第五十九ノ夢 回想 それが私達の不幸だった
気づいた時には、私は、宙に浮いていた。痛くもなければ、暑くも寒くもない、変な感覚に私は、ただただ困惑して……思い出した。私は、隠し通路から出てきた化け物に食い殺されたんだと。父さんは?母さんは?……和は?みんな、みんな無事なの?死んだのは、私だけなの?みんな、どうなったの?
『君のせいでしょ?』
目の前が暗い。真っ暗で怖い。私は、私は何処にいるの?ねぇ、和は?和は何処に……
気づけば私は、地獄のなかにいた。正確に言えば、地獄絵図のなかにいた。壁に玩具を飾るように縫い付けられたお手伝いさん達。倒れ伏した父さんと母さん。そして、真っ赤に染まった化け物の口元から落ちる私の体。私の体は、吐き気を催してしまいそうになるほど、血塗れで肉は裂け、骨が見えていた。あれは、私じゃない!私じゃ、ない!かぶりを振っても地獄は私の目の前に迫ってくる。そんな地獄の中で、和だけが、大声をあげて泣いていた。胸元に家宝の刀を抱き締めて、着物にくるまって、私が見たこともないくらいに大粒の涙を流していた。
「茉昼……マルっ……」
《和……私は此処だよ!私は、……私、は》
泣く愛しい和。彼を慰めることは出来ない。だって私は、もう、もう。私は両手を見下ろす。そこには透明な手が広がっていて、私が死んだことを物語っている。双子で互いに違う私達。男と女で違う私達。違いさえ愛おしかった。違うことがある意味嬉しかった。離れることは決してないからと、決して離れられないからと。でも、こんな違い、要らない。和が泣いて、私も亡く違いなんて、要らない!離さないで、手を繋いで、一緒にいて……一緒にいるって約束したのに、私が破った。私が、和を悲しませた……
《あ、ああああああああああああ》
イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!!なんで?なんで?私達はずっと一緒のはずなのに!私達は離れることなんてないのに!私達の運命は、こんなんじゃない!
「裏門から侵入したんだな。それで……」
「言うな。長子だけが生き残ったなんて皮肉なもんだな」
「あれじゃあ、当主なんて務まるどころじゃないでしょ」
「今日、誕生日だったんでしょう?誕生日に大切な人達を喪うって……」
裏門?裏門から侵入した?荒れ狂う思考の中で誰かが悲しげに告げる。私はあの時、裏門から家に入った。裏門はしっかり閉まっていた?……自信はない。でも、私が悲しませたことに変わりはないの。和は独りぼっち。私も独りぼっち。嗚呼、でも、私だけが和と同じ感情を知っている。私だけが、体もなく浮遊しているのは私が和と同じだからで、和と双子だから。嗚呼、和は私を求めてくれている。和は私を愛してくれている。だから私は、此処にいるんだ。だから私は、ずっと、ずっと!
嗚呼、和。私達はずっと一緒よ。悲しみさえも生死さえも、私達を分かつことは出来ない。君が不幸になったのは、化け物のせいだから。だから、笑って。泣かないで。
『君のせいでしょ?』
私の声に似た声が頭で反響する。私は悪くない。だって私は和と同じなんだから!だから……和に近づくアイツは誰なの?沈む和に手を差し伸べた目元に包帯を巻いた子供。他の家の子供ではない誰かが、和の手を引いていく。引かないで、その手を。その手は、私達だけの絆で繋がりなのに!奪わないで、私から和を奪わないで!せっかくの、不幸を、捨てないで!
