独り言と云うことなら肩入れではないだろう。何故管理者がそこまでするのかは分からない。
「(まさか……)」
「?和夜、どうかした?」
和夜の背筋を冷たいなにかが伝っていく。あり得るかもしれない事実が和夜の脳裏を掠めていく。彼の動揺に気付き、明石が和夜の袖を摘まむように引く。それに和夜はハッと我に返り明石を見た。明石は心配そうに和夜を見ていた。大丈夫だと笑いかけると明石に問う。
「明石」
「なぁーに?」
「前回の勝者、生き残った奴って知ってる?」
「えーと確か、『憤怒』……って、あああああ!?」
そこでようやっと明石も和夜の疑問に気づいたらしく、大声が図書室のような部屋ーー書斎に響いた。明石が前回の勝者を知っているのは多分、封印された守り刀で見ていたからだろう。でなければ、以前云っていた餓死や孤独死した生け贄のことなんて分かりはしない。明石は和夜と管理者の方へ交互に首を振って驚きを示す。首を振りすぎて頭が取れてしまうのではないかと場違いなことを考えそうになった和夜だったが、現実逃避したかったのだろう。
「え?え、でも、容姿も違うし、性別だって違うんだよ!?『憤怒』だって言ったって出来ないことがあるでしょ?!」
「まぁそうですが。それでも『憤怒』が『暴食』を殺すことに成功したことに変わりないしょう。以前のように」
嗚呼、やっぱり!ゾクリ。和夜の背筋を駆け上がったのは安堵かそれとも理性を失った狂気か。ニヤリと自らの口角が三日月を描いていることすら和夜には分からなかった。ただ、明石がそんな和夜を感じて笑っているのは気づいていた。『暴食』は既に殺された。おそらく化け物騒動の時に殺ったのだろう。一瞬でも過った茉昼が殺されたのではないかという懸念は消え去った。正体が分かったのに会えないのは……
「(…………)」
そこまで考えて和夜の心中を不安が支配したのは、悪夢と何処か状況が似ていたからだろうか?
「うっわ、まじか、『憤怒』人外じゃん」
「ある意味、悪神も人外だろ」
「そうだけどねぇ……魂とかの感じしなかったし……『傲慢』と同じってこと?」
頭を抱えて唸る明石に和夜も腕を組んで考える。和夜の仮定が合っていれば、アダムがそうだとしても納得がいくしただの規格外と思うだけだ。でも、アダムは「化け物を殲滅する」ことを望んでいた。もし、前回さえもアダムだとしたらどうしてそのような心境に変化するのだろうか?それに彼は和夜と同じだと云っていた。家族と幼馴染を化け物に殺された、と。アダムを突き動かす望みが何処から来たのか分からなくなってしまう。最悪、和夜を共犯に誘ったことさえ疑惑を与える証拠になっていく。アダムという人物が分からない、理解出来ない。アダムがこの世のものではない、正真正銘悪神のようなものだとしたら彼に付き従うラスは一体誰なのだ?明石は前回の記憶にラスを加えなかった。そこから把握するに前回はいなかったのでは?そもそも魂がモノなのか、それとも肉体がモノなのか……なにも分からない。全てが違う。それはまるで誰かが記してそれから抗うかのような……それは神によるシナリオか。
「誰が死のうと生き残ろうと私の知ったことではありません。君たちに命の自由はなく、殺し合いをするしかないのですからねぇ……多分、それは『憤怒』も同じでしょう」
「たから同じように今も殺ってるってぇ?」
「さぁ?そこまでは私は知りませんよ」
一瞬、バチッと音がして明石と管理者の視線が交差した気がした。まぁそもそも交差さえしないし出来ないが。和夜は左耳の房飾りを一撫ですると組んでいた両腕を解く。悩んでいたってわかるはずがない。それにアダムとは最期ーー何処かで絶対落ち合うような気がする。和夜は予感ではあるが確信していた。房飾りがリィンと音もなく揺れた気がして和夜は明石に声をかけようとして顔を上げた。懐かしくも恐ろしい気配がした。その気配は和夜と明石が入ってきた扉の方向からーー後方からした気がした。横目に背後を振り返った和夜だったが、そこにはがらがらの棚が並ぶだけで誰もいない。
「(気のせい……?)」
あの気配は確かに茉昼だった……和夜は怪訝そうに首を傾げつつ、明石を見る。明石も管理者からこれ以上情報は貰えないと踏んだらしく、包帯に隠れた目が和夜を見ていた。和夜は明石に頷き返し、管理者に礼を言おうと口を開いた。その時
「ーー和」
聞き覚えのある幼い声と共に明石が消えた。
最近、スランプ気味です……
と言いつつも続きます!まさかの悪神の仕組みです!
次回は来週!




