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ナイトメア・シンドローム  作者: Riviy
三章 愛してました、地獄まで
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第三十八ノ夢 夢幻郷が唱えて


水のカーテンと壁越しに水面を蹴る音と刃物が交差する音がする。多数の音の合唱に戦う和夜とフジがいる壁の向こう側で明石は唇を噛んだ。こちらには化け物は出ていないが、二人で耐えられない量の化け物がいる可能性もある。二人が、特に和夜が心配で明石は悲鳴をあげる腕を無我夢中で動かした。水のカーテンの中に腕捲りをした両手を突っ込み、指先の感覚と微かな水の違いだけでどうにか仕掛けを探ろうとする。冷たいなか、手を突っ込んで明石が頑張っているにも関わらず、管理者は「お手並み拝見」というように心此処に在らずと言った様子で明石を見守っている。それがなんだか無性に腹立たしくて、明石は内心文句を垂れていた。


「(ったく、誰のせいで巻き込まれたと思ってんだか!そりゃあ『色欲』のせいだけどさぁ、少しは手伝えってのー!こんなところまで真面目に肩入れとか干渉とか気にしなくてもいいでしょーが!)」


プリプリと声に出していたらそんな効果音が聞こえてきそうなほど、憤慨しながら明石は指先を壁に走らせる。冷たく、石のような感触。水で冷えたのかはたまたなにかを隠しているのか。水の冷たさに堪らなくなった明石は「ああー!!」と怒りをぶちまけながら手を引っ込める。そして腕を振って水を払うと扇を取り出した。


「まさか」


扇を取り出した明石に管理者がようやっと反応したが、明石にはどうでも良かった。手伝いもせずに()()()()()()()管理者の言葉なんて聞く必要はない。こうなれば、強行突破だ!


「うるさい!」


管理者を遮るように明石は扇を大きく振り上げ、勢いよく振り下ろした。勢いが衝撃波となり水の飛沫が飛び散る。ガァン、となにかにぶつかる音と衝撃が明石の指先に響く。やっぱり無理か。そう思いながらももう一回、扇で水のカーテンとその奥にある壁を切断しようと扇を、腕を振り上げた。すると、向こう側から響いていた音が消えた。まるで明石が音さえ切ってしまったかのように一瞬にして静寂が空間を支配する。だがその静寂は数秒のうちに騒音に飲み込まれる。ピキッとなにかが割れる音がした。明石が割れる音に首を傾げ、扇を振り下ろそうとして気づいた。目の前の空気の流れが変わったことに。一歩、後方に明石が足を引けば、次の瞬間、水のカーテンと奥に存在する壁は斜めに真っ二つに切断された。大きな水飛沫をあげながら水のカーテンは足元の水ーー一向に濡れない不思議な水ーーに吸収され、両者を分断していた壁もまるで最初から存在していなかったかのように姿を水面に自ら吸収させていく。強行手段に出た明石もまさか出来ると思ってもみなかったらしく、ゆっくりと振り上げていた腕を下ろし、「えぇー」と小さく驚きを示していた。もちろん管理者も驚いていたが、明石の無事な姿というか、強行突破を仕掛けたことによる代償のようなものがなくてホッと安心している色の方が強かった。タイミングよく和夜とフジも化け物を倒し終わったようで、突然水のカーテンが消えて、明石と管理者が現れたことに驚いていたが無事であることを確認し、嬉しそうに笑った。


「和夜!フジ!大丈夫!?」

「大丈夫に、決まってる……じゃん」

「フジはだろー」


二人の姿に明石がバシャバシャと水面を揺らしながら駆け寄る。大きな怪我ではないものの化け物との戦闘でついた傷をフジが勲章のように、ちょっと冗談めかして言えば、和夜が苦笑する。二人の反応と気配に明石がホッと胸を撫で下ろせば、和夜は明石の姿を見て今度こそ安心する。そしていつものように手を上げれば、明石も手を叩き返してくれる。パチンッと良い音が響く。と、かつて水のカーテンがあったであろう場所にいつまでも動かない管理者を和夜は見つけ、首を傾げた。何故動かないのだろうかと。大方、明石がなにか言ったのかもしれない。でなければ、明石の手に扇が握られているはずはないし、こんなに花のような笑顔を見せるはずもない。フジも動かない管理者を不審に感じたらしく、フードの下から管理者を睨み付けていた。


「和夜」

「ん?なんだ?」

「頬、大丈夫?」


明石の指先が和夜の一線が刻まれた頬を掠めていく。長年連れ添った安心感がそこにある。それを改めて実感し、和夜は大丈夫と笑う。ちょっとだけピリッとした痛みが頬に走ったが、それ以上は問題ない。問題なのは、


「どうやって此処を出るか……」

「ありきたりなの言えば、此処作った張本人倒せば出れるよ」

「その本人が何処か分かんないんじゃあ意味がないけどなぁ」


和夜がそう明石に言えば、明石も「そうだねぇ」と笑う。ずっと此処に閉じ込めておくことも犯人であるリーラなら出来るが、彼ならそんな手間をかけることはしない気がする。悪神が与えた能力がどうであれ、さっさと終わらせようと内部分裂を図ったのだ。時間がかかるよりも短時間で終わらせようとするだろう。だとすれば。その時、空気が揺らいだ。水面を揺らすように、化け物が現れる時のように殺気が充満する。警戒しながら空気が揺らいだ方向を刀片手に振り返れば、そこの水面だけが異様に何重にも波紋を描いていた。波紋が描かれるその中央に誰かいるとでもいうように何重にも重なる。誰がいないと声高に言えようか。殺気と共に武器を三人が構えれば、波紋を生み出す()()()は愉しそうに笑う。


