第三ノ夢 警告
結構早い時間帯だというのに商店街というか店が建ち並ぶ路地は大賑わいだった。四方八方から声を張り上げる店員と、値引きをしようと声を張り上げる客、客寄せに多くの手拍子が鳴り響く。朝から元気だなぁと感慨深く和夜が思ってしまったのはやはり悪夢のせいな気がしてならない。宿屋から出た二人はまず最初に質屋へと赴いた。不要品を買い取ってもらい、その分を次の食糧に回すのだ。いつもより質屋が混雑していたため、査定が終わるまで二人は先に食糧を調達することにした。化け物によって文明もなにもかも衰退を極めているため、此処を離れたら次の町に辿り着くのに最低でも二週間はかかる。いわゆる野宿生活となるが、食糧が潤っていなければ万が一に対応など出来やしない。
「そこのやつとあとそれと……そこのも頼む」
瑞々しい野菜や果物、小物や雑貨が並べられた棚の前で和夜が欲しい物を指差せば、店主であろう恰幅の良い男性がてきぱきとした動きで和夜に先程渡されていた袋に指定のものを詰めていく。男性が物を詰めている間にも和夜は品々を物色しながら追加を入れていく。そんな和夜の隣では明石が美味しそうに真っ赤に熟したリンゴを丸かじりしている。食べる明石がまるで頬袋に食べ物を詰めているリスのように見えて可愛いらしく、隣の店の女性店員達が「可愛い~」と声を潜めて微笑んでいた。それに気づいてか知らずか明石はモグモグと別腹と言わんばかりにリンゴを腹の中に収めていく。
「悪いご主人。そこのも頼む」
「あいよ毎度。お前さん方、大和国からかい?」
陽気に笑いながら男性ーー店主が訊く。なんで突然?と和夜が首を傾げると店主は彼の腰にぶら下がる刀を顎で指し示した。確かに和夜が持つ刀は守り刀ゆえ、他とは一線を引いているがなにも刀を使うのは彼だけではない。
「そうだが、それがなにか?」
「いんやなぁ。この間、お前さんが持ってるのと装飾が似てるのを持ってるお客さんに会ったもんでなぁ」
「?そしょくおなんもな?」
「明石、飲み込んでから言ってくれ」
明石がリンゴを飲み込み、ふぅと一旦息を吐くと刀に近寄る。どうやら鞘に刻まれている装飾を見ているようだが、なにか珍しいものでもあっただろうか?碧藤家は藤を司る。よって装飾は藤関連が多い。鞘にも藤の装飾があったはずだ。
「装飾同じって、似てるって、和夜、複製品とか出回ってるの?」
「いや、これは碧藤家に代々伝わる守り刀だ。複製品はない。同じ刀鍛冶師が作ったなら別だが」
「ふーん、だってよおじさん!」
和夜の説明を聞き、明石が笑顔で店主に笑いかければ彼は「元気が良いなぁ」と微笑ましげに笑う。
「しかし、似ているとなると四華武関連かもしれないな。ちょっと気になる」
「見た感じ、女性っぽかったけどなぁ。まぁここら辺じゃあ珍しいからなぁ、カタナってやつは。んーとぉ、全部で二千ガナだ」
軽快に笑う店主と明石を横目に和夜は懐から小袋を取り出す。そうしてその中にある金色の金貨を二枚取り出す。金貨二枚で二千ガナとなるのでちょうどだ。世界には各国の文明と通貨が存在していたが、このご時世のせいか外貨両替が難しいと判断され数年前より共通の通貨単位としてガナが出回っている。共通通貨は金貨と銀貨だ。店主は和夜から金貨二枚を受け取り、計算間違いがないことをもう一度空を見つめて確認する。そして誤りがないことを再確認した店主は「毎度」とにっこりと笑って食糧で重くなった袋を和夜に渡した。和夜は袋を受け取り、紐を袋から伸ばして肩に掛ける。