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ナイトメア・シンドローム  作者: Riviy
四章 正義と悪は何処にもない
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第四十七ノ夢 破壊行為の偽善



「自分だけ正義ぶらないでよね」


ハッと管理者を鼻で笑う明石の言葉に全員の視線が集まる。管理者は明石の言葉に一番面食らっていたが、和夜には何故明石がそんなことを云うのか分かっていた。自分と同じだから、自分と同じことを思っていたから。嗚呼、それさえも心地好いなんて。何処か恍惚とした笑みを隠すように下を向く和夜をフジが横目で見ていたが、彼が知るはずもない。


「自分だけが正しい?なんでそう思うわけ?キミは神サマだとでも云うの?殺し合いをさせたら正義で、させなかったから、殺し合いで死ななかったら悪なの?」

「それ、は」

「違うでしょ?フジが云ったことをもう一度云ってあげようか?」


明石の正論に言葉を詰まらせながらも徐々に冷静さを取り戻す管理者に和夜は納得した。明石が何故あんなにも管理者に突っかかっていたのか。それは二人が知り合いだからだ。()()()()知り合いで、関係なのかは重要ではきっとない。ただ分かるのは、管理者は代替わりとかそういうのはしておらず、明石を知っているということだけで。悪神・『嫉妬』ではなく、その中身であり加害者であり被害者である犠牲(明石)を知っている。それだけで管理者のことが少しだけ分かった気がした。

思考を繰り返す和夜を尻目に明石はにっこりと口角を上げて、管理者にとどめを指す。


「不誠実だよ。それにキミがやってるのは偽善。正義だと誤認して精神を保とうとしてるだけ。ねぇ、分かる?この世界には()()()正義も悪もない。だって、考え方次第だもん。だから、()()を考え込み、怯える管理者(お人形さん)は偽善でしかないんだよ」


口裂け女のように、三日月のように口角を上げて笑う明石は何処か妖艶で美しくて。明石は管理者に云いたいことを言い終えると、クルッと半回転して和夜を振り返り、彼の元に行くと片手を掲げた。ハイタッチをしようということなのだろう。和夜は呑気というか、何処までもこちらの場を温めようとする明石に小さく笑いかけ、手を掲げた。乾いた音が二人の間に響き、一瞬、和夜の指先が明石の指先と絡んだ。まるでもう離さないからと、ずっと一緒だからと、背中を押すように、捕えるように。それこそ、全てを覆う嫉妬のように。明石がいるからこそ、自分は此処まで来れた和夜は明石の指先にそう答えるように指先を軽く絡めると、二人は手を離す。するとその時、足元で波紋が広がった。広がったというよりも足元に当たった。顔を上げて見てみると落ち着きを取り戻したらしい管理者が本を脇に抱え、こちらに一礼していた。


「お見苦しいところを見せましたね。でもこれをネタに揺すっても生き残るヒントも干渉もしませんけど」

「調子が戻ったみたいだな」


鼻で笑う和夜に管理者は哀愁漂う表情を見せるが、次の瞬間には口角に笑みを作る。


「『色欲』は能力を使い、化け物を出現させ毒を盛った。これは規則違反です。ですから処罰しただけのことです。処罰とは云わば死。神の仮領域とも云えるこの場を汚したのだから当然です……いえ、当然の報いですね」


ニタリと意地悪げに微笑む管理者。そこに先程まで動揺し世迷い言を垂れていた人物はいない。いるのは殺し合いの場、神聖な儀式の結末を見守る役割を持つ管理者だけ。ヴェールから覗かれていた二色の瞳はもう黒しか見えなくなっていた。その黒さえ、深淵の如く不快に闇を放っている。


「干渉、した?」

「いえ、干渉ではありません。処罰です。私の言葉が引き金となったことは認めましょう。ですが、それで死んだのならば処罰とも云えるでしょう。愛しい人の手で逝けたのだから本望でしょう」


死ねて当然、でなければ最期の一人にさえならない。お前らに命の権利も自由もない。そう断言する管理者に和夜は思わず苦笑をもらす。


「本当はどういう処罰のつもりだったの?」


明石が興味本意で聞けば、管理者は「そうですねぇ……」と顎に人差し指を当て考え込む。その姿は何処か妖艶さを孕んでいる。水面の中に徐々に紅い色が混ざり、螺旋を描きながら和夜達の足元を侵略し始めている。けれど、侵略を始めている正体の行方を見る気には誰にもなれなかった。いや、見る必要もなかった。


