第六十一ノ夢 それが私達の未熟さだった
やはり、どう思い出してもフジが茉昼として思えず、和夜はティーカップ内に残るホットミルクを凝視する。明石に言われたように昔のことを思い出して、フジが茉昼なのか記憶を探った。些細な仕草や安心感、口元の見える笑みが記憶の中の妹にそっくりで、確かにフジは茉昼だと和夜に突きつけてくる。だが、妹は死んだ。なのに、何故此処にいると断言できる?死人が生き返るはずなんてないのだから、フジが茉昼であるわけがない。
「どぉ?和夜」
ティーカップを両手で持ったまま、黙ってしまった和夜を心配して明石が彼の顔を覗き込む。和夜の切実というか困惑した表情で彼が何を考えているのか手に取るように分かるのは、約十年もの間、一緒にいたからだけではないだろう。和夜はティーカップから顔を上げ、小さく自らを納得させるように頷くと云う。
「確証はない。でも……茉昼かもしれない、フジは」
「和夜が言うならそうなんだろうね」
「嗚呼、でも」
そこで言葉を切った和夜は明石を振り返る。迷い子のような悲しげな瞳が、誰かを求める瞳が明石に注がれる。和夜が揺れていると気配で分かった明石は「大丈夫だよ」と安心させるように笑う。
「茉昼は、妹は死んだ。フジが茉昼だなんて、あるわけがない」
けれど、茉昼がフジであることを和夜は知っている。証拠がないだけで、記憶の中で彼女が死んでいることを知っているだけで。確かに和夜の双子の妹である茉昼は約十年前、碧藤家に侵入した化け物によって和夜以外全滅している。しかも和夜は茉昼が食い殺されたところを九歳の目で目撃している。幼い彼には精神的な負担とダメージになるだろうと他三家が家族の凄惨な遺体の身元確認を行っており、全員顔見知りであったために本人と確認が取れている。葬儀の時だって、茫然と絶望していた和夜だったが家族やお手伝いさん達の棺に入った青白い遺体を目撃している。まるで生きているように傷は消されているものの、命はない亡骸。たった一人生き残ったことが苦痛に思えてしまうほどに苦しい光景だったのを今でも覚えている。あの遺体が偽物だとは到底信じがたい。
「そうだよねーもし生きてたら十年の間に会いに来てるはずだし……碧藤家に親族はいないもんね」
「嗚呼。先の戦争や流行り病で亡くなってるからな、従兄弟はいないはずだ。又従兄弟とかは分からないが、父さんが何も言わなかったからいないはず」
「じゃあそっくりさんって、いう線もないかぁ」
カツン、とテーブルにティーカップを和夜が置きながら明石の問いに答える。明石の云う妹のそっくりさんがいるなら、和夜のそっくりさんもいそうではある。そもそも、そっくりさんに明石や茉昼と同じ安心感多分ないし、此処まで悩むこともない。
「なぁ明石、悪神には死者を蘇らせる力があったりするのか?」
和夜のもっともな問いに明石はうーんと組んでいた両腕を外し、ホットミルクで喉を潤すと、和夜の目の前で人差し指を立てズイッと前のめりに身を乗り出した。
「出来ないよ。悪神って云っても神サマじゃないもん。でもね和夜、悪神が与える能力にはもしかするとあるかもしれない」
そう、悪神が使役させてやっている宿り主に与える能力。必ずしも全員に与えられるわけではないソレ。もし、今生き残っている誰かに死者を蘇らせるもしくは操る能力があったとしてどうして死んだはずの茉昼を操ることになるのか。和夜の疑問は明石の疑問でもあったらしく、明石はまるで内緒話をするように和夜に近づき身を寄せ、包帯が巻かれた目元で彼を見る。
「もし、悪神が誰かしらにそんな能力を与えていたとしたら操れるのは多分、身内とかそこら辺。ほら、リーラとローズみたいな感じ。化け物に至っては一度見たものを真似たか本当に管理者の云った通りに侵入させたか。だからその場合、能力による使役になるはず」
「……つまり、ラディアとリーラ達を合わせたのが死者を蘇らせ操るのだと?」
「そういうこと!蘇らせるんじゃなくて似たような人形を操る?みたいな。ん~でもまぁ、ボクの記憶が正しければ、そんなことをしたのはもっと前だったと思うけど……しかも『強欲』だから」
ため息をついて明石が云う。つまり、今回の殺し合いで死者を蘇らせるではなく操ることが出来るのは黒い狐を召喚していたラディア『強欲』しかいなかったという結論になる。他にもいたのかは不明だが、うーんと頭を捻っても出てこない明石を見ていると最大の適合者だったのは『強欲』だけのようだ。明石も何百年分の記憶全てを覚えているわけではないのだろう。
「それにさぁ、ボクらって封印じゃん?しかもボクは一回殺されてるわけじゃん?多分が付くけど。だからさ、死人がいたら分かるはずなんだよね」
「異臭、死臭がするから?」
「それだけだったら和夜らも絶対気づく。なのにだぁーれも死体だなんて言わない。死体っぽかったの『色欲』だけだったじゃん」
明石の云う通り、死体らしかったのは棺に納められたローズだけ。まぁ彼女も死臭はしなかっったが。悪神は死者を人形のように操る能力を与えることが出来るということはその本人が死者では絶対にない。ということは……フジは死者ではない?
