第四十二ノ夢 由緒正しき二人の愛って
飛び出した和夜と明石、フジをなぶるようにリーラとローズが用意した水の柱が刃のように鋭く尖り、上空から彼らに向かって襲いかかる。バシャン!と水が水面に叩きつけられるたびに水飛沫が舞い、石礫となって駆ける彼らを襲う。頭上から降りしきる水を一瞥し、和夜は足元で円を描くように方向転換を開始した。開始する一瞬、明石に視線を送り、気配で明石に指示を伝えれば、明石は任せろと言わんばかりに頷いた。そしてその場で一時停止し、降ってきた水を扇で防いだ。凄まじい水飛沫と水圧に明石の体が後方に押し出されるが、力技でブンッと振り切る明石。水の柱が割れ、水のカーテンと化したその奥にニヤリと笑う『色欲』の姿が確認出来る。
二人はニヤリと仲良く口角をあげ、何度も何度も柱を作る。しかし、水を割った明石の前にフジが躍り出、割られた際に生じた風圧を利用して大きく跳躍する。フジが持つ刀の切っ先はぶれることなくローズを指し示している。そのことに気づいたリーラの表情が憎悪に塗り変わった。もう二度と愛しい人を奪わせはしない、と云うように、ローズの手を引き自分の背後に隠す。隠しながら二人は攻撃のために手を名残惜しそうに放し、リーラはナイフを構える。途端、甲高い音が周囲に充満し、電撃のような痺れが両者を襲った。リーラがナイフを振り、フジを撤退させようとするがその前に、フジは後方に回転して回避し、一気にリーラの懐に切り込む。だが、切り込んだフジの刀をリーラの背後から現れた水が盾となって防いでしまう。そのままリーラを庇ったローズが前に躍り出、フジの刀と対決を開始する。透明で何処か美しくはあるが、先程のリーラが言った「水銀」がフジの脳裏を横切り、フジは勢いよく後方に足を引いた。そんなフジのあとを追うようにローズもフジの前へと歩を進めながら片手で水のナイフを生み出す。水が毒の役割も担っているとしたら、二人にむやみやたらに近づくのは危険だ。明石はそう考え、フジのフードを掴むと自らと交代させる。明石の扇がローズの作った水のナイフと混ざるように交差する。妖艶な、甘美な色と花を咲かせる扇が水を通してローズの瞳に投影される。その瞬間、ユラリと水のナイフが揺れた。明石の聴覚と気配がリーラを捉えれば、瞬時に明石は体勢を低くし、しゃがみこむ。しゃがみこんだ明石の頭上を背後にいたフジの蹴りが飛ぶ。フジの蹴りにローズが舌打ちを可愛らしい顔とは裏腹にかましながら後方に下がる。下がったローズと入れ替わり、ついでにフジの蹴りが振り切られたと同時にリーラがナイフを振るう。リーラの存在に気づいていた明石がしゃがんだ状態からフジを撤退させるが、数秒遅かったようでフジの足に横一線の傷が刻まれた。明石はフジを連れて撤退させる。すると二人に攻撃しようとしたリーラの背後に気配もなく、和夜が現れる。彼の首筋目掛けて刀を一線振り抜く。しかし、それよりも早くリーラの足元から現れた水の柱が和夜の攻撃を防ぎ弾く。後方によろめいた和夜を振り返りリーラが嘲笑えば、和夜もニヤリと自嘲気味に笑みを作る。両者の武器が空中で交差し、相手を弾こうとグッと距離を縮める。和夜の瞳にリーラの証がまるで罪の証のように映り込む。和夜が刀に力を込め、リーラを押し出そうとすれば、足元に不快ななにかを感じ、咄嗟に足元を見るよりも早く、和夜は飛び退いた。シュッ!と飛び退いた瞬間、先程まで和夜がいた場所で水飛沫が跳ねた。
「……嗚呼、くっそ」
水がリーラの手足となってこちらの攻撃をカバーしてしまう。ピッと和夜は頬に跳ねた水滴を手の甲で乱暴に拭えば、再び水が大きく跳ね上がり上段から降ってくる。自分を覆う影を睨め上げて和夜はその場で軽く一回転し、片足を軸に体勢を整える。リーラもローズも同化しているせいで先程までの水の操りが異様に上達している。しかも同化していることから化け物の出現も考慮しなければならない。一度、此処に連れてこられた時に化け物は現れている。分断し化け物で和夜達を殺そうとしたのだろうが、出来ずに今の状況だ。トドメは心臓。嗚呼、油断も隙もあったもんじゃない。
「やりずらい」
それは後悔か決意か。和夜でさえ分からなかった。自分に向かってくる水に和夜は勢いよく刀を振りきった。そうすれば、やはり水は刀の勢いかそれとも衝撃かどちらかに負けて水飛沫と化す。その事実に和夜は二人が操る水がモノを象っている時は強く、象っていない時は衝撃に弱いことに気づく。リーラも和夜に気づかれたと察したらしく、すぐさま攻撃を開始しようとするが邪魔するようにローズの相手から戻ってきたフジが背後からリーラに刀を突き刺す。リーラの右腕はもはや使い物にはならない。それを分かっているかのように右肩に深々と刀が突き刺さり、切っ先が和夜の目の前に出現する。リーラは右腕は捨てているらしく、痛みに口ごもるが前へ一歩出ることでフジの刀から逃れる。そして目の前から上段より振り下ろされた和夜からの攻撃を間一髪で防ぐ。だが和夜はリーラの痛みなど意に介することもなく大きく弾き、横から刀を振るう。と同時にフジも刀を容赦なく振る。
「!?」
「っ、うざい」
しかし、二人の攻撃は甲高い音と共に防がれてしまった。リーラを水が包み込んだのだ。リーラがやったわけではないらしく、だが彼は驚きながらも嬉しそうに微笑んでいる。それが示していることは一つしかない。
