第四十六ノ夢 破壊行為の殺意
和夜の目の前で慈しみ合う二人の亡骸が真っ赤に染まっていく。透明な水面を染めていく何処か恐ろしく神秘的な光景に和夜は目を逸らした。視界の端に映った仄かな光には見ない振りをした。そっぽを向いた先には茫然と佇む管理者がいる。二人に向かって伸ばした手は空を切り、虚しくダラリと垂れ下がり始めている。まるで懺悔をするように管理者の指先が悲観を表して揺れ動く。管理者はワナワナと体を痙攣させると、伸ばしたにも関わらず届かなかった手を見下ろす。その手に血がこびりつき、どんなに拭っても取れない幻を見ているように管理者のヴェールが恐怖に揺れる。まぁ、本当にそう感じているのかは分からないが、ヴェールで隠れて。管理者の様子に和夜はかつての悪夢を思い出してしまう。救えたはずの妹。救えなかったはずのソレを憂鬱なほどに追い求める。ソレが嘘だと知っていながら、ソレがすでに消えていると知っていながら、自分が実感を得るまで求めようとする。和夜もかつてはそうだった。もはや救えない妹を求めようとして、絶望に身を委ねた。そうして、明石と出会った。似ているけれど、決定的に違うのは、管理者自ら絶望という死を引き寄せたというところだろうか。管理者がリーラとローズに引導を渡そうとした。その結果だった。殺し合いの果てがそうだとしても、引導を、処罰を求め催促したのはなにを言おう、管理者なのだ。カミサマのお人形さん、その心は一体?
ふと、和夜は服の袖を引っ張られ、その方を見るとフジを引き止める際に掴んだ腕をいまだに掴んだままだったらしく、フジに「放して」と催促されてしまった。和夜は慌ててフジの腕を離し、謝罪の意を込めて頭を軽く下げれば、フジは大丈夫とちょっと困ったように首を横に振った。振りながら武器をローブの中に納めるフジと同じように刀を納める和夜のもとに明石が寄り添うように侍る。さて、どうやって此処から出るか。和夜が明石に問おうとしたその瞬間、自身の手を見つめて震えていた管理者が呟くように言った。
「殺した……私が、仕向けた……」
まるで自分の手は汚れていると、犯罪者の手だと言わんばかりに自らの手に怒りと混乱と恐怖を見下ろしている。その様子は先程和夜が自分の過去と重ねてしまったように似ている。けれど、和夜には管理者が本当に後悔し懺悔しているようには見えなかった。それは管理者が自分達に何処か寛容な姿を見せていたからではない。一番初め、神の遣いとして自分達に殺し合いを強要していたからこそ、管理者が恐怖する姿に違和感を覚えた。処罰を、殺し合いで死ぬことを頑なに理想としていたからこそ後悔する管理者の姿は異様に彼の目には見えてしまっていた。殺し合いに執着し、神聖な儀式に執着する姿と哀れみを称える姿が管理者も殺し合いの狂気的な空気に当てられて狂った狂人であることを物語っている。
「……自害を強要……?……嗚呼、私は、また……」
「変な、人」
自らに怯え、恐怖を口にする管理者に辛辣な言葉をフジが飛ばす。和夜は不思議そうに首を傾げるフジを横目に管理者に声をかける。もしかすると管理者は人を殺したことがないのかもしれない。処罰と何度も言い殺し合いを強要した人物がまさか、とは思ったが可能性はある。和夜も生きるためとはいえ、殺し合うのは反対だった。だが今はもう、戦うことにすら慣れてしまっている。嗚呼、なんとも滑稽か。和夜は内心自分を嘲笑った。
「管理者、なにに後悔しているのかは知らないが、管理者が殺し合いに干渉しても良いのか?」
「え?」
不思議そうな、よく分からないといった声色が管理者の口から漏れる。震えていた手はもう痙攣していなかった。
「そっか。『色欲』を処罰しようとした結果、『色欲』は殺されないうちにって自らを刺し殺させた……つまり、同化してたってことも考えるに自害しちゃったもんね。前までやってたボクらとの殺し合いの傷が致命傷になったとしても、自害を押し進めたのは管理者の言葉。それはつまり干渉、ってことでしょ和夜」
和夜の思考を読み取り、明石が得意気に説明してくれる。和夜が言いたいのはつまりそういうことだ。確かに『色欲』の自害は悲しい事件とはいえ、此処は殺し合いの場。恐らくだが、ローズは管理者の「処罰」という言葉がなければ、愛しいリーラの命を自ら奪うという行為に走ることはなかった。もしかすると最期はそうする予定だったのかもしれない。明石が以前云っていた「前の殺し合い」がいつなのかは分からないし、その時も今の、目の前にいる管理者が管理者いたのかも分からない。だからこそローズは自ら手を下そうとしたのかもしれない。その発端は、リーラのローズへ向ける一途な愛であれ、毒事件であれ、管理者の一言だったのだ。それを干渉と捉えるか捉えぬかは見る者による。肩入れはしないし、もしそれで殺し合いが進んだら本望だという意味合いまで含め、自由に生きる権利はないと罵った管理者は驚いたように和夜達を見ていた。まさか自分の言葉が干渉の一部に入るとは管理者も思っても見なかったのだろう。不思議そうな表情で呆けていた。