他にも荷物を担ぐ予定があるため両手を開けておきたい。そう考えてのことだった。二個目のリンゴを食べ始めた明石の、少しだけ自分よりも低い背を和夜は押し、二人は次なる店へと歩き出す。背後で先程の店主の威勢の良い声が聞こえてくる。それに含み笑いを溢しながら和夜は明石を先頭に人混みの中を歩いていく。と、その時、前から歩いてくる謎の集団を発見した。黒いローブに身を包み、ローブにはなにやら紋様が魔法陣のように刻まれている。人数はおおよそ七人。その異様な集団に周囲の人々も訝しげに遠目に見ている。しかしその目には嬉々とした好奇心が隠されている。和夜の前を歩いていた明石もリンゴの一欠片を飲み込み、彼を振り返り。
「…………」
「…………」
アイコンタクトで理解し合った。関わらない方が身のため、即刻Uターン!二人同時にUターンし、来た道を戻り始める。だが、その集団の目的は二人だったらしく、目にも止まらぬ素早い動きで二人の背後に接近し声をかけた。
「碧藤和夜殿だな。お迎えに上がりました」
「……ちっ」
無意識のうちに舌打ちが漏れたのは仕方がないと思う。和夜の名前を知っている、「お迎え」という言葉。間違いない。この集団は紅藤家の者だ。和夜はそう確信し、唇を噛み締めた。ギリッと口の中に鉄の味をしたなにかが広がる。明石が和夜を心配し、背中を戸惑い気味に叩く。それに和夜は少し落ち着きを取り戻しながら刀の柄に手を置いて振り返る。七人の集団は警戒の眼差しを向ける二人を気にすることもなく、悠々と立っている。フードを目深に被っているせいなのか否や。両者の間に流れる異様な空気は周囲の人々にも伝染し、彼らを中央にサークルを作り出す。
「なにか」
「お迎えに上がりました」
淡々と問う和夜に集団の代表者がこれまた淡々と同じ言葉を繰り返す。それが何処か不気味に思えるのはなにもフードのせいだけではない。
「お迎えに上がりましたと言われてはいそうかと行くわけないだろう」
「ですが、お迎えはお迎えなので。説明はしなくても宜しいでしょう?」
その意味ありげな言葉に和夜は何故か違和感を持ち、軽く首を傾げた。紅藤関連なら説明なしに通じるが、今の言い方はむしろ同情というか憐憫が混じっていた。もし紅藤関連なら憐憫さが混じるはずはない。むしろ混じるのは一向に応じない事への怒りのはず。和夜は明石の耳元に集団には見えないように口を寄せ、小声で言う。
「明石、逃げるぞ」
「え?良いの?紅藤関連じゃないの?」
「嗚呼、俺も最初そう思ったが……キナ臭い」
「キナ臭い?」
え?と頭にはてなを浮かべる明石を横目に和夜はもう一度先程の集団を一瞥する。なにかが、なにかが和夜の中で引っ掛かっていた。それはきっと永遠に分かるはずもない、ふわふわとした異様な感覚。そう、悪夢の時の恐怖とも違う、足元からなにかに支配される感覚。よく分からない感覚から今すぐに逃げ出したかった。けれども目の前の集団がそう易々と逃がしてくれるはずもない。ローブの中に武器を隠し持っている可能性だってある、このご時世だし。さて、どうするか……七人の集団から逃れる術を和夜が静かに考え始めた次の瞬間。パァン!と破裂音が上空で響いた。発泡の音に人々が悲鳴に混乱と恐怖を滲ませながら耳を押さえたり、しゃがみこむ。和夜も明石に腕を引っ張られ共にしゃがみこみと集団の視界から姿を消すことに成功した。発泡音に反射的に頭部を守る行動をしたようだ。だが、本当の出来事は此処からだ。
「化け物が出たぞぉぉぉおおおお!!!」
