第六十二ノ夢 それが私達の懐疑だった
管理者を捜すと言ったが、彼ーーおそらくーーが何処にいるのか分かるはずもない。『色欲』によって破壊された幾つもの部屋はまるで何事もなかったかのように修復がされており、此処が本当に普通でないことを示している。和夜は明石と共に最新の注意と警戒を払って管理者を探って行った。アダムとラスに遭遇するということもあるだろうが、彼らは多分即座に攻撃はしてこないだろう。してきそうなのは『暴食』だ。まぁ彼女もどうなっているかは分からない。化け物との戦闘に巻き込まれたかもしれないし、巻き込まれていないかもしれない。そんなの二人には分かりっこない。自主的に探らなければ、ね。
二人は広間や図書室、果てには『強欲』との追いかけっこ中に入った部屋など管理者がいそうな場所を捜してみたが、入れ違いになったのかそれとも自分達と同じように専用の部屋があるのか、管理者は見つからなかった。何度目かの殺し合い参加である明石も全ての部屋を覚えているわけではないらしく、「分かんない!」とお手上げ状態である。
「(そもそも)」
廊下を歩きながら和夜はふと思う。そもそも管理者とはなんなのか?と。殺し合いを公平に見極める審判者、神からこの場を託された哀れなもう一人の被害者。あの時、『色欲』を断罪したあとの後悔の様はまるで人間のようだった。いや、人間なのだろうが、何処か人間ではない違和感があった。無感情なまでに哀愁しか自分達に向けず、一方的に哀れむ。権利を与えているようで与えていない傲慢で無慈悲な判決を与える人物。神様に従う人形。全ての首謀者……あの時、本当に管理者は管理者なのかと和夜は感じた。明石との知り合いの件にしろ、本の件にしろ、フジと茉昼の関係にしろ、悪神と神様の相違点にしろ、後悔にしろ、全てまるでもとから決められていたかのような……
「(……いや、考えたって分かるはずないか)」
和夜は小さくかぶりを振って複雑化した思考を追い出した。考えたって分かるはずない。今はフジが茉昼なのか、死者が宿り主になりうるのかを管理者に確認しなければ。和夜が顔を上げると、少し前では明石が部屋に顔を突っ込んで管理者がいるかどうか気配を探っていた。数秒で和夜の方へ顔を向けたのでいないのだろう。特定の人物を捜すのが此処まで難航するとは。和夜は思わずと云った様子でため息をつき、右の壁を見た。なんにもない真っ白な壁に管理者に教えて貰ったような隠し扉があったりしたら簡単に見つけられるのだが。肩を竦めて、壁から視線を外し、手前に見える扉に視線を移す。茶色の観音開きの扉には白い塗料でなにやら絵が描かれている。描かれている絵はどうやら花のようで椿や桜、牡丹などが咲き乱れている。此処はどういう部屋なのだろうか?植物園的な入り口なら、此処には窓もないため日光は入ってこない。どうやって育てているという疑問が出る。
「入れば分かるか」
「和夜、どうかした?」
扉の絵を指先でなぞりながら呟いた和夜に明石が近寄る。そうして扉を振り返り、首を傾げた。明石もどういう部屋か分からないらしい。和夜は扉から手を離し、凹んでいる部分に手を添える。どうやら引き戸のようで鍵がかかっている様子はない。ガラリと音を立てて扉を横にスライドさせれば、二人を包んだのは独特の古い匂いだった。臭いわけではなく、何処か質素で暖かい匂い。その匂いに包まれたまま部屋に足を踏み入れれば、部屋のなかはまるで図書室のようだった。落ち着いた雰囲気で統一された部屋には真ん中から下全てがからの本棚が置かれ、本棚と本棚の間にはソファーやテーブルがある。図書室のようで違う空間に和夜はたまらずため息をつき、明石も鼻孔一杯に空気を吸い込み「美味しい!」と呟く。そう、恐ろしいほどに空気が澄んでいた。まるで此処は自然豊かな素晴らしき楽園と云うように。だが此処には自然もなければ楽園でもないが。和夜は手近な本棚に近寄って見た。天井にぶつかるほど高い本棚の上段数段にしか蔵書は並んでおらず、シリーズごとに整頓はされてはいるが所々隙間が目立つ。和夜が見ている本棚なんて一段目には十冊しかないのに二段目はギチギチに詰められている。明らかに効率も悪いし使い勝手も悪い。下段に入れては行けないルールでもあるのか。
「『華姫様の物語』……凄いな番外編まで全部ある」
「和夜、その話好きだねぇ」
「そりゃあ妹と読み耽ってたしなぁ……全部は揃えられなかったけど」
