第五十一ノ夢 破壊行為の善意
大切な、愛しい人のためのの行為。自分を守り、慈しむための行為だったそれらは、端から見れば殺意と対して変わらない。だって、明石は奪われたと思って自分のために行ったのだ。これを悪として、正義としてなんと言おうか。
「だからボクにとってはその行いは大好きだった養子への正当な愛情であって正義だった。それを悪と見なされてもボクにとっては正義。世界にとっての罪でも、ね。これがボクの……ボクが悪神・『嫉妬』になった過去のこと」
明石の言葉は正論でいて事実。明石の過去の話に和夜は驚き目を一瞬大きく見開いたが、その目は次第に優しさを帯びていく。例え、明石がどんな悪人であろうとも自分は受け入れた、信じている、それだけで十分だった。
「話してくれてありがとうな明石」
穏やかな笑みを浮かべる和夜に明石はくすぐったそうに肩を竦める。そうして、以前、和夜が言ってくれたことを思いだし、ホッと胸を撫で下ろした。
「……俺も似たようなものだから」
「えっ?」
ポツリと呟かれた和夜の言葉を明石が拾い上げる。和夜は聞いてほしいと言わんばかりに明石を振り返り、袖に描かれた藤を指先でなぞった。そして、腰に帯刀した刀を優しく撫でる。
「……俺も、家族や兄妹がいる人達にそういう感情を抱いたことがある」
道行く幸せな人々が目に入るたびに思っていた。なんで俺は奪われたのに、あいつらは笑顔なの?なんで俺にはもうなにもないのに、あいつらは幸せそうなの?家族を失い、幸せを失い、妹を失い、描いていた未来さえも失った、奪われた。それは裏切られたとも言えて。全てを拒絶しなければ、全てを妬んで奪おうとしてしまっていた。それほどまでにあの時の俺は弱かったから、だから、
「嗚呼、だから俺は『嫉妬』を選んだんだろうなぁ」
「ボクが、和夜の前に現れたと時みたいに? 」
「嗚呼」
手を差し出してくれたように、守り刀が力を貸してくれた。だから、それで良い。悪神が勝手に使役させるのならば、それを支えにしたって良いでしょう?彼らは、俺達は依存という欲を支え合わなければ生きていけないのだから。不老不死というミーヴァを願った『怠惰』も宝石を欲した『強欲』も、二人だけの愛を誓った『色欲』さえもきっと全員がそうであって、ちょっとだけ違う。此処は、この最悪な儀式はそんな生け贄の感情を浮き彫りにして殺していく。それが、神様という頂点であるから。絶対正しい事柄であるからこそ。
「ところで気になってたんだが、明石は守り刀に封印されて碧藤に辿り着いたのか?」
明石が封印されているとされる守り刀を示して和夜が言えば、明石は「うん」とう頷き、手探りで守り刀の柄に触れた。
「気づいた時、っていうか自我が芽生えた時にはね。和夜のお父さんが『触るな』って言ってた理由は分かんないけどね。ボクらの時間の流れは微妙に世界と異なってる。目が覚めたら奉られたってことでも合ってるよ」
ケラケラと笑って明石が言う。殺されたのかさえ微妙に曖昧で、数百年も前のことだ。正確に覚えているはずはないだろう。けれどこうして出会えたと思えれば、ちょっとだけ嬉しくて。どうして「触るな」と父親が言っていたのか、和夜はちゃんと聞いておけば良かったなぁと脳裏の片隅でふと思った。あの時はまだ九つ。碧藤家の内情に深く触れるのにはまだ早いという考えだったのだろう。だが今は、深い部分さえもわからない。全部、化け物によって真っ赤に燃えたのだから。少しだけ昔を思い出したせいか、なんだかドッと疲れというか怒りが体の底から沸き上がってきて和夜を眠りの底へ引き込もうとする。無意識のうちに片手で刀を腰から外せば、それに気づいた明石が言う。
「寝る?」
「悪い……疲れて眠い……」
「まぁ連日殺し合いに引き出されてからの、『色欲』だったからねー」
「はい、回収~」と和夜の手から明石が刀を奪っていく。そしてサイドテーブルに優しく置くのを横目に和夜は重力に逆らいきれずにベッドに身を委ねるために横になる。本当は、まだ明石と話したいことがある。違和感を感じるフジのことで。悪神・『傲慢』を使役するはめになっている恐らく彼女。出会った時から感じてる懐かしい感覚は、多分合っていて。でも間違っていて欲しくて。じゃないと、悪夢は、絶望は、今は。
「和夜」
白い包帯が巻かれた目が和夜を優しく、安心させるように見下ろしてくる。安心感を与えるのは明石を心の底から信頼しているからに他ならない。ただ見守るような明石の声に和夜が蜂蜜色の瞳を細める。
「休んでも良いと思うよ。キミが気に掛けていることは寝てからでも遅くはないでしょ 」
「……そうか?」
「うん、そうだよ。ボクも一休みしたいし。それに、大丈夫」