「ハハ、メンドクサイのがいるなぁ。ねぇローズ?」

「……来た」


波紋を描いていた水が今度は螺旋を描きながら渦を巻き始める。渦は涙を表すように飛沫をあげながら、人二人ほどの大きさを作り出す。水の中からガラスの無機質な煌めきが顔を覗かせれば、水は足元に吸い込まれていく。そうして姿を見せたのは、顔の左半分をさそりに覆われた美丈夫の男性リーラだった。リーラは傍らに抱えた棺を愛おしそうに撫でる。


「引き裂かれれば、苦労せずに苦しまずに死ねたのに、もったいないことするなぁ」

「やはり、全部、貴方か」


ニヤリと蠍を歪めて笑うリーラ。その笑みが答えだった。だが、なんだか違う気がする。些細な、本当に些細なこと。フジに感じる違和感のように小さな違和感。リーラは肯定した、笑みで全てを。なのに、この違和感は一体?よくわからない不思議な疑問に首を傾げる和夜に明石も同じことを思っていたらしく、しきりに首を傾げている。リーラに気づかれないよう、明石に近づき、「どうした?」と小声で和夜は聞く。フジは和夜達の会話に耳を澄ませつつもリーラを睨み付けている。


「んーなんかねー和夜が思ってる通りだと思う。なんか、混ざってる」

「能力とモノ……ヒトとモノ、俺と明石みたいってことか?」

「んー……でも、『強欲』みたいにヒトでもないし……嗚呼なんだっけこれぇー!」


んがー!と思い出せずに苛立つ明石に和夜は落ち着けと促す。リーラは魂からの使役ではないが、恐らく和夜と明石に似ている。だからこそ今回は珍しいのが多いのだろうし、明石も分からないのだろう。もっとも何度も言うようではあるが化け物が現れ、毒を盛ったようなことが起こっている時点で『怠惰』『強欲』とは一線を越えている。つまり、なにかが違う。


「なに作戦会議してるかわかんないけど、殺されてくれる?オレと、ローズのために」

「……死んでる、けど」

「あ゛あ゛?!」


リーラの口から低い低い憤怒の声が出、彼の怒りに鼓動して水面が大きく揺れる。美丈夫なリーラの顔は不用意なことを言ったフジの一言で醜悪なまでに憎悪と怒りに歪む。しまった、地雷を踏んだ。フジにとって、和夜や明石にとってもローズという棺の中の女性は死人だ。だが、リーラにとっては死人ではなかった。今すぐにフジに襲いかかるということはないだろうが、和夜はリーラの直接上からフジを隠すように背に庇った。ライラック色の瞳が爬虫類のように三人を睨み付ける。


「ローズが死んでる?なに言ってんのぉ?ローズは生きてる棺の中で眠っているだけで生きてるに決まってるだろ」


息継ぎなしに言われたその言葉は愛を歌っていて、


「嗚呼、愛しいローズ。もうすぐ、もうすぐオマエに会える。全員殺して、願いを叶えてもらおうなぁ。そうすれば、オマエは呪いから解放されてオレとまた一緒に暮らせる。嗚呼、もうすぐ、もうすぐオマエに会える。ずっとずっと……一緒にいられる」


愛に飢えていた。ローズという女性しか愛さず求めず認めない、哀れな『色欲リーラ』。ライラック色の瞳はローズしか映していない。愛が愛を求めて捧げて歪んでいく。邪魔するなら誰であろうと殺そうとする。例え、望みが叶うわけがなくとも。彼女がいればそれで良いと叫ぶ。その望みを和夜はかつて願った。そして、奪われた。だからこそ、絶望は希望を覆い尽くす。和夜の脳裏でまた悪夢トラウマが弾けた。


「……出来得る限りだから、無理なものは無理だぞ」


まるで諭すように、宥めるように、同情の色を滲ませながら和夜が言えば、明石が悲しそうに顔を上げた。けれど、リーラは和夜の言葉に隠れた希望から絶望へと叩き落とされる感情を正確に理解など出来なかった。そんなこと知るか、とまるでアダムのような強気な思考がリーラの瞳を覆う。棺を両腕で抱き締めて、愛おしそうに女性ーーローズの頬辺りのガラスに口付けを落とす。その姿は愛しい人へ死しても愛を捧げる健気な男性だった。


「んなわけはないよぉ。だって、此処が()()()なんだから」


リーラが言った意味を正しく和夜達が理解するよりも早くトン、と棺が水面に優しく置かれる。此処にいてね、待っててねと云うように優しく。そして、棺の隣からリーラが消えた。凄まじいほどの速度で空中を滑っているために消えたように見えたらしい。来る。驚き、武器を構えた彼らをリーラは嘲笑い、殺気と殺意に満ちた武器を露にする。


「さあ、死ねぇ!!」


美しい顔を醜悪なまでに歪ませながら、ローズのためにと叫んだ。

出ましたよぉおお!!『色欲』は結構悩みどころです。

次回は来週です!

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