第五十六ノ夢 破壊行為の真実
なにを云っているのか、フジには分からなかった。
「君でしょ?『嫉妬』の妹って」
アダムが嗤いながら言えば、彼の肩に顔を埋めるラスが赤い瞳で弧を描く。異様な雰囲気に呑み込まれていく。アダムの言葉がフジの耳を通りすぎて行く。何処か現実味がなくて、あり得なくて。
「碧藤の後釜になった紅藤だっけ?その一家の殺害を一瞬でも考えたのは君でしょ?死人さん?」
アダムから死人と呼ばれたフジはカァッと頬に熱が集まるのを感じる。その熱は先程まで感じていた恥じらいという羞恥心的なものではなく、怒りからだった。アダムとラス、二人に向けられた脇差の切っ先が怒りでブルブルと震え出す。ローブに刻まれた証が牙を剥く。フジの動揺っぷりにラスが目を細める。その行為すら、フジの神経を逆撫でしていた。
「……なんで」
「なんでわかったかってこと?馬鹿な質問じゃない?」
鼻で嗤うアダムにフジの舌打ちが響く。アダムが何処でフジの正体に気づいたのかは分からない。けれど、非常に危険だということは頭が足りないフジにもわかった。
そう、アダムの言う通り、フジは悪神・『傲慢』を使役するはめになった宿り主であり、和夜の妹だった。確かにそこに存在する妹。双子で生まれた碧藤家を継ぐ可能性を秘めた武術一家の華姫だった。その事実は殺し合いの儀式の場において知っているのは和夜と明石、そしてフジの三人だけのはずだった。もしかすると管理者もなにかしら知っているかも知れないが、此処では割愛する。なのにどうしてアダムはその事実を知っている?しかも後釜のことまで。後釜のことは大和国に問い合わせるか、それこそ国々の頂点かそれ相応の地位にいる者にしか明かされていないはず。もしや、アダムは大和国に行ったことでもあるのだろうか?高貴な身なりと高貴な佇まいからその可能性もなきにしもあらずだが……明らかに年代が合わない。ラスは事実を知っていたとしてもおかしくはない年齢だろうが、アダムは確実に合わない。世代交代という後釜が現れたのは化け物出現による約十年前の出来事。アダムは見た目から推測するに十代前半もしくは十代未満。殺し合いのせいで感覚が狂っているが、明らかに可笑しいのだ。アダムもラスも。しかも、フジが紅藤一家殺害を目論んでいた事実もどうやって知ったと云うのか?混乱するフジを尻目にアダムはまるで謎解きを披露する探偵のように、話を続ける。
「確か、紅藤を皆殺しにしようとしたんだよね?なんだっけ……自分達を不幸にしたからだっけ。ハハッ、馬鹿だし浅はかだよねぇ。もう何年経ったか分かってるはずなのに、自分以外を悪と思い込む。『暴食』とおんなじ」
クスクスとフジを罵倒する言葉を織り交ぜながらアダムが言う。フジは怒りのあまり、彼の心臓に脇差を突き刺したい衝動に刈られたが我慢する。今此処で飛び出せば、全てアダムの手中に嵌まったことになる。そしてラスもすぐそこにいる。攻撃すればフジの敗北は決定的だろう。逃げようにもフジの背後は壁で運悪く玲緒との殺し合いで部屋の奥にまで入ってしまっている。前方には二人がいて、逃げようにも気づかれる。万事休す、という言葉が嫌にフジの脳裏を掻き乱すようにぐるぐると回っている。
「紅藤家には娘が一人いるもんね。成長すれば同年代になるはずだった君と同じ性別の人間が。化け物の襲撃に見せかけて一家を惨殺でもすれば、娘の体が手に入ると思ったんでしょ?そうすれば、誰かが悲しむのに」
「我が主の仰る通りですね」
ラスが同意を示して言えば、アダムは何処か嬉しそうに微笑む。誰かが悲しむ?それは、誰のことを云っているの?私?それとも……和夜?アダムの言葉は鎖となり鋭い刃となり、フジの閉じ込めていた感情と心を抉っていく。此処に死ぬ覚悟で来た理由を、愛している兄を求める理由を『憤怒』が奪っていく。それは何故だと否定していく。それはさながらアダムが和夜に共犯を申し出た言葉巧みな正論に似ていた。そうしてその言葉達は、フジの本当の意思ではないことにフジは気づかない。だって、私は九つのままだから。私は、死んだままだから。
「惨殺すれば、自分と同じになると思わなかったの?嗚呼、だから紅藤の娘が誘拐されたことにも気づかなかったんだ」
「……はぁ?!誘拐……って、ウソ」
「やっぱり、ねぇ」
