第五十二ノ夢 破壊行為の真相
フジは部屋のなかで展開されている出来事にフードのなかで目を大きく見開いた。だって、あの『憤怒』が殺されそうになっているだなんて……!フジには想像出来なかった。アダムは多分和夜となにか繋がりと云うか、結託ではないがなにかがあるとフジなりに考えていた。もちろん、最期には殺し合いをするのだろうが、まさか彼がこんなところで殺されそうになっているとは思わなかった。無惨にも足が取れ表面のガラスが床に飛び散ったテーブルの上に倒れ込んだアダムを『暴食』が押さえつけるようにして馬乗りになり、彼の細い首に片手を添えている。殺されそうになっているアダムに抵抗の様子は見えないが、まだ死んでいないのは確かだ。理由としてはフジの視界に入ったアダムの足が痙攣するように動いたから。フジはハッとしてなかを見ると揉み合うというか緊迫の二人の少し後ろの壁でアダムの従者であるラスが壁に寄りかかって座っていた。白い首筋と白いエプロンには彼女の血かそれとも別の誰かの血か、紅い筋が垂れている。気絶しているのか顔を俯かせ、主人の危険に気づくこともない。
「(……普通は、見捨てる)」
胸元で両手で刀を握り締め、フジは考える。普通ならーー此処での普通なら願いを叶えるために人の死さえも利用する。此処では敗北こそが死。利用こそが善。だからこそ、化け物に囲まれている時、部屋から脱出する際、和夜はアダムとラスを利用した。それが最善でアダムを知っていたから。でも、フジはアダムのことをよく知らない。いや、全員知らないのだ。和夜と明石以外のことを。殺されるなら殺されてしまえば良い。そうすればフジと和夜の手が省ける。なのに、どうしてだろう?フジの心に渦巻くのは、ないはずの記憶。救いを求めて泣き叫んでいた愛する家族の記憶。死んだ両親と生き残ってくれた兄妹。それが目の前の構図と重なる。殺されそうになっているのは誰だ?救いを求めているのは誰だ?あそこにいるのは、誰だ?
「(……狂ってる)」
クスリと笑ったフジの嘲笑が誰を示しているのかなんて、聞かなくても分かってしまうのはなんででしょうね?フジはゆっくりと鞘から刀を抜き放ち、音を立てないように部屋に侵入する。和夜と明石が殺し合いをしていなくて良かったと思う反面、『暴食』に一矢報いてやりたいという気持ちもあった。なにせ『強欲』の時も初対面の時もさんざんお世話になったのだ。 少しくらいお返しくらいしたって文句は言われないだろう。というか言われても問答無用でその口に詰め返す。それにアダムは和夜と繋がりがなにかしらある。それを考えるに今助けたら少しだけ融通を効かせてくれるかもしれない。なんてことをフジは呑気に考えていた。だから気づいてもいなかった。部屋に侵入したフジを玲緒の肩越しから見つけたアダムがうっすらと口角を彼らしからぬ表情であげ笑ったのを。
……*……
「ふふっ、あれだけ啖呵を切っておいてこのザマとは……少々まいってしまったよ私の方が」
「…………」
「……口も聞けなくなったのかい?まぁ、あれだけ言っておいてこのザマなのだし、よほどプライドが傷ついただろうね」
ギュッと鞭を持っていない片手で玲緒がアダムの首を絞める。何度も、そう何度も殺ってきたお仕事。黙らせ鈍らせそして、死を与えて自らの食事とする。それが玲緒のやり方。けれど、玲緒はちょっとだけ落胆していた。アダムは玲緒のなかでも結構の曲者で頭脳派だと確信していた。ラスという人形を連れた可笑しな生け贄。興味を持たないはずもなく、また彼の正義も悪も興味深かった。だが、所詮悪神を使役するはめになった子供でしかないということか。玲緒は落胆のため息をついてアダムを見下ろす。ローズに染められた瞳はまるで玲緒の欲を掻き立て暴くように彼女を見据えている。嗚呼、うまそうだ。玲緒のなかの獅子が獲物を前に牙を研ぐ。玲緒はさらに片手に力を籠め、アダムの首を絞める。ヒュッと息を吸う音がアダムの口から漏れ聞こえれば、玲緒はうっすらと微笑むのだ。
「さあ、食事としよう……」
玲緒はニィと微笑みながら、自分の下で抵抗もせずに死を待つ愚かな少年の首筋に歯を立てようと口を近づけて、
「……こっわ」