なにが大丈夫なのか、わかるのはきっと和夜だけで。明石の言葉に和夜はクスリと笑うと頷く。まるで親を見つけた迷子の子供のように暖かくも微笑ましい微笑。その笑みが容易く奪われることを知っているからこその、絶望と希望。横になった和夜の隣に当たり前のように座った明石に和夜は見ずに後ろ手で毛布を掴むと明石に投げ渡す。明石は毛布を一瞬キョトンとした表情で受け取る。と、ニマァと嬉しそうに頬を綻ばせて毛布を体に巻き付けてくるまる。しかし、和夜がなにもかけていないことに気付き、自分が使っているベッドに身を乗り出すと毛布を取り、彼にふわりとかけてやる。自分ではなくて互いを思いやりすぎてくすぐったい。
「おやすみ」
「おやすみ」
一時の夢という善意に身を委ねたまま、死にたまえ。
……*……
「……殺したい」
陰鬱とした殺気にまみれた声色が思わず口からついで出てしまった。一瞬、自分の口から漏れたことに気づかず、周囲を見渡し自分しかいないことに気づくと、「嗚呼……」と少しだけ高い声が納得の声色を紡いだ。戸惑いつつも納得を紡ぐのは自分が憎しみを持っているからで、愛しているからでしかない。
フジは和夜と明石と分かれたあと、一人で部屋にいるのがなんだか億劫になり目的もなくさ迷い歩いていた。何処からか他の宿り主が現れるか分からないし、『色欲』との殺し合いで疲れているはずなのに二人とわかれればその疲れは四散してしまっていた。むしろ、殺し合いをしていた時よりも脳が明瞭に澄んでいる。意識がはっきりとして、高揚している。今すぐ殺したくて仕方がない!そう言わんばかりの心臓の高鳴りが、フジの口からポロリと心情を吐き出させていた。
「……殺し、たい……ふふっ」
もう一度殺意を口にすれば、フジは笑いが止まらない。だって、これが今の私なんだもの。可笑しいはずがないでしょう?埋め込まれたように甦る記憶にフジは嬉しそうに恍惚に頬を染めながら廊下を歩く。
「いつ?嗚呼……でも、すぐは、ダメ……悲しませちゃう」
誰が悲しむのか、それはフジにしかわかっていないし考えてもいない。ただ殺せれば良いのだ。全ての元凶であり原因である悪神を殺せれば、フジにそれ以上の喜びはない。カツカツと踵を響かせながら廊下を歩く。行き先は決まっていない。ただ、胸に巣食う殺意を発散したかった。
「念入りに……念入りに」
フジの口調に戸惑いはなかった。和夜や明石と話している時のような少しだけ片言になった喋り方ではなく、淡々と滑るように言葉を紡いでいくフジは端から見れば別人に見えただろう。それもそのはず。無意識だった。フジは押さえきれない殺意によって戸惑いを孕んでいた口調からもとの口調へと解放されつつあったのだ。そのことにフジはもちろん気づいていない。その時、考え込むフジの耳にガシャン……となにかが割れる音が響いてきた。考え事を一旦停止し前方を見ると扉が半開きになった部屋があった。そこから少しだけ光が漏れており、時折光に当たって影が廊下に浮かんでは消えている。大方誰かが殺し合いをしているのだろうとフジは楽観的に思い、来た道を引き返そうかと踵を返しかけて
「……あれ?」
止まった。あの部屋にいるのは誰であろうがフジには関係ないが、もしあそこで殺し合いをしているのが和夜と明石だったら?可能性がないわけではない。二人とわかれてから部屋に入るまで見たあと、自らも部屋に入って少ししてから出た。此処は道が複雑に絡み合っていてまるで木の枝のように伸びている。もし、自分が部屋にいる間に、もしくは部屋を出たあとに二人が外出していて巻き込まれていたとしたら?サァ……とフジの顔から血の気が引いていく。あり得ない話ではない。『暴食』と『憤怒』が何処にいるのか分からない以上、どちらかと殺し合いをしている可能性も十二分にある。なにせ、『暴食』は此処に初めて来た頃、フジを狙っていたのだから。最近結託した二人に目を付けても可笑しくはない。
「どう、しよ……!」
まさかの可能性にフジは戦慄し、踵を返して部屋がある方へと引き返す。可能性は二分の一、確かめるしか方法はない。フジは和夜達が殺し合いをしていないことを祈りつつ、光が漏れ出る部屋へと腰の刀に手を添えて慎重に近づく。中の様子を確認すべくガラス張りの扉を押す。ギィと不気味な音と共にフジの視界に真っ白な壁が入る。壁には等間隔で風景画が飾られているが所々に大きな傷が亀裂となって走っている。焦げ茶に塗られた床にも大きな爪痕が残っており化け物もしくは殺し合いの凄惨さを物語る。誰もいない?もう少しよく見ようとフジは顔を部屋のなかに突っ込む。そして、
「っ!?」
目を見開いた。無惨にも足が取れ表面のガラスが床に飛び散るほどに破壊されたテーブルの上にアダムが倒れ込んでいた。その上に玲緒が馬乗りになるように身を乗り上げ、片手は彼の細い首に添えられているという、まさに殺し合いが展開されていた。
人によって正義は変わる。それは悪だって同じこと。
次回も来週ー!フジが動きます!




