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ナイトメア・シンドローム  作者: Riviy
四章 正義と悪は何処にもない
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第五十五ノ夢 破壊行為の欲望


「……は?」

「え……あ゛?」

「だから云ったでしょ?そんなんで、勝てるわけないでしょ、って」


なにが起きているのか、分からなかった。フジの口からは怪訝な声が漏れ、赤い血を口の隅から吐き出す玲緒の口からは混乱が零れ出る。大きく見開かれた玲緒の瞳はまるで眼球に赤い絵の具を垂らしたように小さく細く、驚愕と痛みを物語る。玲緒の左胸からは紅く染まった刃の切っ先が飛び出していた。その刃物は誰も持っていないはずの刃で、思わずフジは自らが持つ脇差を見下ろし、そして、破損した刃の欠片に視線を移す。すると、倒れていたはずのラスの足元に転がっていた破片は何処にもなかった。つまり、その破片こそ玲緒を窮地に陥れているもので間違いなかった。ラスは玲緒を後ろから抱き締めるようにして立ち、口角をチシャ猫のように奇怪に歪めて嗤う。ラスは破片を持っていないであろう左手を玲緒の顎に後ろから手を添え、背後に無理矢理顔を向かせる。


「威勢よく吠えてたのは、どっちだろうねぇ、『暴食』?」


フジはその声に面食らった。アダムとラスに出会ったのは和夜と明石を通じて数回にも満たないし、ラスはあまり喋らなかった。けれど、それだけでも分かった。姿はラスだが、声はアダムだった。自分でもなんでそう思ったのかさえ分からない、分からないがフジは混乱のあまり倒れているはずのアダムを探す。そうして倒れたままのアダムを見つけると安心したように息を吐く。ギリッと欠けた破片が玲緒の心臓に容赦なく食い込んでいく。にも関わらず、玲緒が痙攣したり倒れたりしないのは悪神を使役させられている障害とも言えた。


「ふぅん。やっぱりすぐ死なないか。声はもう出ないみたいだけどぉ」


クスクスとラスがアダムの声と口調で玲緒を嗤う。「ねぇ、そうでしょ?」と口がぶつかるのではないかというほど接近した顔をなぶるように見下ろしてラスが言う。ラスが声を発するたびのフジは困惑し、倒れているアダムとラスを交互に見てしまう。どちらが、どちらが本物?そんなフジの心情の混乱など知ったことかと、ラスは乱暴に玲緒の顎から手を振り払う。玲緒は左胸の痛みに体の動きが鈍くなってしまったのか、払われるがままだ。まるで操り人形のように首をカクン、と動かせば玲緒の口の端から垂れていた血が床に小さな水玉を作り出す。玲緒は痛みに体中を支配されながらもなんとか足をジリジリと動かし、鞭に爪先をぶつける。そして、残った力を振り絞り足を蹴り上げる。空中に飛び出した鞭に懸命に手を伸ばせば、背後のラスが嘲笑うようにクスッと微笑む。ラスが容赦なく破片を()()()()()()()()、痛む体にそれこそ鞭打ちながら玲緒は鞭を奪い取り、無我夢中でラスを振り返った。恐ろしいほどまでに血走った瞳にフジが入ることはない。ただ玲緒の脳を埋め尽くしていたのは、背後を取られた屈辱と、自分を馬鹿にした彼女の物言いだった。自分でも正義と悪に拘り続けておいて、何故そこまでアダム(ラス)喰らいたい(殺したい)と願うのか。自分の奥底に隠された欲にさえ玲緒はもう気づいていなかった。


「……っ!…………っっ!!」

「悪神を使()()()()と殺し合いで簡単には死ななくなる。つまりは回復力が増すんだよね。でも、『暴食(獅子玲緒)』の場合は正義と悪を喰らうことで生命力を得ている……嗚呼、あとは帝国の実験の成果?」


恐らく唸り声を、ラスに向かって罵詈雑言を吐いているのだろう玲緒にラスは悠々自適と云った様子で淡々と喋る。そのラスの左腕がまるで人形のように真っ白で関節には球体がはまっていることに気づいたフジは一人驚愕しながら、ゆっくりと後退りしていく。エル帝国の話は知っているが、いるが玲緒が実験台になっていたなんて分かりっこない。確かに殺し合いを受け負った傷は悪神と契約しているせいか、比較的治りが早い。だが、玲緒のはその域を越えている。心臓は確かに射止められた、なのに何故あんなにも動けるのか?嗚呼、悪神が仮に神と云うならば宿り主は化け物だ。ただただその欲のために死んでいるにも関わらず、殺し続けるのだから。()()()()()()()

唸りながら、同じように鞭をしならせラスに攻撃する玲緒を彼女は淡々と、フジが知る主従関係をよく理解し主の命に従うラスとは違う冷えきりながらも愉快さを隠しきれない声色で嘲笑いながら軽々とかわしていく。そしてその右手にはやはり、玲緒によって破壊された刀の破片が握られていた。玲緒の血とフジの血を吸って破片が真っ赤に染まっている。


「共和国、『怠惰』の方でも人体実験はやってるけど、まさかエル帝国が侯爵家の人間にまで実験を行っているなんてねぇ!ハハッ!どっちが正義で悪なんだろうねぇ『暴食』?丈夫にされて暴かれた精神が今此処で君を死なないように苦痛にも繋ぎ止めている……皮肉じゃない?」