『嗚呼、あれは悪神じゃない』
《誰》
『私は君。君は私。さあ、おいで』
私に似た声が私に語りかける。奪われちゃう、取られちゃう。二人で一つなのに、その人は私の兄さんで、片割れなのに!声に釣られるままに私はふらふらと向かえば、そこにあったのは真っ赤に染まった脇差で。碧藤家のもう一振りの守り刀だった。表に出ることが少ないもう一振りの守り刀がなんで此処にあるの?拾おうとして腰を屈めるけど、透明な手は脇差をすり抜けてしまう。次の瞬間、私のなかに流れ込んで来たのはさっき見た子供のこと。子供は悪神・『嫉妬』という神様に封印された極悪人。極悪人が封印されていたのは、家宝の刀。「触るな」と父さんに言われていた守り刀を和が触ったことで勝手に契約がなされ、和は悪神を使役するはめになってしまっていること。意味が分からなかった。でも、あの子供は、『嫉妬』は和に話しかけた。自分から触れるように誘導していた。つまり……『嫉妬』が和を陥れたってこと?それって……悪神が化け物を引き寄せたとも言うんじゃないの?
『君が裏門を閉め忘れたのが悪いのに』
可愛そうな兄さん。悪神だなんて悪いものに憑かれて。私が、私が、ワタシガ助ケナクチャ。
どうすれば、悪神だなんてものを倒せるんだろう?今の私には肉体がない。どうすれば、和を不幸から解放してあげられるの?
「碧藤家、藤の後任は紅藤家とする」
紅藤?……私達の家が支配されていく。碧が紅くなっていく。私達から全て奪うつもりなの?これ以上、私達双子を苦しめるつもりなの?許さない、許さない。私達を苦しめるものは全部、取り除かなくちゃ。私達を苦しめるものは全部全部、悪だ。
まずは、紅藤に復讐を。
『悪いのはぜーんぶ、君なのに思い込みで罰しようとするなんて。まさに『傲慢』。ねぇ』
うるさい。今私は、紅藤を葬るのに忙しいんだから。嗚呼、幽霊って便利。紅藤には娘がいる。その娘を呪うことができれば、和を救って幸せに出来る。
『体が欲しいの?』
《だって今の私は幽霊だから。なにも触れないし声も届かない。届くなら、真っ先に和に警告してるのに》
私に似たこの声は一体なんだろう?気になるのに、靄がかかって思考が鈍る。声は笑う。私と同じ声で。声は笑う。なにもない私の頬を両手で包み込んで、囁く。まるで、悪神が兄にしたように。
『今の君は魂のみ。なら、器が必要でしょ……肉体が。肉体がなきゃなにも出来ない』
耳元で私の声が、私じゃない言葉で紡がれていく。透明な私の手にはいつの間にか長い間表に出なかったあの脇差が鎮座していた。黒い鞘に咲く藤の花が碧藤家を守るものだと主張してくる。でも……どうしてこれは此処にあるんだっけ?また靄がかかる。
『肉体があれば、復讐だって出来る。悪いのはだぁれ?』
悪いのは、悪神よ。紅藤よ。化け物よ。肉体があれば呪うだけじゃない。和とまた一緒にいられる。離れないでいられる。今度こそ、幸せになれる……。
『そう、そうでしょう?悪神・『嫉妬』に触れたことで器としての機能を持ってしまったもう一振りの守り刀なら、此処にあるよ。ねぇ、だから』
私の姿をした悪神が私に手を伸ばす。モノに封印されていたはずのソイツは、そう、私が呼び寄せた『傲慢』。
『この手を取って?』
伸ばされた手を私は、取った。そうすれば、私は、和のところに行けるから。悪神・『傲慢』が私の肉体となり、幽霊だった私の足となり手となる。成長すれば、和と一緒に碧藤家を引っ張って行ったであろう姿に。ねぇ、和。私は君が大好きだよ。ないはずの墓に供えられたお揃いの房飾りと、碧藤家の守り刀。これを持って今から会いに行くから。
『ハハハ、間違えた認識をしながら、ねぇ?』
《悪神・『傲慢』はもはや私のモノで、私自身。だからーー、一緒に死んで》
悪神・『傲慢』と共に私は動き出す。
私達は二人で一つだから、待っててね。
気づけば、あの日から十年が経っていた。
ウチが書く双子は……(以下略)
でも好き……!
はい、そんな茉昼でした。次回は多分、来週です!




