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ナイトメア・シンドローム  作者: Riviy
プロローグ 終わりの悪夢
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第四ノ夢 混乱


頭がガンガンと金槌で叩かれているかのように痛い。鼻と口辺りに感じる濡れた感触に和夜は腕でその部分に触れようとして、視界が真っ暗であることに気がついた。だんだんとぼんやりしていた視界がクリアになっていく。いまだに混乱を示し、動きが鈍い体を懸命に叱咤して動かすと和夜は鼻と口辺りを袖で拭いながら片手で触れた冷たいものーーおそらく壁を杖代わりに立ち上がった。まだ頭が痛い。霧に包まれているかのような、ふわふわとした感覚に思わず背中を壁にぶつけてしまう。その衝撃で刀が甲高い声をあげる。

そうだ、俺は……?

クリアになっていく思考の中、和夜は懸命に自分が気絶した経緯を思いだそうとする。そう、確か明石と食糧調達に来て、変な集団に会って……そこで化け物が来て。それで……それで、変な集団(あいつら)に薬品を嗅がせられたのだと思う。化け物の出現で混乱していたとは言え不覚だった。情けなさに自分に腹が立つ。腹が立ったところで和夜は足元が妙に波打っていることに気がついた。まるで波打ち際だとでも言うように和夜の足元に水面が漂っている。冷たさはないので床の下が水面になっているのだろう。明石も心配だが此処は一体?そう思いながら和夜は顔を上げ、息を飲んだ。そこはまさしく異空間だった。何処までも高い天井には星空と青空が共存し、地面は動いていると錯覚してしまいそうになるほど美しい水面。そして、この空間は円形闘技場を模しているらしく、円形をしていた。和夜から見える位置、六ヶ所にはポッカリと口を開けた入り口がありその上にはそれぞれエンブレムが刻まれている。エンブレムは和夜から見て左側からライオン、熊、狐、さそり、蝿、狼が刻まれており、入り口近くには和夜と同じように混乱の表情を浮かべる男女数人が立っている。だがその中に明石はいない。


「……誘拐事件か?」


明らかに人数が多い。だが仮にそうだとしても意味不明な神秘さえ感じる不思議な空間に拉致する理由も、武器を奪わない理由もわからない。思わず口から漏れた単語を頭の隅に追いやり、和夜は明石を探す。まだ少しだけ嗅がされた薬が効いているのか足元がふらついてしまい、壁伝いにしか歩けない。フラッとよろめいた体を壁にぶつけるようにして支えると和夜の目にエンブレムが入った。どうやら和夜が倒れていた後方が入り口だったようで上の壁にはとぐろを巻く蛇が描かれている。


「あ、気がついた?和夜」

「明石……!」


蛇のエンブレムが描かれたさらに上、平らになっているのかそれとも円形闘技場のように観客席があるのか、そこに明石が腰掛けて足を放り出していた。何故そんなところにいるのか和夜には分からなかったが、ひとまず怪我がないようで安心した。


「良かった、無事だったのか」

「うん。和夜は大丈夫?」

「嗚呼、なんとか。それより此処は何処か分かるか?」


安心した笑みを浮かべる和夜に明石は包帯が巻かれた目元を大きく歪めて笑う。その笑みが和夜の問いかけの答えを示している。けれども和夜には分からなかった。それに気づいた明石が何処か歪んだ、憐憫やらなにやらごちゃ混ぜになったよく分からない表情を浮かべ、口を開こうとした。その時、遥か後方に異様なものを感じた。咄嗟に和夜は背後を振り返った。円形になった空間ーー部屋?ーーの真ん中、中央に先程まではいなかったはずの人物が立っていた。いや、本当に人物か?何故か生気を感じないまるで幽霊のような人物にそこにいる全員が警戒する。実際は幽霊ではないので足はちゃんとある。頭からすっぽりと覆う白いヴェールは結婚式の花嫁のようで人物の顔も表情も隠し、人物の体格も隠してしまうほど長いが、それも腰辺りまでの長さだ。服装はパッと見だが巫女が切る和服のようにも、狩衣のようにも見える。その人物は自分を訝しげに、奇妙なものを見るように遠巻きにする彼らを見回し、演説でもするかのように声を張り上げる。テノール辺りの声が不思議な空間に響けば、背筋が未知のものに恐怖する。


「ようこそ、いらっしゃいました。私は管理者。君たちは悪神と契約している生け贄です。生け贄同士、殺し合ってください。最期の一人だけが、生きて帰ることを許されます」


何言ってんだ?