フジの驚き様にアダムがクスッと笑う。フジはもはやいない妹であり、存在していない。ならば、此処にいて存在しているフジは誰なのか?答えは簡単。魂のみのフジだ。魂のみということは幽霊ということでもある。幽霊であるがゆえに実体がなく、なににも触れることは出来ない。唯一出来るとすれば、呪うことだ。それもフジは魂のみとなってから知ったことだが、フジはーー彼女はそれを利用するしか方法がなかった。けれど、欲しい体は何故か憎き後釜には存在していなかった。その理由が誘拐ならしっくり来る。けれど何故、アダムは、アダムとフジはそこまで熟知しているんだ?全てを見透かし思い通りに動かしている二人を前に、更なる恐怖がフジに襲いかかる。まるで無数の目が彼女を監視しているような居心地の悪さと、不気味さ。嗚呼、これは殺し合いをさせている管理者と神への憎悪にも似ている。
「だから悪神・『傲慢』と契約したんでしょ?うーん、逆かな?肉体が欲しかったから契約した」
悪神はなにかしらのモノに宿り、封印される。『怠惰』は黒百合のネックレス、『強欲』は魂、『色欲』は魂、『暴食』は鞭。そして、『嫉妬』は守り刀であり自我を持った明石。それらは封印を施されたモノであり、悪神の象徴。ゆえに犯した罪を示す。かつては自我を持ち感情を持っていた人間。悪神は勝手に契約を結び、どうにか生きようとする。人間の生存本能の如く。ゆえに宿り主の運命は必然的。けれども時に悪神は宿り主に奇跡を与えることもある。だって、元は人間の、悪神サマだから。
アダムの言葉にフジは心の底から恐怖した。怖い、怖い、怖い、怖い!!!まるで足枷を嵌められたように動かない足と、固定されてしまった切っ先。そして、クツクツと愉しそうに笑う二人はフジには化け物にしか見えなかった。自らの欲望のためだけに喰らう異形な化け物。二人の思考さえ分からない。こちらの思考を手中に取られて弄ばれる。怖い。
「『傲慢』が封印されたのは確かモノではありませんでしたか?我が主」
「そうだよ僕の最高傑作」
「……は、え?」
アダムの肩にまるで甘える猫のようにグリグリと頭を擦りつけるラスに彼は、ポンポンと彼女の頭を叩く。冷静沈着だったラスらしからぬ行動ではあったが、それよりもフジはその先の言葉が気にかかった。「『傲慢』が封印されたのは確かモノ」?なんでそんなこと……?
「でもね」
呆けていたフジはアダムがいつの間にか自分の前に来ていることに気がつかなかった。脇差の切っ先がもう誰にも向けられていないことにも気づいていなかった。アダムが自分の目の前でフードに手を伸ばしてようやっと彼に気づいたが、もう遅い。後方に下がりたくても足は恐怖に震え、脳からの伝令を無視し、たまらずフジは片腕でせめてもの抵抗で顔を塞いだ。そしてその手が黒いフードにかかり、容赦なくフードを外した。フードのなかから現れた色にアダムは「ほらね?」と愉しそうに笑った。
「悪神の宿り主には、たまに血縁関係が混ざる。そうすると悪神の一柱は奇跡を与えることが出来る。宿り主の感情に引っ張られちゃうんだよねぇ。ゆえに起きた珍しいモノの展覧会。長年悪神と共に奉られていたがために、器としての機能を持ってしまったもう一振りの守り刀」
やめて、やめてやめてやめてやめてやめて。言わないで、私の存在を奪わないで。真実を覆さないで。ガクガクと震えてしまう体は恐怖を訴えていて、歪む視界はアダムを睨み付けることさえ困難で。手にしていた脇差はいつの間にか床に落ちていた。
「碧藤が『嫉妬』に手を差し伸べられたように『傲慢』も手を差し伸べた、死んだ双子の妹に。器としての機能を図らずとも持ってしまったもう一振りの守り刀を通じて『傲慢』は契約を果たした……肉体というモノで。そうでしょ?」
アダムの目の前で恐怖に顔面蒼白となり、震えていたのは流れるような藤鼠色の髪。怯える蜂蜜色の瞳には死者のように生気を宿していない。それは目の前の真実を暴くアダムとラスが怖いからだろう。だからこそ、アダムは目を細め、真実の刃を突きつける。
「馬鹿だよねぇ、全部……不幸は全部、悪神のせいだと思い込んで魂を勝手に縛り付けて……悪神が全ての悪だなんて、夢見がちも大概にしてよ。悪いのは全部、君でしょ?」
批判し否定し軽蔑し侮蔑するアダムとラスの瞳がフジを咎める。背筋を駆け上がった恐怖にフジは頭を抱えたまま、膝から崩れ落ちた。
違う、悪いのは私じゃない。悪いのは、そう、悪いのは全部、私達の幸せを奪った悪神という化け物なんだ!私から兄を、和夜を引き離して奪った!だから、だから私は……私は……
「あ、あ……あああああああ」
「愚か……悪神は悪とはつきますが……所詮、神様の自意識過剰なモノなのですよ」
ラスの嘲笑う声はもうフジには聞こえていなかった。彼女の脳裏で彼女の真実を否定するように悪夢が甦った。
『傲慢』『嫉妬』『**』『**』『**』『**』『憤怒』
残り三人
次回も来週です!いやぁ、アダムが怖い(笑)あとフジは結構好きなので此処難しいなぁと思いながら書いてたので、ちょっと頑張った感。