「あら、愛しい人を殺させはしないわ」
ローズが明石の扇を水のナイフで防ぎながら、片手を頬に当て上品に笑う。明石が回し蹴りを放ちローズと距離を取れば、彼女は頭上へと跳躍しリーラの頭上、水の繭の上へと着地する。繭をどうにか破壊しようと考えていた和夜とフジはローズの登場に二人から離れれば、待ってましたとばかりに繭が壊れ、ローズはリーラの隣に着地する。そして使い物というよりも出血死してしまうかもしれないリーラの傷を見て、心配そうに微笑む。そこに割り込む如く和夜が攻撃すれば、リーラに手を伸ばしていたローズが手を引っ込め、和夜に向かって水の銃弾を浴びせてくる。一つだけ左肩にかすってしまったが他全てを弾く和夜の脇から水面を滑るように明石が駆ける。ローズの手を取りダンスをするように明石は四感を駆使し彼女に手を伸ばす。そして、扇を容赦なく伸ばされたローズの右手に向けて振り下ろした。
「ローズ!」
「……あ」
茫然とするローズとリーラの悲鳴が響く。勢いよく振り下ろされた扇はローズの右腕の関節から下を切断し、切断された腕はチャポン……と静かに水面に落ち、遥か底まで沈んで行った。運命と言うべきか、『色欲』は右手を失った。ローズに向かってナイフを持った左手を伸ばすリーラにフジが攻撃し、近寄らせない。ローズは驚いたように明石を凝視した。彼女の右腕からは血は噴き出していない。そのことが彼女が悪神であることを示している。明石はローズの唖然とした表情を感じ取ると、何処か満足げに笑った。
「ボクもだよ」
「……ええ、まさに悪神ね!」
口角を上げ、明石の言葉に狂喜を称えた笑みを浮かべ答えるローズ。バッと切り下ろされた右腕を振り、まるで邪魔だと云うように左手に水のナイフを持ち直す。するとそこに容赦なく右側から和夜が刀を振る。武器もなく死角になる右側からの攻撃にローズはなんとか反応を返し、辛うじて水のナイフで防ぐが勢いよく振り回された一撃であり、万全な体勢で防御していないこともあり、ズザッ!と水面上を滑るように吹き飛ばされる。体勢を立て直す隙を与えないと和夜が一気にローズに迫り、腹に刀を振り回す。が、紙一重でローズは水で衝撃を和らげて弾く。弾かれた和夜は体勢を低くして片手を水面につけると、片手を振り上げローズに水をかける。その水はローズが和夜を弾くために放った水で上空へと巻き上げられる。噴水のように巻かれた水を盾に今度は明石がローズに扇を振り切る。水のナイフで防ぐローズだったが明石が彼女を弾き、片手首で扇を回転させ逆手に持つと斜め上から下へと切り下ろす。ついでローズがなにかするよりも早く和夜が彼女の背後に回り込み、切りつける。前後からの攻撃にローズはなすすべなく攻撃を受けるが、水面を蹴り上げ頭上へ逃亡。着地した先にいたフジの背中に水のナイフを切りつけながらリーラの体に半分以上消えた右腕を甘える如く擦りつける。リーラはローズの思惑に勘づき、彼女の腰をナイフ片手に掴むと共に後退する。背中を切りつけられたフジはローブ越しの痛みに顔をしかめつつも、目の前の二人を忌々しげに睨み付ける。そんなフジの眼差しが和夜には憎悪が宿っているように感じた。和夜はそう感じてしまった自分に苦笑を溢す。殺し合いという狂気が正常な思考を奪って、狂わせていく。まさにこれこそが殺し合い、命の奪い合い。リーラとローズがニヤリと痛みを堪える様子もなく、ただ己の愛のみを夢見て微笑めば、和夜の隣からなにやら匂いが漂う。それは先程和夜がフジに感じた憎悪でもあり、色濃い『傲慢』という欲を持った気高い華の匂いだった。
「和夜」
「嗚呼」
和夜の右側、寄り添うように立った明石が声をかける。寄り添う姿は目の前で見ているリーラとローズのようでもあって明らかに違った。ポタポタと足元の水面に紅い雫が吸い込まれていく。透明に紅が美しく混ざり合う様はまさに神秘的であり、異様だった。明石の固い声に和夜は小さく頷く。両者共に戦闘で疲労困憊だ。しかも足元は水でたまに足を取られてしまい、戦闘に些か支障を来している。ローズが持つ能力がいくつか確定していない以上、さっさと決着をつける方が良い。こちらの思考を分かっているからか、リーラとローズは支えるように立ち、むやみの攻撃出来ないようにしている。左胸、心臓を狙いたくても二人で一つと云うように互いの死角を防いでしまっている。殺るには二人の背後に回り込むしかないが、それが簡単にいくなら此処まで苦労はしない。
「まだいけるか?」
「ボクはね!」
「……私、だって……!」
和夜が二人に聞けば、痛みを堪えた荒い息のなか、力強い答えが返ってくる。まだまだ意欲的だ。だが無理は禁物で。和夜は目の前の二人に悟られないように足元の水面に視線を落とす。リーラとローズの足元の水面が小さく波紋を描いている。そのことから考えるに水を使うタイミングとこちらの様子を伺っているのだろう。自分達の足元の水面も同じように波紋を描き、両者の緊迫と殺意を示す。両者が相手を伺い、共に飛び出そうとする。さあ、今度こそこの殺し合いを終わらせましょう。誰かの死を持って。だが、
「待ってください」
鶴の一声が水面を三度揺らす。
次回は多分来週です!
『色欲』は二人っていうなんか、そういうのです!