和夜のその言葉に明石はハッとし口を閉じた。明石の口元が罪悪感と悲しさで彩られているのを和夜は横目に見て、大丈夫だと明石に向かって小さく微笑んだ。揃えられるはずがない、そのあとに家族は死に、集めるどころではなかったのだから。指先であの日の思い出をなぞるように本の背表紙を和夜はなぞっていく。図書室にも初版である『華姫様の物語』はあったが、なぜ此処は全巻なのだろう。和夜は一段目から視線と手を離し、二段目を見る。そこにはぼろぼろになった背表紙が並んでおり、黒い文字でなにやら刻まれているが、薄汚れ掠れてしまって解読出来ない。辛うじて「年」と読めるので年表的なものだろうか。
「和夜」
その時、和夜の服を明石が引っ張った。なんだと明石を見ると明石は通路の先の空間、ソファーやテーブルがある方を指差していた。そちらからなにか気配がするらしい。なにも云わずに明石の誘導でそちらへ向かう。するとそこには一人用のソファーに身を委ねるようにして座る管理者がいた。突然の二人の登場に管理者は若干驚いたように腰をあげ、その反動でヴェールが揺れ動く。さすが明石だと和夜は何処か誇らしげに明石に笑いかけると明石も和夜に「でしょ?」と云わんばかりに微笑む。
「やっと見つけた。さすが明石」
「ふふん♪」
「何用ですか」
二人の笑みに管理者が何処か刺々しい声色で問う。管理者の膝の上にはあの本が置かれている。和夜は深呼吸をし、ドクドクとうるさい心臓を静めると訊く。
「訊きたいことがある。いいか?」
「ええ。肩入れではなさそうなら、ですが」
やはり、明石の云う通り肩入れではない質問なら答えてくれるようだ。ならば、と和夜は違和感を口に出す。
「分からないんだ。ある人物に俺達は違和感を持っている。けれど、そうだと思う人物はすでに死んでいる……つまり、その……なんだ。簡潔に云えば、死者でも悪神と契約出来るのか?」
和夜の問いに管理者はヴェールを揺らしながら、二人を見る。暫く思案し、確認のように質問を返した。
「違和感を持っている者は既に死んでいるはず。だからこそ死んでいる者が悪神と契約出来るかを訊きたい……そうですね?」
「嗚呼、どうなんだ?」
管理者は膝の上に置いた本を一撫でし、顔を上げると云う。
「出来ます」
たった一言、それだけで衝撃が和夜と明石を貫く。死者であっても契約できる?中身がないのにか?明石も出来ると云うのが器だけとなった死者の体に悪神が入り込んでなにかやらかすと云う意味と思ったらしく、首を傾げている。和夜はまさかと目を見開き驚く。二人の対照的な反応に管理者は認識の違いに気づいたらしく、軽く腰を上げた。
「認識が異なっているようなので説明した方が良さそうですね」
「え?」
明石の困惑の声が聞こえる。
「悪神は勝手に契約します。死者であっても同じこと。悪神にとっての器として契約出来ます。例え、その中に魂が存在していようといまいと」
「っ、それって」
管理者の言葉に和夜の息が詰まる。心臓辺りの服を掴めば、うるさい鼓動が聞こえてくる。聞きたくない、それでも聞かなければならない真実に体が震える。明石は云っていた、「中身がないから悪神の自我が自分勝手する」だろうと。つまり亡骸となった器にはなにもなく、器に影響を受けるはずがない……それは中身がない死者の場合だった。それは、魂がある場合のことも存在する。
「魂だけがこの世に成仏せず存在していれば悪神の宿り主として条件を満たしているので、出来ますね。中身がない死者の場合は悪神が死者の体を器としますが、これは悪神であれば知っていること。魂のみの場合は……魂が望めば死者は蘇ります」
「ちょっと待ってよ?!そんなのいくら悪神でも……!」
「ですからそんな神がかったことが出来るのは、悪神のなかでも決まっているんです」
管理者に驚愕で噛みつかんばかりだった明石の言葉に管理者はゆっくりと頷く。死者蘇生とでも言うべき神の領域。それは『怠惰』が追い求めた不老不死に似ていた。けれど、そこには何がある?
怪訝そうな明石の声に管理者が続ける。
「決まってる……?」
「ええ。悪神が悪神全員を知ることは到底出来ません、私達以外は。全て、その罪は悪神だけのものなんですから」
何処か哀愁と虚しい慈悲を本に向けながら管理者が云う。その見えない視線が本当は誰に注がれるべきかも知らないで。
「悪神となる経緯は全員違います。だからこそ、死者蘇生が出来る者も限られるんです。それが出来るのは悪神となる際に魂と器となる体の関係に気づけた……いわゆる輪廻に足を踏み入れた悪神のみ……『傲慢』と『憤怒』だけです。死者を生身の人間のように出来るのは悪神の中でもその二柱だけです」
言い切った管理者の言葉が和夜の胸を鋭いナイフで抉った。
いつの間にか……10月……可笑しいですね(疲れているのかもしれない)
次回も来週です!