「……っ」

「嗚呼、そうだった。君は今、心臓を貫かれたから声が出ないんだった。それとも……()()()()()()()()()()()()()()()()わけじゃないよね?悪神・『暴食』」


何を云っているのか、分かるのはもはやラスだけだった。いや、彼女はラスではなくアダムなのでは?嗚呼、もう分からない。

今にも倒れてしまいそうなほどに顔を青白くした玲緒は無我夢中で鞭を振るう。だが、心臓を貫かれ、息も絶え絶えになった玲緒がラスに勝てる確率などありもしない。ただ鞭を振るわないと倒れてしまう、そう云うように玲緒は鞭を振るうが全てラスに簡単にかわされてしまう。大きく振り回された鞭は到底先程までフジを追い詰めていた玲緒の鞭捌きには見えない。だからこそ、大きく振り下ろされた一撃は簡単にラスに掴まれてしまう。人間ではない生気を失った肌に金属が当たり、ギィギィと嫌な音楽を奏でる。鞭を掴み、ラスは興味深けな声を出す。


「ふぅん、やっぱり、モノか。持ってるからそこまで力が出るのかも?嗚呼、でも能力は使ってないから……たまたま利害が一致しただけだね」

「…………」

「だから」


ラスは無表情の瞳に爛々と殺意と愉悦を張り付け、アダムのように口角を上げて微笑む。美少女のようにも美少年のようにも見える微笑が玲緒に襲いかかる。


「モノを壊せば君は負ける(死ぬ)


ギュッと音がしたのはラスの手中だったのか、それとも玲緒の傷つけられた心臓だったのか。ぶるぶると震える玲緒の手にラスは微笑む。憐れむように、嘲笑い見下すために。そして、ラスは片手に持った破片を動きの鈍いラスの首筋に向けて振り下ろした。白くなった肌に突き刺さった破片は玲緒の皮膚を裂き、血を滝のように滴らせる。それでも玲緒は死なない……かと思われた。ラスが掴んだ鞭を勢いよく手前に引き、片手だけで引き裂いたのだ。どれほどの握力をしているのかと目を疑ってしまう光景ではあったが、もはや規格外である殺し合いのこの場ではなにがあっても可笑しくはなかった。パリンッと金属がガラスが割れるように音を響かせて飛び散れば、引き裂かれた鞭共に玲緒が首筋に破片を突き刺さったまま崩れ落ちる。獅子が、足元を掬われて消えていく。自らの正義を喰らった挙げ句に彼女は悪を承諾し増幅させてしまった、アダムとラスという悪なる正義を。自らの血の水溜まりの中に落ちていく命が本当に事切れたのかどうかは分からない。指先さえも血の海で動かない。まるで玲緒こそが牢獄に囚われた者のようで、哀れとも云えた。


倒れ行く玲緒をケラケラと嗤いながら見下ろすと、ラスは腰が引けているフジを振り返る。もしかして、自分を攻撃するのではないかとフジが身構えているとラスはそんなフジを鼻で笑った。馬鹿にされているように感じてしまい、フジは噛みつくように言う。


「君はっ、誰……?」


フジの問いかけと警戒の色にラスは再び鼻で笑う。笑うと途端に先程まで表情豊かではあるものの、何処か感情がなかったラスの顔から今度こそ感情が消え失せる。するとその時、フジの背後で物音がした。なんだとラスから視線を逸らすことなく、フジが音をした方向を見る。その方向は先程までアダムが倒れていた場所で、倒れていたアダムがゆっくりと起き上がっているところだった。起き上がるアダムの片目はローズ色をしているはずなのだが、フジには赤く見えた。ラスが起き上がったアダムのもとへ玲緒の亡骸の脇を見ることもなく横切り、近づく。そうして彼の片腕をグイッと引っ張り上げ、アダムに刃物が当たらないように後ろから抱き締める。その体勢は玲緒を葬った時と似てはいたが、無感情なはずのラスはまるでアダムに甘えているようだった。そしてラスの甘えをアダムは気にすることもなく当たり前のように受け入れている。主従関係ではなくまるでリーラとローズのような恋人関係のように見えてフジはカァッと頬に熱が集まるのを感じた。


「僕?僕はアダム。悪神・『憤怒』を使役する者。君は『傲慢』だね」


アダム本人が、フジもよく知る口調で話す。ラスがアダムの声と口調で話していた場面を目撃したせいで違和感が拭えない。


「『暴食』はある意味危険。だからこそ、実験ドーピングにも関係していた。あそこまで死なないで()()()()()()()()なんて……()()()『暴食』は頭筋が多いよねぇ。そんなんだから自分に殺されるのに、宿り主も悪神も」

「左様でございます、我が主(マスター)


ラスが無感情な声色でアダムの右肩に頭を乗せ、二人して笑う。意味深げな言葉の羅列にフジは訳が分からず、首を傾げるだけだ。フジの怪訝そうな表情を無視し、アダムは人当たりの良さそうな笑みを浮かべる。


「『傲慢きみ』が此処に来ることも分かってたよ。()()()()()()()……君でしょ?『嫉妬』の妹って」


人当たりの良さそうな笑顔が悪魔の笑みに変貌した。

アダムとラスはある意味怖いし、玲緒もある意味ちゃんとした『暴食』だったのかもしれませんね。

次回も来週です!

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