「そんなはずは……」
「考え方の問題だろ。貴方が処罰すると言っておいてそれは叶わず、『色欲』は貴方達が強要する殺し合いで死を迎えた。もはや処罰は見込めない。けれど処罰ではなく殺し合いによって死が与えられた。その云わば発端となったのは、引き金となったのは多分それだろ」
首を微かにかしげて「どう思う?」と和夜が問うように管理者に言えば、管理者は考え込んでしまう。
「……けれど、それがもし干渉だとしても、強要し追い詰めたのは私でしかないでしょう?それに、これはれっきとした処罰であって」
「……」
嗚呼、支離滅裂。管理者は自らの恐怖に支配され、自分でなにを言っているのかさえ分かっていない。いや、分かって言っているのかもしれないが、和夜にはようやっとカミサマの道筋から外れたお人形さんのように見えた。管理者は訝しげな視線を向けるフジに気付き、胸元に抱き締めていた本をギュッと抱き締める。
「私は『色欲』に処罰を与えて、それが殺し合いに繋がっただけのことで、そう、そんなことなだけで……嗚呼、これが殺し合いのちゃんとした意味であって違って……」
「殺し合いを、させてるのに、意味を、知らないの?」
まるで溜め込んでいた感情を涙で流すかの如く、呟いていた管理者の言葉をフジが遮り、流れを遮断した。フードのせいで見えない瞳が終わったはずの殺し合いを想起させてくる。フジは和夜と明石の前に立つと心底分からないと言った様子で首を傾げる。
「神が、やれって言ったと、しても……みんな、理由が、あるんでしょ?……それを、理解していないって……不誠実だね」
管理者に怒りと嫌悪感をぶつけるフジ。フジの言葉は殺し合いを強要され勝手に権利を取り上げられたこちら側からしてみれば、正論だった。死を与えたのは、恐怖を与えたのは、生を奪ったのは、全て神と管理者。その背景にあるのは化け物で。誰もが自らの欲のために動いている。生きようと、化け物を殲滅しようと、愛そうと、欲しようと、求めようと、その結果の敗北という死。敗北という救い。それを管理者が否定するのか。フジの言葉に和夜も明石もなにも言えずに立ち竦んでしまう。フジが明確な敵意を持って管理者に言葉をぶつけたのだから。和夜にとってはただ疑問の解消と、出来れば管理者について少しでも理解出来ればとのことだった。まさかの副産物に狼狽えるしかない。フードから垂れるように落ちそうなフジの感情を和夜はよく知っている。誰かに向けた慈愛も、誰かに向けた怒りも、誰かに、フジ自身に与えられた絶望も全て知っている。だって、それは、かつて和夜が実感したものであって、ソレを与えた者にしかわからない。それら全て、和夜は知っている。あり得ない事実に目を逸らしそうになる和夜を引き戻したのは、管理者の金切り声にも似た慟哭だった。
「ッハハ?君たちだって知らないでしょう?身近にある真実に、身近に迫る恐怖に!その恐怖に、自らが苛まれ狂うことも!」
ヴェールをまるで髪のように振り乱して管理者が叫ぶ。振り乱されたヴェールの隙間から以前見た黒以外の色が顔を除かせた。黒い右目と、黄金に輝く左目。管理者の姿とはまた違うそれらは管理者の抑制していた感情を爆発させる。
「どれが正義かも分からなくなるなら、全部悪にしてしまえばいいでしょう?そうすれば、恐怖はもうない。真実を、そう真実を見ることもない!」
胸元に抱き締めていた本を掲げ、高笑いするように、演説を繰り広げるように管理者は言う。その言葉は管理者を嘲笑い貶したフジに向けられているようだった。管理者も管理者なりに苦悩があったのだろう。だからこその、あの哀愁漂う表情だったのだ。
「ふふっ、嗚呼、我らが行う儀式こそ正しくて、これもきっと正しくて」
けれど、その意味を正確に管理者が理解しているはずはない。鉄が溶け出すようにドロリと歪む二色の瞳にフジが顔をしかめたらしく、呻き声が聞こえる。管理者でさえもこの殺し合いで狂っている。和夜は皮肉だと内心自嘲した。この中で誰もがまともじゃない。そこにーー
「うるさいなぁ、自分だけ正義ぶらないでよね」
正義も悪もあったもんじゃない。
明石がまるで和夜の気持ちを代弁するかのように呟いた。
多分、この中で一番人間くさくて哀れなのは管理者。
次回は来週です!