和夜は愚か、そこにいる全員がなに言ってんだ?と首を傾げ、頭にはてなを浮かべていた。全員のうち数人は意味が分かるのか、うっすらと微笑んだり苦笑を浮かべていた。混乱の表情を浮かべる男女を人物ーーおそらく青年か男性辺りはヴェールの下から見回すと少しだけ可哀想なものを見るような、同情の眼差しを向ける。その眼差しが謎の集団と重なって和夜は居心地が悪かった。


「意味が分からないのは当然でしょう。もっと分かりやすく言えば、君たちは今から殺し合いをしてください、最期の一人になるまで。それがこの神聖な、神と世界を保つ神聖な儀式なのです」

「はぁ?意味分かんない!」


狐のエンブレムにいる少女が苛立ちげに叫ぶ。ふんっと腕を組み、ツンと人物ーー管理者からそっぽを向く。確かに少女の言う通りだ。意味が分からない。


「ですがこれは決定事項です。君たちに拒否する権限はない。悪神と契約しているのですから。寝食住に娯楽は全て差し上げましょう。しかしその代わり君たちに命の自由はございません」

「悪神ってなぁに?」

「勝手に決められちゃあ困るねぇ」


蠍と蝿のエンブレムの下にいる二人が言う。一人は小さなガラス製の棺を愛おしげに撫で、もう一人は訝しげにしかし何処か狂喜染みた笑みを浮かべながら壁に寄りかかっている。その二人の言い分をきっかけに他の数人がそうだそうだ!と騒ぎ立てる。なにも分からない、なにも理解できない。神と世界を保つ神聖な儀式?化け物が現れて救いを込めた祈りに答えなかったと言うのに?殺し合い?馬鹿げている!混乱する状況に和夜が明石を見上げれば、明石は管理者と名乗る人物をじっと見つめていた。いや、ずっとそちらを向いていた。


「生き残るだけ?それじゃあ、比に合わない」

「なにも説明なしにただ殺れとは……」


また別の二人が異義を唱えれば、管理者は見える口元だけを不満げに歪める。その不満は自分が言っていることを理解していないことに対するものか、それとも別か。和夜には分かりっこない。管理者は「はぁ」と肩を竦めるとヴェールを揺らし固い声を出す。


「こうなるのは想定済みですし……ではこうしましょう。生け贄同士殺し合い、最期に残った一人には生きる権利と共に出来得る願いを叶えましょう」

「……出来得る願い、って……」


管理者の言葉に誰かが声を漏らせば、管理者はにっこりと口元で笑みを作った。その意味を正確に分かるなんて出来ない。ただ、殺し合いという極限の強制の中に加わった生きる権利以外の欲望。集められた、拉致された彼らを駆り立てるのは生と欲だけで充分だった。一人が欲にまみれた目を隣にいた別の人に向け、牙を剥けば、連鎖的に空間内に悲鳴が広がる。混乱し、驚愕し、発狂し、そして自らが持つ感情を露にして生にしがみつく。逃げ惑い、殺し合いを始める彼らを見て和夜は体が固くなり、動かなくなる。なにがなんだかわからない。怖い。誰も彼もちゃんと理解はしていない。けれど、ただ、目の前の現実にしがみつく。現実逃避の果てに、真実かどうかも確証もないのに。カッといつの間にか背後に後退りしていたらしく刀が壁に当たる。上の方に座った明石が愉しそうに足をぶらぶらさせるのが視界の隅に入る。それだけが現実のように見えた。そんな彼らを横目に管理者は平淡な口調で言う。


「悪神は、分かるでしょう?その身に、もしくは身につけ、契約をーー宿しているのですから」


そして管理者は消えた。闇に呑まれるように、床下の水面に吸収されるように。管理者が消えてもそこに充満する殺伐とした空気は消えない。まるで感染したように一人、また一人と一時期の殺し合いに身を委ねていく。誰かの視線を感じて和夜が顔を上げれば、謎の集団のような格好をした人物と目が合った。だがその人物は別の人に攻撃され、撤退するとエンブレム下に広がる入り口へと逃げ込んで行った。エンブレムはライオンだった。


「あーもう()()()()()だったんだぁ」


酷く納得した口調でよいしょと声を出しながら飛び降り、和夜の真横に着地する明石に彼は「え……?」と呆けた声をあげる。


「明石……なにか、知ってるのか?悪神……これは、一体……?」


なんなんだ?和夜の問いは混乱と殺気の中に消え、声にすらならない。約十年間の親友の言葉に和夜は声をかける。明石がなにか知っていることに疑問も疑心もあったがそれよりも先にこの混乱を払拭したかった。まるで救いを求めるように伸ばした和夜の手を、迷った子供がすがるように伸ばした手を明石は両手で優しく取ると言う。その優しさは美しい華を愛でているようでもあって


「悪神は武器や魂に宿った、かつて封印された罪人のこと。つまり、ボクだよ」


簡単にへし折ってしまうほどの残忍さを合わせ持っていた。にっこりと無邪気に笑う明石の笑みがいつも通りで余計に現実味を帯びていて。衝撃的な事実に和夜の脳裏で火花が散る。嗚呼、今なら分かる。あの時感じた未知なる恐怖はきっと、このことを指していたのだと。

知るはずもない十年来の真実ひみつは、殺し合いと共に開かれた。

そしてようやっとプロローグ終了!です!次回は来週です!さてどうなるか!

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― 新着の感想 ―
[一言] スリリングな展開がテンポ良く展開されていて色々勉強になりました。後、和名で登場人物が展開されるのも大好きです(自分で書くとセンスが無くて破綻しますが、、)。続きも楽しみに読ませていただきます…
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