宿屋のある反対側、この町の、様々な人々が行き交う出入口から大声で叫ばれる警告音。その音を耳に入れ、脳が処理を終えた瞬間、恐怖が世界を支配する。四方八方から悲鳴が怒号のように反響し出せば、その場は大混乱。我先にと異形な化け物から逃れようと人々が大波となって逃げ惑う。
「和夜!逃げよっ!」
「分かってるっ!」
明石が和夜の手首を掴んで立たせると人の波に沿って走り出す。どんな化け物か情報がない以上、武器があっても容易に近づくのは危険だ。和夜は声がした方、あの集団がいた方向を振り返る。これで撒ける、そう思ってのことだった。単に化け物とは違う恐怖から解放されたゆえに何処か優越感があったのかもしれない。それか未知の恐怖を確認しておきたかったか。しかしそこには誰もいなかった。
「はぁ……?」
忽然と姿を消していた。そこにもともと誰もいなかったと言っても過言ではなかった。もしかすると化け物の襲来に逃げたのかもしれないが、和夜は直感的に違うと察していた。けれど、今はそれを考える時間さえ惜しい。人波に逆らい並走し、化け物から逃れようと足掻く人々に押され、和夜はそれ以上考える事が出来なかった。明石に「早く!」と急かされ、手首を引っ張られて和夜は先導される。おそらく、この町にある簡易シェルターに向かうのだろう。もしくは宿屋か。どちらにしろ今人類に、世界に化け物を殲滅し平和をもたらす存在はない。あるのはただの希望だけ。チャリ……と和夜の腰辺りで刀が金具に当たって音を鳴らす。まるで和夜の不安を表しているようで。嗚呼、苦笑。小さく和夜は笑い、石畳を強く蹴って空中へと飛び出す。明石がもう大丈夫だと彼の手首から手を離し、二人は並走する。
「何処まで行く!?」
「とりあえず状況を確認したい!宿屋に避難しよう!」
「うん!」
悲鳴が響き渡る空間で二人を大声を張り上げる。悲鳴に感情も思考も全て剥ぎ取られそうになりながら二人は宿屋に向かって走る。宿屋は此処から結構近いはずだ。だがこの大混乱ですぐに着くとは思えない。すると、和夜の視界に薄暗い路地裏が入った。ヒンヤリとした感触が大混乱とは違った感情を呼び寄せる。路地裏の先でも大勢の人々が逃げ惑っているのが見えるが、此処を通れば宿屋へはすぐだ。瞬時にそれに気付き、和夜は叫ぶ。
「明石!こっちだ!」
隣を走る明石に叫ぶと明石は和夜を振り返り、彼が指差す路地裏に顔を向ける。気配で路地裏を見極めようで明石はすぐさま和夜が示す路地裏に飛び込む。和夜も急いで路地裏に飛び込もうとして、背後の気配に気がついた。ヤバい、そう思ってももう遅い。背後に回った気配は化け物か、それとも別のなにかか。和夜は背後の気配を見ようと振り返り掛けるが、それよりも早く背後から腕が回り口元になにかを押し当ててきた。口と鼻を布で覆われ和夜は咄嗟に刀を抜刀しかけつつ、前を行く明石に視線で異変を訴えようとする。しかし、その布には薬品が染み込ませていたのか、混乱で勢いよく息を吸ってしまった和夜の鼻腔に薬品が入り込む。途端に脳が停止した。糸が切れた操り人形のように体が重くなり、思考が鈍り、視界は暗くなっていく。嗚呼、クソッ。悪態をついたってもう無理で。
「だから言ったんですよ。お迎えに上がりましたって。可哀想に……そう思いません?」
どういう……
背後から囁かれた意味不明な言葉と、焦った様子でこちらに手を伸ばす明石を最期に和夜の意識は闇へと消え去った。
とりあえずプロローグ終わらせなきゃっていう使命感。
元々、和夜と明石は別の創作のキャラだったんですが、こっちに来ました!