「……さぁ、なんだったんでしょうねぇ」


紅い螺旋を横目で眺めながら管理者が呟いた。決まっていたとしても決まっていなかったとしてもどうでも良い。神の仮領域を汚したのだから、それで良いのだ。そんな、突っぱねるような口調であり、『色欲』の安らかな眠りを祈るような相反した感情であった。その時、グニャリと和夜の視界が歪んだ。グルリと一回転するように景色が上下逆さまになり、ぐるぐると円を描く。胃の底からなにかが戻ってくる、嘔吐しそうになる感覚に和夜が足に力を込めれば、次の瞬間には妙な感覚という感覚、ぐるぐると回っていた視界は元に戻り、足元も水面ではなくなる。突然のことに驚き、バッと顔を上げればそこは荒れた応接室のようで、広間にあった暖炉よりも一回り小さい煉瓦の暖炉がある。中にはなにもないが、衝撃で落ちたのだろう瓦礫の破片が落ちている。周囲にはやはり窓はなく、豪華でありながら爪痕が無惨にも背もたれに残る猫足のソファーが仰向けに倒れ、同じく猫足のテーブルが真っ二つに倒れている。勢いよく顔を上げたせいか、それとも殺し合いで血を失いすぎたのか、フラッと和夜の視界が再び歪み、体が制御を失い、後方に倒れそうになる。


「っ、か」

「和夜!」


フジが声を荒げるよりも早く、明石が和夜を抱き締めるようにして支えた。倒れかけた和夜を心配そうに明石は覗き込みながら、自らに寄りかかれるよう体を密着させる。和夜は明石の好意に甘えることにし、明石に体を預ける。


「大丈夫?」

「嗚呼、悪い……さっきの視界歪んだので来たっぽいわ……貧血かな……」

「リーラ……うーん、この場合はローズかな?が作った空間っていうかそんなのが本人がいなくなったから壊れて、強制退場だもん。しょうがないよーはい、寄りかかるぅー」


おいでおいでと明石は和夜の腕を引っ張り、自分に寄りかからせる。衝撃の展開の連続に疲れたのだろう。和夜は明石に「ありがと」と呟けば、明石は満足そうに笑う。二人の戯れにも似た光景に和夜を手伝おうとしたフジの手は虚しく下がった。そうして、一つの感情を宿す。ふと、和夜は管理者やリーラとローズの亡骸はどうしたのだろうと周囲を見渡すと、管理者の姿は愚か亡骸もなかった。管理者は和夜達と違う場所に転移させられたのだろう。亡骸は、もはや検討もつかない。化け物に覆われて移動したため、詳しいことは分からない。だが、冷静さを取り戻した管理者と共にいるのは今はなんとなく憚られた。それは二人の関係を見たせいか否や。そうこうしているうちにフジが倒れていた椅子を起き上がらせ、「こっち」と明石を促す。どうやら具合の悪い和夜を座らせようと云うことらしい。悪神を使役するはめになっているせいで傷の治りが早いとは云え、自分だけ座るのはなんとなく嫌だった和夜は、寄りかかっていた明石から身を引く。明石は不安そうにしつつも自分の足で立とうとする和夜の行動を尊重し、手を貸すだけに留める。


「ありがとなフジ。もう、大丈夫だから座らなくても良い」

「そ……?でも、無理……ダメ」

「貴方もな、フジ」


和夜がフジを安心させるように微笑みかければ、フジは少しだけ安心したように口角を上げた。


「あの二人がいなくなったとしても化け物が全て消えてるわけではないだろう?多分」

「うん、多分ね~そこは分かんないけど」


ケラケラと明石が笑う。あの空間が二人の死亡で消滅した以上、化け物も全て消えていると考えて良いだろう。しかし、共に転移というか移動させられた管理者だけが違う場所へ消滅と同時に転移させられたとすると、少しだけ残っている可能性も否定出来ない。すぐにでも移動した方が良いのだろうが、和夜はしばらくこの応接室で休みたかった。色々あって、疲れた。主に頭が。そしてもう一つは……流し目で和夜はフジに気づかれないよう、フジを覗き見る。フジは和夜の心情を知らず、全員が座れるようにか倒れた残りの椅子を起き上がらせていた。管理者との会話で露骨に沸き上がった違和感。そして明石の言葉の意味を聞きたかった。けれど、それを聞く場にフジは必要ない。仲間外れとかではなく、ただ、意味を聞くのは和夜と明石()()()()で良い。


「明石、少し休もうか」

「和夜がそうしたいならそうしよっか~フジはどうする?」


椅子を起き上がらせ、直していたフジに明石が流し目で聞く。流し目と云っても目元は包帯に覆われているため、目は見えないが表情が語っていた。露骨に「席を外して」と云っているが、フジは明石の表情の意味を読み取れなかったらしく、首を傾げる。ローブのせいでフジの傷の具合は分からないが、フジも疲れているのは分かる。フジは明石に見えない目で見つめられつつも暫し考えると、頷いて言う。


「……私も、休む……」

「そうか……此処はある意味危険だし、場所を変えるか」

「私も……部屋行こ……」


優しく促す和夜にフジは嬉しそうに口元を綻ばせると、先頭を切って歩き出す。何処へ行くか、化け物に荒らされていないーー多分そんな場所はないーー場所を目指して彼らは疲れた体に鞭打ち、歩く。凄惨な光景を横目に和夜達は応接室をあとにした。


一番人間らしいのは管理者かもしれませんが、一番わかってるのは多分明石だし、明石を理解している和夜。相容れているようでいれていない。

次回は来週、多分!

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