止まった。背後から感じる微少な殺気とカリャリと鳴る金属の擦れる音。素早く玲緒は壁に寄りかかるラスを確認すると彼女は病人のような腕をさらしたまま身動きすらしていなかった。まるで死人のように動かないラスに一瞬本当に壊れたのかという疑問が玲緒の頭を過るが、今はそれどころではない。ラスが攻撃しようとしているわけでもなく、アダムがなにかしようとしているわけでもない。では一体、誰が?その時、玲緒の耳に空を切る音が響いた。次の瞬間、玲緒は片手の鞭を音が聞こえた方角へ振り回しながらアダムの首から手を離し、彼が逃げないよう溝尾を一発靴の踵で殴って振り返る。視界の隅でアダムが痛みを堪えながら呻き軽く痙攣したのを見届けて玲緒はきちんと振り返る。恐らくアダムは気絶しただろう。そうして前を向いた玲緒の目の前にいたのはローブに身を包んだ人物ーーフジだった。銀色に輝く刀身が玲緒を狙い、ライオンが描かれているローブからは今にもそこから飛びかかって来そうな迫力がありつつ優雅さを演出する。何故フジがいるのか、玲緒には分からなかったが、大方音を聞いてやってきたのだろうと想像し、軍帽の鍔を掴み深く被り直す。
「おや、貴殿は確か……『傲慢』だったかな。なんの用だい?」
「……君に、一矢報いてやる、のも……面白いでしょう?」
フードから見える口元が弧を描く。何処までも貪欲な感情に両者の心が踊ったのは、きっと望んでいたから、相手の死を。バシンッと鞭が床に引っ掻き傷をつけて行く。床を抉る勢いがアダムとの殺し合いの白熱さを物語る。驚くほどの殺傷力を持つ鞭にフジは軽く顔をひきつらせるが、気を引き締めて刀を握り締める。『暴食』に一矢報いてやったあとの快感を想像して頬が綻んだのは玲緒も同じだった。
「そうかい、なら……貴殿の正義も悪も喰らわせておくれ」
バシンッ!床に叩きつけられた鞭が空中に躍り出れば、フジも後方に飛び退く。空中で振り切られた一撃はフジを狙って縦横無尽に振り回される。天井のライトで鞭に編み込まれた金属が煌めく。フジは体勢を低くし、片足を軸に回転して玲緒の攻撃をかわす。そして一気に低い体勢のまま、玲緒の懐に潜り込む。刀を斜め上に振り切れば、玲緒は大きく頭上へと跳躍すると背後の壁を勢いよく蹴り上げてフジの攻撃範囲から抜け出す。フジの背後に着地し、フジが振り返るより早く鞭を振るえば、玲緒の動きに翻弄されてしまったフジは動きが遅れてしまう。しかも自分の後ろにはアダムがいる。まるで庇っているような意図しない構図に思わず、フジは刀を振り上げきれなかった。そのため、玲緒の鞭は刀身に蛇のように巻き付く。ギシッと嫌な音がフジの目の前で響けば、玲緒が愉快げに口角をあげ、鞭を自らの方へーー手前へと強く引っ張れば鞭を構成する金属が刀身と擦れ、ピシッと強烈な力に耐えきれずヒビを入れる。
「っな!?」
「嗚呼、悪いねぇ。これでも私、力が強くて幾度も武器をうっかり壊してしまうことがあってねぇ……それか、貴殿の武器が」
パキッ。
さらに嫌な音がフジの耳に入る。目の前で銀色の刀身がガラスのように簡単に儚くひび割れていく。あり得ない。だが、此処ではあり得る話で。鍔に刻まれた判別不能の模様がフジを追い詰めるように躍り狂う。そして、ひときわ鋭い甲高い悲鳴をあげながらフジの持つ刀は真っ二つに割れた。
「弱いからかな」
明らかな侮辱と失笑がフジを包み込む。フジは驚愕に目を見開きつつ、笑う玲緒にフッと笑い返した。それに玲緒が不思議そうに首を傾げる。と、その時、スッと鞭から重みが消えた。なんだと玲緒が横目に見れば、鞭に絡め取られていたのはひび割れた刀身部分のみだった。カランッと割れた片方が床に落ち、跳ね返れば玲緒は咄嗟に後方に飛び退いた。
「面白い」
「……弱くはないよ」
飛び退いた彼女を嘲笑うようにフジは微笑み、ローブの中からあの黒塗りの鞘を取り出す。鍔と掴み手部分しかなくなったそれを鞘に収め、
「だって、家の、家宝だから」
一気に引き抜いた。すると先程破壊されたはずの刀身が白銀を帯ながら出現した。判別不能だった鍔には一輪の花が咲き誇っている。刀身の長さは先程より少しだけ短く、脇差のようだった。新たな武器の出現に玲緒は鞭で絡め取った刃物を取り除き放り捨てると言う。
「面白い仕掛けだねぇ。『憤怒』のラスのようだ」
「……ただ、仕込んであっただけ……体の一部を使って、ね?」
フジの意味深げな発言に玲緒は愉しそうに目を細めた。つまり、何度でも食せると云うことだ、と云うように。仕組みなんて、どうでも良い。ただ、両者共に殺せれば問題なかった。相手の能力も悪神も。だって此処は殺し合いの儀式。嗚呼、だからこそ、異変に気づかない愚か者なのだ。
次回はいつものように来週です!色々出てくる……結構重要な章です。