「なぁ明石」
「うん、和夜が思ってる通り。死者が悪神と契約なんて出来ない。だってそこには悪神が欲する感情がないんだもん。それこそ勝手な契約だよ」
皮肉な笑みを浮かべる明石に和夜はなにも言えず、苦笑を返す。悪神は勝手に契約を施す。だが死者は違う。だって、違うんだもの。悪神は感情を持つ。すなわち、魂が封印されているのだ。中身のない器はお呼びではない。しかし、そうするとフジは何者になるにだろうか?明石と同じようで懐かしい安心感というか感覚が和夜とは赤の他人が出来るとは到底思えない。それに、確かにフジは和夜が思うように茉昼だった。証拠がないだけで。
和夜から少し身を引き、明石が呟く。
「まぁ、ボクが知らないだけでなんらかの方法で死者が宿り主になったってことはあるかもよ?その場合、どうなるかは分からないけど、多分、中身がないから悪神の自我が自分勝手すると思うよ」
「……なら、今のフジは……?」
うーん、と再び二人は頭を抱え出す。明らかにフジは悪神・『傲慢』が好き勝手している様子には見えない。彼女は和夜を味方とし明石や管理者を敵視した。明石は途中から憎しみは多少消えてはいたが、敵視している。もし中身が悪神・『傲慢』だとしたら以前の殺し合いの憎悪で明石を敵視しているのは分かるが、和夜に慈しみを向ける理由が出てこない。明石の話が正しければ、亡骸となった器にはなにもない。器に影響を受けるはずはないのだ。なら……嗚呼、やっぱり、フジは一体誰?茉昼のようで、でも現実的にはあり得ない。……いや、もうこの空間での出来事が現実的にはあり得ないからなんでもありなのか?頭がこんがらがって来た。和夜は困惑しかない頭を軽く振って情報を整理するが、やはり分からないものは分からない。ホットミルクでも飲んで落ち着こうかと置いたティーカップに手を伸ばす。すると明石も同じようでホットミルクを一口飲んでいた。
「やっぱり変なんだよねぇ。和夜が間違えるはずないし」
「多大な信頼ありがとな」
「だってさぁ、初めて会った時とかにことあるごとに家族の話されたらねぇ」
ニヤニヤと笑う明石の笑みから逃げるように和夜はホットミルクを飲み干し、ソーサーの上に小さく音を立てながらティーカップを置く。すると明石が険しい表情で、「あんま頼りたくないけど……」と苦虫を噛み締めたような表情で口を開いた。
「管理者に聞くしかないかなぁ」
「だが、管理者って特定の人物に肩を持つなんてしないよな?」
和夜が云うと明石はうんと頷き、続ける。
「質問に答えるだけなら大丈夫なはず。それに管理者が持ってるモノ……ていうか本?あるじゃん。あれ、今までの宿り主とか結果とか勝手に記載されてるはずなんだ」
明石の言葉に和夜は思わず「はぁ?」と心底分からないと言った声をあげる。それに明石はだよねとケラケラ笑う。確かに管理者は古びた本を持っていたが……勝手に記載されるって、神様が主催した殺し合いだからか?
「……は、え……はぁ?」
「うん、和夜が混乱するのもよく分かるよ。簡単に云うとね、本は歴史なの、悪神にとっての。理屈は分かんないけど、封印だから監視のつもりなんじゃない?宿り主も悪神を使役させられてるから……」
「……なんか知らんが理解した」
茫然としたような表情で云う和夜に明石が笑う。つまり、あれだろ?神様がメモってるみたいなもんだろ。……もう色々驚きを通りすぎて呆れが出てきた。悪神やら儀式やら化け物やらの存在が勝手に記載されるという一種の神がかったものを現実的にしてくる。もはや、此処は珍しい展覧会。それ以上でもそれ以外でもないのだ。ということで一応の納得とした和夜である。皺の寄った眉間を揉みほぐしながら和夜は云う。
「で、それを頼りに聞くのか」
「うん。昔のも記録されてるはずだし、管理者がずっと持ってるってことなら記録媒体ってことだし、名案」
ポンッと手を叩く明石に和夜はクスリと苦笑染みた笑みを溢した。行き先は決まった。おそらく何処かにいるであろう管理者を捜すため、二人はなにも言わずに、当たり前のように準備を始めた。
いつものように説明が入りますよ……!
次回は多分来週です!




